第20話 みんな違って、みんないい
今回のお題:試験の順位と得意科目
同じ試験を受けても、得意な問題は人それぞれ。
もし受験者が銀河中にいたら、順位はどのくらいになるのでしょうか。
「試験、嫌だなあ」
「まだ始まってもいないのに。ハジメ、昨日は結構遅くまで勉強してたんでしょ?」
朝食を食べながらぼやくと、向かいに座っていたミナが笑った。確かに昨日は遅くまで復習していたが、勉強時間と理解度が比例するなら、世の中に試験で苦労する奴はいないと思う。
「出そうな範囲を一通り見直したんだけどさ。確認すればするほど分からないところが出てきて、最後は何から復習してたのかも怪しくなってきた」
「それ、途中で休んだ方がよかったんじゃない? 疲れてると、普段なら分かることまで分からなくなるよ」
「そう思って寝たんだけど、朝になっても分からないところは分からなかった」
「そこまでは治らなかったかあ」
ミナが苦笑する。
今日から始まるのは《統合基礎評価》、今までの訓練成果を確認する定期試験だ。学科と実技の両方があり、今回の結果は今後の履修計画にも使われるらしい。
基準に達しなかったからといって、すぐに軍を追い出されるわけではない。それは分かっているのだが、できれば補習は増やしたくなかった。
隣のケイロは四本の腕を器用に動かしながら、朝食と端末の確認を同時に済ませていた。こちらが試験のことで頭を抱えているのに、ずいぶん余裕がありそうだ。
「ケイロは落ち着いてるな。昨日も問題集を解いてたんだろ?」
「そりゃ解いたさ。間違えたところもあったけど、今から全部覚え直しても仕方ないだろ。それより実技の配属先が気になるんだよな。できれば機関系を引きたい」
「得意分野なら楽だろうけど、試験なんだから苦手なところも出るんじゃないか?」
「だからこそ得意な方がいいんだよ。どうせ苦手なことは学科で散々聞かれるんだから、実技くらい好きなものを触らせてほしい」
気持ちは分かる。
俺だって身体を動かす試験の方が気楽だと思っているが、実際に何をやらされるのかは分からない。以前受けた訓練のことを思い出すと、ただ走ったり重いものを持ち上げたりするだけでは済まない気がした。
『始まる前から結果を考えても変わらない』
近くにいたポルカが会話に加わった。青白い炎が、いつもと変わらない調子で揺れている。
「そうなんだけどさ。ポルカは苦手な科目とかないのか?」
『ある。ただ、今から考えても得意にはならない』
「もう少し希望のある言い方はない?」
『終われば結果が出る。終わったあとなら、改善する方法も考えられる』
なるほど。
言っていることは正しい。
ただ、試験前に聞きたい励ましとしては、少し方向が違う気もした。
◇
学科試験の会場は、普段使っている教室とは違っていた。
指定された評価区画には様々な形の個別設備が並び、椅子と机が置かれた場所の隣には、液体で満たされた隔離槽や、足場の見当たらない立体空間まであった。壁の一部には俺には読めない記号が流れていたが、近くの訓練生がそれを確認して自分の区画へ入っていったので、案内表示の一種なのだろう。
俺に割り当てられたのは、ごく普通の椅子と机だった。
こういうところで見慣れたものが出てくると安心する。
着席すると、目の前に試験案内が表示された。
《統合基礎評価・学科》
《問題提示形式:個体別適合》
《共通評価基準:適用》
《外部通信:制限中》
《認可資料参照:利用可能》
知識を脳へ直接インストールできる時代なので、単なる暗記問題はあまり意味がない。実際、授業で習った内容も、必要な情報を取り出して適切に使えるかどうかが重要だと何度も言われていた。
もっとも、知識が手元にあるからといって、正しく使えるとは限らない。
それが今日の不安の原因である。
《学科評価を開始します》
画面が切り替わり、最初の問題が表示された。
《以下の三居住区域に対し、使用可能な救援資源の配分を決定してください》
同じ星系に存在する三つの居住区域と、利用可能な救援船、物資、所要時間が立体図に並ぶ。第一居住区では大気組成が変化し、第二居住区では環境維持設備の出力が低下、第三居住区では輸送路の一部が閉鎖されていた。
最初に目についたのは、第一居住区の大気成分だった。
俺なら数分と耐えられないような数値が並んでいる。すぐに救助が必要だと思ったが、回答を入力しかけたところで住民情報が目に入った。
《主要居住種:第八四四〇一生理分類群》
生理条件を開く。
その大気組成は、現地住民にとって正常範囲だった。むしろ設備の調整によって、今までより快適になっている部分すらある。
「……危なかった」
小さく呟き、第一居住区の優先順位を下げる。
第二居住区では環境維持装置の出力がほんの少し低下しているだけだった。しかし現地の種族は生存可能な環境範囲が極端に狭く、あと数分で安全限界に達する。
第三居住区の輸送路も、一見すると簡単に迂回できそうだった。
ところが最短経路は、別の種族の保護区域を通過している。緊急通行の申請手続きは用意されていたが、許可が下りる前に侵入してよいとはどこにも書かれていなかった。
結局、最初に考えた配分は全部やり直しになった。
必要な情報を確認し、救援船と物資の配置を決めていく。最後に判断理由を記入すると、ようやく次の問題へ進んだ。
《以下の通信記録について、発信者の要求と確認を要する事項を整理してください》
今度は救助要請の通信記録だった。
軍用翻訳システムによって内容は理解できる。しかし発信者の文化圏を確認すると、翻訳された言葉の一部が、俺の想像とは違う意味で使われていることが分かった。
以前の翻訳実習を思い出す。
言葉が通じることと、相手の意図が伝わることは別だった。
俺は急いで書きかけた回答を消し、発信元の情報を確認し直した。
その後も問題は続いた。
魔法による設備修復、超能力者を含む救助活動、所有権が複雑な貨物の移送、意思決定に長い時間を必要とする種族との交渉。どれも授業で聞いたことはあるのに、実際に判断を求められると簡単ではなかった。
特に困ったのは、正しい対応が一つに決まらない問題だった。
限られた情報の中で、何を優先し、何を保留し、どの段階で他の担当者へ引き継ぐか。そこまで考えなければ、回答欄が埋まらない。
試験の最後には、見慣れない星域を対象とした総合問題が出てきた。
救助、交通、外交、環境管理が同時に絡んでいる。
俺はしばらく問題文を眺めてから、まず自分の権限で判断できる範囲を確認した。
全部を自分で解決しようとしない。
それだけは、今までの授業で何度も教わったことだった。
◇
学科試験が終わったときには、身体より頭の方が疲れていた。
休憩区画へ出ると、ミナが先に来ていた。近くの席で補給用の飲み物を片手に、何かを考え込んでいる。
「お疲れ。ミナも終わった?」
「うん。でも最後の問題、ちょっと気になるところがあってさ。判断自体は間違ってないと思うんだけど、もっといい方法があった気がするんだよね」
「俺はその前の問題から怪しいよ。回答するたびに見落としが見つかって、最後は提出するのが怖くなってた」
「でも、ちゃんと見直してるなら悪くないんじゃない? 時間内に決めるのも試験のうちだし」
ミナがそう言って笑ったところで、ケイロも合流した。
「二人とも、実技の通知来てるぞ。俺は機関系だったから、ちょっと楽しみになってきた」
「希望どおりじゃないか。俺はまだ見てないけど、できればあんまり難しくないやつがいいな」
「統合実技評価に簡単な仕事なんてあるのか? まあ、最初からできないことをやらせる試験でもないだろうけど」
そう言いながら、ケイロは自分の担当区画を確認している。さっきまで学科試験のことを話していたはずなのに、もう次の試験へ意識が向いているらしい。
ポルカも少し遅れてやってきた。
『私の担当は高温環境施設の事故対応だ。得意分野ではあるが、具体的な状況はまだ分からない』
「いいなあ。俺は何が来るかな」
自分の通知を開く。
《実技配属:補給支援系統》
その下には、貨物管理と安全搬送の項目が並んでいた。
「……荷物運びみたいだ」
「いいじゃない。ハジメ、身体を動かす方が好きなんでしょ?」
「そうだけど、宇宙軍の試験で荷物運びって言われると、逆に何が起きるのか怖いな」
ミナは笑っていたが、俺はわりと本気だった。
◇
実技評価区画へ入ると、周囲に星空が広がった。
壁も天井も見えなくなり、遠くに無数の星系と航路が浮かんでいる。表示の中心では巨大な艦隊が移動し、別の場所では惑星規模の環境制御網が組み替えられていた。
《統合実技評価・共通演習環境》
《模擬対象星系:18,400》
《対象人類種:287,412》
《模擬住民総数:約6.8兆》
「……規模がおかしいだろ」
数を見間違えたかと思って確認したが、やはり一万八千四百星系だった。
演習では、大規模な星間交通障害と複数の環境事故が同時に発生しているらしい。各地の訓練生が、その巨大な状況の一部分を担当する。
星図の片側では恒星活動の変化に対応するため、いくつもの居住施設が軌道を変更していた。別の場所では、輸送艦隊が救援物資を積んで星系間を移動している。
これを全部、試験のために再現しているのか。
銀河統合宇宙軍という組織の規模を、少しだけ実感した。
次に、俺の担当内容が表示される。
《受験者:ハジメ》
《担当区域:第七方面・補助宇宙港》
《任務:環境維持装置交換ユニットの受領・検査・搬送》
巨大な星図の隅にある、一つの宇宙港が拡大された。
さらにその一画が拡大され、倉庫のような区画が表示される。
銀河全体ではあれだけのことが起きているのに、俺の仕事は本当に荷物運びだった。
少し安心した。
ただし、たぶん普通の荷物運びではない。
◇
周囲の景色が切り替わると、俺は宇宙港の貨物倉庫に立っていた。
壁の向こうには何隻もの輸送船が接続され、頭上では大型搬送機が忙しく行き交っている。床には貨物ごとに異なる搬送経路が表示され、一部の通路には重力や気圧の注意表示が出ていた。
目の前には搬送台と貨物容器がある。
触れてみると、ちゃんと手応えがあった。映像だけの試験ではなく、身体を使った動作まで測定するらしい。
《目的地:第四十三居住区・環境管理設備》
《制限時間:現地標準三十二分》
《貨物損傷および環境逸脱に注意》
まず貨物番号を照合し、封印と外装を確認する。続いて搬送経路を調べ、貨物を通してはいけない環境条件がないか確認した。
ここまでは授業の通りだった。
受領処理を終えて搬送台を動かそうとすると、経路表示の一部が赤くなった。
《推奨搬送経路:通行制限》
《代替経路を選択してください》
「やっぱりか……」
何となく予想していた。
代替経路は三つあった。
一つは一般貨物用の長い迂回路。もう一つは低重力搬送路で、最後の一つは最短だが環境条件の異なる居住区域を通過する経路だった。
最短経路には個別の通行許可が必要で、貨物の環境適合情報も足りていない。
時間は短縮できるが、今の俺に選んでいい経路とは思えなかった。
一般貨物用の迂回路は安全だが、制限時間がかなり厳しくなる。残る低重力搬送路を確認すると、貨物の固定条件も通行権限も満たしていた。
「これなら行けそうだな」
経路を登録し、搬送台を動かす。
低重力区画へ入った途端、足元の感覚が変わった。
《局所重力:0.16標準重力》
身体が軽い。
ただし、貨物まで軽々と止められるわけではない。
搬送台の質量は変わっていないので、勢いよく動かせば、止めるときにそれだけ苦労する。慣性制御の補助装置は付いているが、今日の評価では手動操作の比率が高めに設定されていた。
俺は早めに減速し、曲がる前には足の位置を調整した。
この辺りは、最近の身体操作訓練が役に立っている。
師匠から教わった重心移動や力の抜き方は、地味だがこういうときに助かる。もちろん、今でも意識しすぎると動きがぎこちなくなるのだが、少なくとも最初の頃よりはマシになった。
通路を半分ほど進んだところで、端末に別の通知が入った。
《緊急通報受信》
《第六接続通路・救助要請》
立体図に救助要請の位置が表示される。
現在地からそれほど遠くない。
通報によれば、現地住民が一名、通路で動けなくなっているらしい。
「……こう来るか」
俺は搬送台を停止させ、通報の詳細を開いた。
救助要請はすでに管制系にも届いており、担当の救助班が向かっている。ただし到着までには少し時間がかかるようだった。
自分が向かえば早いかもしれない。
しかし、要救助者の種族も詳しい状態も分からない。俺には救助用の装備もなく、貨物を無断で放置すれば、別の居住区で必要な環境設備の交換が遅れる。
まず現在地と貨物の状態を報告し、要救助者の情報を確認した。
《要救助者:意識あり》
《移動能力:一時的に低下》
《緊急生命危険:現時点で検出されず》
《救助担当:派遣済み》
ここまで見る限り、俺が無理に現場へ入るより、専門の救助班へ情報を渡した方がよさそうだ。
通路の状態と、自分の位置から確認できる情報を送信する。
《情報受領》
《担当業務の継続を推奨》
「了解」
搬送を再開した。
少し進んだところで、別の通路を救助用の移動装置が通過していくのが見えた。乗っているのは俺とはまったく違う身体の種族で、周囲の環境に合わせた装備を身につけていた。
どうやら、本職が到着したらしい。
任せられる相手がいるなら、任せた方がいい。
今の俺ができるのは、自分の貨物を確実に届けることだった。
◇
目的地へ到着したときには、制限時間までまだ少し余裕があった。
貨物を引き渡し、交換ユニットの識別情報と封印状態をもう一度確認する。引受担当から受領記録が届いたところで、周囲の景色が徐々に薄くなっていった。
宇宙港の壁が透け、遠くの輸送船が消える。
気がつけば、最初に入った評価区画へ戻っていた。
《実技評価終了》
《担当任務:完了》
《貨物状態:正常》
《安全規程:遵守》
《改善推奨:初動判断速度》
《詳細評価:後日通知》
どうやら任務そのものは無事に終わったらしい。
ただ、救助要請を受けたときの判断には少し時間をかけすぎたようだ。何も考えずに動くのは危険だが、考えている間に状況が悪化する可能性もある。
難しい。
少なくとも、次に同じようなことがあれば、もう少し早く確認を始められるとは思う。
評価区画を出ると、ちょうどケイロが戻ってきたところだった。
「お疲れ。そっちはどうだった? 俺は機関設備の応急対応だったんだけど、途中で制御方式が三回も切り替わって大変だったぞ」
「三回も切り替わるのか。俺は宇宙港で荷物を運んできたんだけど、途中で救助要請が入ってさ。慌てて行かなくてよかったのか、まだちょっと気になってる」
「救助班が向かってたなら、任せていいんじゃないか? 俺の方も途中から専門の担当者が来たし、全部自分でやる試験ではなさそうだったぞ」
ケイロがそう言ったところへ、ミナも合流した。
「二人とも終わったんだね。私は避難区域の調整だったよ。移動先を決めるだけだと思ってたら、住民ごとに必要な環境が違って、途中から何を優先するかで悩んじゃった」
「学科でやったみたいな問題か?」
「似てたけど、実際に相手から質問が来るから全然違ったよ。途中で現地の担当者に相談して、ようやく落ち着いた感じ」
ミナは疲れているようだったが、少し楽しそうでもあった。
ポルカもほどなく合流した。
『高温環境の事故対応は順調だった。ただ、最後に設備を冷却する必要があった』
「得意なところから、急に専門外になったわけか。結局どうしたんだ?」
『冷却を担当する者へ引き継いだ。自分で行う必要はなかった』
「みんな似たようなことをしてるんだな。仕事自体は全然違うのに、最後は誰かに任せる判断が必要だったみたいだ」
ミナがそう言うと、ケイロが頷いた。
「そりゃ一人で全部できる奴ばかりじゃないだろ。そもそも、あの星図を見たか? あんな規模の事故に一人で対応しろって言われたら、試験どころの話じゃない」
確かにそうだった。
一万八千四百の星系と、六兆八千億の模擬住民。
その中で、俺が担当したのは宇宙港の荷物一つである。
十分に忙しかった。
銀河は広いが、自分の手が届く範囲は案外狭いらしい。
◇
銀河統合教育評価センターでは、各方面から送られてきた採点記録の集約が進んでいた。
学科の回答履歴、実技の行動記録、種族別の評価補正、専門分野ごとの判定。膨大な情報が順番に照合され、確定したものから正式な成績記録へ反映されていく。
同じ入隊期の試験であっても、全員が同じ時刻に受験するわけではない。各星域の時間系や通信条件、試験方式の違いを考慮し、最終的な評価基準だけを統一する仕組みになっていた。
集計処理が終盤に差しかかったころ、一件の照合不一致が検出された。
《今期登録受験者:83,610,472,944名》
《受信済み採点記録:83,610,472,945件》
《未照合差分:1件》
「採点記録が一件多いですね。再送された記録が残っているんでしょうか」
担当者の一人が画面を確認した。
「重複は集約段階で処理されるはずだが、念のため確認しよう。今回の演習は模擬受験者も多かったから、そちらの登録が混じっている可能性もある」
二人は差分を抽出し、通常の照合手順に従って確認を始めた。
通信の再送履歴に重複はなく、模擬受験者の識別情報とも一致しない。試験中に所属が変更された訓練生や、複数身体を持つ種族の記録も調べたが、該当するものは見つからなかった。
「変ですね。採点記録の形式は正常ですし、学科も実技も一通り評価されています。それなのに、対応する受験者登録がありません」
「記録そのものが壊れている可能性は?」
「形式検査では異常なしです。ただ、登録識別情報から元の受験者を辿れないので、成績としては確定できません」
担当者は記録の詳細を開いた。
学科試験には回答履歴があり、実技試験には行動の時系列が残っている。評価項目も通常の訓練生と同じように処理されていた。
しかし、受験者の所属先も登録情報も照合できない。
「受験設備側の記録が混入した可能性もあるな。原記録を保全して、試験実施系統と登録管理系統の両方へ照会しよう」
「正規の成績発表はどうします? この一件が未確定だと、全体順位にも影響する可能性がありますが」
「受験者登録と照合できない記録は順位計算に含めない。正規の受験者全員の記録が確定しているなら、発表を止める必要はないだろう」
担当者が差分を隔離すると、集計処理は再開された。
《未照合採点記録:1件》
《原因:調査中》
《正規集計への反映:保留》
《原記録:保全》
八百三十六億件を超える成績が整理され、所属星域、方面、銀河全域の評価が次々に確定していく。
やがて、統合基礎評価の集計は予定通り終了した。
誰のものでもない採点記録を、一件だけ残して。
◇
試験結果が届いたのは、数日後だった。
夕食を食べていると、端末に通知が表示された。
《統合基礎評価・成績確定》
《個人成績を確認できます》
「……来た」
思わず箸を止める。
向かいのミナも通知に気づいたらしく、自分の端末を開いていた。ケイロは食事を続けながら結果を確認していて、ポルカも近くで青白い炎を揺らしている。
「ハジメ、先に合否を見ちゃった方がいいよ。ずっと画面を眺めてても結果は変わらないから」
「分かってるんだけどさ。学科で何問か怪しかったし、実技も判断が遅いって言われたから、ちょっと怖いんだよ」
「そこまで心配するなら、早く確認して楽になった方がいいだろ。補習が必要だったら、そのとき考えればいいんだから」
ケイロに言われ、ようやく結果を開いた。
《統合基礎評価》
《総合判定:基準達成》
《学科評価:基準達成》
《実技評価:基準達成》
《安全判断:基準達成》
《改善推奨:初動判断速度・情報優先順位付け》
「よかった。ちゃんと通ってた」
「おめでとう! 私も基準は達成できてたよ。ただ、実技の情報整理はもう少し練習した方がいいみたい」
「ミナでもそういう評価がつくのか。俺なんて改善推奨が二つあるんだけど、これって多い方なのかな」
「二つくらい普通だろ。俺もいくつか出てるぞ。むしろ、どこを直せばいいか書いてくれるんだから助かるじゃないか」
ケイロはそう言って、自分の評価項目を見せてくれた。
機関設備の操作と応急対応の点数が高い。普段から好きで触っている分野だけあって、試験でも十分に力を発揮できたらしい。
「やっぱり得意なところは強いんだな。俺も何か、そういう分野が欲しいよ」
「お前だって身体操作を続けてるだろ。あれ、そろそろ成果が出てるんじゃないのか?」
「成果って言っても、最近ようやく重力が変わっても転びにくくなったくらいだぞ。お前の機関制御と比べるようなものじゃない」
「別に同じことができる必要はないだろ。俺だって、お前が受けてる訓練を今からやれって言われたら困るぞ」
それは間違いない。
九年ぶりの受講者を迎えた師匠が、どれだけ張り切るか知っている。
ポルカは自分の評価を確認しながら、静かに炎を揺らしていた。
「ポルカはどうだった? 高温環境対応なら、かなりいい点数だったんじゃないか?」
『その項目はよかった。ただ、冷却設備の操作判断には改善が必要らしい』
「得意なことだけできればいい、って試験じゃなかったもんな。俺も物資搬送より、途中の救助要請の方が難しかった」
『専門外のことまで自分で処理しない。その判断も評価されていたようだ』
ポルカの言葉に、ミナが頷いた。
「私も同じだったよ。試験中は何でも自分で決めなきゃいけないと思ってたんだけど、途中で相談しても評価が下がるわけじゃなかったんだよね」
考えてみれば、当然の話だった。
六兆八千億もの模擬住民がいる演習で、訓練生一人に全部解決させる方がおかしい。誰かに仕事を任せたり、相談したりする能力だって、きっと軍には必要なのだろう。
◇
成績の詳細を見ていると、下の方に《順位表示》という項目があった。
「そういえば、今回って全体順位も出るんだったな。今まで気にしてなかったけど、どれくらいの人数と比べられるんだ?」
「艦内だけじゃなくて、星域や方面ごとも見られるみたい。銀河全体の順位もあるよ」
ミナはすでに確認したらしい。
俺も表示を開いてみた。
《教育艦・今期総合順位》
《6,458,291位/12,480,000名》
「……六百四十五万位?」
数字を見直す。
間違いない。
六百四十五万八千二百九十一位。
順位そのものは真ん中くらいなのだが、分母の方が気になった。
「《ながと》って、今期の同期だけで一千二百万人以上いるのか?」
「いるだろ。先輩たちはもっと多いし、教官や運航関係の人員も合わせれば相当な数になるぞ」
ケイロは当たり前のように言った。
「いや、俺が普段会うのって、大体同じ居住区か授業の連中だからさ。一千万人以上って言われても、そんなにいる感じがしないんだよ」
「この艦、相当大きいんだから当然じゃない? ハジメが行ったことない区画も、まだいっぱいあるでしょ」
ミナに言われて、艦内の基本情報を確認する。
《教育艦・在艦人員》
《今期入隊訓練生:12,480,000名》
《上級課程訓練生:38,720,000名》
《教官・運航・生活支援等:4,800,000名》
《合計:56,000,000名》
「五千六百万人って……ちょっとした人口じゃないか。先輩だけで三千八百万人以上いるのかよ」
「先輩たちは課程も年次も違うからな。今回の順位に入ってるのは、あくまで同じ入隊期の訓練生だけだぞ」
「それでも十分多いと思うんだけど」
五千六百万人が生活している船。
しかも、その全員が同じ環境を必要としているわけではない。重力も気圧も温度も違う区画があり、俺には用途すら分からない設備も山ほどある。
以前から《ながと》は大きい船だと思っていたが、改めて数字を見ると感覚がおかしくなる。
とりあえず、次の順位を開いてみた。
《所属星域・今期総合順位》
《394,200,108位/762,000,000名》
「三億九千万位か。艦内から一気に二桁くらい増えた気がするな」
「そりゃ星域全体だからね。ハジメの順位、割合で見るとあんまり変わってないよ」
ミナが言う通り、順位の位置は大体同じだった。
さらに次の項目を開く。
《第七方面・今期総合順位》
《2,104,936,221位/4,050,000,000名》
「二十一億位……ここまで来ると、順位というより人口統計を見てる気分だな」
「お前、さっきから順位の数字ばっかり見てるな。割合の方を見れば、そんなに驚くこともないだろ」
「分かってるんだけど、二十一億位って言われたら驚くだろ。人生でそんな順位を取ることなんて、普通ないぞ」
ケイロは面白そうに笑っていた。
そして最後に、銀河全域の順位を開く。
《銀河全域・今期総合順位》
《43,205,109,066位/83,610,472,944名》
今度こそ、しばらく言葉が出なかった。
「……四百三十二億位?」
もう一度見る。
やはり変わらない。
「俺より上に、四百三十二億人もいるのか」
「そう考えるとすごいけどさ。下にも四百億人くらいいるんだから、全然悪い成績じゃないだろ」
ケイロが画面を覗き込んだ。
「まあ、そうなんだけど。これだけ上に人がいると、さすがに自分が小さくなった気がするな」
「逆に考えれば、これだけの人数がいてもちゃんと真ん中辺りにいるんだろ。得意なことが違う連中をまとめて比べてるんだから、悪くないと思うぞ」
確かにそうだった。
全体順位は、種族ごとの身体能力をそのまま比較した数字ではない。共通の判断力や安全管理能力、各自の条件に応じた実技成績などを、統一された基準に換算した結果らしい。
だから、足の速い種族が一番になったり、魔法が得意な者だけが有利になったりするわけではない。
実際、俺たち四人の評価項目もかなり違っていた。
「銀河中で一番成績がいい奴って、どんな訓練を受けてるんだろうな。想像できないくらいすごい能力を持ってたりするのかな」
「能力もすごいかもしれないけど、勉強も相当してると思うよ。今日の試験だって、知ってることを使えなきゃ点数にならなかったでしょ?」
ミナの言葉に頷く。
確かに、便利な能力を持っているだけで満点が取れるような試験ではなかった。
上位の成績を眺めてみると、学科と実技の両方で非常に高い評価を受けている訓練生が大勢いた。専門分野の成績も掲載されていたが、上位者だからといって全員が同じ能力を持っているわけではない。
得意分野が違うのに、総合的には同じくらい優秀な連中がいる。
しかも、それが何億人という規模で存在する。
『上には上がいる』
ポルカが呟いた。
「本当にな。ここまで多いと、どこかには俺とまったく同じ成績の奴もいるんじゃないか?」
「いるかもしれないね。でも、得意なところまで全部同じとは限らないし、同じ仕事に向いてるとも限らないんじゃない?」
ミナは自分の評価画面と俺の画面を見比べた。
確かに、総合順位だけでは分からないことが多い。
俺はそのまま自分の詳細評価へ戻り、改善推奨の項目をもう一度確認した。
まずは初動判断を速くすること。
銀河全体で何位かを気にするより、次の試験でそこを直した方がよほど役に立ちそうだった。
◇
順位画面を閉じようとしたところで、下の方に今期の登録情報が表示されているのに気づいた。
《銀河統合宇宙軍・今期入隊者》
《入隊時登録人数:83,610,472,944名》
「あ、この数字って……」
見覚えがあった。
入隊したとき、最初の式典で今期の入隊者数が発表されていたのだ。
八百億人以上。
あのときは数字の大きさに驚いたものの、配属先やら今後の予定やらで頭がいっぱいだった。何しろ、それまで育った施設から離れて、初めて軍の教育艦で生活することになったのだから、同期が何億人いるかより自分の部屋がどこなのかの方が重要だった。
今になって、改めてその数字を見る。
八百三十六億人。
俺と同じ時期に入隊した訓練生が、それだけいる。
何となく気になって、現在の在籍状況を開いた。
《今期入隊者・在籍状況》
《入隊時登録人数:83,610,472,944名》
《現在軍籍保有者:83,610,472,944名》
《正式除隊者:0名》
「……え?」
数字を見比べる。
入隊時と現在の人数が、まったく同じだった。
「ちょっと、これ見てくれ。同期の正式除隊者がゼロになってるんだけど、八百億人以上いて一人も辞めてないってことか?」
ケイロがこちらへ身を乗り出した。
「本当だ。俺もそこまでは見てなかったな。入隊してからそんなに経ってないとはいえ、この人数でゼロはすごいぞ」
「だよな。途中で別の仕事がしたくなった奴とか、訓練が合わなかった奴くらいいそうなものなのに」
「進路を変えた人なら、結構いると思うよ。軍の中でも選べる仕事はたくさんあるし、教育課程を変更する制度もあるから」
ミナが在籍情報の詳細を開いた。
専門課程の変更、訓練方法の調整、教育艦間の移籍、長期療養、適性再評価。様々な事情で最初の予定から進路を変更した訓練生がいるらしい。
「なるほど。軍を辞めなくても、別の仕事に移れるのか。そもそも俺たち、まだ訓練生だもんな」
「そうだな。入隊したあとに適性が変わったり、希望が変わったりするのは珍しくないだろうし。軍としても、最初に選んだ仕事を無理やり続けさせるより、向いてるところに行ってもらった方が助かるはずだ」
ケイロの言う通りだった。
今までの訓練を振り返っても、適性に合わないことを無理に続けさせる仕組みにはなっていない。苦手なことは訓練で補い、得意な分野があれば専門性を伸ばす。
必要なら休めるし、訓練の方法そのものを変更することもできる。
ずいぶん手厚い制度だと思う。
ただ、それでも八百億人以上の正式除隊者がゼロというのは、簡単に納得できる数字ではなかった。
「ここまで人数がいると、一人くらい本当に別の仕事をしたくなってもおかしくないと思うんだけどな」
「私もそう思う。でも、少なくとも今回の集計では、まだ誰も正式に除隊してないんだね」
ミナも少し驚いた様子で表示を眺めていた。
ポルカが静かに炎を揺らす。
『まだ最初の評価が終わったところだ。これから変わるかもしれない』
「まあ、そうだよな。今まで誰も辞めてないからって、今後もずっとそうとは限らないか」
『それでも、今の数字はすごい』
そこは素直に同意する。
入隊してから長いわけではないが、俺も軍での生活にはそれなりに慣れてきた。飯も寝床もあり、給料も出るし、訓練は大変でも少しずつできることが増えている。
何より、自分に合った仕事を見つけるための時間がちゃんと用意されている。
最初から立派な軍人になりたいと思っていたわけではない俺にとって、その仕組みはありがたかった。
改めて在籍人数を見る。
八百三十六億人。
身体も能力も、生まれ育った場所も、得意なことも違う連中が、今は同じ軍にいる。
それだけ多くの者が、それぞれのやり方で続けられているらしい。
「何か、ちょっとすごいな」
「さっきから何回も言ってるよ、ハジメ」
ミナが笑った。
「いや、順位も人数も大きすぎて、ほかに言いようがないんだよ。俺の周りじゃ普通に飯食って、授業受けて、たまに遊びに行ってるだけなのにな」
「それでいいんじゃない? みんな普段の生活をしてるんだから、全体を数えたときにすごい人数になるんだと思うよ」
そういうものかもしれない。
八百億人が一度に集まっているところを想像すると、とんでもない光景になる。
でも、その一人ひとりにとっては、きっと今日も普通の一日なのだろう。
俺も、そのうちの一人だった。
◇
その夜、部屋へ戻ってからもう一度試験結果を確認していると、追加の通知が届いた。
《個別専門基礎科目・評価確定》
「まだあったのか。そういえば、専門科目の結果は別なんだったな」
画面を開く。
《科目名:基礎身体操作Ⅰ》
《総合判定:基準達成》
《動作安定性:良好》
《身体各部の連携:改善傾向》
《余剰動作:継続改善を推奨》
いつもの評価だった。
少しずつ良くなっているらしいが、余計な動きが多いという指摘は相変わらずだ。師匠には毎日のように言われているので、ここだけは試験を受ける前から予想できていた。
さらに下へ進むと、科目内順位が表示された。
《教育艦・今期科目内順位》
《第1位》
「……お?」
思わず画面へ顔を近づける。
一位。
さっきまで数百万位だの数億位だのという数字ばかり見ていたせいか、ものすごく新鮮だった。
しかも専門科目で一位ということは、少なくともこの科目では俺より成績のいい訓練生がいないということになる。
少しだけ胸を張りかけたところで、その下の表示が目に入った。
《評価対象者数:1名》
「……知ってた」
そうだった。
この科目を履修しているのは俺一人である。
つまり、一位ではあるが最下位でもある。五千六百万人が暮らす教育艦で、俺だけが参加しているという状況は、改めて考えてもなかなかすごい。
いや、すごいと言っていいのかは分からない。
そんなことを考えていると、師匠から通信が届いた。
《試験結果を確認した。よくやっているな!》
「おお……」
素直に嬉しかった。
あの師匠に褒められると、なぜかちゃんと成長したような気がする。もちろん、普段から褒めてくれないわけではないのだが、試験結果を見て認めてもらえたのは少し違う。
続けて、もう一件の通知が届いた。
《明日も午前六時から通常訓練だ! 気合いを入れて来い!》
……そこは変わらないのか。
銀河全域で四百三十二億位。
《基礎身体操作Ⅰ》では堂々の一位。
もっとも、評価対象者数は一名である。
結局、順位がどれだけ大きくても小さくても、明日の朝にやることは同じだった。
とりあえず、寝坊しないよう早めに寝ようと思う。
◇
【TIPS:銀河統合基礎評価】
銀河統合宇宙軍では、同一入隊期の訓練生を対象とした共通基礎評価が定期的に実施される。
評価は学科と実技に分かれているが、単純な知識量や身体能力だけで成績が決まるわけではない。異なる生理特性、知覚方式、能力体系、技術環境を持つ人類種が対象となるため、共通能力と専門適性を区別した評価基準が採用されている。
例えば、真空環境で活動できる種族が、ヒトより長く宇宙空間に滞在できたからといって、それだけで高評価になるわけではない。
評価されるのは、本人に与えられた条件のもとで、必要な情報を集め、適切な判断を行い、安全かつ確実に任務を遂行できたかどうかである。
また、銀河規模の実技評価では、膨大な数の星系や住民を再現した演習環境が使用される場合がある。ただし、訓練生一人が担当する任務は、その時点の教育課程と能力に応じて設定される。
銀河全域の総合順位も公開されるが、これは同一期生の中での相対的な位置を知るための参考指標であり、専門分野ごとの適性や将来の配属先を一つの数字だけで決めるものではない。
なお、受験者が一人しかいない科目でも、科目内順位は通常通り算出される。
一位である。
間違いではない。
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今日も銀河は平和です。
たぶん。




