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今日も銀河は平和である。たぶん。~宇宙軍訓練生の俺は、今日もよく分からないものを習っている~  作者: 優耀


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19/24

第19話 みんな同じ曲を聴いていた

今回のお題:曲の中で一番好きなところ


サビ、イントロ、歌詞、低音、楽器、ライブ演出など。


同じ曲が好きでも、どこを気に入ったのかまで同じとは限らないようです。

「ハジメ、今夜空いてる?」


 背後から呼ばれて振り返ると、ミナが端末を片手に立っていた。隣にはポルカもいる。


「飯食って、ネット見て、寝る予定」


「じゃあ空いてるね」


「俺の予定、全部なかったことにされた?」


「いつでもできるでしょ。それより、これ見て」


 ミナが端末をこちらへ向けた。


《多感覚音楽公演》

《会場:第二娯楽ホール》

《一般観覧枠:追加受付中》


 紹介映像には、光に包まれた巨大な舞台が映っていた。いくつもの音が重なり、最後に会場全体が明るくなる。


「ライブか」


「そう。この演奏団、前に配信で見たんだけど、すごくよかったんだよ。今日《ながと》で公演があるのは知ってたんだけど、観覧枠が埋まってて」


「それで追加枠が出たと」


「そういうこと。どう?」


 画面の残席表示はまだ受付中になっている。


「面白そうだな。俺も行こうかな」


「よかった!」


『三曲目が楽しみだ』


 ポルカが突然言った。


「曲目まで知ってるの?」


『以前の公演記録を見た。あれが入っている』


「へえ。ポルカも好きなんだ」


『悪くない』


「それ、結構気に入ってる言い方だろ」


 ポルカの炎が少し大きく揺れた。


 せっかくなのでケイロにも連絡してみると、すぐに返事が来た。


《行ける。何時から?》


 開始時刻を送る。


《大丈夫。四人分取れる?》


「ケイロも行くって」


「じゃあ予約するね。席が少し離れるかもしれないけど」


 ミナが四人分の情報を登録すると、各自に対応した鑑賞設備を持つ席が自動で割り当てられた。


《予約確定》

《観覧者:四名》

《鑑賞位置:近傍配置》


「取れた!」


「間に合ってよかったな」


「ほんとだよ。さっきまで全然空いてなかったんだから」


 ミナは予約確認をもう一度眺めてから、ようやく端末を閉じた。


 そんなに楽しみにしていたのか。


 俺も少し楽しみになってきた。


     ◇


 第二娯楽ホールの前には、すでに大勢の観客が集まっていた。


 移動の仕方からして様々で、二本脚や四本脚で歩く者の間を浮遊型の種族が通り、身体を支える専用装置ごと進む者もいる。入場経路はそれぞれの体格や移動方式に合わせて案内されていて、混雑している割にはスムーズに進めた。


「広いな」


「この演奏団、結構人気あるみたいだよ」


「ミナは前から好きだったの?」


「うん。最初は配信でたまたま見ただけなんだけど、気に入って何回か聴いてる」


「好きな曲とかある?」


「今日やるか分からないけど、二曲くらい。生で見るのは初めてだから楽しみ」


 ミナは先ほどから少し落ち着かない様子だった。いつもより歩くのが速い。


 案内された場所へ着くと、ケイロが先に来ていた。


「遅かったな」


「まだ開演前だろ」


「座席を確認してた」


「早いと思ったら、それか」


 俺たちの鑑賞位置は、ほとんど横並びだった。


 ただし四つとも同じ座席ではない。


 俺とミナには椅子があり、ケイロの席には四本の腕を支えるための接触面が付いている。ポルカの場所には椅子自体がなく、青白い炎を囲むように環境制御フィールドが展開されていた。


 俺が座ると、視界の端に設定が表示された。


《主要知覚:聴覚》

《視覚演出:標準》

《触覚振動補助:弱》

《生理安全補正:有効》


 特に変更せず確定する。


 周囲を見れば、ミナの席では照明が細かく調整され、ポルカの場所には熱覚出力の表示が浮かんでいる。


 ケイロはというと、さっきから四本の腕をあちこち動かしていた。


「何してるんだ?」


「位置合わせ。前に使ったやつ、下の腕がちょっと窮屈だったんだよ」


「四本分合わせるの大変そうだな」


「まあな。お前だって足の置き場が変だったら気になるだろ」


「それは嫌だな」


「同じことだよ」


 ケイロが最後の支持具を調整したところで、会場の照明がゆっくり落ち始めた。


「お、始まるぞ」


 俺が声をかけると、ケイロは支持具を一度だけ動かして頷いた。


「よし」


 満足したらしい。


     ◇


 舞台の中央に、演奏者たちが現れた。


 身体の大きさも形もまるで違う者たちが、それぞれの演奏装置の前へ移動していく。弦楽器に似たものもあれば、空中に浮かぶ光の輪や、巨大な金属板を何枚も重ねたような装置まであった。


 最初の曲は、低い音から始まった。


 ゆっくりしたリズムに別の旋律が重なり、やがていくつもの音が交差していく。知らない楽器ばかりだったが、俺には普通に音楽として聴こえた。


 ただし、音だけではない。


 低音に合わせて背中へ小さな振動が伝わり、舞台上の光が演奏に合わせて形を変える。曲が盛り上がるにつれて、その光は客席の頭上まで広がっていった。


 映像で見るよりずっと迫力がある。


 一曲目が終わると、観客席から大きな反応が返った。


「いいね、これ!」


 ミナが嬉しそうに言った。


「想像してたより聴きやすいな」


「そうでしょ? もっと変わった曲もあるよ」


『次の方がよい』


 ポルカが横から言う。


「お前、さっき三曲目が楽しみって言ってなかった?」


『二曲目もよい』


「全部好きなんじゃないか?」


『全部ではない』


 妙にきっぱり否定された。


 ケイロは公演の感想を言うより先に、自分の座席を確認していた。


「お、やっぱり新しい型は違うな」


「ちゃんと音楽聴いてた?」


「聴いてたって。最初の低音、よかっただろ」


「そこは俺も好きだった」


「だろ? 腕の先まで響くんだよ」


 そう言って、ケイロは下側の二本の腕を軽く動かした。


 俺には背中の振動しか分からなかったが、本人はずいぶん満足そうだった。


     ◇


 二曲目は、静かな始まりだった。


 高い音が長く伸び、その下を低い旋律がゆっくり流れていく。途中から細い光の帯が舞台の奥に現れ、音の流れに合わせて少しずつ客席の方へ広がってきた。


 曲の終盤、いくつもの旋律が一斉に重なる。


 その瞬間、俺は思わず身体を前へ傾けた。


 いい曲だ。


 演奏が終わると、ミナが満足そうに息をついた。


「今の、すごくよかった」


「最後の盛り上がるところ?」


「うん。光が一気に広がったでしょ。あそこ好きなんだ」


「俺、音の方ばっかり気にしてた」


「見てないの?」


「途中までは見てたんだけどな」


「もったいない!」


 ミナは本当に残念そうだった。


『あの部分は熱の方もよかった』


 ポルカが会話に加わる。


『一度落ちてから戻るのがよい』


「温度が?」


『そうだ』


「俺の席だと分からないな」


 ポルカは少し考えたようだった。


『聴覚で言えば、急に静かになったところから音が戻る感じに近い』


「ああ、それなら分かる」


「それ、私が好きって言ったところじゃない?」


 ミナが再生記録の位置を示す。


『同じだな』


 そこへケイロも覗き込んできた。


「お前たち、ここか?」


「そうそう」


「俺もそこが一番よかった。右側から振動が来て、最後に全部まとめて――」


「待って。何となく分かったから」


「まだ説明してないぞ」


「説明されても俺には体験できないだろ」


「それはそうだな」


 結局、四人とも同じ曲の同じ部分を気に入っていたらしい。


 理由はずいぶん違う。


 俺には旋律が重なるところで、ミナには光が広がるところ。ポルカには熱の変化があり、ケイロには身体全体へ伝わる振動があった。


 同じ音楽なのに、そこまで違うものか。


 不思議ではあるが、全員楽しんでいるのだから悪いことではない。


     ◇


 三曲目が始まると、ミナとポルカの反応が明らかに変わった。


「あ、これ!」


『来た』


 どうやら二人とも知っている曲らしい。


 速いリズムが続き、短い旋律が次々に入れ替わる。舞台上には幾何学的な光の模様が現れ、客席からも演奏に合わせて様々な反応が返り始めた。


 俺も自然に足で拍子を取っていた。


 隣ではケイロが四本の腕を動かしている。


 上の二本は大きく、下の二本は細かく。


 別々の動きをしているのに、本人は何でもなさそうな顔で演奏を楽しんでいた。


「それ、難しくない?」


「何が?」


「四本とも違う動きしてるだろ」


「慣れれば普通だぞ」


 試しに自分の左右の腕で違うリズムを取ろうとしてみた。


 無理だった。


 足まで使えば何とかなるかもしれない。


 いや、余計に混乱しそうだ。


 そんなことをしていると、隣からミナの笑い声が聞こえた。


「ハジメ、何してるの?」


「いや、ちょっと試してみた」


「楽しそう」


「できないんだけどな」


 ミナは笑いながら舞台へ視線を戻した。


 その直後、曲が大きく展開する。


 ポルカの炎が一瞬だけ強く揺れた。


『そう来たか』


「予想と違った?」


『ああ。前の公演ではもう少し早かった』


「アレンジ変えてるんだ」


『こちらの方がよい』


 今度は気に入ったらしい。


 演奏が終わると、会場全体が一気に沸いた。


 音による歓声だけではない。身体の色を変える者、強い光を放つ者、身体全体を震わせる者など、観客たちがそれぞれの方法で反応を返していた。


 俺には聞こえない歓声も多いのだろう。


 それでも、盛り上がっていることだけは十分に伝わってくる。


 ポルカが満足そうに炎を揺らした。


『やはり来てよかった』


「まだ終わってないぞ」


『知っている』


 そう言いながら、次の演目表示を確認している。


     ◇


 四曲目は、それまでよりずっと長い曲だった。


 演目案内には、演奏時間が十七分ほどと表示されている。


 ゆっくりした旋律が何層にも重なり、遠くで一定のリズムが続いていた。舞台上の光も控えめで、座席の振動もほとんど感じない。


 さっきまでの賑やかさが嘘のようだった。


 俺は椅子へ身体を預け、演奏を聴いていた。


 細い音が少しずつ形を変え、いつの間にか最初とは違う旋律になっていく。大きな変化はないのに、聴いていると妙に引き込まれる。


 しばらくして、ふと右上が気になった。


 何か聞こえたわけではない。光ったわけでも、動くものが見えたわけでもなかった。


 気がつけばそちらへ顔を向けていた。


 会場上部の壁と照明設備が見える。


 それだけだった。


 見逃した演出でもあったのかと思ったが、特に何も起きない。俺はすぐに舞台へ視線を戻した。


 曲は何事もなかったように続いている。


 しばらくすると、旋律は少しずつ強くなり、最後には最初の静けさへ戻っていった。


     ◇


 公演の後半には、かなり古い音楽も混じっていた。


《旧地球系文化圏》

《聴覚主体作品》

《多感覚補助変換:有効》


 曲が始まると、今度は俺の方が馴染みのある感覚になった。


 旋律とリズムを中心に構成され、光や振動はその流れを補うように変化している。まったく知らない時代の音楽だったが、さっきまでの曲よりも素直に聴けた。


「これ、結構好きかも」


 俺が言うと、ミナがこちらを見た。


「ハジメ、こういう曲も好きなんだ」


「なんか聴き慣れた感じがする。古い曲なのにな」


「私はさっきの三曲目の方が好きかな」


「それは俺も好きだった」


 ミナは少し笑って、また舞台へ視線を戻した。


 ポルカはしばらく黙って演奏を聴いていたが、曲が終わると小さく炎を揺らした。


『惜しい』


「何が?」


『最後の細かい部分。熱にすると少し平坦になる』


「俺にはいい感じだったけどな」


『なら、それでいい』


 ポルカはあっさり言った。


 別に自分と同じ感想を求めているわけではないらしい。


 その隣で、ケイロが満足そうに腕を伸ばす。


「俺は結構好きだな、今の」


「振動が?」


「それもあるけど、途中でリズムが変わるところ。あれ面白い」


「変わってたっけ?」


「二回目の繰り返しだけ、少し違っただろ」


 俺は曲を思い返した。


 そんなところがあった気もするし、なかった気もする。


「……全然気づかなかった」


「ちゃんと聴けよ」


「お前にだけは言われたくない」


 さっきまで座席ばかり気にしていた奴に言われると、少し悔しい。


     ◇


 全演目が終わるころには、すっかり夕食の時間になっていた。


 会場を出ながら、ミナが今日の公演評価を開いている。


「ハジメ、どれが一番よかった?」


「三曲目かな。あの速いやつ」


「やっぱり? 私も」


『私もだ』


 ポルカが即答する。


「ポルカは最初から楽しみにしてたもんな」


『期待以上だった』


 ずいぶん高評価らしい。


「ケイロは?」


「俺も三曲目。ただ、一曲目ももう一回聴きたい」


「椅子の調整が終わってなかったから?」


「そう。ちゃんとした状態で聴き直したい」


「そんなに違うのか」


「違うんだよ」


 本人がそこまで言うなら、きっと違うのだろう。


 俺は今日の公演記録を購入しようと端末を開いた。


《公演記録版を購入しますか?》


《聴覚主体版》

《視覚補助強化版》

《熱覚補助強化版》

《多点触覚補助版》

《会場標準版》

《個人鑑賞記録再現版》


「……多いな」


「私は個人記録版にするよ。今日の見え方で残しておきたいし」


「俺は会場標準版だな。あとから出力を変えられる」


 ケイロが言った。


『私は熱覚版だ』


「みんな違うのか」


 購入欄を眺めながら、少し悩む。


 自分用なら聴覚主体版で十分だろう。ただ、せっかくなら会場で見た光の演出も残しておきたい。


 値段を確認する。


 うん。


 とりあえず保留にしよう。


「ハジメは買わないの?」


「あとで試聴して決める。今は飯の方が大事」


『賛成だ』


 ポルカがすぐに反応した。


「そういえば、ポルカは今日どこで食べるの?」


『第三高温炉だ』


「いつものところか」


『今日は予約してある』


 相変わらず、食事場所の規模がおかしい。


 ミナが少し考えてから言った。


「じゃあ途中まで一緒だね。私たちは第二食堂にしようか」


「賛成」


「俺も」


 そこから先は、今夜のメニューの話になった。


 ケイロは新しく追加された料理が気になるらしく、ミナはデザートを調べ始めている。俺も夕食の一覧を開き、いつものメニューと少し高い追加料理を見比べた。


 さっきまで四人で同じ音楽を楽しんでいたのに、今はそれぞれ別のことを考えている。


 まあ、そんなものだろう。


 今日はなかなか面白い夜だった。


     ◇


 公演終了から二十七分後。


 第二娯楽ホールの管理系では、観客が退場したあとも設備と安全記録の照合が続いていた。


 音響系、光学系、座席設備、環境制御、個体別感覚補助。公演中に取得された大量の情報が自動検査され、問題のない項目から処理済みへ移されていく。


 その中で、一件だけ自動判定が保留になった。


《観客行動同期率:基準値超過》

《対象:第四演目》

《検出中心時刻:十三分四十二・八八一秒》

《有効解析対象:九〇四》

《同期反応対象:八六一》

《同期率:九五・二%》


「これ、演出への反応じゃないんですか?」


 若い担当者が記録を拡大した。


「九五パーセントなら、盛り上がるところでは普通に出そうですけど」


「第四演目のその時間に、何かあったか?」


「それが、出力に大きな変化はありません。共通の合図も入っていません」


 先輩の担当者が作業画面を寄せた。


「まず行動記録を見よう」


 安全管理用に処理された観客行動の解析映像が表示される。


 第四演目の中盤だった。


 観客はそれぞれの方法で音楽を楽しんでいる。身体を揺らす者もいれば、光で反応を返す者、ほとんど動かない者もいた。


 問題の時刻を中心とする短い時間帯。


 多数の観客が、公演とは別の方向へ注意を向けたと記録されていた。


 ヒト型の観客は顔を動かしている。


 複数の視覚器官を持つ者は、その一部だけを動かしていた。身体表面で周囲を知覚する種族では感覚器官の指向性が変わり、炎体種では周辺感知に使われる放出方向がわずかに偏っていた。


「同じ動きではないですね」


「種族が違うからな。問題は、解析モデルが全部を注意方向の変化として分類していることだ」


 若い担当者は映像を止め、別の情報を重ねた。


「観客ごとの感覚補助出力が原因では?」


「あり得る。全員へ共通して入った信号がないか先に調べよう」


 演奏データと設備の出力履歴が並ぶ。


 音響、光学、振動、温度。


 それぞれの出力は楽曲に合わせて予定通り変化していたが、問題の時刻に観客全体へ同時に働くような急変は見つからない。


「個人端末にも、同時刻に集中した動作はありません」


「船体側は?」


「確認しています」


 船体振動、局所重力、空調、電磁環境、魔力、精神波。通常の安全監視で取得される範囲には、同期反応と結びつくような変化が見つからなかった。


 その間も、観客行動の記録は画面に残り続けている。


「……そもそも、この同期率って何を基準にしているんでしょう」


 若い担当者が首を傾げた。


「同じ時刻に注意方向が変わった、というだけなら、音楽を聴いているんですから不思議ではないですよね」


「その通りだ。方向まで含めて確認しよう」


 観客の位置と推定注意方向が立体表示に置き換わった。


 九百を超える小さな点が会場内に並び、そのうち八百六十一の点から、細い線が伸びていく。


 最初はばらばらに見えた。


 しかし、それぞれの位置から艦内の共通座標へ変換すると、線の多くがある方向へ集まり始めた。


「……壁の向こう?」


「もう少し範囲を広げて」


 表示が第二娯楽ホールから《ながと》全体へ切り替わる。


 線は船体を抜け、その外側にある狭い領域へ集まっていた。


《注意方向推定収束領域》

《位置:本艦外部》

《観測確度:追加検証要》


 二人はしばらく画面を見ていた。


「これ、変換の誤差じゃないですか?」


「その可能性が高いと思う。種族別の感覚器官の向きと、実際の注意方向が一致するとは限らないしな」


 先輩の担当者は、解析モデルの詳細を開いた。


「同じ方向へ補正する癖がないか調べよう。特に視覚器官がない種族の推定は慎重に扱いたい」


「了解です。外部観測も照合します」


 該当時刻の艦外記録が呼び出される。


《登録天体:なし》

《航行物体:なし》

《大型生物反応:なし》

《既知空間異常:なし》

《観測装置異常:検出されず》


「記録上、対応する対象はありません」


「なら、なおさら解析結果をそのまま信用するわけにはいかないな」


 若い担当者が反応時間の分布を表示した。


「注意方向の変化は、平均〇・四二秒で終了しています。その後は通常の鑑賞行動へ戻っています」


「健康影響は?」


「申告なし。生体安全記録も基準内です」


 公演後アンケートにも目立った異常はなかった。


《楽しかった》

《三曲目がよかった》

《振動出力をもう少し上げてほしい》

《次回も参加希望》

《記録版を購入した》


 演奏とは別の何かを見た、聞いた、感じたという報告は一件もない。


「本人たちに追加確認を取りますか?」


「今はその前の段階だな。まず原記録を保全して、安全管理部門へ共有しよう」


「特殊事象として扱います?」


「まだ分類できない。設備異常なのか、行動解析の誤判定なのか、それ以外なのかも分かっていない」


 先輩の担当者は、もう一度立体表示へ視線を戻した。


 八百六十一の異なる身体が、ほとんど同じ時刻に公演とは別の方向へ注意を向けている。


 少なくとも、解析上はそうなっていた。


 そして、その方向には観測記録上、何も存在していない。


「第四演目の再演は、一度確認を挟もう。ほかの演目を止める理由はないが、同じ記録が出るか検証も必要だ」


「了解です」


 若い担当者が処理項目を更新する。


《原因:未特定》

《継続影響:確認されず》

《記録:保全》

《艦内安全管理部門:共有済み》

《第四演目再演:安全確認完了まで保留》

《追加解析:継続》


 最後に、公演全体の記録が表示された。


《観客満足度:九四・八%》

《健康影響:確認されず》

《設備異常:確認されず》

《原因未特定事象:一件》


 九百人を超える観客が音楽を楽しみ、帰っていった。


 そのうち八百六十一名が、ほんの一瞬、同じ方向へ注意を向けたと記録されている。


 誰も、そのことを申告していない。


 そして記録上、その方向には何もなかった。



【TIPS:多感覚音楽】


 銀河社会で「曲」と呼ばれるものの多くは、現在も音を中心に構成された音楽作品である。


 ただし、すべての人類種がヒトと同じ聴覚を持つわけではない。可聴域、音の分解能力、時間感覚、身体構造などは種族によって大きく異なるため、大規模な音楽公演では楽曲と同期した光、振動、温度変化などを補助的に利用することがある。


 聴覚を主要な感覚として使う者は、そのまま音楽として聴けばよい。一方、別の感覚を強く利用する種族では、拍、強弱、音域、旋律の動きなどを別の感覚情報へ対応させることで、同じ音楽を異なる方法でも楽しめる。


 もちろん、別の感覚へ変換すれば完全に同じ体験になるわけではない。


 聴覚主体で作られた作品を熱覚へ変換すれば失われる情報もあり、逆に最初から光や振動まで演出として設計された作品では、音だけを聴いている者が気づかない表現もある。


 そのため、異種族同士で音楽の話をすると、


「原曲の方がよかった」


 という意見が出ることもある。


 その場合は議論を始める前に「どの再生形式を原曲と呼んでいるのか」を確認した方がよい。


 確認しなかった場合、だいたい長引く。

お読みいただき、ありがとうございます!


感想や、この銀河に存在してほしい「変なもの」も募集中です。

種族、能力、魔法、超科学、怪異、都市伝説、謎の物体――なんでもどうぞ。

いただいたアイデアは、作品世界に合わせてアレンジして登場するかもしれません。

面白かったら評価・ブックマークもしていただけると嬉しいです。


それでは次回。


今日も銀河は平和です。

たぶん。

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