第16話 ヒトの普通はみんなの普通ではない
今回のお題:自分の中では「普通」だったのに、他では全然通じなかったこと
地域、学校、家庭、職場、趣味の界隈など。
逆に、「なんでみんな知ってるの?」と思ったものでも大丈夫です。
《訓練生交流企画》
《銀河一般常識競技》
午後の訓練が終わったところで、ミナが端末をこちらへ向けてきた。種族や出身文化圏を問わず、四人一組で参加する交流企画らしい。
「一般常識って、何が出るんだ?」
「それを競うんじゃない?」
「一般常識の範囲から?」
「たぶん」
すでに少し怪しい。
反対側からポルカも告知を覗き込んだ。参加条件や競技内容を飛ばして、かなり下の方を見ている。
『参加賞がある』
「そこ見る?」
『大事』
暇だったので出ることにした。あと一人はケイロを誘う。
「一般常識なら何か知ってそうだし」
「雑な誘い方だな」
「出る?」
「出る」
誘う方も誘われる方も雑だった。
◇
開催日。
会場になった多目的区画には、予想以上の訓練生が集まっていた。二足歩行だけでも身体構造はかなり違い、四足、多足、浮遊型、液体に近い者、外部容器ごと移動している者までいる。
《ながと》では普段から見かける光景だが、一か所に集まると改めて種類が多い。
《第一競技:誰かにとっての一般常識》
「最初から予防線張ってない?」
ミナが表示を見る。
「銀河で一般常識って言い切る方が危ないんだろ」
最初の問題は、ある文化圏で正式な訪問時に最初に確認するものを選ぶ問題だった。氏名、体温、現在の重力、前回の睡眠時刻という選択肢の中から、ミナが迷わず重力を選ぶ。
「昔どこかで見たんだよね。複数の重力環境を行き来していた地域だから、相手側の基準重力を確認する習慣が残ってるはず」
《正解:現在の重力》
「本当に当たった」
「結構有名じゃない?」
「俺は初めて聞いた」
「じゃあ、ヒトの生活圏ではあんまり有名じゃないのかも」
その程度で、もう普通の範囲が違うらしい。
次は高温環境で使われる飲料容器についてだった。周囲から熱を吸収する構造を選んだポルカは、答えが表示されても特に得意そうな様子を見せない。
「なんで分かった?」
『熱い方がいいなら、冷めないようにするだけじゃ足りない。周りに熱があるなら使う』
「そういう考え方か」
『普通』
「ポルカにはな」
俺なら飲み物の容器と聞けば、最初に考えるのは熱を逃がさないことだ。ポルカの場合は、そもそも周囲の熱まで資源として見るらしい。
しばらく進むと、今度は多肢種族向けの作業具が出た。左右ではなく四方向から同時に力をかける器具を見て、ケイロが少し考えてから正解を選ぶ。
「使ったことあるの?」
「これはない。ただ、二本腕用ならこんな形にしないだろ。四方向から握るなら、中心に力が集まる形の方が扱いやすい」
「腕が四本あると分かるものか」
「お前だって二本腕の道具なら、見れば何となく使い方が分かるだろ」
言われてみればそうだった。
身体の形そのものが、知識の前提になっているらしい。
ミナにも似た問題が来た。
《恒星光を主要なエネルギー源とする種族の居住区において、休息時間帯を示す表示として最も適切なものは?》
俺には四つとも似たような光量表示に見える。ミナは一番暗いものではなく、その一つ上を選んだ。
「真っ暗にしないの?」
「休息とエネルギー摂取停止は別だから。私たちも寝るとき、完全に光を切るとは限らないよ」
ミナは主に恒星光からエネルギーを得る。
俺にとって「寝るなら暗くする」は自然な発想だが、それも身体が違えば同じではないらしい。
そのあとも問題は続いた。
水中生活圏の扉、精神感応を使う文化での挨拶、匂いを記録に使う種族の署名、高重力環境の椅子。四人とも知らない問題もあれば、誰か一人だけが理由まで含めて分かる問題もあった。
そして俺にも、妙に早く答えられるものがある。
《ヒトの古い食文化で広く使用された、二本一組の細長い食器の名称は?》
「箸」
「早いね」
「ネットで何度も見た」
「使ったことある?」
「ない」
「それでも知ってるんだ」
「ネットだからな」
役に立つものだけ見ているわけではない。
第一競技が終わった時点で、俺たちは十二位だった。
『参加賞は?』
「順位に関係なく出るって」
『なら問題ない』
「一応、勝とうよ」
ミナだけ競技への姿勢がまともだった。
◇
《第二競技:見れば分かるかもしれない》
今度は、実物や精密な複製品の用途を当てる競技だった。
六方向から操作する共同演奏楽器は、ポルカが実際に音を出して正解した。低重力用の姿勢訓練粒子は全員で食べ物かどうかから考えて外し、危険物との距離を自動で取る簡易隔離容器については、ケイロが用途を調べるためだと言いながら逃げる箱をしばらく追いかけた。
「ケイロ、それ追いかける必要あった?」
「動き方も用途を考える材料になるだろ」
「結果は?」
「隔離容器」
「追いかけない方が正解に近かったんじゃない?」
「……それはそうかもしれない」
他にも、俺には板にしか見えないものを薄膜型生物用の寝具だと見抜く訓練生や、料理器具にしか見えない装置を低温環境用の遊具だと即答する班がいた。
見たことがあるから分かる者。
身体構造から推測できる者。
似た文化を知っている者。
まったく別の用途を思いつく者。
同じものを見ているはずなのに、そこから出てくる答えはかなり違った。
《暫定順位:十五位》
「下がったな」
「箱で時間使ったからじゃない?」
「まだ言うのか」
ケイロは不満そうだった。
◇
《第三競技:みんなの一般常識》
最後は形式が変わった。
表示された物や言葉について、まず各自が《知っている》《見聞きしたことがある》《知らない》のどれかを選ぶ。その後、参加者全体のうち何割が知っているかを班で予想するらしい。
「常識そのものじゃなくて、どのくらい常識なのか当てるのか」
「こっちの方が難しそう」
銀河各地で事業を展開している企業の標章は、四人とも知っていた。俺たちが九十三パーセントと予想したところ、実際の認知率は九四・一パーセント。
逆に、俺がネットで見たことのある古い娯楽作品の登場生物は一三・二パーセントだった。
「俺にはさっきの企業よりこっちの方が馴染みあるんだけどな」
「それはハジメが変なところ見てるからじゃない?」
「否定できない」
問題は料理、昔の遊び、短い言葉、生活音、単純な記号へと広がっていった。
面白いのは、四人の予想が自分の感覚に引っ張られることだった。
ポルカは高温環境で使われる警告音の知名度を高く見積もり、ミナは恒星観測に由来する古い印を「これくらいなら知られてる」と判断する。ケイロは多肢種族向け競技の道具を半分以上が知っていると予想したが、実際には二割にも届かなかった。
「全然知られてない」
「おかしいな。結構見るぞ」
「どこで?」
「俺の使う競技サイト」
「それは偏るだろ」
「お前に言われたくない」
その通りだった。
しばらくして、四つの短い音が流れた。
高い音、低い音。少し間があって、高い音が二回。
俺たちは全員知らなかった。
「一割くらい?」
「もっと少なくない?」
『聞いたことない』
相談して十四パーセントと予想する。
《参加者認知率:二七・六%》
「結構いるな」
「何の音なんだろう」
由来や正解は表示されなかった。
《集計完了》
「説明ないの?」
「今回は知名度を当てる競技だからじゃない?」
「ああ、そっちか」
次は三本の曲線が一つの点を囲むだけの図形だった。
俺、ポルカ、ケイロは《知らない》。ミナだけが、少し長く表示を見た。
「どうした?」
「……見たことある気がする」
「どこで?」
「分からない。恒星関係ではないと思うし、学校で習った記憶もないんだけど」
「ネット?」
「それもありそう」
自信はないらしい。
ミナは《見聞きしたことがある》を選んだ。
俺だって、どこで見たのか覚えていない画像や言葉はいくらでもある。だから、そのときは特に気にしなかった。
◇
《総合順位:九位》
《参加賞:第六食堂・限定デザート交換券》
『やった』
「順位より喜んでるな」
『最初からこれが目的』
優勝賞品は《複数環境対応型携帯用簡易寝具》だった。ケイロはそっちも欲しかったらしいが、俺はデザートで十分だった。
そんなことを話していると、ミナの端末に通知が入る。
《文化認知調査・追加確認への協力依頼》
《所要時間目安:約五分》
《参加:任意》
「追加確認?」
「第三競技の回答じゃないかな」
周囲を見ると、同じ通知を受け取ったらしい訓練生が何人かいた。
「行ってくる。先に食堂行っててもいいよ」
「待ってる。どうせ交換券も一緒だし」
ミナは会場脇の区画へ向かった。
◇
戻ってきたのは十分ほど後だった。
「五分じゃなかったな」
「回答そのものより、記録の確認に時間かかってたみたい」
聞かれたのは、例の図形をどこで見た可能性があるかだったらしい。普段使う情報サービスや過去の居住圏についても、本人が提供に同意した範囲で既存記録との確認が行われたという。
「で、思い出した?」
「全然。研究の人も、思い出せないならそれで大丈夫だって」
「そんなものか」
「無理に理由を作られる方が困るんじゃない?」
確かにその通りだった。
俺たちは参加賞を受け取り、そのまま会場を出た。
俺たちにとっては、参加賞をもらって終わる交流企画だった。だが、六十三人が選んだ一つの記号だけは、別の場所へ持ち込まれていた。
◇
同じ頃。
《ながと》の情報環境研究区画では、交流企画から提供された匿名化データと、追加確認に同意した参加者の回答が順番に照合されていた。
《設問群七一》
《対象:短音列》
《回答母数:一二八四》
《既知・既視聴回答率:二七・六%》
《公開作品・広告記録照合:継続》
《教育資料照合:完了》
《翻訳資源照合:完了》
《主要通信圏流行履歴照合:継続》
「二七・六パーセント。見た目だけなら高いですが、回答者はかなり偏っていますね」
若い研究員が分布を拡大した。
「高温環境圏の出身者が多い。あと、旧式の船舶設備を使っていた地域にも固まっています。共通する音響規格か何かがあるかもしれません」
「その可能性が一番高いだろうな」
隣の研究員は、認知率そのものではなく回答者の経歴を見ていた。
「こういうのは人数が多いほど怪しいわけじゃない。百万人が知っていても、百万人が同じ番組を見ていたなら何も不思議じゃない。逆に十人しか知らなくても、その十人に接触経路が一つも見つからないなら、そっちの方が調べる価値がある」
「では、これは通常調査を続行?」
「そうしてくれ。古い警告音、娯楽作品、広告、機器の起動音まで当たれば、多分どこかに出る。今の段階で特別なものとして扱う理由はない」
短音列の表示に《経路照合継続》の印が付いた。
次に開かれたのは、三本の曲線と一点からなる図形だった。
《設問群八四》
《対象:三曲線・一点図形》
《既知・既視認回答率:四・九%》
「こっちは率だけなら低いですね。回答者六十三名。ただ、分布が妙に広い」
銀河域図へ回答者の出身地が重ねられる。
一つの文化圏に固まってはいない。近隣星系ですらない複数の地域へ、まばらに点が散っていた。
「種族ごとの偏りは?」
「今のところ有意なものはありません。ヒト系、恒星光依存型、高重力適応種、多肢種、ほかにも複数。視覚器官の構造もかなり違います」
「なら、生理的に似た形を好むだけという説明は弱くなる。ただし消すな。翻訳や表示装置の側で似た補正が入っている可能性もある」
研究員が別の結果を開く。
「翻訳系統は七系統以上。教育資料の共通項は見つかっていません。追加確認に応じた十二名のうち、四名は『以前見た気がする』、五名は『理由は分からないが馴染みがある』、残り三名は具体的な記憶を挙げました」
「具体的な三名は?」
「一名は古いゲームの記号、二名は宗教施設の装飾を挙げています。ただ、照合すると形がかなり違います」
「なら、その三名は一度外していい。ヒトは似た形を見れば記憶を補うし、それは他の種族でも起きる」
画面上の六十三名から、説明可能性の高い回答が少しずつ切り分けられていった。
それでも、離れた星域に点が残る。
「残りについて、過去の移住経路と家族単位の移動履歴まで広げますか?」
「まだ早い。まず公開情報を深掘りしよう。消えたサイト、古いキャッシュ、個人制作物、翻訳前の資料も含めてだ。千年前の流行が一度ネットへ乗っただけで、今の文化圏分布なんて簡単に飛び越える」
「それでも経路が出なかったら?」
「独立発生の可能性をもう一度評価する。同じ図形を別々に思いついた、それで説明できるならそれが一番簡単だ」
研究員はそこで一度画面を閉じた。
「『どこにも経路がない』と証明するのは難しい。だから、見つからないからといって、すぐ未知の現象を持ち出すな。既知の情報伝播で説明できる可能性を潰し切る方が先だ」
「了解です」
別の解析画面では、数千件の候補が自動処理されていた。
《既知経路により説明可能》
《既知経路により説明可能》
《独立発生の範囲内》
《既知経路により説明可能》
《既知経路により説明可能》
流行していた娯楽作品。
古い教材。
複数の文明で別々に発明された遊び。
交易船員が持ち込んだ言葉。
翻訳辞書へ残った古い表現。
大半には、何かしらの理由が見つかる。
その中で、ごく少数だけ表示が変わらないものがあった。
《認知経路:未特定》
「今期も残りそうですね」
「毎期残るよ。それで、次の調査で半分くらいは消える」
「最後まで残ったものは?」
先輩の研究員は少し考えてから答えた。
「次の研究班が喜ぶ」
その項目も、ほかと同じように追加調査の一覧へ送られた。
【TIPS:普遍性】
互いに接触した記録のない文明が、似た文化や技術を独立に生み出すことは珍しくない。
物を入れる容器、数を記録する方法、身体を飾る文化、音を並べて楽しむ行為、子供の遊び、死者を悼む習慣などは、銀河各地で何度も独立に成立している。
似た環境、似た身体構造、似た問題に直面すれば、似た解決方法へ到達することがあるからだ。
そのため、離れた二つの文明に「丸い物を投げる遊び」が存在していても、それだけで過去に交流があった証拠にはならない。
ただし、使用人数、道具の寸法、得点方式、反則、開始時の動作、競技の名称まで同じだった場合は、少し話が変わる。
偶然かもしれない。
失われた交流記録があるのかもしれない。
昔の通信が、想定外の場所まで届いていたのかもしれない。
あるいは、別々の文明が本当に同じところまで考えただけかもしれない。
似ていることより、どこまで同じなのか。
そこから先は研究者の仕事である。
なお、銀河各地で特に何度も独立に発明されている遊びの一つが、
「物を投げて、何かに当てる」
である。
知的生命体は、かなりの確率で何かを投げる。
お読みいただき、ありがとうございます!
感想や、この銀河に存在してほしい「変なもの」も募集中です。
種族、能力、魔法、超科学、怪異、都市伝説、謎の物体――なんでもどうぞ。
いただいたアイデアは、作品世界に合わせてアレンジして登場するかもしれません。
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それでは次回。
今日も銀河は平和です。
たぶん。




