第六話 いつの間にか季節は冬
◇
先輩の家に行って話した翌日、俺は放課後前田に話しかけた。
この二日、教室の中で前田は変わらないように見える。西野達と喧嘩した様子もないし、休み時間も同じグループで一緒にいるから俺はほっとしていた。
声をかけたら一瞬気まずそうな顔をした前田を一昨日の駐輪場の裏まで誘って、そこで謝った。
「前田、この前はほんとごめん」
そう言うと、前田は俺を見つめて目を丸くした。
まだ怒っているかもしれない。でも、この前は動揺してしまって、話を受け止めるだけで精一杯だったから。
「勝手に喋って本当に悪かったと思ってる。でも、西野達にネタになるなんて思ってなかったんだ。それだけ言っておきたくて」
ちょっと緊張しつつも、話ができた。
前田のリアクションを見るのが不安で地面に視線を落として、背中に背負ったリュックのベルトを握る。
前田からすぐに返事がなかったから、俺は自然に早口になった。
「できれば前田とは気まずくなりたくなくて、余計なことしてごめんっていうか、ほんとそれだけ」
これ以上しつこく話しても不快にさせるかも。
俺は顔を上げて、深刻になりすぎないような笑顔を作った。
「じゃ、またなんかあったら言って。またな」
くるっと背を向けて歩き出そうとしたとき、「みずき」と呼び止められる。
振り向いたら、前田がすまなそうな顔で俺を見ていた。
「俺の方がごめん」
と、真面目な声で謝られて瞬きする。
前田はまだ気まずそうな顔で、でも俺を見る顔は全然嫌そうじゃない。むしろ俺の様子をうかがうような表情だった。
「この前、みずきに当たるようなこと言った。みずきはあいつらに聞かれたから答えただけで、別になにも悪くなかったのに」
「いや、俺もうっかり言っちゃって」
「付き合ってたの事実だし。あいつらに知られたのがやだったっていうイラつきを、みずきにぶつけたのは俺が間違ってたから」
「いやいや、前田は言いたくなかったのに俺が言っちゃったんだし……」
「いや、俺が理不尽にキレてやな思いさせたから、ごめん」
「いやいや俺も」
「俺だって」
俺も俺もと言い合って、顔を見合わせて同時に噴き出した。
もじもじしているお互いがおかしくて、俺が笑ったら前田もほっとした顔になる。
「ほんとごめん。みずきと気まずくなったらどうしよって思ってたから、話しかけてくれて安心したわ。ありがとう」
それを聞いて俺も肩の力が抜けた。悩んで落ち込まなくても、先輩の言った通りだった。本当にすぐ元に戻ったな。へこんでいた二日間のモヤモヤが嘘みたいだ。
昨日、先輩に話してよかった。おかげで今日前田に話そうって前向きになれたから。
「西野達、どう? 最近微妙なの?」
気になっていたことを尋ねると、前田は苦笑いして肩をすくめた。
「うーん。まあ、ちょっとな。別にあいつら悪い奴らじゃないけど、ハメ外しすぎてノリがおかしいときが時々あるっていうか」
「つるむの嫌だったら、俺と黒木のとこ来てもいいよ」
「さんきゅ。でももうちょい様子見るわ。こじれたら後々面倒そうだからさ。そのうちクラス変わるし、適度にやり過ごしてみる」
「わかった。なんかあったら言って」
適度にやり過ごす、なんて言い切れるのがすごい。多分、前田なら言葉通りつかず離れず上手くやるんだろう。
それができるコミュ力があるというのが、俺とは違うから感心する。
「ありがと。みずきってやっぱちゃんとしてるっていうか、まじいい奴だな。ごめんなほんと」
「もういいって。それに俺は前田の方がいい奴だと思うけど。元カノのために怒ってたもんな、えらいよ」
前田は自分がバカにされたって怒ってはいなかった。人間ができてると思う。
俺がそう言ったら、前田はちょっと目を見開いて、それから笑った。
春川先輩はたまにふわっと笑うときが最高にイケメンだと思うけど、前田はいつも朗らかだから笑顔は見慣れてるはずなのに、いつもより一段と明るい表情に見える。
確かに、これはモテるわ。見てたらこっちも笑顔になる顔だもん。
「みずき、もう帰り? 一緒に帰ろ」
「うん」
頷いて、いつもの陽気なテンションに戻った前田と二人で帰った。
明日、前田とちゃんと和解しました。って、先輩に報告しよう。
よかったねって、言ってくれる先輩の顔を想像したら胸が弾む。
前田は他クラスの情報を色々教えてくれたりして、俺も気分が晴れ晴れとしていたからか、帰りの電車は結構盛り上がった。
◇
そうして、季節は本格的に冬を迎え、十二月になった。
めっきり寒くなって、ホームで電車を待つのがキツい。春川先輩は寒がりらしく、毎朝肩をすくめながら乗ってきて、俺の横にくっついて暖を取るようになった。
「おはよ。寒い~。みずき、熱分けて」
「おはようございます。大丈夫ですか?」
「うん。人のぬくもりあったか……」
俺が巻いてるマフラーに顔を埋めるくらい頭をくっつけてくるから、俺はそのたびにこっそり動揺している。
なんというか、俺は最近、いや前からそうだったような気もするけど、先輩が近くにいるとドキドキして手汗がすごくなる。
先輩はかっこいいから誰でもこうなるだろって言われたらそれまでなんだけど、もう少しこう、多分特別な感じなんだ。
これって、仲のいい先輩に対して思う気持ちとして、普通?
最近俺は先輩が電車を降りてくたびに寂しくなっちゃって、学校でも家でもメッセージアプリの通知を気にしちゃうんだけど。
初めて先輩の家にお邪魔してから、自分の先輩への感情に戸惑っている。
あれから家に行くことはないけど、スマホでのやり取りはすごく増えた。
本の感想とか、スマホゲームの攻略法とか、どうでもいいことでも聞いたら先輩は答えてくれるし、先輩も結構頻繁に送ってくれる。
『いま何してる?』
と聞かれるのが、一番嬉しい。
先輩からそのメッセージが来ると、大抵先輩は家でゴロゴロしてるみたいで、返事をしたらすぐに先輩からも返ってくる。三十分から一時間くらい、トーク画面でやり取りできる。
何してる? が来ると、「来た~!」って嬉しくなる。
それを楽しみにしてる俺って、まさかなんだけど、もしかして、先輩のこと好きだったりする……?
男の先輩に感じる気持ちとしては、ちょっとどうなのって最近疑問を覚えるんだけども。
だって、黒木や前田、中学のときの仲良かった友達には、こんな気持ちになったことない。
それとも先輩がイケメンすぎるから、憧れの先輩に接する感覚でいちいち感情が高まってるだけなのかな。
同性だし、今まで誰かを好きになったことがないから、これがどういう気持ちなのか、わからなくて戸惑ってる。
「みずき、そういえばこれあげる」
回想していたら先輩に話しかけられて我に返った。
先輩が俺のマフラーから頭を離し、鞄の中からキーホルダーを一つ取り出して、見せてきた。
「えっ、ひじき!」
見せてくれたのは俺の推しキャラである、箸休め一族のひじきだった。
「週末にガチャガチャあったから、やってみたら出た」
「ほんとですか? あれ結構種類あってひじき出すの大変なのに、すごいです」
「俺多分、運はいい方」
「日頃の行いですかね」
「褒めてくれてる? ありがとう」
先輩がひじきをくれると言うので、恐縮しながら受け取り、俺は自分もリュックの中からあるものを取り出した。
「あの、お返しみたいになっちゃうんですけど、俺もこれ」
「ねこ?」
俺も週末に、本屋に行ったら先輩がよくスタンプで送ってくれるブサ猫のシールが売っていたから、つい買っていた。
「たまたま本屋で見つけたので。シール使う機会ないかもしれないんですけど」
「ゲームとかに貼る。ありがと」
「あと、もらっておいてあれなんですけど、俺……」
シールを先輩に渡し、俺はリュックのポケットから家の鍵を取り出した。
そこには、今先輩にもらったひじきと同じキーホルダーがついている。
「実はもう持ってて。この前、七回回して一つゲットしたんです」
ひじきが出るまでに七回かかった。きんぴらとか切り干し大根が連続で出たから、そいつらは今俺の本棚に並んでいる。
先輩はぱちぱち瞬きして、小さく噴き出した。
「ごめん、知らずにドヤッてた」
「いや、全然! すみません、知らんふりしてもらうのもダメな気がして」
「いいよ。みずきのそういうところ好きだから」
さらっと言われて心臓がとん、と跳ねる。頬が熱くなって目線を手元に落としたら、先輩が手を差し出してきた。
「じゃあそれ、やっぱ俺がつけようかな」
「いえ! これはせっかくなのでいただきます」
先輩が俺のためにガチャガチャ回してくれたんだから、これは俺がほしい。
取られないようにきゅっと手を握ったら、先輩は俺を見つめてふっと微笑んだ。それから少し考える顔をして、俺がリュックの上に置いていた鍵の方を指差してきた。
「じゃ、そっちと交換してくれる? みずきが俺があげたひじきを鍵につけて、俺はみずきがもともと持ってたやつもらうよ」
それならあげたっていう体は崩れないから。と先輩が言ったのでなるほど、と頷く。
ひじきとひじきを交換するという、謎の物々交換だけどそれなら先輩に気まずい思いもさせないしいいかも。
俺は家の鍵についていたひじきを外して、先輩にあげた。
「ちょっと擦れて汚れちゃってるから、すみませんなんですけど」
「全然いいよ。俺も鍵につけようかな。みずきとお揃い」
心なしか機嫌の良さそうな声で先輩が言った。
お揃いか、確かにそうなる。と思って、俺は内心でそわそわする。
先輩からもらったひじきをつけなおした家の鍵は、さっきまでと全く同じ見た目のはずなのに、なんとなく今までよりももっと大事なものになったような気がした。
「みずき、この前の本読んだ? ホラーのやつ」
「真冬のホラー企画のやつですね。読みました。俺はあれが一番怖かったです。怨霊が家じゃなくて土地に憑いてるっていう話」
「ああ、あれは俺も怖かった。そんな昔まで遡ったらもうどこにも安全地帯ないじゃんって」
大手の書店サイトでホラー作品の紹介ページがあるのを見つけて、先週から先輩と一緒に興味がある本をそれぞれ選んで読んでいる。
先輩はホラーが好きみたいだから、一覧にある本は結構読んでいて、俺の感想を楽しそうに聞いてくれるから嬉しい。
「ホラーを夜に読むの怖くないですか? 怖い話読んだ後、ベッドの下怖くて覗けないし」
「えっ可愛い……」
「はい?」
「怖くなったら連絡して。励ますから」
「ありがとうございます……」
可愛いってどういう意味なのか、と先輩にツッコミを入れようとしたら頭を撫でられた。
家に行った日から、先輩はちょくちょく俺の頭を撫でてくる。弟は困ると言われたけど、やっぱり弟がほしいのかもしれない。
俺は可愛いって言われると何故か嬉しくて、先輩に頭を撫でられると安心するっていうよりも、どっちかというと触られてドキドキしてしまうんだけど。
……やっぱり、これって好きってことなんだろうか。
頭を悩ませつつも、この答えがどうやったらわかるのか、見当もつかない。
あと数週間で冬休みになる。
休みになったら朝先輩と会えないから、そう思ったら今からもう寂しい。




