第五話 拝見、あなたの本棚 中
俯瞰して見ると、前に言っていた通り好きなものだけ上に固めてあるとわかる。
「SFと、ホラーも結構ある。あ、この本俺も読んでた……懐かしいな」
普段あまり馴染みのないレーベルもあって興味深い。先輩が好きだと言っていた辞典を作る本は、ちゃんと一番上の段に入っていた。
背表紙を順に見ていると、先輩が戻ってくる。
「みずき、寒い? 麦茶ならチンできるけど」
「大丈夫です。家の中あったかいし」
「部屋散らかっててごめんね」
「え? そんなことないです。全然普通ですよ」
「そう? よかった。なんか読みたいのあった?」
先輩が勉強机にお茶と、コンビニで売ってる少量サイズのクッキーの袋を置く。
「えっと、俺SFっぽいのってあんまり読んだことなかったので、気になりました」
「何冊か持ってってもいいよ。俺のおすすめはこのへん」
すっ、すっ、と本を二冊出してくれる手つきはよどみない。よっほど好きなのかなと思ったら、俺に本を渡した先輩は、俺が本を持っているのを眺めて「うん」と嬉しそうに頷いた。
「みずきの好みなら、このあたりだろうなってイメトレしててよかった」
「あ……ありがとうございます」
イメトレってなに。
じわっと頬が熱くなったので、本の表紙に目を落とした。
「どんな本なんですか?」
浮ついた気持ちを抑えながら聞いてみる。
渡されたのは、文庫本と四六判の本が一冊ずつ。どちらもSFらしい、無機質でメカニックなイラストが目を引く装丁だ。
「文庫の方は、映画化もしてるライトノベル。新米兵士が戦場に送られて、何もわからないうちに普通に死ぬんだけど、気づいたら一日前にリープしてるって話。しかも死んだらリープするのを繰り返して、だんだん強くなっちゃう」
「リープものなんですね、好きです、面白そう」
「結構すぐ読める長さでちょうどいいよ。俺は映画を先に見たけど、そっちもよかった。もう一つの本は、駅が増殖する話」
「え?」
「駅が自己増幅してどんどん広がって、日本列島を侵食するっていう、真面目なSF」
「駅が?」
「そう。この本のすごさを上手く説明できなくて。SFって理論に穴があって突っ込まれたら負けみたいなところあるけど、奇抜な内容なのに破綻がないからすごい。気になったら読んでみて。ネットにもあるよ」
「今ので気にならないわけないかと……」
説明を聞いてから表紙を見たら、確かによく見るとイラストに駅って描いてあるなと思った。要塞みたいな建物の塊だと思ったら、駅なの?
「すごい、ありがとうございます。普段読まないジャンルだからSF全然知らなくて、楽しみです」
「いつもみずきに借りてばっかりだから、俺のおすすめも紹介できて嬉しい」
「また教えてください」
新しい本に出会うと無条件にわくわくする。それに先輩が面白いって言ってるから、絶対楽しめるだろう。
二冊の本を抱えてほくほくしていると、先輩も嬉しそうにしてくれた。
「元気出た?」
「はい」
「よかった」
優しい目をしてくれる先輩を見上げたら、今更ちょっと緊張した。傍に先輩がいることを意識してしまう。いつもの電車も人はほとんどいないけど、今は完全に二人きりの空間。
いつも横顔しか見えない、先輩の綺麗な顔が正面から目に入った。
すっと通った鼻筋とか、バランスよく整った目顔立ちが、改めて見てもモデル並みに完璧だから目線に困る。
「返すのいつでもいいから」
少し目を細めて俺を見つめる先輩の顔は、さっき友達に見せていたよりも、ちょっとよそいきなのかもしれない。
でも、俺は今、不思議と寂しさは感じなかった。それが俺に見せてくれる特別な表情なんだって思ったから。
俺が楽しそうにしているのを見て、先輩がよかったって笑ってくれる。
ふわっと胸があったかくなった。
嬉しいんだよな。俺も。
多分、俺にとっても、先輩が特別な人だって思うから。
「――実は、ちょっとへこんでたんです。昨日、クラスの友達に悪いことしちゃって」
自然に話ができた。
俺が打ち明けたら、先輩はうん、と頷いて、俺にベッドの前に敷いてあるラグに座るかと聞いてくれる。
クッションを置いてくれたのでお礼を言って腰掛けた。先輩が俺の隣に座って、二人でベッドによりかかると、いつもの電車にいるときと同じ並びになってほっとする。
「前田って、時々電車に乗ってきてた奴です。同中だったんで」
「ああ、みずきって呼んでた友達」
「クラスの奴に聞かれたとき、もっと先のことちゃんと考えて答えなきゃいけなかったって後悔しました。前田に嫌な思いさせちゃったから」
「うん」
ちょっとずつ昨日の話をした。
昨夜はずっと思い悩んでいたけど、声に出して話したら少しずつ気持ちが整理されてくる。
先輩は俺の話を真剣に聞いてくれた。途中で遮ったり考えすぎって笑うこともなくて、最後までちゃんと耳を傾けてくれる。そうしたら、不思議なくらい曇っていた感情が晴れていく。
「ありがとうございます。なんかすっきりしました。前田にはまた明日謝ってみます」
「うん。大丈夫だと思うよ。前田君は」
「え?」
「その西野? って奴より明らかみずきの方が性格いいから。心配しなくても前田君とはすぐ元に戻る」
「……そうですかね」
先輩は西野を知らないから贔屓目なんじゃないかと思ったけど、きっぱりと言われると安心できるのも確かだ。
「みずきはちゃんとしてる。急に文句言われても怒らないで真剣に考えてるし、相手の立場に立って悩めるのはみずきのいいところだよ」
先輩は普段の会話みたいな飾らない抑揚で、はっきりそう言ってくれた。
「……ありがとうございます」
胸に引っかかっていたものがぽろっと剥がれたような気がした。
じわっと胸に広がったのは、俺のことをわかってくれている人がいるって感じた喜びみたいなものだと思う。
そしてその相手が先輩で、俺は嬉しいと思うんだ。
「なんかあったらまた話して。いつでも聞くし、みずきが元気ないの寂しいし」
「はい。ありがとうございます」
自然に綻んだ顔で頷くと、先輩は俺の頭を撫でてくる。
よしよしと、元気づけるような手つきで髪をふわふわ撫でられて、心もふわっと嬉しくなったけどちょっと気恥ずかしい。
「えっと、先輩は妹さんがいるから、年下の扱いに慣れてるってことですね」
「え? ……あ、うん。うんそうかな。妹いるから、つい頭撫でちゃうんだよね」
先輩が一瞬きょとんとした後、それそれと同意してくる。
「そっか……俺兄弟いないので、こういうの慣れなくて。でも嬉しいです。兄がいたらこんな感じなんですかね」
「兄……は、ちょっと困るな」




