第七話 好きに気づいてしまって 後
俺がぽかんとしたら、先輩はまだ俺の着ているジャージを見ながら言う。
「みずきが寒いなら貸すよってだけ。俺いま寒くないし」
そんなことないよな。先輩は寒がりだから、カーディガン脱いだら絶対寒いじゃん。
パチパチ瞬きしていると、先輩は自分でも変なことを言っていると思ったのか気まずそうに視線を電車の床に落とした。
「や、ごめん、友達と帰ってるとこ邪魔して余計なこと言った。じゃ、また明日」
「え? あ、は……はい」
先輩は軽く手を振って離れていき、人の間を縫って奥の方に行ってしまった。
急によそよそしい。なんで?
「あの先輩、すげーイケメンだな」
前田が俺の横で感心して呟いている。
「モデルみたいだったじゃん。俺話すの緊張しちゃったよ」
「あれで緊張してたの? 俺先輩と普通に話せるようになるの結構時間かかったんだけど」
前田に答えながら、先輩の背中を見えなくなるまで目で追う。
せっかく会えたのに、全然話せなかったな。前田がいて先輩も遠慮したのかも。
でも、なんでカーディガン貸すなんて言ってくれたんだろう。
ただのネタだったのか? 先輩貸してくださいよ~。ほんとに貸すわけねーだろバカ、みたいな。
もしそうだったら俺が上手くツッコミできなかったせいで、先輩を気まずくさせたかもしれない。
それとも……もしかしたら「俺の着ればいい」っていう言葉通りの意味だったりして。
いやいやそれだと、まるで前田のジャージなんか着るなって言ってるみたいじゃん。ちょっと突拍子ない。
もしそうだったら嬉しいな、なんて思ってる自分もいるけど。
「……嬉しいってなに」
「なに? どした?」
「なんでもない。独り言」
前田に誤魔化しながら混乱した。先輩が嫉妬してくれたら嬉しいなって思った? いま?
それってどうなんだ?
「でも意外だなー。みずきがああいうタイプの先輩と仲良くなるの。パッと見クールそうっていうか、ちょっと怖そうな感じなのに」
「そんなことないよ。春川先輩、普通にノリいいし、ラノベとか漫画も読んだりするし。それきっかけで話すようになったから」
「へー。そうなんだ。なら俺も話せそう。じゃあ今度会ったらビビらずに話しかけよかな。何の漫画読んでるのか興味ある」
先輩に関心を持った様子の前田を見て、もやっとした。いや、むかっとした、という方が正しいかもしれない。
それに自分で驚いて、返事の歯切れが悪くなった。
前田はいい奴だけど、前田が先輩と仲良くなると思ったら、何故かイラッとした。
きっと前田は、コミュ力が高いからあっという間に先輩と仲良くなれる。
そしたら先輩は、俺よりも前田といる方が楽しいと感じるようになるかも。
前田も呼んで朝三人で乗ろうって言われたら、朝の二人の時間がなくなる。
そんなの嫌だ。とはっきり思った。
俺にだけ見せてくれてた特別な顔が、もう特別じゃなくなるなんて。
「じゃ、みずき、また明日な」
「うん。ジャージありがとう。また明日」
気づいたら、前田が降りる駅についていた。
車内の表示を見上げたら、先輩が降りる駅はもう通り過ぎている。俺達の前には戻って来なかったから、多分別の扉から下車したんだろう。
車内で一人になって、日が落ちるのが早くなった薄灰色の冬の空を眺めながら改めて反芻する。
いま、俺の方が嫉妬してたよな。前田に先輩を取られたくないって。
しかも、先輩との友情に割り込まれるかもっていう嫉妬じゃなかった。小学生のとき、友達数人が俺抜きで遊んでたって聞いたときに感じた気持ちとは違う。
前田と先輩が仲良くなる想像で、俺が真っ先に思い浮かべたのは、先輩が前田にくっついているところだった。
今日の朝俺にしたみたいに、前田の肩に頭を乗せて、先輩が暖を取ってる姿。
それを思い浮かべて、嫌だと思った。
すごく嫌だった。それは、俺にだけしてほしいのに。
「そっか」
俺は多分、春川先輩のことが好きなんだろう。
だから先輩が嫉妬したんじゃないか、なんて自分に都合のいい解釈までしようとしたんだ。
自覚したら、頭の上まで一気に熱くなった。
えっ、俺ってやっぱり先輩のこと好きだったの? っていう今更な気づきで。
捉えられていなかった気持ちを言語化したら、胸の奥から込み上げるものがあった。先輩の近くにいてあんなにドキドキしてたのは、先輩がイケメンだからじゃなくて、俺が先輩を好きだったからだ……!?
稲妻が頭に直撃したみたい。突然理解して、目の前がぱっと開けたような感覚があった。
俺は春川先輩が好きだ。
その気持ちがしっくり自分の中に馴染む。
俺は先輩が好きだったんだ。
「そうかぁ……」
俺って面食いだったんだ……という明後日の感想がまず頭に浮かんだ。
だって先輩だぞ? 高嶺の花というか、蓬莱の玉の枝というか、すごいモテる人なんだから。
これからどうしよう。
とりあえず、まずはこの気持ちがバレてはいけない。
好きだと知られたら、絶対困らせる。そういうのは求めてないからって幻滅されるだろう。
そしたらもう朝一緒に電車で話せないし、それは嫌だから、これからも仲のいい後輩という立場を死守したい。今まで通り、先輩の傍にいたいんだから。
そう決意して、俺はポケットの中にあるひじきのキーホルダーを握った。
◇
家に帰ってから、先輩からメッセージが来た。
『もう家ついた?』
という内容で、テンションがいつも通りに見えたのでひとまずほっとする。
俺は普段の通りを心がけて、内心でドキドキしながら返事を打つ。
『今帰りました 先輩も家ですか?』
『うん 風邪引く前にちゃんと着替えなよ』
『わかりました カーディガン着てきます』
前田のジャージをまだ着たままだったことを思い出し、先輩のアドバイス通り部屋着に着替えて家用のカーディガンを羽織った。
『さっきの前田が、先輩と漫画の話したいって言ってました』
今まで先輩とどうやってやり取りしてたっけ。
急に普段の自分の話し方がわからなくなる。俺の言うことって、好き漏れしてなかったよな。
当たり障りない話、と前田のことに触れたけど、先輩からの返事は『ふうん』だけだった。
なにか繋げなきゃと思って、俺は前田について補足する。
『話しやすい奴だし、結構漫画とか読んでるらしいです』
それに対する先輩の返事は、少し遅かった。
『前田君とよく帰ってんの?』
『最近は結構一緒に帰ること多いです』
『朝は? 一緒に行かなくていいの?』
シュポン、とトーク画面に送られてきたメッセージを見て、「えっ」とびっくりした。
慌てて返事を打つ。
『前田は朝弱いから、時間ギリなんです 俺はラッシュ避けて早めに行きたいから』
ほんとは前に先輩が言ってくれたみたいに、先輩といる方が楽しいから、って答えたい。
でもそれを言ったら好きがバレるかもしれない。
『あの、先輩が今まで通りでよかったら ですけど』
自信のない気持ちが湧いて、続けてそう送った。
先輩からはまた少し時間があいて返事が来る。
『ならいいんだけど なんで前田君はみずきって呼ぶの? みずきは前田って言ってるのに』
『中学のとき、俺と同じ名字の担任がいたんです 誰かが名前で呼び始めて、それが定着したって感じで』
『そっか』
リアクションが薄い。ように感じる。
文字だけだから表情や感情が見えない。考えすぎかもと思いながら、先輩の反応がいちいち気になってしまって、落ち着かなくなった。
おかしいな。
先輩は結構淡々とした相づちを送ってくることが多いし、そんなの慣れてるはずなのに。
好きだと気づいたら、先輩が俺のことをどう思っているのかが気になってしまう。
◇
次の日は火曜日で、朝、先輩はいつも通りだった。
「おはよ。寒いね」
「おはようございます」
昨日と同じように横にきて、俺にくっついてきて暖を取る先輩を見てほっとする。
昨夜はもうすぐお互い期末試験だからという理由でトーク画面でのやり取りはすぐに終わってしまった。雰囲気が少し変だったかもと思っていたけど、今日は全然普通だ。
好きだと自覚してしまったから、先輩がすぐ横にいると俺がドキドキしてちょっと緊張する。
「昨日ごめんね。前田君といたのに話しかけちゃって」
「そんなことないです。せっかく帰りに先輩に会えたのに、話せなかったのでもったいなかったなって思ってました」
思い切って口に出してみたら、先輩は俺のマフラーに顔を埋めたまま言う。
「じゃあ、テスト終わったら帰りも一緒に乗る?」
「……いいんですか?」
思わず弾んだ声が隠せなくて、横を向いて先輩のつむじをまじまじと見た。
先輩が顔を上げて、うん、と頷いてくれる。
「期末やってるうちは変則的だから、終わったら時間合わせよ。乗る電車決めてホームで待ち合わせすればいいし」
「そうですね。わかりました……といっても、もうすぐ冬休みになっちゃいますけどね」
「年明けても一緒に帰ればいいよ」
「その言葉、会わない間に忘れないでくださいよ」
「みずきもね」
誘ってもらえたのが嬉しくて、顔が綻ぶ。
冬休みは先輩に会えないから寂しいと思っていたのに、今から年明けがものすごく楽しみになった。
「前田君に誘われても、断らなきゃダメだから」
ぽつりと呟かれて、俺は瞬きする。
これって嫉妬……?
いや、違うか。そんなわけないか。昨日はさらっと受け答えしてた気がするけど、先輩、実は人見知りするタイプなのかな。
でも、もし本当に前田を気にしてるんだったら……?
と、仄かな期待が胸にもたげたが、先輩の次のセリフで俺は固まった。
「彼女とかなら別だけど」
「……それを言うなら、先輩じゃないんですか?」
やっとそれだけ、平静を装って声に出した。
先輩に彼女ができるという可能性を、俺は忘れていた。
けど、クリスマスの前だもんな。可能性は十分にある。先輩だし、絶対周りがほっとかない。虎視眈々と先輩を狙ってる女子達に毎日囲まれてるんだから。
いつ現れるかわからない先輩の彼女に対して、メラっと嫉妬が燃え上がる。
彼女なんてできないでほしい。
ずっとこうやって、先輩と電車に乗っていたい。
先輩の人気ぶりを見たら、無理な望みだってわかってるけど。
切ない気持ちになって俯いたら、先輩がうーん、と言って俺の問いに答えた。
「俺は彼女とかはね、もうだいぶいないから」
「そうなんですか? えっと、それはどうして……」
「大変なの。俺の彼女になっちゃうと」
「大変?」
「うん。色々。思ったのと違ったって言われるのも疲れるし」
口に出した先輩の声音は少し乾いていた。
なんとなく陰ったような雰囲気を感じて、俺はその顔をじっと見つめる。
俺と目が合った先輩はそれ以上続けずに、にこっと笑った。
「みずきもそろそろテストじゃん。頑張って」
「あ、はい。先輩は試験中の朝もいつもと同じで大丈夫なんですか?」
話を逸らされたので、俺は戸惑いつつも合わせることにした。
先輩の彼女の話は気になるけど、本人が言いたくないことを突っ込んで聞くのもな、と思って。
「これで十分早いからいいよ」
「俺喋ってて邪魔じゃないですか? よければ勉強してください」
「みずきと話してる方が落ち着くからいい」
「え、ほんとですか……」
「俺が実は全然勉強できなくてすごいバカだったら、引く?」
「引きませんけど」
神は平等なんだなって、頷くだけだ。でも、急にどうしたんだろう。
試験勉強のしすぎで心労が溜まってるのかな、と首を傾げると、先輩は俺を見つめて目を細めて微笑んだ。
「家にみずきがいたらな……」
「え?」
「すごい癒やされそうだから。抱えてテレビとか見たい」
「先輩、俺に弟の幻想見てません?」
「うん。実はこの前から妄想止まんなくて」
「……疲れてるんですよ。今度おすすめのアニマル動画送ります」
「みずきに似てる犬いる?」
「いませんけど、パンダの赤ちゃんはいます」
俺のコメントを聞いた先輩は小さく噴き出して、次に話し始めたときはもういつも通りの先輩に戻っていた。




