7話 『ルパップ』
少し左に勢いよく踏み込み、右手をまっすぐ伸ばして刺すようにして斬りかかる。正直刺すことが目的ではない。刃渡りがデザインナイフでは全くと言っていいほど長さが足りない。刺したのでは引き抜く隙ができるだけで、むしろ引き抜く際にある程度の近さにいることは危険でしかない。
だから斬りつけるのが最適だと判断した。大振りな動作はできないし、喉は狙えなかったからだ。
「おっ?」
身体をひねって躱された。反応速度が恐ろしい。手首のスナップでデザインナイフを前方に少し高く投げてから、右手を突き出した勢いをうまく利用し前に転がった。屈んだままくるっと相手に向き合い落ちてきたデザインナイフをつかむ。
「思ったよりスジがいいな」
「はあ!?」
随分と余裕なのが腹立たしい。というか今更だが、ハチも助言くらいないのかと思ったら、直してもらったパープはまた動かなくなっている。
「なんなんだよっ!」
そして気づく、その男もパープをつけていない。
「……アンタパープは?」
「なんだ。そんなこともルマは教えていないのか」
なんでここでその名前が出る。いやそうか。そういうことなんだろう。
「お前も、『マヒルレンゴウ』か」
「ああ、その通りだ」
純恋をすっと指さして、男は言葉を続けた。
「それと、君はそこのソレの姿を知っているようだったが」
「それじゃない。純恋だ」
ふむ、と少し考え込む様子を見せる。あーといった様子で少し目を見開いてこちらを見る。
「なるほど。道理で君が私を突然殺しにかかるわけだ」
何をとぼけたようなことを。ここからでは少し距離が。余裕で避けられるだろう。右に跳び箱がるのを見つける。
「なあ、恐らく君との間に誤解が……」
ふっと、右に駆け出し一歩二歩。跳び箱の側面を蹴りつけ飛びかかり、握った右手を大きく振り上げる。
「話は聞け」
後ろに一歩下がって躱す男。当たらないのは分かっていたが右手を振り下ろす。空っぽの右手を。
「ッ!?」
「刺さった、みたい、だなあ」
跳び箱を蹴るときに、手首を使って腹部を狙ってシュッとデザインナイフは投げていた。手元も見ずだったし当たるかは分からなかったが。かなり高速で動いたせいでだいぶ無理があったみたいだ。息が上がった。男の目の前でどしゃっと崩れ落ちた。
「お前、なあ。話は、聞け……ぐっ」
ナイフを引き抜きながらソイツはそう言った。そして唯一の武器は後方に投げ捨てられてしまった。
「クソっ!」
なんか思いっきり横に蹴飛ばされた。いや当然というか、それで済むならありがたいなと思った。
ただ、それは仕返しでも何でもなかった。床を転がるときに見えた。
……何かが男に襲い掛かるのを。
「がはッ!」
背中が痛い。体をひねるのもキツい。
生々しい戦闘の音が響いている。
(な、にが……)
顔だけなんとか持ち上げる。意外な光景だった。恍惚とした表情で、純恋が不可思議な力で男に斬りかかっていたのだ。
(もう、何が何だか……)
もう気が持たなかった。
◆┃◆┃◆┃◆
目が覚める。
「……起きた、か」
「どういう状況ですか」
知らない天井。ていうか何ここ。スイートルームみたいな赤い部屋、ふかふかのベッド、ベッドに備え付けられているカーテン。不可思議。
「いや、俺だってこんな急展開は聞いてないんだ」
「はあ……」
正直、抵抗する気力も湧かない。
「そんな君だが、悪い。そんなぼろぼろの君だが、言いたいことは言わせてもらおう」
「……はい」
「まあ君にとっては朗報、なんだろうな。多分見てただろう? 俺を襲ったアイツ」
純恋? あーそうだ。なんで? なんで? なんで純恋が? はあ?
「落ち着け。あれは君の知る女の子じゃない」
「は?」
どういう??
「君は本物の女の子と仲が良かったみたいだが、その子も切り傷だらけじゃなかったか?」
「……はい」
そうじゃなければあそこまで苛立ったりしない。まず先に驚愕が来ただろう。一度傷ついた純恋を見て、一矢報いようと思って、体育館に行って、さらに傷ついた純恋を見て、殺そうと思った。
だが。
「アイツがその子を傷つけた奴だよ。君は俺がやったと勘違いしていたみたいだが、困ったものだよ」
「で、でも! そいつも切り傷だらけで! そうしたのは、あんたじゃ……」
ふううう、と大きく息を吐く。
「……あの王様は本当に説明不足だな。信じられないかもしれないが、君たちの知らない日常の裏には、ちょっとした超能力、異能、そういったものが蔓延っているんだ。この際名前は後回しでいい。そういうものがある。事実だ」
……なんなんだ。もう。敵うわけないじゃないか。ハナから。なんでそんなものが俺たちの日常を壊すんだ。理不尽だ。不愉快だ。
「あと、開示しなきゃ信じないだろうから伝えておこう。俺のチカラの一つにコピーがある。だから奴のアレをコピーして斬ったわけだ。そもそも君の知人の真似をしていたなんて知ってなかったんだ」
「……そすか」
「もう一つ、連絡事項だ。調子が戻り次第でいい。部屋を出て右の突き当りに食堂があるから向かってくれ。勝手で悪いが顔合わせタイムだ」
そう言ってその男は部屋を出て行った。
「はあああああああああああああああっ……」
散々だ。あんまりだ。もう嫌だ。疲れたんだ。不運や不幸で片付けきれないトラブルの連続。厄介なことばかり押し付けられて。災いばかり降りかかって。
「なんなんだよお……」
不貞腐れてもう一度眠りについた。
◆┃◆┃◆┃◆
「ん? 傷だらけじゃん。ばっかでー」
「お前が言った通り、アイツはおかしいよ。戦ったことなんてないはずなのにいい動きした」
相変わらず痛む腹部を押さえながら文句を垂れる。
「マジ!? 新発見だな~」
「?」
普通じゃないといったのはこのことじゃなかったらしい。
「あまり無理させてやるな」
「あの程度で??」
はあ、と溜息をつく。
「……ぶっ壊れた奴が言うと違うな」
「……ルパップ」
「悪い」
相変わらずカタカナに起こすとファンシーな名前だと思いつつ、ルパップと呼ばれた男は椅子にもたれかかった。
「……ルマの言う彼の普通じゃないところって何なんだ?」
タウルスが彼を狙った理由も結局分からなかった。




