6話 『サイダー』
ピロンとスマホが鳴った。
バっと開く。
『君はサイダーって言ってたしさ。いやーごめんね?』
メールが要領を得ない。ただ、何か関係しているのは分かった。てかサイダーとコーラに意味があったのか? 隠語? コーラ過激派?
いやそれより。
「純恋っ!」
この時は忘れていた。シェルターから出るということが、手のひらの上に躍り出るようなものだと。ただ、この時こうしたことが、間違いだなんて思えない。全部ひっくるめて、自分を見失わないでいられたことが、間違っていたなんて思わない。
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なんとなく、何かある気がして購買へ向かう。もう形振りはどうでもよかった。案外あいつはしぶといし、もしかしたら一人で焦っているだけかもしれない。見つけたときに、やけに過呼吸で汗だくだったら笑うかもしれない。それでもよかった。というか、むしろそれがありがたい。
ただ走った。馬鹿にするような快晴の空の下で。
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購買部。
「はは……」
力なく笑った。第六感のすごさを実感した。会えるような予感はしてた。センパイなら、なんでか来てくれるもんじゃないかと。
全身の切り傷が痛む。正直少し笑っただけでもかなりきつい。
あはは。センパイはバカみたいに慌ててた。慌てるセンパイもかわいくて、安心した。
なんだか身体もふわふわしてきた。もういいかな。目を閉じる。
センパイの呼ぶ声が、耳に残り続けてた。段々音もぼやけだした。
意識が、落ちる。
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純恋の体には、至る所に切り傷が刻まれていた。何があったのか、なぜなのか、そういったことはどうでもいい。誰なのか。マヒルレンゴウか、爆弾魔か。あるいはそのどちらでもないのか。
それと。少し気になったのは、血がだいぶ抜けて意識が落ちたみたいだが、周りに血が全くしみだしていないこと、傷口がすべてかなり浅いこと。わざわざ太い血管は避けて切られていること。隅に背中を預けて座り込んでいるが、背中の傷を見るに、歩いていたが疲れて崩れ落ちたのではないこと。崩れ落ちていたら背中の傷口は壁に擦れてもっと酷いことになっていただろう。
不可解。
決断が、この先に待っているのだろうか。
どういう風に、これにマヒルレンゴウが関わっているのか。
なぜ純恋なのか。
いくら考えても「?」ばかり。結論に興味はない。ただ真実を知りたい。素人目に見ても、失血による失神ではなさそうなのは分かった。おそらく、激痛によるショックとかその辺りだ。とりあえず、医務室はこんな時でも稼働しているので連れて行った。
養護教諭に任せてその場を後にする。
「どこいくつもり」
「どこでしょうね」
ついさっき、ルマから場所のみ何の添え書きもなくメールが送られてきた。
行けば分かるのだろう。ほとんど。
「無茶はしないですよ。保証はできませんけど」
「よく分からないが、生徒がこんなになったんだ。おそらく無人のメカポリスも来る」
「だから?」
あのデカブツ如きに任せて逃げるなんて、まっぴらだ。どう説得しようとしても曲げる気はない。
「……正直。私は止めなきゃならん立場だろうけれど。まあねえ。私もこの子気に入ってるんだ」
「はい?」
だが、養護教諭は、養護教諭らしからぬことを言ってきた。
「こんな愉快な傷跡作るような奴に君が敵うとは思えないけど。んまあ、ポリスどもにはバレないようにうまくやれってことだよ。……ほれ」
「え? ちょっと何投げてんですか」
投げて渡してきたのは、デザインナイフだった。なんて危ないもの投げてんだ。
「得物なしじゃどう考えても無理だろうが。あと忠告しておこう。正直、おそらく厄介なのはメカポリスじゃなくてドライヴモニタだ。気をつけるよーに」
「いや、まあ……はい!」
そうしたやり取りの後、医務室を後にした。
第二体育館。それがルマの指定した場所だった。
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「これでいいと思ってるのか」
第二体育館へ向かいながら問う。
『いやー、まあサイダーって決めたのはあの子でしょ?』
「それはそうなんだが」
そもそも、何の説明もなしにそんな質問をしても、どちらを選んでも不思議ではなかったと思う。
『……ていうかコーラだってそんなにいいもんでもなかったでしょ。どっちにしろ最高の状況には行けない』
「決断を少年に任せたのは少々酷だと思うが」
どちらにしろ誰かの傷つく選択肢を、何も知らない一般人に選ばせるのはやはりよくないのでは? 考える時間も与えず。何も知らせず。
しかしけろっと返答してきた。
『あの子気に入っちゃってさー。こうしたら確実でしょ? たぶん入ってくれるよ、聯合』
やはりこいつは狂っているんだなとつくづく思う。狂気に近しい何かを持っている気がする。
『酷いこと考えたでしょ。まあおかしいかもしんないけどさ。もうここまで踏み込ませてたのに、顔を合わせて「やっぱ入りたくない」なんて言われたらあの子たち殺しに行っちゃうでしょ? あの子を生かすための行動なんだけど―?』
「何もしなくても入ったという可能性は考慮しないのか?」
『いや面子見てから言ってくれる?』
まあ分からなくはないのだが。
『ていうかー。私が普通の子なんか気にいるわけないでしょ? あのこやっぱり変だよー色々』
「俺には普通の学生にしか見えない。聞いてた話でも普通の範疇だった」
『ま、そのうち分かってくるよ』
つくづく、道楽主義な王様だ。
第二体育館に着く。もうそこには一つの影があった。
「悪いな、これはちょっと想定外だよ。ルマ」
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デザインナイフを、ペン回しのようにくるくる回しながら早歩きで体育館へ向かう。
あの養護教諭、確か恒村だったが、あの人と話して、苛立ちは未だ納め処を失っているが、無暗に行動するような真似はしないで行けている。
道々を巡回するドラム缶にカメラが付いたようなもの、ドライヴモニタに映らないように細心の注意を払いつつ、着々と歩みを進めていた。
もう目の前という所まで来たその時に、ドアを突き破り何かが横をすり抜けて壁に打ちつけられた。
全身に切り傷を負った……純恋?
「は……? なんで……ここに……? なんで! なんでこんな所にっ!!」
叫ぶ。吹き飛ばしたヤツは、そこにまだいるはずだ。顔を上げた。
男だった。長身の、藍の髪で、前髪の長い男。全体的な印象は司祭だった。
何より印象的だったのは、両耳にイヤリングをつけていて、それぞれの輪っかに金の鍵、あるいは銀の鍵がかかっていたことだ。
羽織った赤いマントの留め具に、『Ⅴ』と刻まれたボタンをつけていた。何か意味があるのかもしれない。しかし今はどうでもいい。
どう斬るか。相手は素手だ。距離の詰め方さえ間違えなければ簡単に。
しかしそんなことを考えていることも知らず、あるいは気にも留めていないのか、どちらでもないのか、いたって平然にその男は口を開いた。
「君が、か。悪いが今取り込み中でな。話はあとでいいか?」
「……ああ!?」




