19話 『審判の性根』
「今まで、幾度となく私は、我が根城に挑む不遜な輩を試してきた」
カツ、カツ、とゆっくりと薄暗い部屋の中を歩く。パチンと指を鳴らせば計6枚のモニタが青白い光を放ちながら起動し、映像を映し出す。回転椅子に座り込み、操作盤を操作して目的のカメラ群につなげた。どうやらお出ましのようだ。カメラが目的のものを捉えたのが、右上のモニタに映っている。
「上々。いいだろう。此度の宴も、悦楽に塗れたモノであらんことを」
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『彼に会うのは簡単だけど、その後が大変だよ』
ルマは確かにそう言った。会うのは簡単? この高度からこのよく分からん代物で飛び降りること自体正気じゃない。そもそも、アレに飛び移ることが無茶。ざっと5キロは離れているあの未確認飛行物体に初めて見る危なそうなこの乗り物で飛んで行けというのは何かの悪い夢ではないだろうか。
この、CFユニットとかいうやつ。ボールペンみたいな胴に薄い主翼がくっついており、胴の後部にブースタが積んである。ブースターパックは換装可能らしく、今回はオリジンという扱いやすいブースターパックと聞いている。角ばった制御装置から筒が二本突き出ているだけのシンプルな見た目のブースターパック。
持ち手部分はバックラーを埋め込んだみたいな外見で、片手でつかむことを想定したサイズの取っ手の端あたりにはボタンがあり、押し込むと取っ手部分が回転する。ノック式でもう一度押すまで回転し続ける。クセがあり、その上何に使うのかもよく分からないので当たらないよう気をつけることにした。片手想定とはいえ、ギリギリ両手で持つことはできるがボタンがあると持てない。
「あ。ズルっ」
「ん? あーね。この乗り物苦手でさー」
隣のメメントモリをふと見やると、鎌を取っ手に引っ掛けて鎌の持ち手を両手でぎゅっと抱きしめていた。鎌の刃には厚手の布を巻いているため、特に部品を傷つけることはない。そしてもって重心が片手でぶら下がるより安定するのでまっすぐ飛ぶ分には比較的簡単だと見える。というかその二つ目の取っ手は鎌を二点で支えるためのものではなさそうだが。
「オートバランサが優秀でね。移動だけなら十分安全だから心配しないでいいと思う」
とはいえグライダーすら経験ない人間に突然飛ばせるルマもルマだと思っていると、不意に後ろから声がした。
「はよ行け」
島の端っこ、開けた芝生のそのまた端っこで、突然背後から背中を押され、心の準備もなしに俺は空へと放り出された。
◆┃◆┃◆┃◆
「ぎにゃあああああああああ!」
「ふ、ざけんなああああああああ!」
メメントモリが普段のイメージからは考えられない悲鳴を上げているがそんなことをどうこう言ってる余裕はない。どういう理屈かブースタの後部からすごい風と光が噴き出ていて、風は分かるがこの眩い光は何なんだ。
飛んで間もなく、落ちる心配はなくなってきた。俺の重心こそ不安定だが、CFユニットは微塵も傾かない安心と信頼の設計である。
左右の方向転換こそ大変だが、流石はスカイライドの遥か上空、強風は前提で設計されており慣れると滑らかに動き回ることができる。
「サンソうすい、しぬ」
「ドーンも結構薄いだろ」
いくら最近の人間の酸素を必要とする量が環境の変化により低下したとはいえ、スカイライドのその上の空気となると薄い。高山病などになるリスクはないらしいが、理屈は知らん。それにあの島には特殊な結界が張られているとも聞いた。地上から見つけられないのは結界のせいだ、と前に金庫番みたいなちびっこに聞いた。誰かは知らない。
「地上の二酸化炭素濃度に比べりゃあ息しやすくね?」
「結局どっちもどっちってハナシ」
「……俺はこっちのがいいけど」
目は見れないが睨んできている気がする。そういう圧を感じた。
しばらくすると、視界の真ん中に突如として異物がら出現した。
「ようやくお出ましだね」
「いや、まさかアレが? あんなミラーボールが目的地なの?」
空中要塞ビーハイヴ、その名前自体は分かっていたし、ハチの巣って言うけど部屋の多いビルとかじゃない? って思ってたんだけど。ミラーボールとは誰も想像しないだろ。
突如視界に入ったということはまた結界か何かで地上から見えなくなっているのだろう。しかし見えないからと言ってああいう利便性すらよく分からない形状はやめてほしい。
「そろそろ避けた方がいいよ」
「何を?」
一応左にすぅっと動きながら尋ねる。ミサイルでも飛んでくるのかと思った。パカパカとタイルが開いてミサイルでも飛んでくるのかなー、なんて。
しかし、甘かった。タイルの一部が光り出して嫌な予感がした。
「レーザー砲」
「へ?」
そう答えた直後、先程まで自分の居た所を確かに、簡単に何もかも焼き切ってしまう恐ろしい光は通過した。その様子が、ゆっくりと、脳裏に焼き付いた。
顔が青ざめる。冷や汗が酷い。殺しに来ていたことに、ではない。メメントモリがいなければそのまま死んでいたという事実に、案外と、すんなりと受け入れ始めた自分がやはり異常なのだと気づいたからだ。
(ここまで来ると、もう否定はできない、な)
メメントモリは心配しているのか何なのか、分からないがじーとこちらを見ていた。
「あれ、殺す気ないよ?」
「……そうとは思えないが」
「殺す気なら連射するかもっと大きいの出してくるから」
それは……そうなんだが。メメントモリがいなければ死んでいたはずだ。なら舐めていただけかもしれない。これで死ぬはずだとか向こうは考えていたのかもしれない。
「言っておくけど、うちが居なけりゃすれすれ狙って速射砲撃ってくるから。アイツ人をからかって楽しむ人種なの」
……。性格がイカれてる。
「……いや? すれすれ狙うって、そっちに避けちゃったら死ぬだろ?」
「アイツは見えてるから避けた先のすれすれを狙ってくるよ。大体、ルマが簡単って言ってたでしょ」
それもそうだ。
「なんか怒ってる?」
さっきから口調が怪訝というか、不機嫌というか。こちらが何かしてしまったのなら謝るべきだ。
「うち、アイツのこと嫌い」
それは俺にはどうしようもないな。
しかし、会ってからが大変という理由に何となく予想がついてきた。多分碌でもない奴だ。本当に狙撃は一発きりだったし、近づいていってもうんともすんとも言わない。
『ブチッ。……あーあー聞こえているかねそこの死神と世界。歓迎の一発も無事凌いだようで何よりだ。では喜んで歓迎しよう。―――チを開く。おや、調子が……』
突如として入った放送は調子の良さそうな男の声だった。何かマイクは不調みたいだが。メメントモリの方を見るともう『無』だった。雰囲気が冷たい。
『配線か、何――、なっ!? ブツッ』
放送は突然切れた。要領を得ない放送だったと思う。ガシャガシャと下の方のタイルがいくつか動き開いた。入り口かと思い近づこうとしたが、メメントモリが動かない。どうしたのだろう。ブースタの筒はさっきから斜め下を向き俺もメメントモリもその場で滞空している。
「メメントモリ?」
「………」
無言。
「おーい」
「………………」
無言。沈黙とも言う。
「行かないのか?」
これ以上なんといえばいいのかも分からず、どうしようかと考えを巡らせていると、大きなため息が聞こえた。
「行かない。あと左行った方がいいよ」
さっきのが飛んでくるのかと思い慌てて左に滑る。今度はどこも光っていなかったが、さっき開いたタイルからミサイルがいくつも飛び出しているのが見えてゾッとする。
『フッ。フハハハハハハーッ! 入り口を開くとは私は言っていないッ、ハッチを開くと言ったのだよ、少年! 無論通信障害も演出だ。配線には一片の狂いもない! 何を聞いてきたのか知らないが私は今迄とは違うのだよ! 馬鹿だな君は! クッ、フハハハハハ!』
コイツが本当にオワっているのは理解した。
しかしミサイルは避けた。当てる気もないのだろう。そう思っていた。ミサイルがこっちに曲がって来るまでは。
「なっ!?」




