18話 『死神の部屋』
やけに苦しくて目を開ける。自分の部屋で目を覚ます……はずだったんだが。最近では見なくなった木に似せたフローリングがすぐ目の前に広がっていた。床とみるが、背中に何か圧を感じる。起きれないし動けない。
「ぐっ」
ここは自分の部屋ではない。不意に呻きを漏らすと、思ったより近くから声があった。
「こーんなにお早い再会とは思わなかったねえまったく。やあやあ。……いや? ここは敢えて、よーっす」
「なっ」
昨日聞いたばかりの中性的な声がした。それに「よっす」なんて挨拶したのは一人だけ。迷いようもなく声の主はメメントモリしかいない。分かった。そこまでは分かったがはたまたなぜ人の背中の上に座布団を敷いて正座しているのかが全く理解できない。何この状況。
「く、苦しい」
「おおん? 重いとでも言うのか君。女性にぃ?」
聞こえてはいけない不吉な音がする。何かが空を切る音が。
「い、今、何を振り回して?」
今度は苦しさのみではない感情もあり途切れ途切れに声が出る。
「なんだろうね? 朝起きたらそこにいた男が、やけに白々しい時に振り回したくなるものかな? ねえ?」
なんか後半怒ってないか。だがしかしこの状況が確かにまずいのは理解できた。その場で放り込まれるところを見たシュテルンは見ていたからああいう対応だっただけで、突然この状況なら怪しまれるのは当然か。なーるほど。マズイ。
「俺は知らない、ね」
「ほほお? へえ? じゃあ最強の脅し文句を告げようか。うちの『1s t』 は『死と再生』、後はもうお分かりかな?」
何それ。今「一回死んでみたい?」 って聞かれている気がする。それはお断りだ。話は聞く雰囲気だが、長々と言い訳を垂れれば即あの鎌にお世話になる。ラノベやアニメじゃよく見るんだが、これは。
本当に何も情報が無さすぎて弁明しようにも言い訳しかできないな。
「言い訳でもいい?」
ダメで元々、一言断ってみる。
「うちは優しいからね? いちおう聞いてあげよう。どうぞ?」
――優しい人は命を脅かしたりしない。
「俺も今起きたから何も知らないんだが」
チャキっと音がした。分かってたよ、痛いのは好きじゃないんだがな。ああ、もういっそ。
「……殺すなら一息にっ!」
フオンと空を切る音がした。
◆┃◆┃◆┃◆
「座布団に血がー。めんどくさー」
「……」
結局のところ、殺すというのはあくまでも脅しだったらしい。命までは奪われなかった。
ただ、ふくらはぎを刺し、その瞬間に直すという気持ちの悪いことはされた。5センチくらいとはいえがっつり刺さっているのだから激痛でしかない。そして瞬間で鎌を引き抜き治癒されたせいで奇妙な感覚に襲われ、その後幻肢痛にも通ずる謎の痛みに苛むこととなった。
「これ他の人にもやってそうで怖い」
「シークレットー。それで水に流してあげるんだから感謝しなー」
無罪の罪をどう水に流すと。そしてどう感謝しろと。
「で? うちに何の用?」
「いや、俺も知らん」
流れる沈黙の間。
「も一回刺す?」
「やめろ」
また鎌を構えたメメントモリを慌てて制止しつつどうしてここにいるのか思考を巡らす。おそらく、部屋に突っ込んだのはルマだ。マスターキーを持っているのは一部の人間だけ、長と管理者。管理者は節制らしいし関わりはいまだない。直接でなくとも、突っ込んだのはルマ、そこは合っているはず。
なぜこんな面倒な状況に、とはいっても昨日怒らせたせいと言われれば理解できるが、それなら面識のない人の部屋に突っ込むと思う。面識があったことをルマは知らなかったという線もある。
はてさてどうしたものか。このままではもう一撃食らうことに――。
「あれ? 何その状況」
なんてタイミングで救いの船(?)。コイツのせいで刺されたのだが、お陰様でもう一度刺されることはなさそう。
「ルマじゃん。今珍しーい来客を歓迎してるんだよね」
「なんとかしてくれ……」
「いやよく分かんないけど……。ああ、ちゃんとメール見た? 時間なくて放り込んだらすぐ出ることになっちゃってメールになったけど」
またもしばしの沈黙が流れた。
「……ちょっと待って?」
慌てて座布団から飛び降りスマホを操作するメメントモリ。目的のものを見つけたらしい。ようやく解放されて、体を捻って上体を起こし画面をのぞき見る。
『起き次第でいいけど、その子連れてビーハイヴに向かってね』
時間がないといった通り慌てて書いたようなざっくりとした通達だ。いつもと違って改行もしていない。
「ていうか起きるの遅いって。もう10時になるとこだよ」
「うちは起きてたけどアルキが寝っぱなしだったし」
「……」
キレていいかな。
◆┃◆┃◆┃◆
「ビーハイヴ、審判、突然の要請、そして直前に起きたこと……んで、君を連れてけ、とね」
ビシッとこちらを指差し口元をもごもごさせるメメントモリ。『グレープ・フルーツ味』と書かれた飴のゴミが床にいくつも散らばっている。さっきも戸棚をガサガサしていたしおそらくそれを舐めているのだろう。
あの後一旦居間に連れていかれ、ホロスクリーンでニュースを見ながら机を挟み向かい合っていた。
「グレープフルーツって苦くない?」
「あ? あーね、紛らわしいけどこれブドウ味だから。フルーツ味っていう名前の飴ちゃんの、ブドウ味」
紛らわしい。
「いやそんなことより、アルキはこの任務の目的は分かってるかな?」
そんな問いかけに、首を横に振る。大きくため息をつかれた。
「考えれば分かるでしょ……。まいいや、めんどくさいし」
「めんどくさいって……」
んな適当な、と言おうとしたが、やけにニュースを凝視しているメメントモリに、つられてホロスクリーンに目を向けた。そこに映っていたのは、2年前の例の事件のことだった。あと少しで二年経つ。そこで、技術革新の祝祭が準備されているとか。
「……そっか。もうすぐ2年か」
「どうした?」
確かにあの事件はこの世の終わりかとも思ったが、その終わりを境に突然『居住区』やら『パー』や『パープ』、その他様々な今の基盤ができたのは事実だ。それで去年も祝祭が開催されていた。
「祭り、結構賑わってたらしいけど行ってないのか?」
記念祭というやつは、一年目はそこまで賑わうものではないと思っていたのだが、案外そうでもなかったみたいだ。出店がたくさん出たりするのは運営が国家規模だから分かっていたが、国の運営ともなると人は集まりにくそうに感じていた。どうも、そうとも限らんらしい。
「行ってないよ、あんなの。そういうアルキは? 『らしい』って、行ってないの?」
「……祭りって非効率じゃね?」
運営がどうあれ祭りは祭り、出店の値段は値が張るだろうし、会場は混雑してしまえば息苦しいし、スカスカでも寂しく雰囲気を楽しめない。国立公園を中心に公道を広域にわたって貸し切っていたらしいが、聞くところによるとそのほとんどが埋め尽くされていたようだ。
別段祭りが嫌いというわけではない、積極的に行く理由が見当たらないだけだ。家でくつろぐ方がよっぽど確実に楽しめる。
祭りには行っていないが、山岸に誘われアイツの家で花火は見た。ドローンショーやホログラムを使う場合もあるのだが、花火でやっていた。
「アルキは祭り好きそうな感じするけど意外だね」
「メメントモリはどうなんだ」
「お祭りは好きだけど……いや、なんでもない」
何気ない問いのはずだったが、メメントモリは口を濁した。




