15話 『夢を見る。ただぼんやりと、ふわふわと』
少し長め。
『ねえねえ!』
またあの日の夢を見るのか。今度は起こされないといいが。
『あのさ? 今日の放課後────行こウよ! 今日ってほら! ──大会でしょ? よく見え──』
大事なところばかり靄がかかる。いつも。固有名詞ばかり。
自分の声が聞こえた。覇気のない声だ。今も覇気はないが、こんなに『the·陰』みたいなテンションではない。
「うん、行こう」
『ふふっ! だよね! キレイだかラ見れるといいね! は──!』
というかこれって確か。この後。いや、いい。思い出そう。そうそうないんだ。わりとはっきりしているのは。
「でも、―な―って8時からだよね。門限とかって……、いや、行きたくないわけじゃないけどっ」
懐かしい。他人からどう見られるか気にしてばかり、ほんのちょっとの勇気も出ない。
『ふふふふ~。大丈夫、なんだな~』
「……?」
追憶。本当にその言葉しか当てはまらないくらいにそんな気分で、そんな夢。過去を見て、過去の自分の中に居るのに考えることしかできず、ただ傍観するだけ。それも自分の視点で。
『なんとっ! ほら、――ちゃんのご両親にも承諾とっちゃった! なので~、大丈夫!』
「えっ。あーうん、すごい……」
スマホの画面を自慢げに見せてみたものの、いまいち反応が悪いのを少し気に留めて、心配そうに声をかけてくる。こんなことも、あった気がする。
『もしかして、あんまり行きたくなかった? 何か用事? 先約とか?』
そうだ、行動力にあふれているけれど、決して誰かのことを置き去りにしたりしないし、そのために自分の歩みを止めることも厭わない。いつだってそんな人間だった。彼女は。
というか、あの頃、彼女以外友達なんぞいなかったというのに、そういうところだけは鈍感なのだ。みんな仲良しだと思い込んでいる。そういうところも、彼女らしいが。
「いや、別に、そういうわけじゃなくって、えと。よく説得できたね」
『んー。まあ家族ぐるみで仲良いからね。信頼してるっぽいけど、うちの何がいいんだか』
(そういう妙なところで大人びたところじゃないかなあ……)
ここの所、段々とはっきりしてきた。でも、知ってはいけない、と。脳がずっと、やめておけ、と訴える。
頭痛くなるな。
『見て回る?』
「あ、うん。お祭りくらいでしか、皆がワイワイしてるの見られないし」
祭り? そうか。確かに夏祭りがあった。そして……
『でも花火も見たいよね! 早めに行って、時間近づいたら、特等席に案内してあげよう!』
そう、花火。忘れるには違和感のあるワードばかりだ。夏祭りに花火、普通は忘れようと思ってもそうそう忘れられないものだと思うが。
「特等席って」
(んっ!?)
『めーっ! おたのしみでーす!』
口に指をあてられて、唐突だったからびっくりしたんだ。そうだった。
『いつ集合にしようか? 現地? うち?』
「あ、じゃあ――キちゃんの家で……」
『おっけー! じゃあ5時くらいね!』
そう言って、ニコニコしながら、仲のよさそうなグループで彼女はいつも通り帰っていった。
(そういえば、浴衣。着るべきかな……)
今思えば、当時は髪が短かった。触覚だけは長かったが。
(帰ろ)
そうやって、家に帰った。
特に帰り道に何かあったわけでもない。いつも通り、とぼとぼ歩いて、楽しそうにけらけら笑っている高校生くらいの集団を避けて通り、前からくる歩行者と避ける方向が被りまくって少し疲れたり、そんな何でもない帰り道だった。
「ただいま」
『ああ、おかえり』
「母さんは?」
『少し、喧嘩してしまってね、まあじき帰ってくると思うよ』
少しじゃないだろう。そう思ったのを覚えている。
複雑、というべきではないだろうが、そんなに我が家の家庭環境は良くなかった。両親は喧嘩してばかり、それでもこちらに気負わせないように、気にしないように配慮してくれているのは知っている。自分のいるときは大喧嘩はしないが、多少とげとげしているのは伝わった。そのころにはそれで十分だったんだ。こちらも気づかないふりをするので、多少ストレスではあったが、別にそのころはどうも思っていなかった。
『それより、あの子と遊びに行くんだろう? 準備してきたらどうだ?』
「うん。そうなんだけど、お小遣い欲しくて……」
『少し待っていてくれ。出しておくから準備しておいで』
「うん」
結局、あの日は適当なTシャツに短パンで行った。浴衣の場所は知らなかったし、知っていても着付けもできない。ショルダーバッグを肩から掛けて、父からもらったサファリハットを首の後ろに引っ掛けて準備完了。財布、ハンカチ、ポケットティッシュ、ごみを入れるビニール袋。それらをバッグに突っ込んだ。
部屋を出て階段を下りる。居間にいくと父がお金を準備してくれていた。
『はい。楽しむんだよ?』
「うん。でもこんなに貰っても」
『……』
「ん」
これなんだったっけ? どう繋がったのかいまいち思い出せない。
家を出て、彼女の部屋に向かった。
『お? きたきたー! 準備できた―?』
どうやら、彼女は法被で行くみたいだ。髪を後ろに団子で束ねている。太鼓を叩いていそうだなと思って、少し笑った。
「ふふっ。うん」
『? じゃあいこー!』
近くの『スカイライド』の階段を上り、ライドブーツを履く。そういえば。パーやパープより前からスカイライドがあったんだ。パーやパープは最近のものだし、考えれば確かに。
「これ未だに慣れないんだよね……」
『まあちょっと癖あるからね』
スカイライドとは、都市の上に作られた大規模な磁場だ。要所要所にスカイライドに乗るための柱と階段があり、物質的な足場は階段の近くしかない。基本展開されているが、必要に応じて一部閉じたりする。磁界を常時展開していると、太陽光がどうとか、色々あるのと、花火やロケットの場合は危険なので閉じる。
ライドブーツを履いて、停止用の綱だけ持ったら、あとは適当な足場を思いきり蹴るだけ。
「ああっととっとっと」
『転んだら真っ逆さまだからね? ライドポリスがどうにかするとは思うけど』
「ひっ」
ライドブーツが、スカイライドに対して磁界を発生させるため、反発することにより物理的な足場はなくとも空を滑ることができる。しかし、磁界が出ているのはライドブーツからであって、転べばもちろん普通に落ちる。危険ではあるが、要所要所の柱には、『ライドポリス』なる観測ユニットが搭載されており、落下しているものを見つけ次第浮力の大きい構造をしたペラペラのバカでか金属を射出し落下者の下に滑り込ませる。そうやって時間稼ぎをしている間に、地上のメカポリス共がバカでかいマットやラクッションやらを用意して落ちてくるのを待つという。
事実上安全ではあるが、恐ろしく高い上空から落ち、途中で高速でペラペラ金属が飛んできて、何とも言えない速度でただ落下していくなんてただの苦痛である。恐怖でしかない。
スケートとは少し違うところがある。磁界を発生させる柱から遠ざかるにつれ、磁力は弱くなる。つまり、場所ごとに反発具合が違うのだ。意外とブーツは高性能で、サスペンションなどもついてはいるし、自動でブーツの次回も弱くしたりはするのだが、多少はぐわんぐわんする。慣れるまでこれはキツイ。
つーと滑っていくと、目的の柱があった。電光掲示板に、目的の公園の名前があった。
『そろそろ止まるよ?』
「うん、わかった」
停止用の綱、といったと思う。柱に横から器用に巻き付けて止まるのが正しいが。
『あ、』
「わああああああああ……でっ!」
巻きつけ方が悪いと、遠心力に振り回され、階段の手すりに激突する。これがものすごく痛い。
「ううっ……」
『あっはは。笑い事じゃないけど何度見ても逆に器用としか思えないや』
◆┃◆┃◆┃◆
『おお。盛況だね~』
「だね」
柱の隣には、階段と、エレベータがある。エレベータはないところもあるが、あるところは何台かついているのだ。一番祭りが見やすいものに乗って、下降するエレベータから外を眺める。
人がとても小さく見えるが、大賑わいなのは伝わってくる。
到着したエレベータから降りる。人とぶつかりそうになった。
「わっ、すみません」
『――――――――――』
なんて? っていうか今の、全体的にぼやけていた。誰か以前に特徴も分からない。
『もー気をつけなよ~』
「そうだね……」
特に気に留めず屋台を見て回ることにした。
『あ、お面! お面売ってるよ?』
たいそう嬉しそうに、狐の面を顔に当て、もう片手で狐を作りながら彼女は楽しそうにしていた。
『コンコン。お稲荷さんをくださいな?』
しかし、だんだん恥ずかしくなってきたのか慌てて訂正してきた。誤解も何もないと思うが。
『な、なーんちゃってね~? じょーだん、じょーだんだからね? うちの柄じゃな』
「かわいかったよ?」
『ーーッ!?』
今の自分には到底簡単には口にできないことを言っている。そうだ、こういうところは無意識にやっていたんだ。たまに振り回した気がする。
『い、いいから、焼きそば買お?』
「うん」
狐の面は買っていたが、頭の右側に回してつけていたのでもう一度あの芸を拝むことはできなかった。
焼きそばを買って、適当なベンチに座る。
「おいしいね」
『そだね~』
アレはとてもおいしかった。麺がパサパサしていなくて、ソースの味もしっかりした、肉も噛み応えのある満足感たっぷりの焼きそばだった。なんでこんなことは鮮明に思い出せるのか。
◆┃◆┃◆┃◆
『いや~まいっちゃうね~』
「?」
何がだろうか? 今までのところ、焼きそばを食べ終わった後、射的で花火のいっぱい入っているやつを当てて(右肘)、ヨーヨーすくいで3つもゲットし(左手)、サイリウムブレスレットを右手に1つ、左手に3つも巻き、『本日の主役』とかいう襷をかけ、フェイスステッカーも貼り、りんご飴(右手)、ガラポンで当てた安物の水鉄砲(左手)、かき氷(持たされている)、焼き鳥(持たされている)、わたあめ(持たされている)まで買い、頭に白いハチマキすら巻いておいて何が参ったのだろうか。
『こりゃ楽しすぎるよ! 犯罪じゃない!?』
「犯罪じゃないよ」
そんなことか。
『どしたの?』
「なにが?」
『んーと、楽しくない?』
まったく。こいつは。ほんっとうに。
「楽しいよ。大体、チアキと一緒で楽しめない人類の方が少ないって」
『それ褒めてるの~?』
褒めてるだろ。さっきから不安そうにしているが、慰めたくなるのに、珍しくて意地悪したくなる。
ああ、そうだ。この後チアキは……。
いなくなってしまったんだ。




