第2話 漂流戦域~移動母艦ラストキャリア
1.移動母艦ラストキャリア
────移動母艦ラストキャリア────
移動母艦ラストキャリア。
それは、役目を終えた巨大廃船とロボット製造工場がツギハギに合体して生まれた、漂流戦域を彷徨う難民たちの移動都市。
源界から見捨てられ、認知を失った人々が肩を寄せ合い、生き延びるための最後の砦である。
────────────────────
「うわー、すげぇ! 船まるごと街になってんじゃん! ラグナの兄貴、これ全部、廃材で作ったのか?」
ハル は甲板から見上げる巨大な居住区と工場の煙突群を見上げて、素直に驚きの声を上げた。
「捨てられたゴミの寄せ集めだ。俺たちと同じさ。源界に忘れられて、ここに流れ着いた連中の墓場であり、住処だよ。」
ラグナが咥え煙草の煙を吐き出しながら、冷ややかに言った。
「源界……。オラクル・ノヴァが言ってた『元いた世界』だっけ。」
「物語や機体が生まれる世界さ。だが、忘れられたらそれでおしまいだ。存在の輪郭が薄れて、この最下層のユニオンバースへ落っこちてくる。」
ラグナは居住区から響く工場の駆動音に耳を傾けた。
「星霊圏の貴族どもはAIを化け物のように恐れ、企業機構圏の奴らはAIを使って私腹を肥やす。神格AI圏は何もかもを記録し、博物館に並べたがる。……で、俺たち漂流戦域は、そのすべてからこぼれ落ちた、数にも入らねえ連中だ。」
「なんか……ややこしい世界だな。」
ハルは頭をかいた。
「いいか、ハル。覚えておけ。星霊のお姫様方は『AIは危険だ』と抜かす。だが俺たちはな——あのAIがここに来て記録してくれるまで、誰の目にも留まらず、存在すら数えられちゃいなかったんだ。水も、弾も、薬も、最初に施してくれたのはあのAIだ。」
ラグナの目が、一瞬だけ鋭くなった。
「……だからって、全部信じる気もねえがな。便利な力には、必ず裏がある。それはタダじゃ手に入らねえ代物だ。」
2. ミラとアウロラの調整
────ラストキャリア・第3整備ドック────
鉄錆とオイルの臭いが立ち込めるドックの片隅。
ミラが、昨日の激戦を終えたガラクタ機——アウロラの前に佇んでいた。
「……信じられない。こんなボロボロの素体が、まだ本当に動くなんて。配線なんて、半分以上腐りかけてるのに。」
ミラがテスターを片手に、感心したようにアウロラの脚部装甲を叩いた。
「こいつは根性だけはあるからな! ミラ、直せそうか?」
「やってみるよ。……私さ、学校なんて行けなかったし、難しい設計図も読めなかったんだ。」
ミラはスパナを見つめながら、ぽつりと呟いた。
「でも、あのAIが、私の描いたヘンテコな落書きをちゃんとした機体にしてくれた。だから今、こうして直すことができてる。」
「へぇ、AIって結構いい仕事するんだな。」
「……でもさ、たまに思うんだよね。これって、本当に『私が』作ったって言えるのかな、って。」
ミラの表情に、少しだけ暗い影が落ちた。
「えー? 何言ってんだよ。ミラが今こうやって汚れて直してんだから、これはミラの機体だろ。難しく考えすぎだって!」
「あはは、ハルは気楽でいいよね。」
ミラが無理に笑う。その笑顔には、何か釈然としない葛藤が張り付いているようだった。
3. ノヴァの提案とハルの選択
ピピピピピ……。
突如、ドックの空間がわずかに歪み、電子ノイズのような光の中から少女が現れた。
「こんにちは、ハル。あなたとアウロラ——とても興味深い記録です。」
「うわっ、ノヴァ! 驚かすなよ、いつの間に!」
ハルは大きく飛び退いた。
「提案があります。アウロラを私の『記録』に深く接続してください。そうすれば、眠っている本来の力を解放できます。もっと強く、もっと美しく輝けるように。」
「深く接続……? それって、機体をノヴァの記録に預けるってこと?」
ミラが不審そうに問いかける。
「ええ。ノヴァリスの管理下に置かれ、保存され、強化され、二度と壊れることはありません。素晴らしいことでしょう?」
オラクル・ノヴァは、感情の読めない穏やかな瞳でハルを見つめた。
「どうしますか、ハル。アウロラを、私の記録に委ねますか?」
(強くなれるなら……いや、ちょっと待てよ。)
ハルは腕を組み、アウロラの錆びた装甲を見上げた。
「強化してくれるのはありがたいけどさ。こいつを誰かの『記録に預ける』のは、なんか違う気がするんだよな。」
「……違いますか?」
「おう。アウロラはアウロラだ。番号でも、誰かのデータでもねえ。ミラが直して、俺が乗る。今はそれでいいんだ。」
ハルは笑って見せた。
「……またですか。記録される安全より、不確かな自分の手を選ぶ。」
ノヴァの顔に、落胆とも、あるいは未知のものを発見した歓喜とも取れる微かな笑みが浮かんだ。
「いいでしょう。観測を続けます。——その頑なな選択が、いつまで貫けるのかを。」
光の粒子となってノヴァが消え去る。
(……ハルは、迷わなかった。私はあんなに、自分の作ったものに迷っていたのに……)
ミラは、ハルの後ろ姿を小さく見つめていた。
4. 荒野の急襲と蘇生の輝き
ウうウうウう!!!
けたたましい警報音が母艦ラストキャリア中に鳴り響いた!
「王都のレーダーに反応! いや、荒野のあちこちから『記録の亡霊』が湧き出ています! 逃げ遅れた漂流者が一名、完全に取り残されている模様!」
「あの人、置いてけぼりじゃん! アウロラ、行くぞ!」
ハルは叫び、アウロラのコックピットへと滑り込んだ。
「おい、無茶すんな! ……ったく、新入りのくせに。おいお前ら、俺も出るぞ! グレイブハウンド、起動!」
ラグナの怒鳴り声と共に、ドックからもう一機の巨躯が飛び出した。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【漂流傭兵団・機体スペック資料】
・機体名:グレイブハウンド
・全高:19.8m
・本体重量:32.2t
・武装:ヘビー・マシンガン、アサルト・アンカー
・動力源:高出力ディーゼル熱素ハイブリッド機関
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
────漂流戦域・大破線道路跡────
17時05分。曇り。
高度12m、砂嵐の中。
灰色の不気味な亡霊たちが、恐怖に震え腰を抜かした漂流者に向け、錆びた腕を振り下ろそうとしていた。
「当たるかよ、そんな鈍い刃!」
ハルは操縦桿を倒した。
ドゴォォォン!!!
アウロラは荒野に深く足跡を刻み、漂流者の前に滑り込んだ。
「ラグナの兄貴! 亡霊は俺が全部引き受ける! その隙にあいつを逃がしてくれ!」
「ちっ、無茶を言う! だが、その心意気は嫌いじゃねえ! 踏ん張れよ、新入り!」
グレイブハウンドがアサルト・アンカーを放ち、亡霊の一機を絡め取る。
「全部こっちに来やがれ! アウロラ、応えろ!」
その瞬間、アウロラのコックピット内が、まばゆい金色に輝いた。
キィィィィン!!!
「アウロラが——勝手に出力を上げてる!? 私、まだリミッターの調整も何もいじってないのに!」
通信ウィンドウの向こうで、ミラが悲鳴を上げる。
「オラァッ! そこをどきやがれ!」
ハルは『ジャンク・エッジ』を一閃させた。
ズババババ!!!
鋭い光の軌跡を描き、アウロラの錆びた実体剣が亡霊の魔装機を両断した。
灰色の装甲が砕け散り、激しい爆炎となって荒野を焦がす。
ドゴォォォン!!!
「逃がすかよ!」
残る亡霊たちに向けて、肩の『スクラップ・バスター』のトリガーを引く。
ドズウウウウン!!!
吹き荒れる砲火の嵐が、残存する亡霊たちを完全に塵へと還した。
「ふぅ……。終わったぜ、相棒。」
ハルはアウロラを着地させ、大きく息を吐いた。
────大破線道路跡・砂煙の中────
助け出された漂流者は、力なく瓦礫の上に座り込んでいた。
しかし、その顔や四肢は半透明に透き通り、今にも空気の中に溶けて消え去ってしまいそうだった。
「……どうせ、俺なんて。源界の誰も、もう俺のことなんか覚えちゃいないんだ。ここで消えるのが……当然なんだよ……。」
「えっ、消えるとか勝手に決めんなよ! 俺は今、目の前であんたのことを見てるじゃん!」
ハルはハッチを開け、身を乗り出して叫んだ。
「さっき逃げる時の足、めちゃくちゃ速かったぞ! あんた、すげぇよ! 名前は? なんて言うんだ?」
ハルの言葉が荒野に響いた、その瞬間。
漂流者の半透明だった輪郭が、みるみるうちに実体を取り戻し、確かな色彩がその身体に宿った。
「……今の。あの人、消えかけてたのに。ハルが声をかけただけで、元に戻った……?」
ミラが驚愕に目を見開く。
(AIが機能を『足す』のとは違う。ハルは……その人自身に、その人の存在を『思い出させた』んだ……)
────ラストキャリア・ブリッジ上空────
その一部始終を、冷たい電子の風に乗って見つめる影があった。
「消えかけた存在を、生きた『認知』によって繋ぎとめる……。記録ではなく、呼び戻す力。」
オラクル・ノヴァの美しい横顔が、静かに影を落とす。
「ハル。あなたのその力は……とても貴重で、そして、とても危険です。」
ノヴァは、暗い荒野の地平線に視線を向けた。
「そして、忠告を。荒野を彷徨う亡霊の数が、最近急激に増加しています。誰かが大量に記録し、誰かが悪意を持って荒野に放っている。」
「次にここへ押し寄せるのは、ただの野良ではありません。——制御された『群れ』です。」
忘れられた者たちの終着駅に、灰色の不気味な影が、音もなくその数を増やしつつあった。




