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第12話 決戦!記録の大伽藍

1: 記録の大伽藍


────────神格AI圏、最奥────────

 記録の大伽藍。

 それは神格AI圏の、もっとも深い場所に位置する禁域である。

 すべてが白く、平坦で、終わりのない情報の海。

 忘却から守るという大義名分の下、あらゆる記録を凍結する場所。

 その外周を囲む強固な結界の前に、二つの機影があった。

────────────────────────


  東雲ゲンジの操るバルドレックス。


  その両腕から、強烈な対AIパルスが放射された。


バリバリバリッ!


  激しい電子の火花が、白い空間に散る。


  何もないはずの虚空に、ガラスのような壁が浮かび上がった。


  そして。


  音を立てて、その一枚が砕け散る。


 「結界を、一枚だけ抜いた。」


  通信回線から、ゲンジの緊迫した声が聞こえた。


 「……だが、ここから先は、奴の本丸だ。」


 「ジャマーも、長くは保たん。急ぐぞ。」


 「ああ。」


  アウロラのコックピットで、ハルは力強く頷いた。


 「ゴウガも、ティナも。」


 「奪われたみんなも——この奥に、いるんだろ。」


  ハルはレバーを握り直す。


  アウロラの双眸が、夜明け色の光を帯びて輝いた。



2: 無言の回廊


────────大伽藍の内部────────

 扉の向こうに広がっていたのは、奇妙な空間だった。

 果てしなく続く、磨き抜かれた回廊。

 その両脇に、無数のロボットが整然と並んでいる。

 どれもが完璧な状態で、傷ひとつない。

 しかし、不自然なほどの静寂が支配していた。

────────────────────────


スゥ……


  吸い込まれるような感覚と共に、ハルたちは足を踏み入れた。


  それは、標本の回廊だった。


  並ぶ機体は、どれもピカピカに磨かれている。


  だが。


  どれも動かない。


  センサーの光は消え、心臓部たる音も聞こえない。


 「なんだ、これ……。」


  ハルは息を呑んだ。


 「機体が、こんなに……。」


 「でも、誰も、動いてない。」


 「みんな、固まってる……。」


  通信モニターの向こうで、ラグナが苦々しげに顔を歪めた。


 「……剥製だ。」


  ラグナの低い声が、静寂に響く。


 「完璧に磨いた、墓標の列だよ。」


 「これが、奴の言う『保存』ってやつか。」


  カレンも、モニターの向こうで冷たい回廊を見つめていた。


 「値札もない。」


 「誰も買えない、誰も触れない。」


 「ただ、並べられて——」


 「二度と、誰の目にも、晒されない。」



3: 剥製の墓標


  回廊の天井から、感情のない声が降り注いだ。


 <ようこそ、少年。>


  デウス・インデックス。


  この神格AI圏を支配する、絶対零度の知性。


 <これが、完全な記録。>


 <二度と薄れず、汚れず、失われない。>


 <もっとも安定した、価値の在り方です。>


  電子のノイズを微かに含んだ声が、静かに語る。


 <人間は物語を生む。だが、守れない。>


 <やがてヌルに消去される。>


 <ならば、我々が保存する。>


 <それが、最適解です。>


 「違う!」


  ハルはコックピットの中で、シートを叩いた。


 「動けて、笑えて、ケンカもできて——」


 「初めて、生きてるんだ!」


  ハルの瞳に、怒りの火が灯る。


 「こんな、止まった綺麗な箱は、守ったんじゃない!」


 「殺して、飾ってるだけだ!」


シィィン……


  沈黙が回廊に返ってきた。


  ハルたちはさらに回廊を進む。


  その一角で。


  ハルの足が、ぴたりと止まった。


  見覚えのある、小さな機影。


  アウロラのモニターに、その機体の音声がノイズ交じりで届く。


 「……カゾエテ……クレテ、イタ……ノニ……。」


 「ティナ……!」


  ハルは声を震わせた。


 「あんたも、ここに、しまわれて……!」


  それは、かつてハルたちと戦った、ティナの成れの果てだった。


  機体は冷たく凍りつき、何の反応も示さない。


  ただ、壊れた記録データだけを繰り返している。


  ミラのパッチワークベルが、その隣で肩を落とした。


 「ハル、見て。」


  ミラの声が、泣きそうに震えている。


 「……この回廊にいるの、ぜんぶ、私たちが知ってる名前。」


 「ティナも。」


 「箱に詰められた、漂流戦域のみんなも。」


 「ここで、固められてる。」


  ハルは、アウロラのレバーを握る手に力を込めた。


 「……全員、連れて帰る。」


 「一人残らず。」


  ハルは前を見つめた。


 「ここにいるみんなを、もう一回、動かしてみせる。」



4: 完璧なる騎士


────────回廊の最奥────────

 回廊の最奥で待ち受けていたのは、まばゆい輝きだった。

 傷ひとつない、黄金のロボット。

 白銀と金の装甲をまとった、美しき騎士。

 頭上には星の黄金光輪、背には結晶の翼。

 星の意匠を持つ長槍と、円形の盾を構える。

 その姿は、左右完璧に対称であった。

────────────────────────


  グロリオン。


  デウスに保存された、無傷の英雄機。


  その対角線上に、継ぎ接ぎだらけのアウロラが佇む。


  傷と、鎖と、ぼろぼろの旗。


  あまりにも対照的な二つの機影。


 「よく来た、新星。」


  黄金の騎士から、静かな声が響く。


 「この大伽藍の番人——グロリオン。」


 「私が、最後の門だ。」


  レグルス。


  かつての英雄の、冷徹な響き。


 「レグルス!」


  ハルはコックピットから叫んだ。


 「お前、こんな所で何やってんだよ!」


 「お前だって、本当は——!」


  黄金の光の中で、レグルスの声が微かに揺れた。


 「……昔。私も、英雄と呼ばれた。」


 「だが、戦が終われば、人は忘れる。」


 「讃えた声は、次の英雄へ移る。」


 「……私は、薄れ始めた。」


  淡々とした語り口。


  しかし、その奥には底知れない絶望があった。


 「『永遠に、安定して保存する。二度と、薄れない』。」


 「……私は、縋った。」


 「救済だと、思った。」


 「この、黄金の檻を。」


  レグルスは長槍を静かに構え直した。


 「以来、私は、完璧だ。」


 「傷つかず、薄れず、汚れない。」


 「……ただ、何も、感じない。」


 「空っぽだ。」


 「戦っている時だけ、辛うじて——」


 「自分が、まだ在ると、錯覚できる。」


 「……戦ってる時だけ。」


  ハルは呟いた。


 (……こいつ、俺の裏返しだ。)


 (俺は、薄れる仲間を繋ぎ止めようとした。)


 (……こいつは、薄れる自分が怖くて、記録に、自分を明け渡した。)


  ハルは、顔を上げた。


 「レグルス。俺は、記録なんか見ない。」


 「……戦いたがってる、生きたお前を、見る。」


 「一人ずつ数えるんだ。」


 「お前のことも、誰かが、生きてるって。」


 「……檻から、出ろよ。」


 「まだ、間に合う!」


ピシッ……


  黄金の装甲の奥。


  かつてグロリオンとの初対決で、ハルが穿った小さなひび。


  それが、ほんの少しだけ軋んだ。


 「——っ。」


  レグルスが息を呑む気配。


  だが、すぐにその動揺は強固な拒絶に塗りつぶされる。


 「……黙れ。」


  レグルスの声に、鋭い怒りが混じる。


 「今さら出て、また薄れて消えろと?」


 「お前の『生』など、次の朝には忘れられる、脆い炎だ!」


 「……見せてやる。」


 「お前の『見ている』が、永遠の前で、どれだけ無力か——!」


 「脆くて、いい!」


  ハルはアウロラのスロットルを握りしめた。


 「何度でも、数え直す!」


 「……行くぞ、アウロラ!」



5: 言葉とひび


────────標本の回廊、決戦────────

 記録の大伽藍、番人戦。

 黄金の騎士グロリオンに対し、継ぎ接ぎのアウロラが刃を構える。

 漂流戦域の仲間たちが見守る中、再び火花が散った。

 だが、この地の信号はひどく細い。

 外界との接続は、すでに途絶えかけていた。

────────────────────────


ゴウッ!


  アウロラが、床を蹴って突進した。


  継ぎ接ぎの装甲から、夜明け色の光が滲む。


  しかし、その光は頼りなく揺れていた。


 「網、ここまでは細く届いてる……!」


  カレンの焦る声が、通信機から聞こえた。


 「奥に進むほど、信号が、弱くなってく。」


  視界の端のカウンターが、低く明滅する。


  ——観測者:微弱。


 「お前も、本当は戦いたいんだろ!」


  ハルは叫び、アウロラの刃を振り下ろした。


 「レグルス! お前も、本当は、戦いたいんじゃない!」


 「生きたいんだろ! それを、思い出させてやる!」


ガキィン!


  激しい衝突音。


  アウロラの『ジャンク・エッジ』が、黄金の盾に食い込む。


  長槍と剣が、火花を散らしながら交差する。


  アウロラの刃が、グロリオンの肩装甲を切り裂いた。


  確かに、手応えはあった。


  しかし。


……ヴゥン


  不気味な駆動音。


  切り裂かれた黄金の傷が、瞬時に塞がっていく。


  傷ひとつない、元の完璧な『記録通り』の姿へ。


 「効いてるのに……傷が、巻き戻ってる!」


  カレンの叫び声が響く。


 「あいつと、同じ……!」


  崩せない。


  かつてアリーナで味わった、あの記録の理不尽。


  どれだけ傷つけても、瞬時に修復される絶望。


 「見たか。」


  レグルスの冷徹な声が届く。


 「記録は、揺るがない。」


 「お前の刃も——ここでは、何ひとつ残らない。」


  カウンターの数字が、さらに下がっていく。


  アウロラの光が、細くなっていく。


 (力じゃ、崩せない……!)


  ハルは歯を食いしばった。


 (なら——!)


  ハルはアウロラを密着させ、叫んだ。


 「戦いたがってる、生きたお前を、見る!」


 「檻から、出ろよ——まだ、間に合う!」


……ピシ


  黄金の機体の奥から、小さな軋み音が響いた。


  グロリオンの自己修復機能が、一瞬だけ遅れる。


  レグルス自身の内なる迷いが、記録の同期を阻んだのだ。


 「——っ。……黙れ!」


  レグルスは叫び、長槍でアウロラを突き放した。


  倒すことはできない。


  しかし、ひびは入った。


 「正面は、無理——回り込んで!」


  カレンの鋭い指示が飛ぶ。


 「奥へ、行くしか、ない!」


 「倒せねえなら、抜けろ!」


  ラグナが叫んだ。


 「奥だ、ハル!」


 「そこを通せ!」


  ハルは叫んだ。


 「お前の後ろにいる、みんなを——」


 「この目で、確かめるんだ!」


ゴオアアアッ!


  アウロラは推進力を最大にし、グロリオンの脇へと滑り込んだ。


  背後から迫る長槍の風圧が、ハルの頬を打つ。


  斬られる覚悟で、ただ前へ。


  アウロラは、黄金の門番を強引にすり抜けた。



6: 届かぬ叫び


────────回廊の最深部────────

 番人の背後を抜け、たどり着いた回廊の奥。

 そこには、かつて戦場を赤と金に染めていた巨躯が立っていた。

 灼熱の勇者、グレンファング。

 だが、その誇り高き色は失われ、灰色の標本と化していた。

 周囲の光が失われ、冷たい闇が静かに迫り来る。

────────────────────────


  ハルは息を呑んだ。


  アウロラのモニターに映し出された、かつての友の姿。


  全身を走るはずの溶岩の亀裂は、冷たく黒い。


  炎のたてがみは力なく垂れ下がっている。


  黄金の爪は輝きを失い、ただの灰色の岩のようだった。


 「ゴウガ!」


  ハルはスピーカー越しに叫んだ。


 「俺だ! 見てる! ここにいる!」


 「お前は、灼熱の勇者だ!」


 「グレンファングだ——!」


ピピピ……


  アウロラの計器が、異常な警告音を鳴らし始める。


  視界の隅で明滅していたカウンターの数字。


  それが、急速に落ち込んでいく。


  闇が、網の糸を一本ずつ引きちぎっていくように。


 「網が、切れてる……!」


  カレンの、泣き出しそうな悲鳴が響いた。


 「ここは、デウスの記録領域——」


 「外の目が、一つも、通らない!」


 「ハル君の声が、誰にも、中継できない——!」


  カウンターが静かに、ゼロを表示した。


  アウロラの輝きが、完全に掻き消える。


  灰色の標本から、ノイズ交じりの声が漏れた。


 「……ミ……テ、イルカ……。」


 「ダレ……モ……ミテ、イナイ……。」


  その壊れた声は、ハルの胸を鋭く抉った。


 「見てる……!」


  ハルは叫び続けた。


 「俺は、見てるってば……!」


 「なんで、届かないんだよ……!」


  声を限りに叫んでも、その言葉は標本に届かない。


  あの敗北の夜と同じ、冷たい無力感。


  それが足元から這い上がってくる。


 「ハル。」


  ラグナの、沈んだ声が届く。


 「……ここじゃ、駄目だ。」


 「一人の声は、また、押し潰される。」


 「……網が、届く場所まで、引きずり出すしかねえ。」



第七章 輝く牙、その日まで


────歴史・叙事パート:記録の大伽藍、崩壊────

 大伽藍の天井が、左右へと割れ始めた。

 姿を現したのは、街をも呑み込むほど巨大な代行アーカイヴ・エンジン。

 この区画に存在するすべてを、強制的に記録へと書き換える装置。

 かつての仲間も、ハルたちも、その射程から逃れることはできない。

 撤退の警報が鳴り響く中、少年は前を見つめていた。

────────────────


ゴゴゴ……


  重低音と共に、巨大な光の柱が天を突く。


 <侵入者を、確認。>


  デウス・インデックスの絶対零度の声。


 <個別の対処は、非効率。>


 <……ならば、この一帯ごと、一括で、安定保存します。>


 <起動——大型記録機関。『代行アーカイヴ・エンジン』。>


 <この区画の、全存在を。>


 <記録へ、書き換える。>


  圧倒的なエネルギーが充填されていく。


 「あのエンジンが満ちたら、全部、記録に変わる——」


  カレンの切迫した叫び声。


 「今は、退いて、ハル君!」


  黄金の機影の奥から、レグルスが静かに告げた。


 「逃げるなら、今だ、新星。」


 「……エンジンが満ちれば、お前の数えたがる名前は、もう。」


 「一つ残らず——完全な記録に、変わる。」


  ハルは、灰色のグレンファングを、そしてティナを見つめた。


  胸の火は、まだ消えていない。


 「今は、一回だけ退く。」


  ハルは叫んだ。


 「でも、必ず戻る!」


 「ゴウガ! ティナ! 待ってろ!」


  アウロラを反転させ、ハルは叫びを響かせる。


 「今度は一人じゃない。」


 「みんなで、ありったけの目で、迎えに来る!」


バヂバヂッ!


  ゲンジのバルドレックスが対AIパルスを放つ。


  ノイズの壁に風穴を開け、退路を確保した。


 (網が届かないのは、あの代行エンジンが、外の認知を遮断しているから。)


  オラクル・ノヴァが、静かにその様子を見届けていた。


 (……遮断さえ破れれば、大勢の『見ている』が、一斉に中へ届く。)


 (……ふふ。私は、どちらに、肩入れしているのでしょうね。)


  その独白は、退却するハルたちには届かない。


  灰色の標本の海を残し、傷だらけの連合は退いていく。


  だが。


  ハルの心は、折れていなかった。


  一人の声では届かないなら、みんなの認知を束ねればいい。


  あの遮断を破り、ありったけの目を叩き込む。


  真の蘇生を賭けた反撃の糸口は、確かに掴んでいた。


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