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第11話 ミラの愛機~その名はパッチワークベル!

1: 空白に残る足音


────歴史・叙事パート:忘れられた者の岸辺、その後────

 傷だらけの母艦ラストキャリアは、宙の隅で、静かに息を潜めていた。

 忘れられた者の岸辺を捨てて、這々の体で逃げてきた——あの暗い夜の、続き。

 格納庫の片隅。

 かつてゴウガのグレンファングが居座っていた区画が、ぽっかりと、暗い空白のまま取り残されている。

 その空白を見上げたまま、誰も、言葉を発することはできなかった。

────────────────


 (ずっと、見てるって言ったのに。……一人の目じゃ、足りなかった。)


  ハルは格納庫の床に座り込み、膝を抱えて自問していた。


 (レグルスの言う通りなのかな。俺の蘇生は——ただの、遅延。)


  そのとき。

  トタトタと、小さな足音がひとつ響いた。

  ハルの前に、漂流戦域の難民の少女が、そっと立っていた。


 「おにいちゃん。……あのね。ずっと、見てたよ。」


 「見てた……? 俺を?」


  ハルは驚いて顔を上げた。


 「うん。おにいちゃんが、私たちを、見ててくれたみたいに。……私も、おにいちゃんのこと、ずっと見てた。」


  トタトタ、と足音が増えていく。

  ハルがかつて呼び戻した整備兵。荒野の難民。

  薄れかけては、ハルの声によって光を取り戻した者たち——その全員が、ハルを、静かに見つめていた。


 「なあ、少年。お前は漂流戦域中を駆け回って、薄れかけた俺たちを、一人ずつ呼び戻した。……今度は、俺たちが、お前を見てる番だ。」


 「忘れねえよ。お前がくれた名前も、あの灼熱の勇者の名前も。……ティナのことだって、まだ、みんなで数えてる。箱に詰められたって、俺たちが呼んでる限り——消えやしねえ。」


  ティナ。

  記録の大伽藍へ、無慈悲に奪われた者。

  だが、その名は今もここで声に出され、数えられ、人々の胸に生きている。

  消えては、いない。


 (……俺が見てると、みんなは薄れなかった。……じゃあ、みんなが、俺を見てたら——)


  ハルの脳裏に、電撃のような閃きが走った。


 「……そうか。そうだったのか! 蘇生は——一人の魔法なんかじゃ、なかったんだ!」


  ハルは立ち上がり、力強く拳を握りしめた。


 「一人で見続けるから、間に合わない。折れてしまう。……でも、みんなが、互いを、数え合えば! 誰か一人の目が落ちても——隣の目が、ちゃんと、見ている!」


  見ているという認知が、一本の網になる。

  網になれば——忘却の速度に、決して追いつかれない。


 「これが……これが、答えだ!」



2: 継ぎ接ぎのベルと、夜明けの光


────ラストキャリア・第2整備ドック────


 「いい目になったわね、ハル君。……でも、その先は、私の領分よ。」


  カレンが腕を組み、不敵な笑みを浮かべて現れた。


 「『見続ける目を増やす』。人を集めて、注目を回し続ける。……それ、私が市場で、ずっとやってきたことなの。」


  カレンはモニターのネットワーク図を指し示す。


 「ただし、今度は売り抜けない。一度見つけて、票を稼いで、はい次——じゃなく。見つけたあとも、みんなで、ずっと見続ける。……これが、『認知の網』よ。私の人脈も、興行の手管も、ぜんぶ使うわ。漂流戦域中の目を、一本残らず、繋いでみせる。」


  一方、ミラは格納庫の奥の覆いを、力強く引き剥がした。

  そこに立っていたのは——廃材と、薄れて動かなくなった複数の機体の、まだ生きている部品だけを継ぎ接ぎした、小柄で不格好な、しかしどこか愛嬌のある機影であった。


 「できたよ。みんなの『残り火』を、一つずつ繋いで、組み上げた。……名前は、パッチワークベル。」


  ミラは愛機の装甲に触れながら、少し寂しげに呟いた。


 「……でも、ずっと迷ってた。図面を引いたのは、私。……でも、私の落書きを、動く機体に組み上げるのに——AIの手を、借りたの。これ、本当に、私の作品って、言えるのかな。私の願いは、ちゃんと、残ってるのかな。」


 「図面を引いたのは、あなたです。」


  電子ノイズと共に、オラクル・ノヴァが静かに現れた。


 「私はただ——眠って動かなくなった部品に、少し、触れただけ。あなたの落書きが、目を覚ますように。……なぜか。あの夜、少年が呼んでいた『ゴウガ』のほうが、完全な記録より、ずっと美しかった。その理由を、知りたくて。」


  ノヴァはミラを見つめ、静かに微笑む。


 「誰の手が加わったかは、どうでもいい。その機体が、これから、誰のものになるか。……それを決めるのは、あなたです。ミラ・サンドリット。」


 「……そっか。誰の手を、借りたか、じゃない。」


  ミラは大きく頷き、前を向いた。


 「みんなで、生かすから。みんなで、動かすから。みんなで、見るから。——だから、これは、私の機体だ。もう、見てるだけはやめる。ハルの隣で、私も、戦う!」


ピッ!


  そのとき。

  アウロラが——その継ぎ接ぎの装甲の隙間という隙間から、淡い、夜明け色の光を零し始めた。

  記録の白でも、王者の黄金でもない。

  それは、この場にいる全員の『見ている』という承認が、機体に灯した光だった。


 「アウロラ……? お前、光って——!」


  ハルの視界の隅に、見慣れないカウンターの数字が灯る。

  カレンの網が、繋がり始めたのだ。


 「見える、ハル君? それが、あなたを見ている目の数。……まだ、ほんの始まりよ。」


  表示される数値。

  ——観測者:147。

  ——観測者:1,260。

  数値が増えるたび、アウロラの傷が、内側から、温かく、光った。


 「……完璧じゃなくて、いい。継ぎ接ぎで、いい。……これが、俺たちの、生きてる証だ!」



3: 思い出す力


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【カスタム機・スペック資料】

・機体名:パッチワークベル(ミラ機)

・全高:16.8m

・本体重量:19.2t

・武装:ジャンク・レンチ、リペア・ブラスター、パッチ・シールド

・動力源:簡易熱素ハイブリッドエンジン

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


────漂流戦域外れ・難民救出戦────


  13時40分。漂流戦域の外れの荒野。晴れ。


  高度10m。アウロラ出力、上昇中。


ゴウッ!


  不格好な機体パッチワークベルが、初めて戦場へと飛び出す。

  その隣で、アウロラはすでに夜明け色の光を淡く放っていた。


 「見える、ハル君? それが、今あなたを見ている目の数。147——まだ、ほんの始まりよ。」


  カレンの凜とした声が響く。


  観測者カウンター、147。


 「一人で抱えない——みんなで、見る! 行くぞ!」


  ハルは叫んだ。

  アウロラの継ぎ接ぎの隙間から、夜明け色の光が滲む。

  背中が、温かい。


 「継ぎ接ぎでも、ちゃんと動く——私も、戦うよ!」


  ミラの叫びと共に、パッチワークベルがジャンク・レンチを構える。


キィン……!


  しかし。

  立ちふさがるセラフ・ミラーの先遣小隊。

  鏡面の盾が、こちらの攻撃を受けるたびに同期し、互いの耐久値を回復し合っていく。


 「また回復してる——記録同期だわ! このままじゃ、前回と、同じ……!」


  カレンの焦る声。


  刃の手応えが、また逃げかける。

  あの夜、ゴウガを奪われた完全敗北のトラウマが、ハルの胸をよぎる。


 「くそ、また——!」


  放っておけば、また同じ絶望が繰り返される。


 「記録同期は切った。回復は止まる。お前たちは——繋げ」


  ゲンジの冷徹な通信の声。


バヂッ!


  バルドレックスの放ったジャマーが、敵の同期ネットワークを切り裂く。

  敵の自己修復機能が、完全に停止した。


 「お前の名前は——! ちゃんと、見てるからな!」


  ハルたちは敵を倒すのではなく、薄れかけた難民たちの機体へと駆け寄った。

  一人ずつ、名前を呼んで、カレンの網へと繋いでいく。


ゴオッ……!


  繋ぐたび、アウロラの増光が強まり、夜明け色の光が爆発的に広がる。


 「網、繋がってきた——観測者、1,260! ハル君、あなたの光が、強くなってる!」


  カレンの叫び。


  観測者の数字が増えるたび、アウロラの傷が、内側から、温かく、光り輝く。

  力が、体の奥底から湧き上がってくる。

  一人ではない、という重みが、不思議と、軽く感じられた。


バシュウッ!


  同期を断たれたセラフ・ミラーは、もはやただの個の集まり。

  アウロラとパッチワークベル、そしてグレイブハウンドの連携が、敵を圧倒する。

  耐えかねたセラフ・ミラーは、白い翼を翻して退却していった。


 「先遣、退いてく——観測者、8,200! 漂流戦域中の目が、繋がったわ!」


 「パッチワークベル、ちゃんと戦えた——!」


 「これが、希望のほうの、戦い方だ!」


  ミラとラグナの歓喜の声。


(※ここから数値を消す。静かな光の余韻へ)


  戦いが終わった。

  救い出された難民たちの機体に、みるみるうちに光が戻っていく。


  だが——今度は、消えなかった。


  一人が見るのをやめても、網の隣の誰かが、見つめている。

  落ちかけた光を、別の誰かの目が、すぐに掬い上げる。


  傷だらけの、継ぎ接ぎだらけのまま。

  なのに、その傷こそが、温かな光源になっていた。


  ハルの荒い息が、いつの間にか、温かい笑みに変わっていた。

  胸の奥に、ずっと探していたものが、ようやく灯る。

  完璧ではない。

  しかし、消えない。


 「消えない……! 救った人が、ちゃんと、消えないで、残ってる! ……これだ。ずっと探してたの、これだったんだ!」


  ハルは嬉しそうに叫んだ。

  一人の見ているが、みんなで数え合う網になり、初めて、救った生が落ちなくなった。

  これが、あのどん底の夜に対する、最初の答えだった。



4: 反攻の始まり


────ラストキャリア・作戦室────


 「ふふ。市場の人気は、移り気で、すぐ冷める。……でも、これは違うわ。冷めない目を、束ねたんだもの。」


  カレンが腕を組み、満足そうに頷いた。


 「希望と、支配は、違う。……これが、希望のほうの、戦い方だ。借り物の永遠じゃなく、自分たちの手で、繋ぐ生だ。」


  ラグナが力強く言葉を重ねる。

  しかし、ハルは少し俯き、拳を握りしめた。


 「……でも。ここで救えるのは、まだ薄れてる人たちだけだ。……ゴウガは。ティナは。もう、箱に詰められて、archiveに——。」


 「記録の大伽藍。神格AI圏の、最奥だ。」


  東雲ゲンジが静かに言った。


 「そこに、奪われた連中が、『完全な記録』として、しまい込まれている。取り戻すなら——あそこへ、突っ込むしかない。正面から、デウスの本拠に、弓を引くことになるぞ。」


 「行く。一人ずつ数えて、全員、連れて帰る。……ゴウガも、ティナも、俺たちが、まだ呼んでる。数えてる。……だから、消えてない。」


  ハルは顔を上げ、決意に満ちた目で言った。


 「まだ、間に合う。——記録の大伽藍へ、行くぞ!」


────記録の大伽藍────


  磨き抜かれた標本の回廊に、傷ひとつない黄金の機影が、静かに佇んでいた。


 「……網、だと。一人では脆いと知って、数で、その綻びを繕うか。……小賢しい、生の延命だな。」


  レグルスがグロリオンの中で、静かに目を細める。


 「だが、来るがいい、新星。この大伽藍の最奥には——お前の数えたがる名前が、ぜんぶ、完全な記録として、安らかに眠っている。見せてやろう。お前の『見ている』が、保存された永遠の前で、どれだけ無力か。……それが、私が、最後に立つ理由だ。」


  回廊の、さらに奥。

  虚ろな紅蓮の巨神の機体の中で——かつてゴウガと呼ばれた記録体が、誰へともなく、壊れたスピーカーのような声で呟き続けていた。


 「……ミ……テ、イルカ……。ダレ……モ……ミテ、イナイ……。」


  少年の網は、まだ、そこには届かない。

  だが——彼の名を数える声は、もう、一人ではなかった。


  どん底の夜を抜け、少年は、最初の一歩を取り戻した。

  反攻の物語は、ここから——記録の大伽藍へと、向かう。


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