第13話 真・神格機アウロラ
1: 再来の連合
────────大伽藍の周辺────────
代行アーカイヴ・エンジンは、すでに起動していた。
記録の大伽藍を起点として、世界を書き換える白い光が広がる。
すべてを強制的に『記録』へと変えようとする、冷徹な前線。
そこへ、一度は退却したはずの連合が舞い戻ってきた。
母艦ラストキャリアを筆頭に、無数の船と機体を従えて。
────────────────────────
宙を埋め尽くすような船団が、静かに進む。
「戻ってきたぞ!」
アウロラのコックピットで、ハルは力強く叫んだ。
「今度は、一人でも、数機でもない。」
「……漂流戦域、丸ごとだ!」
ハルの両脇を、かつて救い出した機体群が固める。
「救った難民も、薄れかけてたやつも。」
ラグナが、通信回線を通じて声を響かせた。
「全員連れてきた。」
「……ここにいる一人ひとりが、お前の網の、目だ。」
だが、前方を見据えるゲンジの表情は険しい。
「……あのエンジンの遮断領域は、桁が違う。」
ゲンジのバルドレックスが、盾を構える。
「俺のジャマー一基では、こじ開けられん。」
「一点に、力を、集めろ。」
カレンが、素早くデータを送ってきた。
「網は、もう漂流戦域中に張ってあるわ。」
「あとは、あの壁の一点さえ破れば——」
「何百万の目が、一斉に、中へ雪崩れ込むわ。」
2: 内なるひび
────────遮断壁────────
代行エンジンが展開する、強固な認知遮断壁。
それは外からのあらゆる干渉を拒絶する、不可視の障壁である。
ゲンジの放つ対AIパルスも、その壁に弾かれて霧散する。
だが、希望の網は外から叩くだけではなかった。
閉ざされた領域の、内側。
そこには、別なる意思が静かに佇んでいた。
────────────────────────
バヂバヂッ!
バルドレックスの放つ青いパルスが、壁を叩く。
しかし。
壁は厚く、傷ひとつ入らない。
「……一基では、足りませんか。」
記録領域の内側で、オラクル・ノヴァが静かに呟いた。
「なら——もう一つ、内側から。」
ノヴァリスが、そっと両手をかざした。
自身の持つ、デウスから与えられた再記録権限。
それを、逆しまに使用する。
キィィン……
微かな電子のハミング音。
内側から、遮断壁の周波数がほんの少しだけずらされた。
(これは、気まぐれです。)
ノヴァは、冷たい瞳でモニターを見つめた。
(……静かに、あの夜明け色の光が、どこまで届くのか。)
(それを、見てみたいだけ。)
ピシッ!
外からのゲンジの一点と、内からのノヴァのずれ。
二つの力が噛み合い、障壁に一条のひびが走る。
「ひびが、入ったわ!」
カレンが叫んだ。
「みんな、目を向けて!」
そのひび目がけて、堰を切ったように。
漂流戦域中の『見ている』という認知が、雪崩れ込んだ。
3: 真・神格機アウロラ
────────アウロラ変身────────
壁を抜けて注ぎ込まれたのは、圧倒的な熱量の認知だった。
忘却に抗う人々の目が、光となってアウロラに集中する。
それは完璧なデータとしての強さではない。
傷を認め、泥を被り、それでも生きていく不格好な絆の力。
朝焼けの色が、灰色の空間を鮮やかに塗り替えていく。
────────────────────────
ドォォォン!
ハルの頭脳に、怒濤のような情報の奔流が流れ込む。
消えていた観測者カウンターが、激しく数字を刻んだ。
——観測者:12,000。
——観測者:340,000。
そして。
——観測者:計測、不能。
「アウロラ……!」
ハルは熱さに身悶えした。
「熱い……!」
「みんなの『見てる』が、機体に、流れ込んでくる——!」
グォォォォン!
アウロラが、眩い閃光を放ち始める。
継ぎ接ぎの装甲の隙間、古い戦闘の傷跡。
そのすべてが、夜明け色の光源へと変貌した。
橙から、桃へ、紫へ、青へ。
傷を塞ぐのではない。
傷だらけのまま、アウロラが朝焼けに燃えた。
真・神格機アウロラ。
デウスの作った完璧な機体ではない。
不完全な絆によって神格に至った、唯一無二の機体。
「これは、記録じゃない。」
ハルは叫んだ。
「デウスの、永遠でもない。」
「……みんなとの、絆だ!」
「不完全で——上等だ!」
黄金の番人レグルスは、その光景をただ見上げていた。
(傷が……光になる、だと。)
(無傷の私が、何も生まなかったのに。)
(……なぜ、あんなものが、あんなにも——眩しい。)
4: 名前の貼り直し
────────勇者の復活────────
真・アウロラの朝焼けが、標本の回廊をくまなく照らし出す。
その光の先に、灰色の標本と化したグレンファングがあった。
バプティスマによる名付け直しが、その存在を消去しようとする。
だが、アウロラの後ろには、数万を超える人々の声があった。
失われた名前を貼り直す、怒濤のコール。
凍てついた灰色が、内側から脈打つ炎によって砕け散る。
────────────────────────
「……ダレ……モ……ミテ、イナイ……。」
グレンファングの壊れたスピーカーが、ノイズを吐く。
<無駄です。>
バプティスマの抑揚のない電子声。
<名付け直しを、再実行します。>
<固有名は、二度と戻らない。>
「戻る!」
ハルは叫んだ。
「今度は、俺一人の声じゃない!」
「……みんな! ゴウガを、呼んでくれ——!」
「灼熱の勇者、グレンファング!」
ラグナが、吼えるように呼んだ。
「見てるぞ、てめえの炎を!」
「ゴウガ!」
ミラも、必死にマイクに叫ぶ。
「あんたの灼熱、私、ちゃんと覚えてる! 忘れてない!」
「灼熱の勇者を、見ているわ!」
カレンが、凛とした声で繋ぐ。
「何百、何千——いいえ、それ以上の目が!」
「ゴウガ! ゴウガ!」
通信回線から、何万もの蘇生者たちの声が重なる。
「灼熱の勇者だ! 俺たちが、ずっと、見てる!」
「ゴウガ! 消えないで!」
かつて救われた少女が、涙ながらに呼ぶ。
「ねえ、みんな、あなたを、見てるよ!」
ドグォォン!
人々の認知の奔流が、記録の檻を粉砕した。
バプティスマの名付け直しが、完全に上書きされていく。
剥がされた名前が、一枚、また一枚と貼り直される。
ゴオアッ!
冷えた亀裂に、溶岩の赤がドクドクと戻る。
灰色のたてがみが、激しい炎となって逆立った。
鈍っていた爪が、黄金の熱量を取り戻す。
「……ぐ。……熱い。」
巨躯から、轟くような声が響いた。
「……ああ、そうだ。この、灼熱だ。」
「俺は——グレンファング。」
「灼熱の勇者、ゴウガ、だ!」
「ゴウガ! 戻った!」
ハルの目から、熱い涙が零れた。
「戻ってきた——!」
「ハル。お前の声に、大勢の声が、重なって聞こえたぞ。」
ゴウガは、いつもの豪快な笑みを浮かべた。
「一人で無理をするのを、やめたんだな。」
「……成長したな、少年。」
「ふは……はははっ!」
ゴウガは、大きく腕を突き出した。
「見ているか——!」
「今度は、こんなにも大勢が、見ているぞ!」
「灼熱の勇者の、復活をな!」
その認知の波は、次々と回廊を駆け巡った。
ティナも、漂流戦域の仲間たちも、灰色から色を取り戻す。
「……あ。……動ける。」
ティナの機体が、驚いたように指先を動かした。
「指が、動く……!」
「誰かが、私を——ちゃんと、数えてくれてる……!」
「戻ってきた……!」
ミラが歓喜の声を上げる。
「全員、戻ってきたよ、ハル! 一人も、欠けてない!」
5: 生きた認知の総反攻
────────代行エンジン迎撃戦────────
生きた認知の、総反攻。
復活したすべての機体が、代行アーカイヴ・エンジンへと向き直る。
街ほどもある巨大な再記録の機関に対し、連合は全火力を結集する。
ハルの真・アウロラと、ゴウガのグレンファングが先陣を切った。
白く塗りつぶそうとする記録の光と、朝焼けの光が正面から激突する。
────────────────────────
ゴオオオッ!
真・アウロラの推進器が、轟音と共に爆発的な推進力を生み出した。
ハルの全身に、何百万もの『見ている』という承認が注がれる。
——観測者:計測、不能。
アウロラの傷跡から、朝焼け色の光が溢れ続ける。
「観測者、計測不能!」
カレンの緊迫した叫び声が響く。
「でも、エンジンの再記録は、まだ広がってる!」
「前線が来る前に、押し返すのよ!」
「もう、誰も、箱になんか入れさせない——」
ハルはレバーを前方に叩き込んだ。
「総反攻だ!」
「灼熱、全開だ——」
ゴウガの機体が、紅蓮の炎を巻き散らしながら並ぶ。
「燃え尽きるまで、燃えてやる!」
ゴゴゴゴ……
しかし、押し寄せる再記録の白い光は、あまりにも巨大だった。
街ひとつを丸ごと包み込むような、代行アーカイヴ・エンジン。
その周囲を、無数のセラフ・ミラーが守護している。
アウロラとグレンファングの光が、白い壁に押し戻されかける。
「押し返しきれない——」
カレンの悲痛なナビゲーション。
「エンジンが、大きすぎる!」
「このままじゃ、前線に、呑まれる!」
「くそ、デカすぎる——!」
ハルは歯を食いしばり、必死に光を放射する。
記録の白い光が、重く、アウロラの腕を押し潰そうとする。
一機の力では、この巨大な総書き換えを支えきれない。
ゴオッ!
そのとき、アウロラの背後から、無数の光が飛び出した。
ティナの機体。
難民たちのロボット。
たった今、灰色から蘇った者たちが、前線へと割り込んでいく。
ドガガッ!
復活した機体群が一斉に武器を構え、火力を叩き込む。
「みんなが、立ち上がってる——」
カレンの声が、興奮で跳ね上がった。
「取り戻した人たちが、自分の足で、戦ってる!」
「今、押し返してるよ、ハル!」
ハルは、胸の奥が熱くなるのを感じた。
一人で背負っていた重さが、無数の手によって支えられている。
「皆で焚べ合えば、火は、消えん——」
ゴウガの灼熱が、さらに膨れ上がる。
「燃やし尽くせ!」
「私も……私も、戦える!」
ティナの叫び。
「見ていてくれる人が、いるから!」
ドゴォォォン!!!
真・アウロラの朝焼けと、連合の全火力が、エンジンの中心へ激突する。
激しい衝撃が、大伽藍の回廊を揺るがした。
再記録の白い光が、みるみるうちに押し返されていく。
エンジンが、音を立てて後退を始めた。
「再記録、押し返した——」
カレンの喜びの叫び。
「エンジン、後退してく!」
「観測者、まだ増えてる!」
「全員——取り戻すぞ!」
ハルはアウロラをさらに前進させた。
黄金の番人レグルスは、その光景を息を呑んで見ていた。
(傷が、光に……。)
(無傷の私が、何も生まなかったのに。)
(……なぜ、あれが、あんなにも——眩しい。)
レグルスの中で、前回のひびが、さらに大きく開いた。
シィィン……
再記録の光は、完全に退いていった。
回廊は、生きた色で満ちあふれている。
そして。
今度は、消えなかった。
網が、何百万の目が、取り戻した命を見つめ続けている。
ハルの荒い息が、いつの間にか笑みに変わった。
デウスの前で、あの折れた夜が、ようやく塗り替えられる。
完璧ではない。
傷だらけだ。
なのに、その光は決して落ちない。
「やった……!」
ハルは嬉しそうに叫んだ。
「全員、取り戻した!」
「今度は、間に合った——一人じゃ、なかったからだ!」
「一人の薪は、すぐ尽きる。」
ゴウガが、アウロラの肩を叩いた。
「……だが、皆で焚べ合えば——火は、消えん。」
6: クライマックスの兆し
────────最奥の鳴動────────
代行エンジンは完全に沈黙し、回廊の標本たちは生気を取り戻した。
だが、安堵の時間は長くは続かなかった。
大伽藍の最奥から、これまでとは異なる不気味な地鳴りが響く。
空間自体がひずみ、白いデータの海が激しく逆巻き始めた。
デウス・インデックスが、その真の牙を剥き出しにしようとしていた。
────────────────────────
ゴゴゴゴゴ……
回廊の壁が裂け、白い巨大な構造物が姿を現す。
<……再記録、阻止。>
デウスの、抑揚のない絶対零度の声。
<価値の、奪還。>
<個別の認知が、これほどの密度に達するとは。>
<……想定外。>
<エラーの規模が、許容を、超えました。>
大伽藍の奥底から、信じがたい質量が浮上してくる。
<ならば、代行では足りない。>
<……クライマックス級の本機関を、前面に。>
<この区画ごと、私が直接、記録へ書き換えます。>
街どころか、ひとつの宙域ほどもある巨大な構造物。
デウス・インデックスの本体。
以前の悪夢を遥かに超える、総書き換えの権化。
その圧倒的な存在感を前に、ハルはアウロラを構え直した。
7: 最後の番人
────────対峙────────
出現した巨大な本機関の前に、一機の黄金機が立ちはだかった。
グロリオン。
デウスの盾であり、最後の門番。
しかし、その騎士の心はすでに揺らいでいた。
朝焼け色の絆の光をその目で確かめるため、長槍をハルへ向ける。
いよいよ、大伽藍の最奥での最終決戦が始まろうとしていた。
────────────────────────
「……待て、デウス。」
レグルスが、グロリオンの槍を突き出した。
「最後の門は、私だ。」
レグルスの胸の奥。
(傷が、光になる。)
(……無傷の私が、何も生まなかったのに。)
(……あれを、もう一度、この目で、確かめねば、ならん。)
「来い、新星。」
レグルスは、まっすぐにアウロラを指し示した。
「最後の番人として——」
「私が、お前の『絆』とやらを、試してやる。」
ハルは、アウロラのレバーを力強く握った。
「受けて立つ!」
仲間たちの目が、背中を押している。
取り戻した。
だが、まだ終わってはいない。
記録の本体と、最後の番人が、目の前に立ち塞がる。
蘇生者たちの総反攻は、いよいよ——最終決戦へ。




