9話 ハル防衛線!
1: カレンの葛藤
────────商業機構圏・役員会室────────
ヴァイスベルグ・メック社、役員会室。
硝煙の匂いも、歓声も届かぬ——ガラスと、数字だけの部屋。
冷徹なホログラムのグラフが描く軌跡こそが、この部屋における唯一の真実であり、支配者の言語であった。
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「カレン・ヴァイスベルグCEO。緊急決議です。あの『蘇生する少年』が、市場の相場を破壊し続けている。もはや、看過できません。」
テーブルを囲む役員たちが、冷ややかな視線を一斉にカレンへ向けた。
「決定事項——漂流戦域由来の非掲載IP群、ならびに当該少年ハルを、神格AI圏へ引き渡す。損失を止め、価値を安定保存するためです。」
「……ハルを、引き渡す? あの子は、うちの契約パートナーよ。彼の熱が、市場をどれだけ動かしたと——」
カレンは眉をひそめ、語気を強めた。
「動かしすぎたのです。制御できない熱は、相場のリスク。安定こそ、株主の利益。……CEO、あなたの椅子も、その安定の上にある。お忘れなきよう。」
ピピピピピ……。
役員たちの背後の虚空から、オラクル・ノヴァが静かに姿を現した。
「ご安心を、カレン。お預かりするIPは、この私が、完全に安定保存します。二度と薄れず、二度と壊れない。」
ノヴァは穏やかな、しかし感情の籠もらない笑みを浮かべて語りかける。
「それは——あなたの市場が、彼らに約束したことでは? 『見つけてあげる。守ってあげる』と。私は、その約束を、永遠の形で、果たすだけです。」
「……っ。」
カレンは言葉を詰まらせ、俯いた。
(私は、信じてた。見つけてもらわなければ、届かないIPがある。市場は、光を当てる仕組みだって。)
彼女は自分の手を見つめ、静かに自問する。
(なのに——いつの間にか、私の市場は。光を当てるんじゃなく、当たらなかった者を選り分けて、箱に詰める機械に、なってた。)
窓ガラスに映る自身の豪華なスーツが、急にひどく重く感じられた。
(『守ってあげる』が、『所有して、永遠に黙らせる』に、すり替わってる。……ゲンジの言った通りだわ。恩人が、所有者に。)
決議は、待ってくれなかった。
カレンが迷う間にも、非掲載IPを積んだ輸送船団が、記録の大伽藍へ向け、出航の準備を始めていた。
そして——少年の捕縛命令が、企業の警備機に下されようとしている。
カレンの手の中で、最終承認の署名欄だけが、空白のまま、点滅していた。
2: それぞれの決意と、降臨する巨影
────ラストキャリア・作戦室────
「聞け、少年。企業が動いた。非掲載IPを積んだ船団が、archiveへ出航する。……お前を捕らえる命令も、出ているぞ。」
東雲ゲンジが腕を組み、アウロラのコンソールを指し示した。
「俺を? ……まあ、いいや。それより、あの船団だ。箱の中に、まだ消えてない仲間が、いるんだろ!?」
ハルは迷わず答えた。
「ああ。お前が一度こじ開けた者たちも、また積み直されている。……企業に、正面から弓を引くことになる。それでも、行くか。」
「当たり前だろ! 一回『見てる』って言ったやつを、二度と見捨てるかよ!」
ハルは操縦桿を強く握りしめた。
「薄れかけのこの身でも、まだ戦える。少年、俺も出るぞ。……同じ箱に詰められる者を、見過ごせるものか!」
ゴウガがグレンファングのハッチから身を乗り出し、豪快に笑った。その輪郭は薄いものの、瞳の炎はまだ消えていなかった。
「ふん。企業の中にも、今の市場に吐き気がしている連中はいる。反対派の機体が、数機。……俺の声がけだ。借りは、これで返す。」
ゲンジがバルドレックスのハッチを閉め、機体を起動した。
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企業圏の暗い境界宇宙。
出航したばかりの輸送船団へ突っ込むアウロラの前に——一機の豪奢な巨影が、立ち塞がった。
グランマーケット。カレン・ヴァイスベルグの、フラッグシップ機だった。
「……止まりなさい、ハル君。役員会の決定よ。あなたを捕らえ、IPを引き渡す。」
カレンの声が、冷たい通信回線を通じて響く。
「カレン……。あんたも、あの箱に、賛成なのか?」
ハルはスピーカー越しに問いかけた。
「……賛成も、反対もない。これは、興行よ。市場の、ルール。私は、それで、ここまで来たの。」
「なあカレン。あんた、最初に言ったよな。『見つけてもらわなければ、届かないIPもある』って。」
ハルはアウロラを前進させ、グランマーケットを見つめた。
「あれ、カッコよかった。本物だって、思った。——あんたは、誰かを『見つけて』、光を当てたかったんだろ。箱に詰めて、黙らせたかったわけじゃ、ないだろ!」
「——!」
カレンのコックピットで、点滅していた役員会の最終署名欄。
その光るパネルの上を、彼女の指が、迷いなく滑った。
承認のボタンではなく。
ピッ!
画面に表示された文字は——『却下』。
「……そうね。私は、見つけたかった。光を、当てたかった。箱に詰めるためじゃ、なかったわ。」
カレンはモニター越しに、晴れやかな笑みを浮かべた。
「役員会、聞こえてる? CEO権限で、引き渡し決議を却下するわ。理由は——」
彼女はグランマーケットのスロットルを引き絞り、機体を反転させた。
「市場では、救えないものがある。それを認められない市場なんて——私が、壊す!」
『——CEO! 重大な契約違反です! あなたの椅子も、株式も、信用も、すべて失うことに——』
「どうぞ、全部持っていって。……私は、握手した相手を、商品の値札で測る女には、もう戻らないわ。」
グランマーケットの両肩のマルチ・バスターが、ゆっくりと旋回する。
その主砲の銃口が——ハルではなく、背後の輸送船団の護衛機へと、向き直った。
「カレン……! やっぱあんた、カッコいいよ!」
「ふふ。当然でしょう? ——さあ、共同作業の続きよ、ハル君。今度は、ちゃんと、人を救うほうのね。」
「目標は輸送船団! 一個残らず箱を開けて、全員、連れて帰る!」
企業圏宙域、archive輸送船団 阻止戦——開始。
3: 船団阻止戦
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【企業リーグ旗機・スペック資料】
・機体名:グランマーケット(カレン機)
・全高:21.2m
・本体重量:28.5t
・武装:ヴァイス・ブラスター、マルチ・マーケット・ミサイル
・動力源:高効率商用熱素ジェネレーター
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────企業圏宙域・輸送船団阻止戦────
15時20分。星々の光がまたたく企業圏の宇宙。晴れ。
高度マッハ2.3。輸送船団、archiveゲートへ接近中。
ゴオオオッ!!!
宇宙の闇を切り裂く、一斉発進の火花。
アウロラの両脇に、グランマーケットが、グレンファングが、バルドレックスが、そして企業反対派の機体が並び立つ。
「護衛、数えきれない……でも、ハル。今日は——こっちも、一人じゃないよ!」
ミラの叫びがインカムから響く。
味方全機のコンソールに、カレンからのデータ補正が流れ込む。
命中・回避バフ、全員にプラス20パーセント。
「共同作業の続きよ。命中補正、全機に回すわ——派手に、いくわよ!」
カレンの凜とした号令。
「おう——行くぞ、みんな!」
ハルはアウロラを急加速させた。
背中に並ぶ味方の機影。
その重さが、不思議と、軽い。
キィン! キィン!
アウロラが輸送船のコンテナに取り付く。
ジャンク・エッジで、黒箱を斬り開けようとする。
しかし。
見渡す限りの黒い箱の列。数千、数万の忘却のコンテナ。
「箱が多すぎる——ハル一人じゃ、全部は開けられない! 船団、まだ進んでる!」
ミラの焦る声。
船団の速度は、落ちない。
archive到達までの残り時間が、無慈悲に減り続ける。
アウロラ一機がいくら斬り開けても、追いつかない。
周囲から迫る、セラフ・ミラーの集中砲火。
腕が、足りない。
焦りで、息が浅くなる。
あの、底が抜けるような無力感が、また脳裏をよぎる。
「くそ、間に合わない——!」
ハルは歯を食いしばった。
単騎の英雄では、この巨大な忘却の流れは止められない。
「観測は断った。お前は突っ込め」
ゲンジの声。
バヂッ!
バルドレックスが放った強力なジャマー・パルス。
護衛機の観測網が、一瞬で真っ黒に潰れる。
ドガガッ!!!
グランマーケットが主砲の弾幕を展開する。
迫る護衛機を、カレンが正確に撃ち落としていく。
「弾幕、張ったわ。通りなさい、ハル君!」
「最後の薪だ——燃やし尽くしてやる!」
ゴオッ!!!
ゴウガのグレンファングが、薄れゆく身体で先陣を斬り開く。
紅蓮の拳が、防衛線を力強く突破する。
反対派の量産機たちが、その隙に次々と黒箱のロックを解除していく。
一人で抱えていた重さが、ふっと、軽くなる。
代わりに、胸の奥が、熱くなる。
「そう、それだよ——みんなで手分けすれば、追いつける! 開封ペース、跳ね上がった!」
ミラの弾んだ声。
箱という箱が、同時に、次々と開き始める。
流れ作業の船団が、初めて、その足を止めた。
ドゴォォォン!!!
アウロラの一撃が、旗艦のエンジンを粉砕した。
輸送船団、完全に停止。
「船団、止まった——箱、全部開いた! 全員、間に合ったよ、ハル!」
「全員——連れて、帰るぞ!」
ハルは叫んだ。
こじ開けられた黒箱から、薄れかけていた魔装機たちが、次々と光の下へと這い出してくる。
昨日は届かなかった命の山を、今日は、すべて救いきった。
宇宙の闇に、味方の機影が並び立つ。
アウロラ、グランマーケット、グレンファング、バルドレックス。
そして、救い出された無数の光。
皆が、互いを「見て」いる。
ハルは、荒い息を整えながら、窓の外を見渡した。
隣を見れば、グレンファングの中で、薄れゆくゴウガがそれでも力強く笑っている。
その細い熱は、今日は、もう独りぼっちではない。
「……俺、一人じゃ、なかったんだな」
ハルは呟いた。
「ふふ。当然でしょう? ——『見つける』の続きは、みんなで『見続ける』ことよ」
カレンが穏やかに微笑んだ。
「一人の見ている」が、「みんなの見ている」に変わる。
その重なり合う視線こそが、初めて、強大な忘却に打ち勝つ答えだった。
4: 忘れられた者の岸辺へ
────ラストキャリア・作戦室────
戦いが終わり、母艦に戻った一同。
「やった! 全員、間に合った! ……なあカレン、これで、あんたも仲間だな!」
ハルはカレンに向けて手を差し伸べた。
「仲間、ね。……会社も、肩書きも、全部失ったけど。不思議ね。今のほうが、ずっと、息がしやすいわ。」
カレンは差し出された手を握り返し、少し照れたように笑った。
「勘違いしないでよ。私は今でも、『見つけること』は正しいと思ってる。誰にも見られないまま消えるのは、やっぱり——悲しいもの。」
彼女は真剣な表情に戻り、ハルを見つめる。
「でも、あなたを見て分かった。一度見つけて、票を稼いで、はい終わり。……それじゃ、駄目なのよ。見つけたあとも、ずっと見ていること。あなたの『見てる』が、たぶん——私の『見つける』の、本当の続きなんだわ。」
(……ずっと、見ていること。一人じゃ足りないって、ハルも気づいた。みんなで、見続けること——それが、答えに近い気がするの。)
ミラが黙って二人の手を見つめ、心の中で呟いた。
しかし、喜びの裏で、ゴウガが静かにハルの肩を叩いた。そのグローブの手は、触れている感覚すら希薄なほどに薄れていた。
「……一人、また一人、救われていく。いい光景だ。だがな、少年。俺の灼熱は、もう、ほとんど残っていない。お前の隣で戦えるのも——あと、何度か、だろう。」
「そんなこと言うなよ! 俺、もっと見てるから。ゴウガが薄れないように、絶対——」
「ふは。……ありがとう。お前のその言葉が、俺の、最後の薪だ。」
ゴウガは満足そうに微笑み、目を細めた。
────記録の大伽藍・最深部────
遥か上空のシステムの中枢。
「輸送、阻止。供給源であった企業の協力者——カレン・ヴァイスベルグも、離反。……個別の回収は、もはや非効率の極みです。」
デウス・インデックスの青いセンサーが、冷徹な演算を繰り返す。
「ならば、根本から処理します。薄れゆく者が、最も多く集まる場所——忘れられた者の岸辺、漂流戦域。あの母艦ごと、一括で、安定保存する。それが、最も正しい処理です。」
「漂流戦域。あの少年の、帰る場所か。」
黄金の機体の中で、レグルスが静かに目を覚ました。
「いいだろう。母艦ごと、きちんと保存してやる。あの子供が、どれだけ『見て』叫ぼうと——船団ひとつ、救えはしないと、証明してやる。」
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忘れられた者の岸辺へ——永遠の手が、伸びる。
そこには、ハルたちの帰りを待つ、ラグナがいる。
彼らの故郷、母艦ラストキャリアがある。
カレンという頼もしい仲間を得て、ハルは一歩、前へ進んだ。
だが次に問われるのは——『見ている』だけで、故郷を丸ごと守れるのか、という、最も重く過酷な問いだった。




