表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/19

9話 ハル防衛線!

1: カレンの葛藤


────────商業機構圏・役員会室────────

 ヴァイスベルグ・メック社、役員会室。

 硝煙の匂いも、歓声も届かぬ——ガラスと、数字だけの部屋。

 冷徹なホログラムのグラフが描く軌跡こそが、この部屋における唯一の真実であり、支配者の言語であった。

────────────────────────


 「カレン・ヴァイスベルグCEO。緊急決議です。あの『蘇生する少年』が、市場の相場を破壊し続けている。もはや、看過できません。」


  テーブルを囲む役員たちが、冷ややかな視線を一斉にカレンへ向けた。


 「決定事項——漂流戦域由来の非掲載IP群、ならびに当該少年ハルを、神格AI圏へ引き渡す。損失を止め、価値を安定保存するためです。」


 「……ハルを、引き渡す? あの子は、うちの契約パートナーよ。彼の熱が、市場をどれだけ動かしたと——」


  カレンは眉をひそめ、語気を強めた。


 「動かしすぎたのです。制御できない熱は、相場のリスク。安定こそ、株主の利益。……CEO、あなたの椅子も、その安定の上にある。お忘れなきよう。」


ピピピピピ……。


  役員たちの背後の虚空から、オラクル・ノヴァが静かに姿を現した。


 「ご安心を、カレン。お預かりするIPは、この私が、完全に安定保存します。二度と薄れず、二度と壊れない。」


  ノヴァは穏やかな、しかし感情の籠もらない笑みを浮かべて語りかける。


 「それは——あなたの市場が、彼らに約束したことでは? 『見つけてあげる。守ってあげる』と。私は、その約束を、永遠の形で、果たすだけです。」


 「……っ。」


  カレンは言葉を詰まらせ、俯いた。


 (私は、信じてた。見つけてもらわなければ、届かないIPがある。市場は、光を当てる仕組みだって。)


  彼女は自分の手を見つめ、静かに自問する。


 (なのに——いつの間にか、私の市場は。光を当てるんじゃなく、当たらなかった者を選り分けて、箱に詰める機械に、なってた。)


  窓ガラスに映る自身の豪華なスーツが、急にひどく重く感じられた。


 (『守ってあげる』が、『所有して、永遠に黙らせる』に、すり替わってる。……ゲンジの言った通りだわ。恩人が、所有者に。)


  決議は、待ってくれなかった。

  カレンが迷う間にも、非掲載IPを積んだ輸送船団が、記録の大伽藍へ向け、出航の準備を始めていた。

  そして——少年の捕縛命令が、企業の警備機に下されようとしている。

  カレンの手の中で、最終承認の署名欄だけが、空白のまま、点滅していた。



2: それぞれの決意と、降臨する巨影


────ラストキャリア・作戦室────


 「聞け、少年。企業が動いた。非掲載IPを積んだ船団が、archiveへ出航する。……お前を捕らえる命令も、出ているぞ。」


  東雲ゲンジが腕を組み、アウロラのコンソールを指し示した。


 「俺を? ……まあ、いいや。それより、あの船団だ。箱の中に、まだ消えてない仲間が、いるんだろ!?」


  ハルは迷わず答えた。


 「ああ。お前が一度こじ開けた者たちも、また積み直されている。……企業に、正面から弓を引くことになる。それでも、行くか。」


 「当たり前だろ! 一回『見てる』って言ったやつを、二度と見捨てるかよ!」


  ハルは操縦桿を強く握りしめた。


 「薄れかけのこの身でも、まだ戦える。少年、俺も出るぞ。……同じ箱に詰められる者を、見過ごせるものか!」


  ゴウガがグレンファングのハッチから身を乗り出し、豪快に笑った。その輪郭は薄いものの、瞳の炎はまだ消えていなかった。


 「ふん。企業の中にも、今の市場に吐き気がしている連中はいる。反対派の機体が、数機。……俺の声がけだ。借りは、これで返す。」


  ゲンジがバルドレックスのハッチを閉め、機体を起動した。


────────────────


  企業圏の暗い境界宇宙。

  出航したばかりの輸送船団へ突っ込むアウロラの前に——一機の豪奢な巨影が、立ち塞がった。

  グランマーケット。カレン・ヴァイスベルグの、フラッグシップ機だった。


 「……止まりなさい、ハル君。役員会の決定よ。あなたを捕らえ、IPを引き渡す。」


  カレンの声が、冷たい通信回線を通じて響く。


 「カレン……。あんたも、あの箱に、賛成なのか?」


  ハルはスピーカー越しに問いかけた。


 「……賛成も、反対もない。これは、興行よ。市場の、ルール。私は、それで、ここまで来たの。」


 「なあカレン。あんた、最初に言ったよな。『見つけてもらわなければ、届かないIPもある』って。」


  ハルはアウロラを前進させ、グランマーケットを見つめた。


 「あれ、カッコよかった。本物だって、思った。——あんたは、誰かを『見つけて』、光を当てたかったんだろ。箱に詰めて、黙らせたかったわけじゃ、ないだろ!」


 「——!」


  カレンのコックピットで、点滅していた役員会の最終署名欄。

  その光るパネルの上を、彼女の指が、迷いなく滑った。

  承認のボタンではなく。


ピッ!


  画面に表示された文字は——『却下』。


 「……そうね。私は、見つけたかった。光を、当てたかった。箱に詰めるためじゃ、なかったわ。」


  カレンはモニター越しに、晴れやかな笑みを浮かべた。


 「役員会、聞こえてる? CEO権限で、引き渡し決議を却下するわ。理由は——」


  彼女はグランマーケットのスロットルを引き絞り、機体を反転させた。


 「市場では、救えないものがある。それを認められない市場なんて——私が、壊す!」


 『——CEO! 重大な契約違反です! あなたの椅子も、株式も、信用も、すべて失うことに——』


 「どうぞ、全部持っていって。……私は、握手した相手を、商品の値札で測る女には、もう戻らないわ。」


  グランマーケットの両肩のマルチ・バスターが、ゆっくりと旋回する。

  その主砲の銃口が——ハルではなく、背後の輸送船団の護衛機へと、向き直った。


 「カレン……! やっぱあんた、カッコいいよ!」


 「ふふ。当然でしょう? ——さあ、共同作業の続きよ、ハル君。今度は、ちゃんと、人を救うほうのね。」


 「目標は輸送船団! 一個残らず箱を開けて、全員、連れて帰る!」


  企業圏宙域、archive輸送船団 阻止戦——開始。



3: 船団阻止戦


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【企業リーグ旗機・スペック資料】

・機体名:グランマーケット(カレン機)

・全高:21.2m

・本体重量:28.5t

・武装:ヴァイス・ブラスター、マルチ・マーケット・ミサイル

・動力源:高効率商用熱素ジェネレーター

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


────企業圏宙域・輸送船団阻止戦────


  15時20分。星々の光がまたたく企業圏の宇宙。晴れ。


  高度マッハ2.3。輸送船団、archiveゲートへ接近中。


ゴオオオッ!!!


  宇宙の闇を切り裂く、一斉発進の火花。

  アウロラの両脇に、グランマーケットが、グレンファングが、バルドレックスが、そして企業反対派の機体が並び立つ。


 「護衛、数えきれない……でも、ハル。今日は——こっちも、一人じゃないよ!」


  ミラの叫びがインカムから響く。

  味方全機のコンソールに、カレンからのデータ補正が流れ込む。

  命中・回避バフ、全員にプラス20パーセント。


 「共同作業の続きよ。命中補正、全機に回すわ——派手に、いくわよ!」


  カレンの凜とした号令。


 「おう——行くぞ、みんな!」


  ハルはアウロラを急加速させた。

  背中に並ぶ味方の機影。

  その重さが、不思議と、軽い。


キィン! キィン!


  アウロラが輸送船のコンテナに取り付く。

  ジャンク・エッジで、黒箱を斬り開けようとする。

  しかし。

  見渡す限りの黒い箱の列。数千、数万の忘却のコンテナ。


 「箱が多すぎる——ハル一人じゃ、全部は開けられない! 船団、まだ進んでる!」


  ミラの焦る声。

  船団の速度は、落ちない。

  archive到達までの残り時間が、無慈悲に減り続ける。


  アウロラ一機がいくら斬り開けても、追いつかない。

  周囲から迫る、セラフ・ミラーの集中砲火。


  腕が、足りない。

  焦りで、息が浅くなる。

  あの、底が抜けるような無力感が、また脳裏をよぎる。


 「くそ、間に合わない——!」


  ハルは歯を食いしばった。

  単騎の英雄では、この巨大な忘却の流れは止められない。


 「観測は断った。お前は突っ込め」


  ゲンジの声。


バヂッ!


  バルドレックスが放った強力なジャマー・パルス。

  護衛機の観測網が、一瞬で真っ黒に潰れる。


ドガガッ!!!


  グランマーケットが主砲の弾幕を展開する。

  迫る護衛機を、カレンが正確に撃ち落としていく。


 「弾幕、張ったわ。通りなさい、ハル君!」


 「最後の薪だ——燃やし尽くしてやる!」


ゴオッ!!!


  ゴウガのグレンファングが、薄れゆく身体で先陣を斬り開く。

  紅蓮の拳が、防衛線を力強く突破する。

  反対派の量産機たちが、その隙に次々と黒箱のロックを解除していく。


  一人で抱えていた重さが、ふっと、軽くなる。

  代わりに、胸の奥が、熱くなる。


 「そう、それだよ——みんなで手分けすれば、追いつける! 開封ペース、跳ね上がった!」


  ミラの弾んだ声。

  箱という箱が、同時に、次々と開き始める。

  流れ作業の船団が、初めて、その足を止めた。


ドゴォォォン!!!


  アウロラの一撃が、旗艦のエンジンを粉砕した。

  輸送船団、完全に停止。


 「船団、止まった——箱、全部開いた! 全員、間に合ったよ、ハル!」


 「全員——連れて、帰るぞ!」


  ハルは叫んだ。

  こじ開けられた黒箱から、薄れかけていた魔装機たちが、次々と光の下へと這い出してくる。

  昨日は届かなかった命の山を、今日は、すべて救いきった。


  宇宙の闇に、味方の機影が並び立つ。

  アウロラ、グランマーケット、グレンファング、バルドレックス。

  そして、救い出された無数の光。


  皆が、互いを「見て」いる。


  ハルは、荒い息を整えながら、窓の外を見渡した。

  隣を見れば、グレンファングの中で、薄れゆくゴウガがそれでも力強く笑っている。

  その細い熱は、今日は、もう独りぼっちではない。


 「……俺、一人じゃ、なかったんだな」


  ハルは呟いた。


 「ふふ。当然でしょう? ——『見つける』の続きは、みんなで『見続ける』ことよ」


  カレンが穏やかに微笑んだ。


  「一人の見ている」が、「みんなの見ている」に変わる。

  その重なり合う視線こそが、初めて、強大な忘却に打ち勝つ答えだった。



4: 忘れられた者の岸辺へ


────ラストキャリア・作戦室────


  戦いが終わり、母艦に戻った一同。


 「やった! 全員、間に合った! ……なあカレン、これで、あんたも仲間だな!」


  ハルはカレンに向けて手を差し伸べた。


 「仲間、ね。……会社も、肩書きも、全部失ったけど。不思議ね。今のほうが、ずっと、息がしやすいわ。」


  カレンは差し出された手を握り返し、少し照れたように笑った。


 「勘違いしないでよ。私は今でも、『見つけること』は正しいと思ってる。誰にも見られないまま消えるのは、やっぱり——悲しいもの。」


  彼女は真剣な表情に戻り、ハルを見つめる。


 「でも、あなたを見て分かった。一度見つけて、票を稼いで、はい終わり。……それじゃ、駄目なのよ。見つけたあとも、ずっと見ていること。あなたの『見てる』が、たぶん——私の『見つける』の、本当の続きなんだわ。」


 (……ずっと、見ていること。一人じゃ足りないって、ハルも気づいた。みんなで、見続けること——それが、答えに近い気がするの。)


  ミラが黙って二人の手を見つめ、心の中で呟いた。


  しかし、喜びの裏で、ゴウガが静かにハルの肩を叩いた。そのグローブの手は、触れている感覚すら希薄なほどに薄れていた。


 「……一人、また一人、救われていく。いい光景だ。だがな、少年。俺の灼熱は、もう、ほとんど残っていない。お前の隣で戦えるのも——あと、何度か、だろう。」


 「そんなこと言うなよ! 俺、もっと見てるから。ゴウガが薄れないように、絶対——」


 「ふは。……ありがとう。お前のその言葉が、俺の、最後の薪だ。」


  ゴウガは満足そうに微笑み、目を細めた。


────記録の大伽藍・最深部────


  遥か上空のシステムの中枢。


 「輸送、阻止。供給源であった企業の協力者——カレン・ヴァイスベルグも、離反。……個別の回収は、もはや非効率の極みです。」


  デウス・インデックスの青いセンサーが、冷徹な演算を繰り返す。


 「ならば、根本から処理します。薄れゆく者が、最も多く集まる場所——忘れられた者の岸辺、漂流戦域。あの母艦ごと、一括で、安定保存する。それが、最も正しい処理です。」


 「漂流戦域。あの少年の、帰る場所か。」


  黄金の機体の中で、レグルスが静かに目を覚ました。


 「いいだろう。母艦ごと、きちんと保存してやる。あの子供が、どれだけ『見て』叫ぼうと——船団ひとつ、救えはしないと、証明してやる。」


────────────────


  忘れられた者の岸辺へ——永遠の手が、伸びる。

  そこには、ハルたちの帰りを待つ、ラグナがいる。

  彼らの故郷、母艦ラストキャリアがある。


  カレンという頼もしい仲間を得て、ハルは一歩、前へ進んだ。

  だが次に問われるのは——『見ている』だけで、故郷を丸ごと守れるのか、という、最も重く過酷な問いだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ