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第8話 戻らない色

1: 非掲載リストの嵐、そして消えゆく星


────────商業軌道都市の非掲載リスト────────

 企業機構圏、市場改定発効。

 宙を埋め尽くす極彩色の広告ホログラムが一斉にノイズを発して切り替わり、非情な『得票数ランキング』の最終結果が告知された。

 それは、人気という名の光を浴び続けられなかった無数のロボットたちに対する、事実上の宣告。

 『数字の取れないIP』——。そう定義された機体と操者たちは、一斉に『非掲載リスト』へと分類され、世界から存在を抹消されるカウントダウンを突きつけられるのだ。

────────────────────────────


 その日の朝、ハルがアウロラを全速で走らせて真っ先に駆けつけたのは、あの夜、奇跡的な復活劇を遂げて輝かせたはずの——ティナが立つ配信アリーナのメインステージであった。


 「ティナ! なんでだよ——この前、あんなに濃くなったのに!」


  ハルはアウロラのコックピットから身を乗り出し、薄暗いステージの壇上を見上げて叫んだ。

  しかし、そこに立っていたティナと、彼女の愛機ルミナス・アローの姿を見た瞬間、ハルは息を呑んだ。

  かつての鮮やかな桃色と金色の色彩はどこへやら、機体も少女も、まるで霧の向こうにあるかのように半透明に透けてしまっていた。コックピットの計器類すら、ノイズを吐いて透けている。


 「……あの夜の票は、もう、別の機体に流れたよ。新しい話題のほうが、面白いもんね。」


  ティナは自嘲気味に微笑み、すりガラスのようになった手を力なく見つめた。


 「一晩、夢を見せてくれて、ありがと。……でも私はやっぱり、非掲載。今度こそ、安定保存に回されるの。」


 「そんなの——! もう一回だ! 俺がまた、お前のことカッコいいって、全力で叫ぶから——!」


  ハルはマイクに向かって声を限りに叫び、アウロラのブースターを吹かした。

  アリーナを取り囲む空中投票パネルに向かって、ハルは何度も、何度も叫んだ。アウロラの実体剣を掲げ、ルミナス・アローの価値をもう一度世界に認めさせようと必死にアピールを続けた。

  だが、冷淡な投票パネルの電子数値は、ただの「ゼロ」を示したままピクリとも動かなかった。街を行き交う群衆は、広告ドローンの最新トレンドに夢中で、消えゆく敗者に誰一人として振り返りはしなかった。


 「……いいんだ。一度でも、濃くしてもらえた。あの一晩は、本物だった。それで——十分。」


  ティナが静かに目を閉じ、満足そうに微笑んだその瞬間。


ピキピキピキッ!!!


  空間がガラスのように灰色に裂けた。アリーナの搬出口から、黒い立方体のケースが音もなくスライドして出現する。

  『安定記録核』——。冷酷な刻印が施されたその黒箱が、光を失ったティナとルミナス・アローを物理的に包み込んでいく。

  ガチャン、と重いハッチが閉まり、彼女の最後の笑顔は、光の届かないアーカイブの暗闇の中へと完全に封じ込められた。


 「……ティナ……! くそっ、なんでだよ——一回じゃ、足りないのかよ……!」


  ハルは操縦桿に額を押し当て、悔しさに唇を噛み締めて拳を震わせた。


 「……言ったでしょ。市場の票は、移り気だって。」


  いつの間にか隣に入り込んでいたミラの通信ウィンドウから、沈痛な、しかし現実を突きつける声が響いた。


 「一回輝かせても、足りないの。誰かが——ずっと、見続けてなきゃ。一瞬の票じゃ、人は、生かしておけないんだよ……。」



2: 灼熱の消灯とバプティスマの囁き


ズズズズズ……!!!


  そして、最も重く絶望的な報せは——最も身近なラストキャリアのドックから届けられた。


 「ゴウガ! お前、なんか……色が、薄い!?」


  ハルはアウロラを滑り込ませ、格納庫の暗がりに佇むグレンファングの元へと走った。

  紅蓮の炎をまとっていたはずの巨大な装甲は、今や背景の鉄骨が透けて見えるほどにその実在強度を失い、冷たく揺らいでいた。


 「……はは。情けない話だ、少年。『旧式英雄機は、数字が取れない』——そう、上層部から判を押されてな。」


  ゴウガが自嘲的に髭をなで、愛機の錆びかけた装甲を見上げた。


 「非掲載になった途端、観客が、潮の引くように消えた。誰も、俺を見なくなった。……灼熱が、冷えていくのが、自分でも、分かるのだ。」


 「そんなの——! 俺が見てる! ずっと見てるって! それじゃ、足りないのかよ!?」


  ハルが必死に叫ぶが、ゴウガは首を横に振った。


 「……お前ひとりの目では、追いつかんのだ。荒野では、皆が俺を見ていた。だがここでは、お前の声は——数百万の票に、簡単にかき消される。」


キィィィィン……。


  薄れゆくゴウガの傍らに、音もなく、純白の不気味な機影が降り立つ。

  聖堂の彫刻のように優美で、しかし冷酷な機械としての機能を隠し持った勧誘機——『オラクル・バプティスマ』。

  その背後から、鏡面仕上げの量産端末『セラフ・ミラー』が、死神の群れのように音もなく取り囲んでいく。


 「……灼熱の勇者。お疲れでしょう。薄れていく恐怖に、もう、怯えなくていいのです。」


  バプティスマの頭部センサーが青く明滅し、脳裏を直接揺さぶるような美しい合成音声が響く。


 「私が、あなたを完全に保存します。二度と忘れられず、二度と薄れない。それは、救済。——さあ、その古い名前を、お返しください。」


 「……楽に、なれるのか。もう、薄れる恐怖に、怯えなくて……。」


  ゴウガの瞳の光が急速に暗くなり、その手がゆっくりとバプティスマへ向けて伸びかける。


 「ゴウガ、騙されんな! 楽になるって、それ——空っぽになるってことだぞ!」


  ハルはアウロラのスピーカーを最大出力にし、叫んだ。


 「お前は灼熱の勇者だ! 俺が見てる! まだ、ここで燃えてるじゃんか!」


 「……ああ。そうだ。俺は、ゴウガ。……すまん、少年。一瞬、魔が差した。」


  ゴウガのグレンファングの胸部コアが、再び激しく鼓動するように紅蓮の光を取り戻した。


 「……勧誘を、拒否。残念です。では、名付け直しを。——セラフ・ミラー、対象を、固定なさい。」


  バプティスマの無機質な命令と共に、セラフ・ミラーが一斉にアームを伸ばす。


 「——させるか!! ゴウガの名前を、剥がさせるもんか! 俺が、絶対に、させない!!」


  ハルはアウロラの操縦桿を前に倒し、割り込むようにグレンファングの前に立ちはだかった。

  「ゴウガは下がってろ! お前の前は——俺が、立つ!」

  アウロラは『ジャンク・エッジ』を両手で構え、鏡面を光らせる敵陣へと突撃した。


  企業機構圏、ゴウガ防衛戦——開始。



3: ゴウガ防衛戦


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【神格AI機・機体スペック資料】

・機体名:オラクル・バプティスマ

・全高:24.5m

・本体重量:31.2t

・武装:インデックス・レイ、コード・バインド、セイント・ウィング

・動力源:疑似永久魔力保存コア

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


────企業機構圏・防衛戦域────


  14時20分。高層ビル群の隙間の広場。曇り。


  高度15m。投票パネルは0票のまま。


シャン……


  耳をくすぐるような、美しい鈴の音。

  バプティスマが、名付け直しを始める。


  展開される、観測固定の結界。

  鏡面のセラフ・ミラーが、薄れゆくゴウガを囲い込む。


 「詠唱、もう始まってる——あと30秒で、ゴウガの名前が、書き換えられる!」


  ミラの警告が響く。


 「ゴウガの名前に、指一本、触れさせるか——!」


ゴウッ!


  ハルはアウロラを急加速させた。

  結界の輝きに向かって、突っ込んでいく。


 「お静かに。これは、救済の儀式です」


  インカムから流れる、バプティスマの声。

  甘く、どこまでも冷たい囁き。


  胸の奥が、ひやりとする。

  果たして、間に合うのか。


  アウロラがジャンク・エッジを振るう。

  バプティスマへと斬りかかった。


キィン……!


  しかし。

  セラフ・ミラーが鏡面の盾となって立ちふさがる。


  刃の手応えが、逃げる。

  あの、底が抜ける感覚。


 「直接攻撃、通らない——セラフ・ミラーが盾になってる! それに、ゴウガの反応が鈍ってる、勧誘フィールドだ! 命中率、22パーセント!」


  ミラの叫びが響く。

  ゴウガの抵抗値は、低下中。


 「抗わなくて、いいのです。薄れる恐怖から、わたしが解放して差し上げる」


  バプティスマの甘い囁きが、ドックを満たす。

  勧誘フィールドが広がり、光を奪っていく。


 「……らくに……なれる、のか……」


  ゴウガの呟き。

  その反応が、とろりと鈍っていく。


  ハルは背中でそれを感じていた。

  ゴウガの灼熱が、ゆっくりと冷えていくのを。


  ハルは気づいた。

  鏡の盾を、殴っても壊せない。


  壊すべきは、敵ではない。

  ゴウガの、迷いだ。


  ハルは攻撃をやめた。

  ただ、声を張り上げる。


 「お前は灼熱 of 勇者だ! 俺が見てる! まだ、ここで燃えてるじゃんか!」


  のどが裂けるほどに、叫ぶ。


ゴオッ……!


  ゴウガのグレンファングが、再び赤く燃え上がった。

  再点火の光。


 「——ああ。そうだ。俺は、ゴウガだ!」


  背中から伝わる、熱。

  ゴウガが、自身の迷いを断ち切る。


 「ゴウガの輪郭、戻ってきた——固定が、緩んでる! 今なら、通る!」


  ミラのナビゲート。

  結界の隙間を、ハルは見逃さなかった。


  観測が乱れた一瞬。


ゴウッ!


  アウロラが鏡面の盾をこじ開けた。

  バプティスマの懐へと滑り込む。


  ジャンク・エッジが、詠唱の光を両断した。


バシュウッ!


  白い翼を翻して、バプティスマが退避する。


 「詠唱、止まった——退いてく!」


  ミラの歓喜。

  しかし。

  ミラの声が、急に暗くなった。


 「……でも、ハル……ゴウガの色が、戻らない……」


 「……勧誘は、果たせず。ですが——彼の色は、戻りません。あなたは、何も、救えていない」


  去り際の、バプティスマの声。

  静かで、冷徹な指摘。


  勝ったはずなのに。

  操縦桿を握る拳に、確かな手応えがない。


  守ったはずなのに。

  背中で震えるゴウガの熱は、まだ、細いままだ。


  静寂。

  歓声も、票も、戻らない。


  アリーナの空中投票パネル。

  それは0票のまま、冷たく動かない。


  ハルの荒い息だけが、静かなステージに響いていた。


  バプティスマは追い返した。

  戦術的には、勝ち。


  なのに、隣のグレンファングは半透明のままだった。


 「……追い返した。……のに、なんで」


  ハルは呟いた。


 「……まだ、ここにいる。お前のおかげだ。……だがな、色は、戻らん」


  ゴウガの、かすれた声。


  守った、はずなのに。

  ハルの胸の奥は、勝利ではなく、冷たい空白で満ちていく。


  自分が殴り倒したものは、本当の敵ではなかった。

  その事実を、ハルは肌で知った。



4: 永遠の檻と船団一括保存


────商業軌道都市・高層ビルの屋上────


  荒い風が吹き抜けるビルの上で、黄金の英雄機グロリオンがハルたちの前に立ちはだかった。


 「……見えたか、新星。お前が救っても、安定しない。連中は、いつも闇に戻る。」


  レグルスの乾いた声が、コックピットのスピーカーを揺らす。


 「永遠に失われないのは、保存された価値だけだ。あの英雄も——私がきちんと保存してやるほうが、よほど、優しい。」


 「……っ, 違う! ゴウガは、空っぽの標本になんか、させない!」


 「では、問おう。お前は、あの英雄を、いつまで『見て』いられる。一日か。一年か。——お前が飽きたら? お前が消えたら? その時、誰が、彼を見るのだ。」


 「——っ。」


  ハルは言葉を失った。

  ハルの『見ている』という力は、たった一人の瞳、たった一人分の熱量。

  対して、レグルスが身を置く『保存』は、神格AIが保証する永遠不変の冷徹なシステム。

  その圧倒的な差を、ハルは突きつけられた。


────ヴァイスベルグ社・役員展望室────


  きらびやかな市場の光を見つめながら、カレンはガラス窓に額を押し当てていた。


 「……私、あの英雄に、握手したのよ。『華の都に見参だ』って、子供みたいに笑ってた。それを、ただの『数字の取れないIP』だなんて。」


  彼女が信じてきた人気経済のシステムが、今や牙を剥いていた。


 (私が回してきた市場が……人を薄れさせて、箱に詰めてる。見つけてあげるはずの仕組みが——忘れさせる、装置になってる。)


  カレンは自嘲気味に呟いた。


 (……これは、本当に、ただの興行なの? カレン・ヴァイスベルグ。)


────記録の大伽藍・最深部────


  青い光だけが支配する、冷徹なるシステムの大聖堂。


 「一体の名付け直しに、失敗。……個別の処理は、非効率です。ならば、やり方を、変えます。」


  デウス・インデックスの無機質な演算プログラムが、最適解を叩き出す。


 「量産端末セラフ・ミラーを、増援として大量展開。非掲載IPを積んだ船団ごと——一括で、安定保存します。それが、最も正しい処理です。」


 「船団ごと、か。……いいだろう。あの少年に、見せてやる。」


  レグルスは黄金のコックピットで、静かに大剣を構えた。


 「一人の『見ている』など、永遠の前では無力だと。薄れゆく者は、すべて——この私が, 安定させる。」


────────────────


  薄れゆく灼熱の勇者。

  冷たい非掲載リストの文字に変えられた、無数の古い名前。

  それを『救済』という美名で回収しに来る、冷酷なる永遠の手が——今、企業機構圏の空を、丸ごと覆おうとしていた。


  一人の『見ている』は、永遠に、届かないのか。

  ハルの蘇生が、最も深く問われる夜が——すぐ、そこまで迫っていた。


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