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第7話 記録の大伽藍(黒箱)

1: 表と裏の共犯関係


────────地下搬出路────────

 企業機構圏、最下層。

 華やかなエンターテインメント配信が流れる表のネットワークには決して映されることのない、暗い積み出しドック。

 そこには、人々の関心を失い、市場の価値基準から切り捨てられた無数の「ゴミ」たちが、無機質に処理されるのを待つだけの墓場が広がっていた。

────────────────────


 「見ろ。お前がアリーナの裏手で薄々嗅いでいた、あの嫌な『匂い』の正体がこれだ。」


  東雲ゲンジが錆びついた手すりに寄りかかり、顎でコンベアの先を指し示した。

  ハルとミラは、ゲンジの後に続いて無言でその光景を見下ろしていた。


  規格化された黒い立方体の鉄箱が、自動化されたコンベアの上を、音もなく整然と流れていく。

  そのすべての箱の側面には、冷徹なフォントで『安定記録核』と刻印されていた。


 「……この箱、全部。アリーナで票を失って、半透明に薄れちまった機体が入ってるの……?」


  ミラが胸を締め付けられるような表情で、コンベア上の箱を凝視した。


 「そうだ。市場で『非掲載リスト』に登録されたIPだ。数字の取れなくなった者から順に、こうして箱詰めされ——デウス・インデックスの待つ記録の大伽藍へと出荷されるのさ。」


  ゲンジは懐からタバコを取り出し、火を点けた。


 「企業のPR広報は、これを『忘却から守るため、完全な記録として安定保存する』と美化して語る。だが、俺たち漂流戦域の言葉に翻訳すれば、その実態はこうだ。」


  ゲンジの瞳に、激しい怒りの火が宿る。


 「市場がまず、人々にそいつを忘れさせる。人気を剥ぎ取り、存在を薄れさせ、価値をゼロにする。そして完全に薄れきった頃、神格AIが『救済者』のツラをして、そいつを黒箱アーカイブとして回収する。——荒野で這い回る、亡霊ゾンビの原材料にするために、な。」


 「原材料……? じゃあ、俺たちが荒野で戦った、あの目が空っぽの亡霊どもは、もともとはこの箱の中にいたやつらなのか!?」


  ハルは思わず大声を上げた。


 「そうだ。お前が戦った亡霊どもは、元はこの箱の中身だった者たちだ。市場とアーカイブは——敵対しているふりをして、その実、ひとつのシステムが回す巨大なリサイクル循環の、表と裏に過ぎん。」


 「そんな……。じゃあ、ゴウガみたいなやつが、ここで何百機も……」


 「便利な力をタダでくれる存在ほど、契約書をよく読めと警告したはずだ。……企業の施す資源も、ノヴァの行う記録も、タダでは手に入らん。少年、お前はまだ、自分自身の契約に書かれた『対価』の条項を、読んでいないだけだ。」



2: 所有の証明と少年の叛逆


ピピピピピ……。


  電子ノイズと共に、虚空からオラクル・ノヴァが静かに現れた。


 「……ずいぶんと、辛辣な翻訳ですね。ゲンジ。」


  ノヴァは哀れむような笑みを浮かべる。


 「来たか、記録屋。ちょうどいいタイミングだ。本人の前で、そいつに教えてやったらどうだ?——この少年自身の『契約書』の正体を、な。」


  ゲンジが冷たくノヴァを睨みつけた。


 「俺の……契約書だって?」


 「ふふ。隠すようなことでもありません。ハル、あなたもまた、私によってアーカイブに記録された存在なのですよ。あの、召喚された夜にね。」


  ノヴァが優しくハルに語りかける。


 「あなたが記録番号を拒み、自らの意志で『ハル』と名乗ったのは事実です。ですが、記録の原本は、今も私の中に保管されている。……つまり、あなたもまた。すでにアーカイブされた、私の所有物なのですよ。」


 「……俺も、あの箱の中身と、同じ。記録されていて、ノヴァがその気になれば、いつでもあの黒箱の中に閉じ込められるってことか。」


  ハルはしばらく下を向き、沈黙した。


 「ハル……。」


  ミラが心配そうにハルの袖を引っ張る。

  しかし、ハルが顔を上げた時、その瞳から不安の影は綺麗に消え去っていた。


 「……ああ、そっか! 俺も、あのレグルスって奴と同じで、記録されてたんだな!」


 「……揺らがないのですか?」


 「原本がどこにあろうが、知るかよ! 昔の俺が誰だったかなんて、どうでもいい。今ここで、ミラやゴウガと笑って喋ってる俺が、俺なんだ。——過去がどうだろうと、今ここに生きていることがすべてだろ!」


 「……記録の所有を告げられても、その存在の輝きが揺らがない。」


  ノヴァが不思議そうに目を見張る。


 「レグルスは、記録された過去の栄光に狋ることで、本人が空洞化していく。なのにあなたは……同じ記録の身でありながら、なぜこれほどまでに生気に満ちているのか。ふふ。やはり、あなたは特別な記録。もっと、もっと、観測させてもらいますよ。」



3: 黒箱出荷阻止戦


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【無骨機IPスペック(反AI拡張主権仕様)】

・機体名:バルドレックス(東雲ゲンジ機)

・全高:22.8m

・本体重量:46.5t

・武装:120mm手動徹甲ライフル、バスター・アンカー

・動力源:高圧縮ピストン式往復動熱素機関

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 「……いやだ。まだ、こんな箱に入って消えたくない。誰か……誰か、俺の戦いを、見てくれ——!」


  その時、コンベアの先で、まだ完全に薄れきっていない一機の機体が必死に抵抗していた。

  半透明に透けかけた腕で、閉じかけようとする黒箱の鉄蓋を、必死に押し返している。


 「——間に合え! あの箱、こじ開けるぞ! 一個残らず、全部だ!」


  ハルはアウロラのハッチへ駆け上がり、コックピットに飛び込んだ。


 「……ふん。相変わらず無謀な少年だ。だが——その無謀に、付き合ってやらん理由も、なくなったな。」


  ゲンジが首を振って、自身の愛機へと飛び乗った。


────地下ドック・黒箱積み出しエリア────


  13時40分。地下ドック。屋内。


  高度5m。アウロラ、着地。


ゴゴゴゴ……


  重い地響き。

  足元を流れ続けるコンベアの駆動。


  見渡す限りの黒い箱。

  『安定記録核』の刻印が闇の奥まで続く。


ガシャン!


  アウロラが箱の列に取り付く。

  その前に、バルドレックスが割り込んだ。


 「走れ、少年。護衛はこっちで引き受けた」


  インカムから響く、ゲンジの通信の声。

  護衛機セラフ・ミラーは4機。


 「一個残らず、開けてやる!」


  ハルは叫んだ。


 「護衛、ゲンジさんが4機とも引きつけてる——今のうちだよ、ハル! 抵抗する一機の封箱まで、残り20秒!」


  ミラの警告が飛ぶ。

  アウロラは流れるコンベアの上を走る。


  ハルはジャンク・エッジを振るった。

  黒箱の蓋を、斬り剥がそうとする。


キン!


  火花。

  しかし、滑り込んできたセラフ・ミラーが刃を受け流す。


  もう一撃。


キン!


  弾かれる。

  さらに、もう一撃。


キィン……!


  手応えが、振るうたびに軽くなっていく。

  当たらない。


  底が抜けるような、あの虚脱。

  グロリオン戦の悪夢が、脳裏をかすめる。


 「観測。対象の攻撃パターン、記録。耐性を、最適化します」


  敵の、平坦な合成音声。


 「だめ、同じ斬り方は読まれてる! 同じ手は、もう通らないよ! 命中率、72、48、19パーセントに急降下!」


  ミラの焦る声。

  力押しでは、この忘却のシステムは止められない。


 「観測を断った。三秒だ。無駄にするな」


  ゲンジの通信。


バヂッ!


  激しい放電ノイズ。

  バルドレックスが放った、AIジャマー・パルス。


  敵の鏡面が、一瞬だけ曇る。

  観客センサーの目が、眩まされる。


 「ゲンジさんのジャマー、効いた——観測、切れた! 刃の出力、今つなぎ替える、いける!」


  ミラの警告と、指先の操作。

  アウロラの刃が、組み替えられる。


  壊すための、武器ではない。

  こじ開けるための、道具へ。


 「上等だ——!」


ゴウッ!


  急に、視界が開ける感覚。

  ハルはシートを蹴るように、身体ごと前へ出た。


  命中率、回復。

  無機質な列に、割り込むための隙間が開いた。


  しかし。

  目標の黒箱の蓋が、ゆっくりと閉まり始める。


  内側から押し返す、半透明の腕。

  消えたくない、という叫び。


  ハルはアウロラの腕を、その隙間へ強引にねじ込んだ。


ギシ……ギシシ……!


  金属の軋む音。


ピーーーッ!


  限界を告げる警告音。

  蓋の圧倒的な圧力。


  痛覚同期。

  ハル自身の腕までが、引きちぎられるように痛む。


  奥歯を、強く噛みしめる。

  汗が、目に入る。


 「蓋、閉じる——間に合って、ハル、あと少し……! 封箱まで、残り3秒……2秒……!」


 「……いやだ、まだ、消えたく——」


  箱の中から、かすれ消えそうな声。


 「離すかよ——!」


  ハルは両腕に力を込めた。

  だが、蓋の閉じる力が、アウロラの出力を上回りかける。


  ハルは、力を抜いた。

  代わりに、ただ、叫んだ。


 「もう大丈夫だ。あんた、まだ消えてない。俺、ちゃんと見てるからな!」


  見ている。

  その承認の、光。


  閉じかけていた蓋が、ぴたりと止まった。


  半透明だった一機の輪郭。

  そこに、みるみるうちに色彩が戻る。


  コンベアの駆動音が、軋みながら完全に消えた。


  腕に込めていた圧力が、すっと消え去る。

  胸の奥が、ただ熱い。


  無音のドックに、ハル自身の荒い息づかいだけが響く。


 「……見えて、る……俺が、まだ、ここに……」


  黒箱の中から、確かな声が返ってきた。


  バキバキと音を立てて、周囲の黒箱が次々とこじ開けられる。

  薄れかけていた機体たちが、光を求めて這い出してくる。


  出荷ラインは、完全に停止した。


────搬出路・破壊されたライン────


  こじ開けられた黒箱から、薄れかけていた機体たちが次々と這い出してきた。

  最初に押し返していたあの機体が、ハルの顔を見て、わずかにその色彩を取り戻した。


 「もう大丈夫だ。あんたはまだ、消えてない。俺がちゃんと見てるからな!」


  ハルは彼らに向けて笑いかけた。


 「……記録された身でありながら、記録による管理のシステムを真っ向から否定して見せるか。」


  ゲンジがバルドレックスのハッチを開け、煙草をくわえ直した。


 「俺はずっと言ってきた。『感謝は契約ではない。恩人が所有者にすり替わる時、次に消えるのは——作者の名前だ』とな。」


 「……?」


 「お前は、誰の所有になることも拒む。……なら、お前の隣は、俺が立つ場所として悪くない。渋々だがな。少年、手を貸してやる。」


 「! ゲンジさん……! よろしくな!」


  ハルは嬉しくなって、ゲンジに向けて拳を突き出した。

  こうして、反AI拡張の現実主義者、東雲ゲンジがハルたちの仲間に加わった。



4: 非掲載リストの宣告


────ラストキャリア・作戦室────


  アリーナ裏の戦闘から戻ったハルたちの前に、カレンがひどく沈んだ表情で立っていた。


 「ハル君。あなたの今回の騒ぎで、アリーナの相場が大混乱に陥っているわ。……そして、役員会が正式な対抗策を決定したの。」


 「対抗策……? なんだよ、それ。」


 「次の市場の権利改定で、『数字の取れない不人気なIP』を、まとめて『非掲載リスト』へ送ることが決まったのよ。薄れて完全に消えてしまう前に、デウスの記録へ送り安定保存する……という名目でね。」


 「非掲載って——それって、票を稼げない古い機体は、みんなあの黒箱へ出荷されるってことか!? 誰が、そのリストに入ってるんだよ!」


  ハルはテーブルを叩いた。


  カレンが静かに指し示したホログラムのリスト。

  その最上段に、無慈悲に刻まれていた名前。


 『分類:旧式英雄機。機体名:グレンファング/操者:ゴウガ』


 「——ゴウガ……!?」


  ハルは息を呑んだ。

  かつて人々を救い、ハルがその魂を蘇生させた灼熱の勇者の名前が、冷たいリストの上の、たった一行の排除データに変えられていた。

  一度は光を取り戻した英雄を、もう一度——暗いシステムの中へと引きずり落とそうとする冷酷な手が、すぐそこまで伸びていた。


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