第6話 vs 無敗の英雄 レグルス&グロリオン
1: 王者の光、新星の影
────────頂上決戦────────
配信アリーナ、特設メインステージ。
企業機構圏すべての視線が、対戦カードの巨大なホログラム広告に向けられていた。
『無敗の王者・グロリオン』対『蘇生する新星・アウロラ』。
史上最速で市場の頂点へ駆け上がった規格外の新人を、頂点に君臨し続ける永遠の英雄が迎え撃つ。
アリーナに詰めかけた観客たちの興奮と熱狂は、文字通り最高潮に達していた。
だが、空中を舞う投票パネルの数値は、あまりにも残酷な現実を示していた。
グロリオンに九割九分。アウロラを支持するのは、申し訳程度のわずかな青いパーセンテージ。
圧倒的な格の差が、数値となって浮き彫りになっていた。
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「さあ、お待たせいたしました! 一度も負けず、二度と薄れない——完全に記録保存された、最強の王者の登場です!」
オラクル・ノヴァの澄んだアナウンスと共に、特設ステージの中央に黄金の光が降り注ぐ。
パチパチパチパチ!!!
アリーナ全体を物理的に揺るがすような大歓声。
黄金の光の中から現れたのは、傷一つなく、埃一つない、まるで博物館の展示ケースから今飛び出してきたかのように美しく磨き上げられた英雄機——グロリオンであった。
「……あの機体。やっぱり、あんただったんだな。」
ハルはモニター越しに、対峙する金色の巨人を見つめた。
「召喚の夜……あの白い祭壇で交差した人。記録に残ることを自分で選んだって言してたけど……あの時のあんた、すごく苦しそうな顔をしてたよ。」
「……覚えていたのか。忘却に呑まれ、消えゆく側の分際で、よく喋る口だ。」
レグルスの声が、冷たい風のように通信機から流れ出る。
「私はレグルス。かつて源界において、幾千、幾万の歓声を浴びて戦った本物の英雄。そして今は——忘却に決して侵されぬよう、デウス・インデックスによって完璧に防腐保存された『絶対の記録』だ。」
黄金の巨神が、その手に携えた大剣を静かに構えた。
「聞いているぞ、新入り。お前は、薄れかけた存在を呼び戻して遊んでいるそうだな。……愚かなことだ。」
「何がだよ?」
「お前が今日呼び戻したところで、移り気な世界は明日になればまたそいつを忘れる。お前の行う『蘇生』は、死に行く者を何度も死の恐怖に立ち会わせるだけの、ただの残酷な延命行為に過ぎん。」
レグルスの言葉には、一切の迷いも熱もなかった。
「安定し、永遠であるのは記録された価値のみ。この私を見ろ。これが、忘却という病に対して勝利を収めた唯一の正解だ。」
「……なぁ。あんたの機体、確かにめちゃくちゃカッコいいよ。本物の英雄なんだってことも、俺にはわかる。」
ハルはアウロラのコックピットから、グロリオンを正面から睨みつけた。
「だけどさ。なんであんた——戦う前から、そんな『もう全部終わっちまってる』みたいな顔をしてやがんだよ!」
「——っ。」
一瞬、通信機の向こうで息を呑む音が聞こえた。
「……黙れ。消えゆく子供の戯言など、私の『完全』を揺るがす価値もない。」
黄金の巨神の瞳に、鋭い青い殺気が宿る。
「教えてやろう。蘇生などという不確かなエラーが、完璧な保存データの前でいかに無力であるかを。——そのツギハギの機体ごと、身体に刻みつけてな!」
2: 圧倒的な完璧
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【王者機IPスペック(企業リーグ正典)】
・機体名:グロリオン(レグルス機)
・全高:25.6m
·本体重量:42.2t
・武装:グロリアス・ソード、ライトニング・ランサー
・動力源:高純度アーカイブ保存エンジン(アーカイヴ・コア)
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────配信アリーナ・特設メインステージ────
21時05分。ライトアップ。
高度15mの特設ステージ。
見上げる空中投票パネル。
グロリオンが九割九分を占める。
圧倒的な完全の領域。
そこに、ハルはアウロラを走らせる。
継ぎ接ぎの刃、ジャンク・エッジ。
黄金の巨神に向かって、鋭く突き出す。
「届けえッ——!」
ザシュウッ!!
火花が激しく飛び散る。
磨き上げられた王者の胸部装甲。
そこを、アウロラの刃が確かに抉った。
「命中41パーセント! いける、いけるよハル!」
ミラの叫びがインカムに響く。
敵の回避率は、わずか0.2パーセント。
操作桿に伝わる、確かな手応え。
いける。
ハルは一瞬だけ、そう確信した。
キィィィィン!!!
澄んだ金属音が響き渡る。
しかし。
抉れたはずの装甲。
それが、時間を巻き戻すように平らになる。
傷跡そのものが、消える。
最初から無かったかのように。
「嘘——ダメージが、記録されてない!」
ミラの悲鳴が震えている。
敵の残り耐久値、100パーセント。
手応えの直後に来る、底の抜けたような虚脱。
ハルの背筋に、冷たい氷が滑り落ちる。
「傷は、『保存データ』には含まれていない」
レグルスの声。
冷たく、空洞の響き。
どれだけ殴ろうと、無駄。
完璧な王者は、傷つくことすら許されない。
「回避、まだ上げられる! リミッター切る——もう一回だけ動いて!」
ミラの細い指がキーを叩く。
遠隔で書き換えられる、アウロラのフレーム出力。
「悪い、ミラ——もう一回だけ、付き合ってくれ!」
ゴウッ!
アウロラが、一段と鋭く跳ね上がる。
瞬間的な増速。
シートに身体が強く押し付けられる。
息が、苦しく詰まる。
フレーム強度は危険域。
回避率は、一時的に18パーセントまで上昇。
ほんの一瞬だけ。
暗闇の中に、かすかな活路が見えた。
だが。
黄金の巨神が、大剣を静かに振るう。
グロリアス・ソード。
回避という概念。
それを、嘲笑うかのような正確無比の一閃。
「ハル、避け——っ、間に合わな……!」
ドゴォォォン!!!
激しい衝撃。
アウロラの左アームが、関節から切断される。
ピーーーッ!!!
鳴り響く警報音。
視界が、一瞬で赤一色に染まる。
痛い。
同期した左半身に、引き裂かれるような鈍痛。
自機の残り耐久値は、ゼロ。
アウロラ、大破。
「——これが、答えだ」
レグルスが冷たく宣告する。
完璧なデータの前に、不確かな蘇生は無力。
完敗だった。
静まり返るアリーナ。
アウロラは片膝をついている。
煙を上げる機体。
ハルはコックピットのハッチを開けた。
荒い呼吸。
肩が、激しく上下する。
しかし。
見上げるハルの瞳は、まだ死んでいない。
「あんた、強かった。完璧だったよ。……だけどさ」
ハルは黄金の巨神に向かって、まっすぐに言葉を投げかける。
「勝ったあんたのツラ、やっぱり、ちっとも『生きてる』って感じが、しねえんだ」
「——っ」
黄金の装甲が、かすかに震えた。
3: 揺らぐ信念と繋ぎ止める声
────ラストキャリア・第3整備ドック────
ドックの照明の下、無惨に引き裂かれたアウロラが静かに横たわっていた。
ミラの手は、いつもなら素早く工具を動かすはずなのに、今はただ震えたまま硬直していた。
「……ボロボロ。装甲も、駆動系も、全部メチャクチャ。あんな完璧な相手に、勝てるわけなかったんだよ……。」
「……ミラ。蘇生って、ただの『遅延』なのかな。」
ハルはコックピットから床に降り、力なく床を見つめた。
「俺がどれだけティナを輝かせても、明日にはまた流行が移って票を失う。今日誰かを助けても、いつかまた忘れられて消えていく。……だとしたら、俺がやってることって、何の意味もあるのかな。」
「……私にも、もう何が正しいのか分かんないよ。」
ミラが力なく工具を床に置いた。
「あの完璧なグロリオンを見たでしょ? 二度と壊れない。二度と薄れない。……正直ね、私、ちょっとだけ思っちゃったの。」
「……ミラ?」
「アウロラも、オラクル・ノヴァの記録に預けて……あんな風に完璧に修復してもらえたら。そうすれば……もうこんな風に傷だらけになってボロボロにならずに済むのかなって……ごめん、整備士が言って良いことじゃないよね。」
ミラが泣きそうな顔で顔を覆った。
「だけど……今日のあなたの戦いを見ていたら、心が揺らいじゃったんだよ。あなたの『蘇生』よりも、あの冷たい『保存』のほうが、ずっと強いんじゃないかって……。」
「……少年。あの黄金の英雄を見て、俺は背筋が凍る思いがしたぞ。」
格納庫の陰から、ゴウガが静かに歩み出てきた。
「もしあの時、お前が荒野のスクラップの山から俺を見つけ出してくれなかったら……俺も、いつかああなっていただろう。外見だけを美しく保存され、戦う時だけしか息を吸えない、空っぽの抜け殻にな。」
ゴウガはハルの肩に、熱いグローブの手を置いた。
「だが、少年。俺は今、確かに生きている。お前が『見ているぞ』と言ってくれたからだ。これは……あの冷たい保存(防腐)とは、断じて違う。ただの延命などではない!」
「……ゴウガ。」
「俺は信じるぞ、少年。お前の『蘇生』には、あの保存とは違う、本物の答えがある。……ただ、まだお前自身が、それを言葉にして定義できていないだけだ。」
「……うん。……ありがとう、ゴウガ。」
ハルは少しだけ顔を上げ、仲間の顔を見つめた。
4: 背後の闇とひび割れ
────格納庫・裏口の搬入路────
「……負けたな。良い薬だ、少年。」
影から現れた東雲ゲンジが、冷徹に言い放った。
「ゲンジさん……。慰めに来てくれたわけじゃ、なさそうだな。」
「あの黄金の王者が、なぜあそこまで完璧でいられるか。考えたことはあるか?」
ゲンジは壁に寄りかかり、アリーナの空を見上げた。
「完璧な機体を維持し続けるには、当然だが、完璧な『材料』が要る。その材料が、どこから供給されているか、だ。」
「材料……? なんのことだ?」
「お前の『蘇生』が延命かどうか悩むのは後回しにしろ。その前に——お前は、この華やかな市場の『契約書』の裏側を読むべきだ。明日、俺について来い。お前がアリーナの裏手で薄々感じている、あの嫌な『匂い』の正体を……見せてやる。」
────記録の大伽藍・最深部────
遙か上空、大歓声の余韻すら届かない、冷たい静寂の檻。
「報告を受けました。あのバグ因子に、完璧な敗北を与えたそうですね。彼の自信を揺るがせたのなら——極めて最適な処理です。」
デウス・インデックスのシステム光が、冷ややかに明滅する。
「……デウス。一つ、聞きたいことがある。」
レグルスがグロリオンの座席で、ぽつりと問いかけた。
「私はあの少年に、『生きている顔をしていない』と言われた。……保存されるということは、生きていることとは違うのか?」
「無意味な問いです。お前は完全に安定した、価値ある記録データ。それ以上に、いったい何が必要だというのですか。」
デウス・インデックスは淡々と処理を続けた。
「……ですが、そのような無駄な問いを発すること自体、お前のデータが不安定化している兆候です。やはり、あの少年は危険な因子。価値が損なわれる前に、早急に処理プランを策定せねばなりません。」
完璧だったはずの英雄の胸に、消えない汚れのように一つの問いが残された。
そしてその小さな問いこそが、いつか彼を檻から救い出す最初の『ひび割れ』になることを、この時はまだ誰も知らなかった。
蘇生は、ただの残酷な延命に過ぎないのか。
その答えに辿り着く前に、ハルは市場の『契約書』に書かれた——最も暗く、冷酷な一文を目撃することになる。




