第三話 愛憎讃歌は美しい
真夏の朝日をカーテンの隙間から受け、僕は否応にも目を覚まさざるを得なかった。
しかし、今日はやけに暑苦しい。
その上、いつもより自分のベッドが狭く感じる。
不快感に苛立ちを感じながら僕は重たい瞼を擦りながら体を起こす。
夏風邪に対するせめてもの抵抗として被っていた薄い布団が僕の体からずり落ちるのと同時にそこには理解できぬ光景が広がっていた。
僕の布団の中に小鳥遊まで眠っていたのだった。
そして不幸は立て続けに訪れるもの。
僕の部屋をノックする音が響いた。
ノックをするデリカシーはあったのに、なんで返事を待たずして扉を開ける何者か。
当然、家族のうちの誰か、最悪でも志乃先輩であろうが、それにしたって酷い話だった。
鍵のついていないこの部屋で僕のプライバシーはどこへ行ったのやら。
ここまでの思考がおよそ一秒にも満たなかった。
そして、開かれた扉の前には僕の姉、碧響気が立っていた。
「おやおや、初日から同衾とはやりおりますな。まさかもう手を出したの?」
「そんなわけねぇだろ!一々生々しい言い方すんな」
僕の張り上げた大声に隣で眠っていた少女を堪らず起こしてしまった。
「あれぇ、もう朝ですか?」
「そうだよ、もういい時間だよ。香子ちゃん。早くご飯食べにおいで、ついでにあんたもね」
僕はついでかい。
一人分の座席が増えた僕の家の食卓には少しばかり会話が増えたように思う。
これが香子のコミュニケーション能力によるものか、はたまた両親が気を遣った結果なのかはわからないがこの食卓は団欒と呼べるものに近づいている。
僕はそれが堪らなく嬉しかった。
とはいえ、食卓の様子が変わろうとも皆の活動時間が変わることはない。
時間がたち、両親は出かける用意をする。
姉もまた今日も学校へと出掛けていく。
「奏多さん、奏多さんも学校へ行くのですか?」
「んー、いや、今日は家に居ようかな…」
そんな時だった。
タイミングを測ったように家の電話が鳴った。
小鳥遊が受話器を取りに行く。
流石に受話器の高さに届かないようなタッパでは無かったがそれでも、彼女が受話器を持つ彼女はさながら留守番中の幼女のようだった。
「そんなに小さくないわ!」
彼女も心が読めるようである。
「奏多さん、朝日奈先生から電話です」
僕は彼女から受話器を受け取り、電話に出る。
「はい、碧です。どうしましたか?朝日奈先生」
「やあ、碧くん。夏休みでもきちんと起きているようで感心だね。ところで今日もあの空き教室へ来てくれるかな?」
今日も変わらずうるさい先生だことで。
僕自身の口元が薄く笑みを浮かべているのを見て小鳥遊から軽蔑の視線を向けられる。
「どんな要件なんですか?」
「それはここへ来て確かめたまえ」
多分また、腰に手をついて天を仰いでいるのだろう。
電話越しでもよくよくそれが伝わった。
顔に出るということはよく言われるが、彼女は声に出るのだろう。
「わかりました、そっちへ向かうのでしばらく待っておいてください。できたら湯呑みでも温めといてください」
「なるほど、今日は紅茶の気分かい」
電話を切ると、僕は仕方なく足早に身支度を始める。
「小鳥遊、行くぞ」
「はい、大丈夫ですよ」
「荷物は?」
「体一つあれば今のところは良いでしょう」
まさか転入生には夏休みの宿題というやつが出ていないのだろうか?
なんと贅沢なそうしたら僕も読書がもっとし放題になるというのに。
「言っておきますが、私の宿題はこれからいただくので大変なんですよ?他の子達より多いかも知れませんし」
「そうか、そうなのか。それはすまない」
話しながら僕は靴を履いて玄関に向かう。
これは小鳥遊も同じだった。
「本当に見えていないのか疑問になるくらい、そつの無い動きだな。と、行きがけに志乃先輩にも声をかけた方がいいだろうな」
「こういうところにも妖たちはいらっしゃいますからね。ただ、ここの妖たちは何かに怯えているような気がするんです。まるで自分より強いの存在が常に彼らを見張っているような」
「ああ」
「何か知っているんですね」
彼女は僕の周りでキャンキャン吠えているが無視する。
流石に余計な言葉だったか。
「まぁいいです。それで、志乃先輩を呼びに行くんでしたっけ」
「その必要はないよ」
玄関の扉を開けて、会話を続けている時だった。
凛としたその声の主は僕の知り合いには一人しかいなかった。
「今から呼びに行くつもりだったんですけど、志乃先輩」
「うん、さっき朝日奈先生から電話があって、多分、奏多くんが来るかもって聞かされていたから。先に来ちゃった」
家凸しにきた彼女みたいなノリの先輩は初めて見たかもしれない。
隣とはいえ、家凸に変わりはないのか。
「まぁまぁ、奏多さん。とりあえず学校へ行きましょう?」
そう言って彼女は僕の手を強く握ってくる。
空き教室へ着けば、すでにその中は贅沢かつ上品なお茶の匂いが漂っていた。
「いやぁ、ナイスタイミングだね。三人とも。今ちょうど、お茶の準備ができたところだよ」
「うわーさすがですねー朝日奈せんせー」
自分でも笑ってしまうほどの棒読みの言葉だった。
「もう少し気持ちを込めて欲しいなぁ、碧くん」
「だって、先生何度言っても茶器を温めないでしょう?」
いやぁめんどくさいし、などとぼやき続けている。
「で、今日の要件は?」
入れてもらった紅茶に手をつけながら、今日呼び出された理由を尋ねる。
「うん、まぁ、察していると思うけれど、事件の解決に協力して欲しいんだ」
「どんな事件なんですか?」
初めての事件の依頼に小鳥遊は随分と興味を示していた。
「ちょっとした、とは言っても学校で起きるべきではない、痴情のもつれ的な刃傷沙汰が起きてしまってね。まぁ、被害者も本当に擦れ傷程度の軽傷で済んでいるんだけど。なんでそんなことが起きたのかを調べて欲しいんだ」
朝の電話とは打って変わって、随分真剣な表情で語る先生。
流石に教師として生徒間での刃傷沙汰は看過できないらしい。
さて、いきなり難問が降ってわいたわけだが、どう解決して行くのが妥当だろうか?
「奏多さん、よければ妖たちに話を聞いてみましょうか?」
「そうだね、そうしてくれるとありがたい。僕の千里眼はポンポン使用するような代物ではないしな」
僕の千里眼は過去に何が起きたのかすら見ることができる。
が、何を見るにしろ全方位に広がる樹形図のようなもので辿った線の長さだけコストがかかるものだった。
「奏多さんの力はあとあとに残して起こしておきましょう」
そう言って彼女は事件現場に歩いて行った。
僕は彼女を支えるために隣で手を引くようにしていた。
「ちなみに、あなたたちの向かってる方向は逆方向だよ」
全然格好のつかない僕らだった。
事件現場には小さな赤いシミが点々と残っており、それが今回の事件の生々しさを伝えている。
その上、そこにいた妖のせいなのかはわからないが随分空き教室のある校舎とは違いジメジメとしていて澱んだ空気が流れていた。
「ふむ」
「何かわかったの?」
「はい、どうやら事件の当事者たちはここで別れ話をしていたようですね」
「別れ話かぁ、別れが嫌で刃物を持ち出したとかかな」
普通に考えればそう考えるのが妥当だろう。
「いえ、どうやら刃物を持っていたのは別れ話を持ちかけた女性の方のようですね」
「ややこしい話になったね。この学校には別れる理由は普通の学校より多くなるだろうね」
隣にいた小鳥遊が小首を傾げて頭にハテナを浮かべる。
「この学校で一番厄介なのが種族の違いだ。どうしても、互いに嫌悪感を持つ奴らもいるし、そうじゃなくても想定外は起こるものさ」
「え、でも、この学校の理想は人怪共生ですよね。というか、お互いの種族なんて付き合う前に知っているものでしょう?」
それがそうじゃないんだよな。
とりあえず、小鳥遊にこの学校の基本的な話をする。
「理想っていうのは先頭に立つ奴が掲げるものだ。この学校なら姉さんだな。じゃあ、他の奴は違うのかといえばそれに賛同している奴らもいるだろうが、ほとんどは別の理由、打算で動いているのがほとんどだ」
「じゃあ、その女生徒は」
「他種族、妖怪嫌いなのか人間嫌いだったんだろうな。とりあえず、朝日奈先生に伝えに行くぞ。こういうことは僕らだけで考えていても仕方がない」
僕らはとりあえず、空き教室まで戻ることにした。
二人の女の子の表情は暗かった。




