第二話 これこそが平穏
青空が茜差す夕焼けとなり始めた頃、あの空き教室で僕らは談笑していた。
先のチームワークが僕らの心の壁を一枚壊すに至ったのか、その距離感はほんの一歩分だけだが近づいたように思う。
少なくとも真っ白いキャンバスのような少女が朱色に染まった様子に僕は何らかの期待を感じているように思う。
それは色恋の類ではないのだろうと思っている。
しかし、僕は恋心というものをはっきりと自覚したことがないのだ。
だからこそ、僕のこの感情は聞く人が聞けば恋慕のようだと思うのかもしれない。
プロポーズを受けたぐらいで揺らぐような安い貞操観念は持ち合わせてはいないと自負しているが。
蛍光灯を灯していない教室で三人の視界を照らしているのは、夕焼けの茜一つだけだ。
彼女たちの肌や髪や飲んでいるお茶に至るまで全てが同じ色になっている教室。
そんな小さな世界で僕らは神だの化け物だのというギャップを感じぬほどに居心地が良かった。
しかし、そんな和やかな空気は瞬く間に終わりを迎えた。
バァーン。
「やぁやぁ、諸君、元気にしているかい?僕は元気だよ。そういえば、さっきのすごい音の正体は君たちが解決してくれたんだってねぇ」
うるさい女が来た。
あー、うるさい女が来た。
そう言いたげな顔をしているであろう僕とあからさまにそう顔で訴えている志乃先輩。
彼女はそんな僕らのことを無視して、本当に眼中になかったのか、話を進めていく。
「やぁ、姫。ご機嫌はどうかな?僕の可愛い生徒とは仲良くやれているのかい?」
「はい!朝日奈先生。先ほど、奏多さんがカッコよく私の事を守ってくれたのですごく嬉しい気分です」
「そうかいそうかい。それは何より」
「先生、白衣をバサバサしないでください。あとその角度ではスカートの中見えちゃいます!」
そうだ、志乃先輩。
もっと言ってやってください。
「何を言うか、碧くんなら女性のスカートの中は見放題じゃないか。それとも篠宮くんも興奮するのかい?」
この先生は聖職者としてあるまじき発言をする。
このサバサバとした性格から学校中の女性から人気を集め、縦セーターにタイトスカートという服装や彼女自身のビジュアルから男子から邪な視線を集めている、らしい。
「で、君は僕の下着を見るのかい?」
「見るわけないだろ!」
最悪なタイミングで僕にキラーパスが渡ってきた。
この先生はどうしてこんな事を平気で語って来るんだ。
彼女はのらりくらりと僕の抗議を躱してお姫様のところへ向かう。
それでなくても小煩い先生の存在も迷惑極まりないというのに、志乃先輩もまた先生に関わりに行ってしまう。
どうやら、破廉恥なことが苦手な彼女にとって発言が下品極まりない先生の存在は許せないのだろう。
「で、何のようだったですか?」
「何がだい?」
この人は本当に見当がつかないのか、わかっていて話を逸らしているのか。
「小鳥遊をこの教室に呼んだ理由ですよ。せっかく僕の一人部屋だったんですよ」
「僕が君にこの部屋を与えた時の約束は?」
質問を質問で返すなぁ!
と、キレそうになったが相手は先生なので押さえておく。
「先生からの雑用を片付けることですね」
「そうさ、で、雑用の内容は?」
「規律違反の人間や妖を捕まえることや面倒ごとの処理、でしたよね」
「そう、それに関して、姫がいればそこを暴力だけでなく対話で解決できるようになるだろう?そのために彼女にはこの空き教室のメンバーで仲良くしてもらいたい」
ビシッと両手を広げて天を仰ぐ教師。
「そして、会長と話し合った結果、やはり人怪共生のためには君たちの力が必要不可欠になること違いない、とね」
じゃ、あとはよろしく、と言い残して彼女は去っていった。
挨拶はなんでか、アデューだった。
はぁ、と全員がため息をついた。
お茶会中はあの教師の恐ろしさを信じ切ってはいなかった小鳥遊すらため息に参加していたほどだった。
「お二人はあの人とずっと関わってきたんですね」
「そうだね、僕は入学してから毎日…入学式で怪我しちゃったから保健室であの先生に会ったからね」
「まぁその話はまた今度にしようか?もう日が落ちきっている」
志乃先輩に言われて窓の方を見れば、すでに外は紺一色になっており、黒になり始めていた。
首を戻した時には二人の女の子はすでにあらかた準備が済んでいる様子だった。
というよりも、二人の荷物はそれほど大したものが無かったのかも知れない。
僕は急いで茶器の片付けと出しっぱなしの教科書類を片付けるのだった。
「ん」
小鳥遊は急に僕に手を伸ばしてきた。
「何?どうかしたか?」
彼女ははぁっとため息をこぼす。
「察しが悪いんですね。盲目の女の子が横にいたら腕を掴ませてあげるくらいのことはしてください」
「いや、盲目っていうけど、もうここまで結構あの教室から歩いてきたぞ」
「それでも!」
「奏多くん」
志乃先輩にまで諭されてしまう。
どうやら僕には逃げ場がなくなってしまったようだ。
仕方なく腕を差し出した僕はなぜか両側の腕が掴まれていた。
その犯人はもちろん小鳥遊と、志乃先輩だった。
両手に華なのは男として鼻が高い話ではあるが、歩きにくい上に、顔が見れなくて話しにくい。
「さて、奏多さん一緒に帰りましょうか」
「そうね、どうせ私とはお隣さんなんだし」
「志乃先輩はそうですけれど、小鳥遊の家はどこにあるんだ?」
「奏多さんの家ですよ」
僕と志乃先輩の顔が同時に小鳥遊の方を向く。
はっきり言ってこいつは一体何を言っているんだと思った。
状況は夜の闇より暗かった。
志乃先輩がキッとこちらを睨み付ける。
待ってほしい僕は何も知らないんですよ。
そのまま何も知らない僕を捕まえたまま、二人の女性は僕の家に入っていった。
というか、志乃先輩は自分の家に帰ってください。




