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群青の彼方  作者: 冴夏身結


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1/5

第一話 平穏な日常のはずだった(?)

 この遠い空の下、海の向こう側には何が広がっているのだろうか?

 そこにあるのは夢か神秘か。

 この空の青さを知る人よ、群青の彼方に何があるのかを教えてくれ。


 碧奏多あおいかなたはこの日夢を見た。

 遠いところにもうひとり自分がその人の視界を共有しているような夢だった。

 見えた景色についてはほとんど覚えていない。

 ただ、知らない光景という言葉で言い表せるはずなのに、なぜか奇妙にもデジャブを感じた。

 青色だった気がする。

 そう、まるで窓から見える今日の夏空のような天気だった。

「はよ〜」

 とりあえず一階に降りていく。

 食卓にはすでに両親と姉が座っていた。

「おはよ」

 家族がそれぞれの言葉で挨拶を返してくれる。

 朝は皆忙しく、基本的にこの挨拶の行き来で会話は終わる。

 父も母も正直、行儀も健康にも悪そうな早食いであった。

「それじゃ、行ってきます」

 母が玄関へ向かい会社へ向かった。

 その後すぐに父もまた会社へ向かった。

 残されたのは姉と僕の二人。

「あんた、昨日も遅くまで本読んでいたの?」

「うん、結構面白くて」

「別にいいけど、寝る時間くらいは確保しておきなね」

 返事をする前に姉はさっさと片付けて部屋へ帰ってしまった。

 まだ七時半にも満たないのにずいぶん忙しない人だ。


 陽炎すら嫌いそうな猛暑のなか、学校へ向かう必要があった。

 今は夏休みだというのに学校へ近づくにつれて制服を着た人かげはだんだんと増えていく。

 ここに来ている生徒のほとんどは部活動に勤しむ者たちなのだが、僕を含めた残りの生徒は学校で涼みながら読書や勉強をしに来た者たちだった。

 そして、僕の姉はこの学校の生徒会長を務めているため、残りの数パーセントにも満たないイレギュラーであった。

 そして、僕は愛用している空き教室に入っていく。

 そこは本来自習用としては開放されていない僕の秘密基地であった。

 教師の一人が僕に雑用を任せる対価として用意してくれた居心地の良いスポットの一つだった。

 今日はそこに先客がいた。

 その客人は良くか悪くか客という表現が正しい身なりをしていて、ずいぶん整った顔ではあったが、明らかに童顔小柄な少女であり、制服を身につけているわけでもないため、この学校の生徒というわけでもないらしい。

 強いて言えば、転校生の可能性がわずかにあると言えるくらいだろうか?

 それでも、見た目はまんま中学生であるのだが。

 そんな思考に駆られている内に今まで静かにしかしはっきりと寝息を立てていた彼女はすっと体を起こした。

 どうやら寝起きは良いようだった。

 今までの浅い寝息から深く落ち着いた呼吸に戻した彼女は明らかに睡眠という海から浮上したはずであったが、未だ彼女の目が開くことはない。

「あら?お客様ですか。もしかして獣さんでしょうか?狐につままれるというのはこういう時に使うのでしょうかね?」

「あいにく全部間違っているよ。僕はここの客でもなければ、獣でもないし、多分そのことわざも間違っている」

「知っていますよ。碧奏多さん」

「どうして僕の名前を?」

 どう考えても僕と彼女は初対面のはずだ。

 流石に幼女に興味はないが、こんな美少女のことは一度会っていれば忘れることはないだろうから。

「教えてもらいました。私たちの界隈では有名人なので」

「教えてもらった?というかどこの界隈で有名なんだ、僕は」

 そしてもう二つ気がかりなことがあった。

「君はどうして目を開かないんだ?あと、どうやって僕のことに気がついた?」

 少女はそれはそれは美しい少女の微笑みを浮かべていた。

 目を開いてないことさえ除けばだが。

「それも私の界隈の人が教えてくれました。どうですか、あなたにも見えるんじゃないですか?」

 そう言って彼女は自分が座っていた席の下を指差す。

「ずいぶんいい太ももだな」

「あら、そっちが癖でしたか。って違う!」

 流石に怒られるか。

「分かっているさ。ずいぶん可愛い人外だことで」

 そこにいたのは小さな妖たちだった。

「ええ、この子達は手毬妖怪と言います」

「こう言えば単純だが、文字通りの見た目だな」

「はい、ただこの名前は小さい見た目の妖怪たちの総称のようなもので正式な名前はきちんとあるんですけれどね」

「それでこいつらの間で僕は有名人というわけだそうだが、じゃあ君はなんでそんな妖たちと連んでいるんだ?」

「それは私が現人神だからですね」

 現人神?

「現人神というのは…」

「それは知っている。特定の集団によって神と祭り上げられた人間のことだな」

「はい、半分正解です。ただし、実際に神格化した者はどちらかというとこの子たちと同じ成り下がったという言葉が正しいというのが持論ではありますね」

「成り下がった?普通、神様に生ることは成り上がりじゃないのか?」

 普通、人ならざるものになることは良くも悪くも進化のように感じるが。

「そうですね、ただ、人より優れたものになるのであればそう表現しても良いでしょうけど、実際のところ、現人神も妖も、はたまた本当の神様でさえ、誰かの信仰なくして生きてはいけぬのです。かく言う私も私を神にたらしめる妖怪たちの信仰がなければ生きてはいけぬ身ですし、この子たちも私を信仰し、私に認識されなければ、この現代では生きてはいけぬものたちがほとんどなのですよ」

 はっきり言って彼女の持論とやらに興味はなかったが、しかし、何の疑問も持たずにこんな荒唐無稽な力説をわかってしまう自分が嫌になる。

 どうやらそんな僕の気持ちも彼女には手のひらの上のようで今まさに自分の足元にいた手毬たちを掬い上げ指で転がすように僕のこの感情も遊ばせているのだろう。

 どうやら、僕はとんでもない少女に出会ってしまったようだ。

 彼女の容姿は人形のようだった。

 そんな彼女に踊らされている僕も人形なんだろうか?

 自分で考えておきながらそのクサいその詩的なセリフに自分で馬鹿馬鹿しくなってくるのだった。

 というより、僕は何か一つ忘れているような気がするが気のせいだろうか?


「そういえば、奏多さんはどうしてこの教室に?聞いた話ではここは空き教室ということでしたが」

「それはこっちのセリフだ。ここの鍵は生徒の中では僕しか持っていないはずなのに。来るにしたってあいつとあの教師くらい。…ということはあの教師が原因か」

「多分同じ人を想像していますね。嬉しいです。こうも察しがいい人と話すのは久しぶりなので」

「妖怪たちの中には頭のいい奴はいないのか?」

 名前なんて者は知らないがそういう奴らの中にも賢い奴は居そうなものだが。

「もちろん、そういう人たちもいます。しかし、彼らは妖怪です。いくらこの現代となって人間の生活に馴染んできたと言っても元の価値観が違いますからね。こういう会話は難しいのですよ。いわゆる空気を読むことはできても読んだ先の行動が斜め上ということです」

 つまりは、

「広義での天才と秀才みたいなものか。凡夫の努力の辛さが秀才にはわかっても天才には伝わらないみたいな話だと思っておくわ」

「はい、それで構いません」

 少女は歳と不相応な会話の読点として、歳相応の笑顔を見せた。

 そんな時だった。

 僕が閉めた入り口の扉がガラガラと鳴り響いた。

 この部屋にやってくるのは僕の他には本来あと二人だけ。

 そして、扉を勢いよく開けないあたり、この場合の来客は一人、彼女だろう。

「おはようございます、志乃先輩」

 僕は可能な限りにこやかな対応を心がけた。

「怖い、相変わらずあなたの作り笑顔は怖いわ、奏多くん」

 彼女は篠宮志乃しのみやしの

 この学校の三年生、つまりは僕の先輩にあたる。

 この空き教室に何かと足を運び、僕に勉強を教えてくれたりと面倒を見てくれる二人目の姉のような女性だ。

 そして、姉の幼馴染であり、僕も彼女とは十年以上の付き合いになる。

 さて、何故か、この志乃先輩にあからさまな敵意を向ける人形のような少女に視線を向ける。

 そして、僕の視線に気がついたのか、彼女はこちらを向いていい笑顔を浮かべる。

「その子どうしたの?奏多くんの知り合い、なわけないよね」

「おっと急に直球ストレートな煽りが飛んできたんですけど!バッテリーの相手が僕じゃなかったら取り逃がすどころか傷付いていましたよ」

 僕を揶揄う先輩を見てさらに敵意が増す少女。

「で、本当にその子は誰なの?あんまり敵意剥き出しだとちょっと嫌なんだけど」

「それが僕にもさっぱりで。僕がくる前に来ていたのであの教師のせいだと思うのですけど」

「ああ、そういうこと。じゃあ、あなた名前は?」

「香子。小鳥遊香子たかなしきょうこです。先輩の名前を教えていただいても?」

「篠宮志乃よ。志乃でいいよ」

「じゃあ、志乃」

 ボコンっ。

 小鳥遊という少女の頭に拳骨が落ちた。

「先輩をつけなさい。先輩を。さっきは付けていたでしょう」

「はーい。よろしくお願いしますね、志乃先輩」

「そういえば、先輩。あの教師は?」

 僕の質問に先輩は首を傾げる。

 どうやら先輩もまたこの状況の要領を得ないようだった。

 先輩にも伝わっていないとなるとやはりあの教師はポンコツか。

「とりあえず、先輩も入ってください。お茶くらいなら出せますよ」

「どうして、私には出してくれなかったんですか。というか、どうして、空き教室でお茶の用意ができるんですか?」

 小鳥遊はその見た目にそぐわず、ぎゃあぎゃあと喚いているが無視してお茶を三人分用意する。

 その後、少女の瞳が涙ではない何かで輝きだし、その口角が下から上へと上がっていったのは説明するまでもなかった。

「しかし、どうして両目を閉じたままお茶を啜れるのかしら?」

 先輩の質問を聞いて、僕は小鳥遊に聞いた質問が未回答のままだったことに気がついた。

 どうやら、少女もまたそのことに気がついたのかバツの悪そうな顔をしている。

 しかし、瞳を閉じたままでも表情が読めるほどはっきりと出るのは人間の性か、それとも彼女自身の本質か、不思議だと思う。

「先に、志乃先輩の疑問に答えておくと、私は妖という存在と感覚を共有しているので彼らに教えてもらいながら他の人とさほど変わらずに生活できているのです。そして、奏多さんの先の質問として回答を上げるとするならば、これが私を現人神たらしめているからですね。両目がない私は周囲の人から畏怖の対象として特別視されるようになりました。そして、見えなくなったが故か、はたまた現人神になるために見えなくなったのかはわからないですけれど私は妖を知覚できるようになった。」

 そして、最後に彼女はその前の記憶がないことを語った。

「で、そんな私に対して彼女、ここの先生が私のところへやって来てこの学校が私の居場所になり得るって言ってくれたから私はここへ来たのです。余計なところまで喋りましたけど回答になりましたか?」

 その言葉に僕はとりあえず首を縦に振っておくのだった。

 本当のことを言えば彼女の話を理解するのでまだ頭をフル回転させているのが現状ではあったのだが無視するのも違うと思ったからとりあえずの処置であった。

 その時だった。

 大きくて重たい何かが階段を転がり落ちるような音が近くから響いて来たのは。


 音がしてすぐに、僕らはその場所へ向かった。

 そこにあったのは、いや居たのは何某かの動物の頭をくっ付けた化け物の類だった。

 左右で独立して動いている目玉、明らかに吸ってはいけないとわかる瘴気、爛れたような肉に恐ろしく発達した牙。

 まさに人の理解を優にこえた存在だと分かる。

 それは当たり前と言えばそうなのだが、その大き過ぎる足で階段を踏み外したらしく転がり落ちていったようだ。

 挙句のはてにひっくり返ってしまったようでのそりのそりと体をもがき動かしている。

 しかし、ここで僕らとその化け物の目があってしまった。

 何がそんなに気を逆撫でしたのかはわからないがその化け物が怒っているのは確かだった。

「避けろ!」

 僕が真っ先に声を上げる。

 先に気がついた僕はもちろん、先輩は自らのフィジカルで、小鳥遊はまるで何かに運ばれるように暴れ出した化け物から距離をとっていた。

 どうやら、小鳥遊を救ったのは彼女を崇める妖たちのようだ。

 彼らの顔を見れば明らかだが、あの化け物は彼らとも別物なのだろう。

「奏多さん!どうしてあの牛頭の動きがわかったのですか?」

「うん?ああ、全部見えてるからね」

「全部って牛頭の動きがですか?」

「いや」

「?」

 僕の言葉にこんな状況でも真面目に頭にハテナを浮かべる彼女に僕もまた真面目に話す。

「全部だ。千里先も、未来も、服の下でも全部見えてるんだよ、僕には」

 僕のその言葉に両側の女性が同時に胸元を手で覆う。

 その動作が男の気を一番惹く行為であることを覚えておいてほしい。

「さて冗談もここまでにして」

「どこまでがですか?」

「…」

「答えてください!」

 事情を知っている先輩は軽い軽蔑の視線を送るだけで何も言わないが、何も知らない小鳥遊はこんな状況でも僕のそばで騒いでいる。

 僕が先輩の方を見ると、彼女は意図を察したようで僕を後ろから抜き去って牛頭という化け物の前に立ち塞がる。

 どうやら牛頭は先輩を敵と認定したようで襲いかかった。

「奏多さん、あの妖は完全に暴走しています。あれでは志乃先輩が危ないです」

「小鳥遊、君は二つ勘違いをしている。先輩はあの程度のやつには負けないし。あの化け物は暴走しているのではなく、侵されているんだ」

「侵されている?何にですか?私には牛頭の声が聞こえなくて、もう少し落ち着いていればわかるかもしれませんが」

「あいつは体内を病に侵されている。悪いもんでも食ったのかもな」

 それから、と付け足して語る。

「今から先輩が牛頭に一撃加えて悪いもんを吐き出させる。そしたら出番だぞ。さっきの言葉を証明しろよ。有言実行!」

 そんな説明をしている間にも先輩は牛頭と戦っており、彼女は己のフィジカルだけで自分の倍近くある体格の化け物相手に渡り合っていた。

 ただ、やはり彼女一人では決定打に欠けるようだった。

 そんな時、牛頭は勝負に焦ったのか大袈裟に腕を振り上げる。

 僕は声を荒げる。

「先輩、左へ避けて、牛頭の腹の左側を全力で殴って!」

「はいな!」

 先輩は攻撃を避けながら全力で踏み込んで盛大に右ストレートを打ち込む。

 牛頭はたまらず今回の原因だったであろう何かを吐き出した。

 それでも暴れ出す牛頭の前に立ち塞がったのは小鳥遊であった。

 出番とは言ったがここまでするとは思わなかった。

 しかし、ようやく牛頭は彼女の言葉に耳を傾けた。

 それが妖との共感覚によるものか、現人神としてのカリスマがそうさせるのか僕には判断がつかないが、ともあれ二人の女の子のおかげで今回の事件自体はそう大事にならずに事態を解決できた。


 そして、教室への帰り道、小鳥遊が僕に話しかけてきた。

「皆が噂していた奏多さんの力って千里眼だったんですね。ずっと疑問だったんですよ、私と真逆の人がいるって言われていたので」

 ?

「真逆ってどういう意味だ?」

「えーとですね、私は両目、つまり視覚を失うことで神としての格、神格を手に入れました。そして奏多さんは人としての格、つまり人格を失うことで千里どころか万物万象を見通せる新たな目、ようは視覚を手に入れたんですよ。ね!真逆でしょう?」

「つまり、奏多くんのこの性格は力を手に入れた代償ってこと?」

「多分そうでしょうね。幸か不幸かは分かりかねますし、本人次第でしょうけど」

 そこで小鳥遊はちらっとこちらの様子を伺う。

「そこで私はあなたに求婚します。どうでしょう?二人で失ったものを得たもので補い合っていきませんか?」

 突然すぎる問いだった。

 普段は未来も当然余計なものも見ないようにしているから、こういう不意打ちには普通に引っ掛かる。

「いや、意味わかんないんだけど。ていうか、お前の失ったものは妖たちが補っているんだろうが」

「それに神様って純潔じゃないの?ダメじゃない⁉︎」

 これには流石に先輩も驚愕の表情だった。

 ちょっと声もうわずっている。

「志乃先輩、間違ってますよ。今どきどころか、古事記でだってイザナミとイザナギは子供作ってますし、西洋では両性具有の神様や天使なんて少なくない事例なんですから、そういうことですよ」

 彼女は歳相応にケラケラと笑ってみせる。

 そして、急に話を変えた彼女は、

「そう言えば疑問だったんですけど、奏多さん、現人神の説明にだけやけに詳しくなかったですか?それから、なんで私はここに連れてこられたんですかね?」

 ああ、と僕と先輩は頷く。

 よくよく考えてみれば簡単な話だった。

「だって、僕の姉さんも現人神だからだね。そしてここは人怪共生を謳う学校だからね」

「だから人と妖は仲良くしようって学校なわけ。香子ちゃんにはぴったりだね」

 そして、僕らは新たな仲間へこう告げる。

「ようこそ、人と妖の狭間の学校へ」


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