第四話 愛憎賛美は先暗し
「やぁやぁ、諸君。どうしたんだい?随分と顔色が悪いじゃないか」
教室に入った途端、相変わらずの張り上げた声で第一声を放つ教師。
こういう時は気を遣えないのだろうか?
いや、気を遣った結果のこのテンションなのだろうか?
そして、教師の座っていた席に近づいていくと、彼女がタバコを咥えているのがわかった。
「先生、校内でタバコを吸うのはどうかと思いますよ」
志乃先輩のお説教に朝日奈先生は最初何を言われているのかわからないという顔をした後でケラケラと笑いながら咥えていたタバコをぽきっと心地よい音と共にへし折った。
明らかにタバコが折れる音ではないために、僕らは揃いも揃って首を横に傾けた。
朝日奈先生は折ったタバコを食べはじめた。
「これはココアシガレットだよ。駄菓子駄菓子」
そう言って、こちらにシガレットを一本差し出す教師。
夏休みとはいえ、教師が生徒にお菓子を差し出すのはどうなんだろうか?
ただ、とりあえず受け取っておく。
僕はシガレットを咥えながら、朝日奈先生の向かい側に座る。
二人もまた、そのまま両隣の席に座る。
「で、どうだったんだい?二人の様子からおおかたどこまで調査できたかはわかるけれども」
笑みを浮かべながら語る彼女はあからさまに悪い人なのだろう。
「別れ話を持ちかけた女生徒が刃物で男性を攻撃したという話だそうですね」
「うんうん、だろうね」
僕は理解していたが、女性陣は理解できていなかったのだろう。
特に志乃先輩は三年生であってもこういう場に立ち会うことは少なかったので彼女のこの性格は理解していなかったようだ。
あえて、人に人間の嫌なところを見せて人間的に成長させる。
そういう理念のもとにやっているらしいが僕にはそうは思えなかった。
「申し訳ないけど僕は今回の事件の概要は知っていたんだよ」
「じゃあ、なんで調べさせたのでしょうか?」
「自分の目で体験した方が理解できるだろう?それに、二人は初めての事件捜査だったと思うからね。知っておいて欲しかったんだよ、この学校にも嫌なところはあるということをね」
そう、誰しもどこの学校にも良い部分と悪い部分という側面がある。
二人は、いや、この学校の生徒のほとんどはここを楽園のように感じているがそんなに世界は都合良くはいかない。
彼女たちの表情はこの教室へ入ってきた時よりもさらに暗くなっている。
ここは僕が空気を切り替えるしかないか。
「この後、どうしたら良いんでしょうか?」
「ああ、もう少ししたら彼女たちが来ると思うよ」
誰のことだろうかと思案したところで、この空き教室に来客がやってきた。
あろうことかその来客というのが僕の姉、碧響気だとは思わなかったので、僕も驚きを隠せない表情をとっていたのだろう。
朝日奈先生が大袈裟に笑い声を上げている。
「朝日奈先生、今回の事件の当事者たちを連れてきました」
「ありがとう、響気ちゃん。ここからは弟くんに頑張ってもらうよ。君も見ていくかい?」
「はい、そうさせてもらいます」
そのまま、姉は教室の後ろの方へ下がり、壁に背中を預けていた。
「さて、霧峰くん。話を聞かせてもらえるかな?」
霧峰と呼ばれた少女はビクリと体を震わせる。
黒い布手袋をした少女はその手を後ろにまわしている。
怯えているのはここにいる誰のせいなのだろうか?
「は、はい」
彼女は怯えながらもその声色ははっきりとしたもので返答する。
「私と彼はこの高校に入ってからすぐに付き合いはじめました。大体一年くらいの付き合いになります。お互いの姿をいうのはこの学校ではタブーなので私も彼も特にそう言った話題は避けていました」
彼女は淡々と言葉を綴っていく。
「でも、ここ最近、彼の発言に違和感を覚えることがあったんです。『最近、味の濃いものが好きになってきちゃって』とか、『スプラッタ映画が面白くてさ』とかそういう話題を言ってくるようになったんです」
「でも、それぐらいだったら、好きな人もいるんじゃない?」
後ろから響気が口を挟む。
まぁ確かにありがちのことだと思う。
「でも、昔は彼、そういうのが嫌いだったんですよ。味の好みはまだしも、映画の好みがそんな急に変わることでしょうか?」
「そうだね、急にと言うとそんなことは無いのかもしれないかもしれないけど、今まで嫌いだと敬遠していたものをたまたま見て、離れていた間に好みが変わっていたと言う話はあるんじゃない?」
彼女は黙ってしまう。
彼女は次に何を言うのか考えているのだろうか。
「そういえば、先生はなんで彼女が刃物を持っていたことを知っていたんですか?」
そこで彼女の顔が青ざめた。
「ん?そりゃ、指紋を調べてみたからだよ。誰の目撃情報もなかった事件現場にあった刃物から二人分の指紋を見つけたからさ」
志乃先輩はこの辺りから頭の理解が追いつかなくなってきたようだ。
「粉式の検査ですね。コットンなりでパウダーを凶器の柄にまぶすやり方ですね。男女の違いくらいなら素人目にも分かるかもしれませんね」
「で、他にも彼との間にできた確執はあるんだろう?」
「っ、はい。私が怪我をした時、彼はその血を舐めたんです。まるでスープを啜るようにそれはもう満足げな様子で」
「それで怖くなって、別れ話と一緒に問い詰めたと」
「はい。だって、そうでしょう!恋人の血を啜るような人間と一緒にいられますか?そもそも、この学校にいたら想像してしまうでしょう?そんな人間は人間じゃ無いのかもしれないって」
分かる話ではある。
正直に言ってここにくるような妖は人となんら変わらない部分がほとんどだ。
もちろん、価値観など詳しくみてみれば異なる部分も多々あるだろう。
だが、彼女は大きな嘘をついた。
さっきの話は確かに理解できる話だったが、一つ整合性が取れていない部分があった。
「わかりました。霧島さん、辛い話をしてくれてありがとう」
彼女が顔を上げると、その表情には涙が浮かんでいる。
彼女にとっては大切な彼氏との別れ話を掘り返されたのだから嫌だっただろう。
彼女はその後何も言わずに去っていった。
「で、結末はわかったの?」
「いや」
姉の問いに皆の想定外の解を返す
「え?」
志乃先輩は他の人たち以上に驚いていた。
「じゃあ、なんで返したのかな?」
朝日奈先生の目には僕を試すような、それでいて少し不可解だとでも言いたげな意思が宿っていた。
「これ以上は無駄だからです」
「無駄というと?」
「話す気のない人間にこれ以上時間を割いても意味がないと言うことですよ」
「それは彼女が嘘をついていたからですか?」
どうやら小鳥遊にはそこは理解できたようだ。
僕はその言葉に首を縦に振る。
そして、淡々と語った。
「まず彼女の嘘というのは手の傷がついたタイミングと今回の事件のきっかけである別れ話のタイミングが同じタイミングだったことです。多分、彼女は事件の凶器である刃物、ハサミだったよな?」
「はい」
「僕が確認した凶器もハサミだったよ」
「それを手に怪我をしたんです」
「で、彼氏がその傷に反応してしまった」
僕は頷く。
「この時間帯でないと手袋をしていては指紋がつきませんから。そして、彼女は彼氏の妖怪としての本性を見てしまった。妖怪の中には相手の血で興奮すると体に反応が出てしまうものもいます。変化が不慣れであればこそ」
「そして、怖くなって、彼を傷つける結果となった。この学校に入った時点でそういうことに対する覚悟を持って欲しいけれどね」
響気はそう言うが誰だって、自分と違う存在と人生を共にするのはなかなか大変なことだと思う。
現に、僕ら姉弟も曖昧なバランスと距離感の上に成り立っているのだから。
「まぁ、後のことは響気ちゃんと僕に任せて、君らは帰って休むといい。まぁ、これが真実かどうかなんて些細なことさ。僕ら教師はこじつけだろうがなんだろうが、今回の件の経緯と動くため建前がひ必要だっただけなのだから」
僕らはその後先生が何をしたのかは聞かなかった。




