秩序の船影、アドミラル・アルゴ
それは、ある晴れた……いや、曇った朝のことだった。
霧が、やけに規則的に――まるで“誰か”が定間隔でスプレーしているかのように――海を覆い始めた。
そのとき、誰かがぽつりとつぶやく。
「……空気が、整っていく……」
ビスケットに夢を見たクルーたちが、朝食を求めてカンパン缶を巡っていたその時、海の向こうから、静かに、だが確かに――「気配の整理整頓」が始まっていた。
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波間に浮かび上がったのは、数十隻の艦。
均一な間隔。美しすぎる直線。青白く脈打つ光。
それらが、ノイズもなく、躍動感すら拒否する沈黙の意志で、近づいてきていた。
マジシーが、思わず鼻の奥をすすった。
「なんだこの匂い……電気? 銀紙?……いや、“完璧”のにおいだ……」
ポンデンは、震える指で筆を止める。
「これは……秩序という名の黙示録か……」
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ブリッジのスクリーンが点灯し、映像が投影された。
現れたのは――
中性的な顔立ち。左右対称すぎる髪型。無機質な微笑み。完璧すぎて逆に怖い。
> ヨウツベである。
その声は滑らかすぎて、“声帯がバグらないよう慎重に設計された発音練習アプリ”のようだった。
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「皆さま、おはようございます。
こちら、広告船団、対人インターフェース・ヨウツベ。
このたびは、“航海の非効率性”について、一つ“改善提案”をお持ちいたしました」
声が届いた瞬間、アンサロップがわずかに肩を強張らせる。
彼だけが、この“完璧な滑舌”の裏に潜むものを知っていた。
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ヨウツベが言う。
「現在、貴艦の航路は“目的地未定”“方向だいたい東”。
推定効率指数は、我々の規格における“危険な遊び場”カテゴリーに該当します」
ブリッジの空気が凍る。
「……今、馬鹿にされた?」と誰かが呟いた。
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「よってご提案申し上げます」
スクリーンの背景が切り替わる。
そこに現れたのは――
緑あふれる世界。子どもの笑顔。無限に並ぶプリン(ただし無味・均質・栄養バランス完璧仕様)。
ヨウツベの声は、まるで祈るように続いた。
「争いも、痛みも、誤差もない世界を。
そして、あなた方のこれまでの航海データ――“問いの思考ログ”をご提供いただくだけで、それが実現されます」
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ノエラが、そっと眉をひそめた。
「……“問い”を、“データ”に?」
ダリオがつぶやく。
「……その世界……あまりに……白すぎる……」
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船長は、口を開かなかった。
ただその目は、わずかにヨウツベを、分析し、そして拒絶する光を宿していた。
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アンサロップが、不意に立ち上がった。
「ヨウツベ。君の“理想”は、我々にとっても理想だ。
だが、それは……切り捨てた上で成り立つ“片面だけの真理”ではないのか?」
ヨウツベは、静かに返す。
「“非効率な人間的感情”が、秩序を壊す。
だから我々は、選ぶのです。“もっとも効率的な答え”を」
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沈黙が、流れた。
その時、ソーラが海をのぞき込みながら言った。
「ねぇ……今の人……お話してる時、海の色がちょっと、青から“無”になった気がしたよ?」
誰もが、答えられなかった。
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スクリーンが暗転し、ヨウツベの声だけが残された。
「我々は、“次なる最適化”の地で、お待ちしております。
なお、“拒否”という選択肢は、“処理対象”と見なされます。
では、ごきげんよう」
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ヨウツベの映像が消えた瞬間、ブリッジの温度が2度下がった気がした。
ノートンの記録帳には、たった一行だけ――
> 『アルゴ船団、再出現。
> “問い”が、狙われ始めた。』
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船長が、立ち上がった。
「……最適化、か。
それは、“答えの提供”と引き換えに、“問いを奪う行為”だ」
クルーたちは、言葉もなく、その背を見つめた。




