マリアンの手紙とマティルダの鎖
マリアン・ホワイト ゲームの主人公
オズワルド・アルバート シューの兄。
アルバート家次男、嫉妬しやすいようだったが、変わりつつある。
マクシム オズワルドの従者の1人。一度だけカーティスの代わりにシュー付きの従者になったことがある。
エディ アルビオン魔法研究所の研究員
18話「闇の魔術師と光の魔道士」回に登場。
マリアンの手紙は、シューが6歳の頃の文章を彷彿とさせた。恐らく面と向かって話したらもう少し彼女だって大人らしい言葉だっただろうに。
シューがアルビオンに向かって5日。
まだシューはアルビオンにいけてないと王女さまは言ってた。しかし、わたしはさみしい。
まほうを上手くなるため練習する。
文字をかけるように毎日練習する。
でも、やはり、シューがいないことがさみしい。
わたしも分からない。
しかし、シューが遠くにすんでいることは不安だ。
元気か?
わたしはあなたが帰ってくる日を楽しみにします。
この短い手紙を書くのに彼女はどれほどの時間と熱意をかけたのだろう。シューが1000語の文章を作るよりもきっと倍以上かけている。
この拙い文の中に読み取れる彼女の執着。彼女はシューと違ってシューを知らなかったはずだ。会っていたのだって、時間にして1ヶ月もない。
ーーーああ、今度は助けられた。良かった。
あの言葉は婚約者のマルコから数えての「今度」だと考えていた。もし、それが「前回」のシューから数えた言葉だとしたら?
しかし、そうだったのならばマリアンヌが報告してもおかしくはない。ただアンジェリカの家族と同じで、マリアンには記憶がないけれども無意識下で覚えているということかもしれない。
いずれにしろシューはアルビオンに留まる気はなくなった。
「やっぱりオルレアンに戻るよ。」
これがバッドエンディングに繋がるとしても、シューにとってはオルレアンは生まれ育ち、友人が住む国だ。
「シューはバッドエンディングを回避したところで、アルビオンとオルレアンが戦争を始めたらどうする?」
机に座ってオイルランプの小さな灯りだけで手紙を読んでいたシューにフィリップがカモミールティを用意して偶々シューの呟きを聞いた。
ゲームではそこがハッピーエンドだが、その先に争いが無いとは言い切れないのだ。父エリオットが暗殺される可能性は魔族の動きが活発な今でも低くない。
「僕は…。」
家族にもアルビオンにも絶対に助けたいというような強い感情は持っていない。オルレアンの味方であると公言し、マリアンヌを頼れば何とか生きていけるが、それでいいのだろうか。それに、カーティスはどうなる。ついてこないというならそれまでだが、もしついてきてくれたら?フィリップとは違ってアルビオン貴族だ。そして、カーティスは保護できたとして、彼の家族は?
「フィル、僕には答えられないよ。」
「ふむ、まあ、私はシューと共に行くしかないのだから、気にしないがな。」
「慰め?ありがとう。」
「結局バッドエンディングを回避しない限り関係ない話だ。」
ただ物事は上手くいくこともあれば、急に悪くなることもある。シューとマリアンヌはこの世界の道筋は大きく変わることはないと思っていた。
「帰れなくなったぞ。」
「はい?」
エリオットJr.の声が外の大雨の音で聴こえづらかった。家族の共有書斎には家令のマーリンとディアナ、それにオズワルドが集まっていた。
ほんの昨日まではエリオットJr.も選択権はシューに委ねていたはずだった。それが予想以上に事態が悪化したのである。
「オルレアンから貴方を引き渡すよう請求が来ました。」
王女殿下やマリアンが寂しいから戻ってきてという可愛らしい内容だったらよかった。昨日まではシューに対して穏やかな表情しか見せてなかったディアナが眉間にシワを寄せて、歯軋りをする様子を見せた時点でそんな内容じゃないと分かっていた。
「あの子供、お前が助けられなかった少女が監獄でお前の名を呼び続けているそうだ。それがきっかけでお前が王女殿下の暗殺を企んだのではないかと疑いがかけられた。」
そうか。過去の存在は余計なことをした。
「…僕は引き渡されても構いません。」
「ダメだ。アルビオンはそれをしない。」
「しかし、戦争が起きるのは。」
シューの懸念に対しオズワルドがそれはないと否定する。
「今は冬だし、今年はオルレアンは広範囲の地域で不作。戦争したら負けるのはどちらかだなんて彼らもよく分かっているよ。恐らく向こうの王家もシューのことを本気で引き渡せとも思ってない。」
「…建前というものですか。」
「そ。向こうの反アルビオン貴族系が五月蝿いから体面上仕方なくさ。」
戦いにはならないが、シューはオルレアンに戻ることはできない。
「でも、エル兄様のお立場も、お父様は…。」
「こちらは反論している。その少女が勝手にシューの名を使っているとな。シュー自身元々知り合いでもないんだから、当然だろう。ならば、我らも知らぬ存ぜぬを突き通すしかあるまい。」
シュー以外は普通にオルレアンに戻るらしい。オズワルドは戻りたくないとボヤいていたが、彼も魔法学院の生徒会であるから、そんな簡単な話ではない。
「ならば、僕もまた変わらないで。」
「やめなやめな。神殿内部でも面倒なことになってるだろうしさ。ここで穏やかに過ごした方がいいよ。態々燃えている火によっていく必要もない。」
この世界の伝達は人を介して行われ、直接会う以外はその人が本当に言ったかなんて知る由もない。本当はディアナがシューをアルビオンに留めておく為ではないのかという憶測も立てられる。たが、おおよそオルレアンがシューの引渡請求をしたというのは真実であろう。でなければ、エリオットJr.がマリアンの手紙をシューに渡すとは思えない。
「彼らはアルビオンから金が欲しいだけだ。春までには解決する。」
他の貴族に掛け合うこともできないシューの力ではどうしようもない。エリオットJr.が春までには解決すると言ったのだからそれを信じるしかない。
さて、オルレアンに帰れないとなるとそれまで何をするかが問題となった。アルビオンでも神殿での生活をするかと考えたが、ディアナは神殿での活動は許可したが家から出て生活するのを却下した。エリオットJr.もシューはいい年なのだからとディアナを説得してくれたのだが、許可は下りなかった。これはアルビオン魔法研究所の視察についても同じだった。
「つまらないねぇ、な、シューちゃん!」
シューが共有書斎でスナックをつまみながら本を読んでいるところにオズワルドが声をかけてきた。
「え、今赤道の辺りでハリケーンにあったところです。」
「本に集中してるって?でも、楽しんでないね。」
本に集中できず文字を追っているだけということがオズワルドには簡単にバレていた。
「なんですか、オズ兄様。」
「ちょっとさ、遊びにいこうよ。」
オズワルドという男をシューはずっと誤解していた。それはこの男がエリオットJr.を恐れ、ひたすらに自分という存在を隠していたからかもしれない。少し前までちっとも欲しくない獅子舞を親の機嫌を取るために欲しいと言うような男だったのだが、最近はそうではなくなった。
「研究所に視察に行くけど、シューちゃんも行きたいんでしょう。」
大人しく生きようと決めたシューはオズワルドの誘いに驚いたが、折角舞い込んだチャンス、門を通るには門を開かせるのが一番にあることは変わりない。
「是非。」
「んじゃあ、神殿に行ってくるとでも理由をつけてきな。バレないようにね。」
神殿の魔導士アンジェリカの仕事ぶりに関心していたシューだから、神殿にまた行きたいというのは不思議では無いだろう。カーティスとフィリップも簡単に了承した。
街中を自由に歩き回りたいからと神殿の人にお願いをしてシューは服を着替えたが、ページの少年のように見えるだろうかとカーティスに尋ねると全く見えないと返された。性格が酷いものだから
「この世界ってメイクも単純なものばかりだし。」
「単純…ですか、あれ。」
カーティスは女性陣の化粧姿を見てううんとあまをひねった。
「美代子の世界からしたら余程簡単だ。皆肌さえ白ければ美しいって思ってるんだもん。」
「…だからこそ、シューの美しさが際立ってますがね。」
「カートが僕の容姿を褒めるのは珍しい。」
「褒める前にご自分で褒められるので、そっちの方が気になるんです。」
「うーん、自分で褒めるのやめよう。」
カーティスが容姿以外でシューを褒めることは多いが、それでも自分から態々機会を減らすのは愚かだ。
「視察の行く先々で褒められてるのに?」
「僕を褒めるのがアルバートだからが理由かもしれないでしょう。」
「それは私も同じではありませんか?」
「例えそうだったとしても、僕はそう思わないから同じではないよ。」
「主観主義ですね。」
「主義信条でなくたって、所詮人なんて主観でしか判断できないから、この話は終わり。」
帽子やフードなどは相手方に失礼に当たるため、服装を変えただけにして、オズワルドとの待ち合わせ場所に向かうと彼も苦笑いした。
「こりゃ、どう見たってシュー・アルバートだ。」
「ええ、今だけは火傷の跡が恋しいです。」
「あはは、姿勢悪くして俯いてマクシムの背にでも隠れてな。それでなんとかなるだろう。舞踏会でもないのに、仮面を被ったら相手が不気味に思うから意味ないさ。」
フアナと共に前まで進んだ研究所の大きな門。それをオズワルドの馬車で通る。カーティスとフィリップはシューが神殿にいるという建前があるので、今はオズワルドの侍従たちのみで、縦揺れのひどい馬車の中ではマクシムが支えてくれた。
エリザベスが追いやられたという、アルビオンの最高研究機関の内装は白を基調とつつ、要所要所に木の温もりを感じられるシンプルだが優しげな建物だった。夜の巨大な柵越しに見る冷たく拒絶するような雰囲気とは正反対だ。
ロマンスグレーの男性がオズワルドに恭しく挨拶されるのを横目で見た。従者たちに合わせてシューも頭を下げる。各研究室の研究内容を聞いて、真剣な顔して頷くオズワルドがいつもよりも一回りくらい大人に見えた。シューも後ろで聞いていたが、エリザベスの研究と似たことをしている人はいないようだ。
「御坊ちゃま?」
不意に後ろから話しかけられた。シューの容姿を知っている人間は1人しかいない。
「エディ、静かに。」
オルレアンの屋敷で一度だけ話したことがあるアルビオンの研究員エディだ。エディと恐らくマクシムまでしか聞こえない声で怒る。
「え、あ、すみません。失礼いたしました。今日は何用で?」
「僕が研究所に来たがったんだけど、お母様から許可おりなくて秘密裏に来てるの。」
「許可が下りない?何かされました?」
「アルビオンに初めて来た僕がしたり、されたりすると思う?」
エディは首を傾げるのみだ。
「うーん、ここは学術研究が主で危ないものは無いはずなんだけどな。勿論魔法の研究で完璧に安全っていうものはないですけどね。」
「僕がオルレアンに肩入れしてるからかな…。」
「それははっきり違うとは言い難いですね。同国ですが、競い合ってる面もあるので。」
「息子を産業スパイ扱い…、いや、アルビオンならあり得るか。それがアルバート家の家訓だもの。」
軍事拠点となっているセバスチャン城に入るにもアルバートの人間であっても事前に申請がない限り入れないのだ。また許可が下りるとも限らない。
「エディ、精霊魔法の効果量の話はどうなった?」
考えても推論の域をでないため研究員エディの研究テーマに話題を変える。
「主観データは集まって入るものの、客観データは全く。ただ計量器の研究は少し進んだみたいです。実用化はまだ夢ですけどね。」
「へぇ、進んだのか。100年かけてアルビオンが取り組んでいるんだから素晴らしいね。」
「研究員からしたらその一歩がどれほど嬉しいのかというのはきっと使用者たちには分からないんだろうなって思ってました。」
「僕も魔法は好きなんだ。」
「そういう話をしてましたね。…そうだ、良かったら俺の研究室に来ますか?今日は先輩がオズワルド様の案内で部屋にはいないので。」
後ろからただ見ているだけもつまらないので、マクシムに少し離れると言付けをして素知らぬ顔をするエディの後について行った。




