待ち合わせは広場の噴水で。
マリアン・ホワイト(14)
ゲームのヒロイン 田舎娘っぽさは抜けない。
マリアンヌ・レーヌ・ド・オルレアン(14) オルレアン王国 王女。
前世は現代日本で生きていたゲームオタクのキャバ嬢 真理亜
エリオットJr.・アルバート(18)
アルバート公爵家 長男
シャルルをチャーリーと呼ぶくらい仲が良い。
カーティスが約束を取り付け、アルビオンの水の神殿に向かったが、件の女性は休憩だからと外へ出てしまったらしい。
「自由な人だね。羨ましいなぁ。」
公爵家の人間が会いたいと急な約束を取り付けても、休憩時間だからと自分のルーティンを欠かさない。
「いつも広場の噴水でお休みされているようです。もう雨も上がりましたから行ってみましょうか。」
「休憩時間に会いにいくなんて申し訳ないけど。」
「本人はいつでもと話していたので大丈夫だとは思いますが。」
貴族に怯えるタイプの人間なら元よりこのタイミングで外出なんてしないだろうとカーティスが付け加えるとシューも納得した。
先程まで強い雨が降っていたが、一転して雲の間から太陽が少し顔を出していた。広場の露天商の数も増えていて、更に活気付いている。その人が多くいる中、本を抱えてポツンと座る15、16くらいの少女が少し浮いていた。濃紺のワンピースと水色がかったエプロンに、メイドのように髪をしまう帽子をかぶっていた。会ったこともなかったが彼女だろう。
「こんにちは。初めまして、レディ。」
声をかけると少女は頭を上げて、ヘーゼルの瞳をシューに向けると、無感情のように
「神様?お迎えに来てくれたのかしら。」
と、言った。エリオットJr.を鉄仮面と称していたが、この少女のほうが人形のようだ。シューは否定して約束をした者だと告げると、これまた無感情の様子でああと声を上げた。
「ごめんなさい、初めまして。私がアンジェリカよ。」
帽子の中から少しだけ見える金髪は綺麗に整えられていて、神殿育ちの人間には見えなかった。
「失礼ですが、ご病気か何かでしょうか。」
「いいえ、違うの。」
持っていた本を閉じると、シューに隣を進めた。まだ雨が上がったばかりで濡れているのでシューが躊躇っていると彼女は魔法を使って綺麗にした後、エプロンのポケットから布を取り出して拭いた。シューだけではなくてカーティスたちの分のスペースを掃除してくれたが、カーティスたちはそれを遠慮した。
「ありがとう。」
「とんでもないわ。」
ヘアキャップが落ちてきたのが気になったのか彼女は帽子を一度外して付け直した。真っ直ぐな金髪が艶々と太陽の下で輝いた。
「はしたなくて失礼したわ。」
「髪が綺麗ですね。」
「自慢よ。」
「神殿での生活では維持も大変じゃないですか。」
「治癒魔法が得意な人は髪を見れば分かるわ。そうでしょう。」
「その通りです。余程得意とお見受けします。」
「貴方も。そんな貴方が態々私に聞くことがあって?」
アンジェリカの無感情の癖に全てを見抜くような瞳をシューに向けた。
「貴女は精霊の力を借りて治癒魔法を?」
「いいえ。皆不思議がるけれど、私は精霊を見ることも、ましてや声を聞くことすらできないわ。全く縁がないの。」
「え…、いや、確かに。」
全く精霊の気配を感じないのはシューと距離の遠い精霊の力を借りているのかと思っていたが、元より彼女にはその力が備わってないようだ。声が聞こえても答えなかったマリアンとも違うのだ。
「貴女が使っているのは、神癒魔法ではなく、精霊の力を借りることもない治癒魔法なんですね。水属性でそこまでの力があるとは。」
「私が使っているのは水属性の治癒魔法よ。だから、そう難しいことでもないわ。」
「水属性の治癒魔法?」
マリアンヌが使っている神癒魔法とは、治癒魔法と同じ結果を齎すがプロセスが違う。それを簡単に言えば『神頼み』の魔法だ。昔ながらの祈祷で治す魔法であるため、治癒魔法が得意な精霊に好かれれば誰にだって難病を治すことができる。それとは違い、治癒魔法はいくらかこの世界の論理に従って作られたものであるから比較的科学的と言えなくもない。術者の魔力と魔力操作、知識が必要になるため神癒魔法よりも難易度は上がるが精霊によるブレはなくなり、治癒魔法の精霊魔法において精霊の力はあくまでブースト目的でしかない。
だが、この治癒魔法は光魔法でしか未だ成功例は出ていなかった。彼女まではだ。
「人の人体は6〜7割は水分でできているの。劣化と修復の光魔法でなくたって治すことくらいできるわ。」
「劣化と修復、ですか。光魔法は奇跡や神聖と称されることが多いのでその通りでも驚きです。」
「その力を神聖なものとしている限り、治癒魔法は衰退していくでしょうね。魔法は因果関係を結びつけることが重要と私は考えているわ。」
「その意見には賛成です。」
精霊にこそ愛されていないが彼女は天才だ。論理と知識というマリアンとは対局に位置しているが、シューには比べ物にならない位天才だと思った。
「しかし、貴女がいればこれからの治癒魔法は安泰です。水属性の力であるならば使える人が増える。」
「そうでもないわ。私の魔法は他の人には使えないようだから。例えば天然痘の場合…。」
アンジェリカが話したのは美代子ですら首を傾げる程度の医学的知識だ。この世界でウイルスという概念を知っている人はほとんどいない。だからこそシューがこの世界で他の人よりも多く治した。
「君はどこでその知識を。」
「どこでと言われても困るわ。私は10歳位以前よりも記憶がないの。」
「記憶、喪失、ということですか。」
「同情はしなくて結構よ。確かに記憶はないけれど、知識は失われなかった。幸いな事に何事もなく生きているわ。」
彼女もまた転生者なのかもしれない。ただ、トーレンと同じで精霊から生まれ変わったのか、真理亜や美代子と同じように違う世界から生まれ変わったのかどうかもわからない。精霊にしては知識が新しいし、違う世界から転生したにしては魔法について詳しいのである。シュー自身はシューが生きていた時間を覚えているから魔法の知識があるのであって、彼女はそうではない。
「実は精霊のような超常的存在で、人間に生まれ変わったなんてことは?」
「面白い考えだわ。」
面白いという癖に表情は変わらず無表情だ。
「それなら、家族を探す必要がなくなるわね。」
「探していたんですか。」
アンジェリカはさぁといって首を傾げた。
「私は全然記憶がないけど、ここで置いていかれた気がしていたの。」
アンジェリカの記憶の始まりは5、6年前この広場の噴水で座っていたことからだ。アンジェリカがどこから来たのか、誰と一緒にいたのか、彼女自身が周囲の人間に聞いて回ったが、長らくここで暮らしている浮浪者ですら分からなかった。
「アンジェリカという名前は?」
「神殿の人が付けてくれたわ。私がパンの代わりに治癒魔法を使ったら、神殿の人がそれを聞きつけて私を拾ったの。その人が付けた名前よ。」
Angelicaと付けた人はパンの代わりに人を癒した少女を天使のように思えたのかもしれないし、突如現れた不思議な子を天の使いのようだということでつけたのかもしれない。
「貴女にぴったりですね。」
「嬉しいわ。」
少しだけ唇が微笑んだように見えるがやはり瞳は無感情で全く分からない。
ちょうどその時、時計塔の鐘が14時15分であることを告げた。
「あら、もうそろそろだわ。」
アンジェリカは立ちスカートをはたくとさっさと歩き始めた。シューが慌てた後を追って話を続ける。
「毎日外に出ると大変じゃないですか?」
「いいえ。ずっと同じ場所にいると気が滅入るし、外に出るとインスピレーションが湧くのよ。」
それに、と続ける。
「もし家族がいても、神殿の中じゃ私のことを見つけてくれないもの。」
「…諦められない、ということですか。」
もう少なくとも5年、彼女が家族と会えていないのだから、再会は絶望的だ。しかも、彼女自身家族構成すら覚えてないのだから不可能だと言い切ってもいい。
「馬鹿げてる?」
「いいえ、羨ましいです。僕だったら耐えられない。」
「でも、私辛くないのよ。皆驚くけどね。」
「アンジェリカさんは…。」
「アンジーでいいわ。それに、もっと気楽に話して。私、そういうの苦手なの。」
「え、あ、分かった。アンジーは誰かと休憩をとったりはしないの?」
「シューは聞きたいことが多いのね。私この通りどこかに半分心を置いてきたってよく言われるからほとんど誰も話しかけないのよ。ルームメイトが偶に話しかけるくらいで。」
そうだろうか。表情こそ動かないが、アンジェリカは聞かれたことに関して面倒臭がらず、丁寧に答えている様子から見ても根は優しく誠実だと思うはずだ。
「アンジーはなんで魔法で人を救うの?」
「なんでって、私はそれしかできないの。」
「治すことをただ衣食住を得るための手段というのなら、アンジーは新しい魔法を思いつく必要はないじゃない。」
「シュー、それならどうしてそこまで私に聞くのかしら。」
「僕は好奇心の塊だから。」
「なら、同じよ。私もそう。人が好きとか、人の涙が見たくないとか、目の前に困っている人がいたら助けるのが当たり前だ、とかそんな高尚な人間じゃないの。」
神殿に着き、アンジェリカはシューに頭を下げると自分の持ち場に戻っていった。シューは神殿の許可を得て邪魔にならない範囲で彼女を観察していた。何人かは彼女は診察をして治療をせず、違う人間に振っていた。
「あれは?」
「彼女はどうやら自分の力で治せるかどうかを見極められるそうなんです。水属性の治癒魔法は光魔法とは違って万能ではないそうです。」
「…それでも彼女は多くの人を癒してる。」
「凄いですよね。普通は光魔法が使えないのなら諦めます。それなのに、彼女は自分だけの魔法を見つけてます。そして、少しずつ治せるものも増えています。」
「好奇心の、為…。」
本人は好奇心の為などと宣ったが、それだけじゃないだろう。しかし、彼女の理由を暴きたいわけではない。
ただ彼女は美代子が待ち望んだ、タイムスリップした脳外科医の代わりかもしれない。
「彼女は他に魔法は?」
「治癒魔法以外は使っているところを見たことがありません。ただあれほどまで自由に魔法を使えているのですから、魔導書を読めばすぐ使えると思いますけどね。」
彼女に戦う力がない。ならば、この先の戦いに連れてはいけない。だから、ゲームには出てこなかったのだろう。
その日シューも少しだけ神殿の手伝いをして、神殿が閉まる直前、仕事を終えたアンジェリカを呼び止めた。
「もし僕が神殿以外の医療研究の施設を作ったとしたら、貴女は手伝ってくれる?」
「衣食住つき?」
「勿論。」
「考えてもいいわ。でも、シューはそこまでする必要はある?」
「もう少しだけ、悲しみが減った世界で生きたいんだ。」
美代子ほどの世界は望んでない。それでも、少しだけでいいから、世界の進歩に手を貸したい。美代子にはできないが、シューならば出来る。
「しかし、それが新たな悲しみを生み出すかもしれないわ。同じ境遇でも貴方に助けられる人と助けれない人が出てくる。そしてチャンスを得られなかった人間は嫉妬し、恨む。」
「そうだね。でも、今も同じ。それはどこの世界で生きようとも変えられない。チャンスが転がってくるかどうか、それは運次第だよ。みんな知っているだろう。」
「貴方はその機会を出来る限り増やしたいということね。シューは私のことを不思議がるけど、私からしたら貴方の方が不思議だわ。」
「だろうね。」
「うん。でも、そうね。私も悲しみが減った世界で生きてみたいわ。」
彼女は帽子を外すと髪を振り払った。その帽子を着て被っているとどこか大人っぽく見えたが、髪を下ろせば年相応の女の子だった。
「シューが大人になってまだ同じ夢を持っているのなら、迎えに来て。」
まだシューには子供の夢だ。実現するかどうかも分かりえない。
「アンジーが結婚して独立していないことを願うよ。」
アンジェリカはもう結婚してもおかしくないし、子供を産んでいたっておかしくはない。シューが少なくとも自分の足で歩く時はあと3年は先だ。
「私は結婚する気はないのよ。」
「え、ええ、本当?」
神殿育ちにしては品のある彼女は見合いや交際に何度かされているらしいが、全て拒否しているのだという。
「私は子供が産めない。そんな女をこの国は誰も『女』だとは思わない。」
「そんな。」
「結局そんなものよ。こう言うと絶対相手から断られるから。」
ただのパートナーとして彼女を求める人はいないのだろうか。
無理なダイエットで拒食症一歩手前までいった同級生や子供が産めないだろうと宣告された女性が泣いていたのを思い出す。美代子は彼女たちに同情をしながらも、産めないと言うことはそれほど絶望的なのかと驚いたものだ。美代子でありながら彼女の悲しみは分からない。
「だからね、貴方がその夢を忘れたのなら私はずっと神殿で働いているだけよ。それでも私は構わないけど。」
伴侶が欲しいとはシューは思ってない。シューが言う言葉に何も重みはない。
「うん、分かった。未来のことを絶対とは僕も言い切れない。唐突に死ぬかもしれない。でも、その時が来てアンジーがまだ神殿にいたら、迎えにいくよ。」
「もし、その時が来るなら待ち合わせは今日の場所よ。」
アンジェリカの無感情の瞳がシューを揶揄うように見てくる。
「それで、いいの?」
広場の噴水の前に座る彼女を迎えにいく意味を履き違える程、シューは馬鹿じゃない。
「貴方こそこう言う私を迎えに来れるかしら。」
「…8割ぐらいで期待して。」
シューは小心者だから、バッドエンディングを回避したわけではないので、絶対にとは言えなかった。それでも、アンジェリカは納得しているようだ。
「じゃあね、小さな王子様!」
紺色のワンピースを翻して彼女は神殿の奥へと消えていった。アルバートの人間に向けると、王子様は洒落にならないのだが、街娘の言うことを態々指摘するのもおかしい。
すっかりと日は落ち、街は全体的に真っ暗になる。夕飯にはまだ間に合うが、外が暗いと言うだけで気が滅入ってくる気がするのだから、不思議だ。白亜の神殿から出ると、見覚えのある馬車が止まっていた。
「熱心だな。」
その馬車から出てきた、長兄の姿にシューは言葉を失った。
「お母様が心配していたから、迎えにきただけだ。」
それならオズワルドでも良かったはずだ。オズワルドと違ってエリオットJr.はこの地でも忙しそうだった。
「中に入って声をかけてくださればよかったのに。」
「俺が入ると水の神殿のものが萎縮する。」
アルビオンの水の神殿は、オルレアンのものよりも大分小さな施設だ。元々国を守るための剣である火の神殿と盾の土の神殿は規模も大きく、人員も良家の子息がいたりとエリオットJr.も懇意にしているが、それに比べて水の神殿は庶民的なのだ。エリオットJr.に気後れするのも仕方がない。
「だからって、待ってたの?この寒空の下で。」
「俺はお前ほど体温は低くないし、待つといっても馬車の中だ。」
「ユーリだってオズ兄様だって居たのに。」
「そうだな。聞きたいこともあった。」
「聞きたいこと、ですか。」
エリオットJr.は突っ立っているシューを馬車に乗るよう言った。カーティスは入れたが、フィリップとニーナは違う馬車に乗ることになった。
馬車の戸を閉めると進行方向とは逆の席にエリオットJr.が座り、シューをその正面に座らせた。
「お母様はお前に15になるまでアルビオンにいるように告げたというな。」
「そうですが。」
「…シューが以前話ていた未来の話だが、尚更俺はこのアルビオンにいるべきだと考えている。」
シューがオルレアンに居なければ、未来とは全く違うものになる。それが一番良いかもしれない。ただそれは勝利の鍵であるマリアンを放置することになる。
「兄様にはマリアンのことを話したと思いましたが。」
「お母様もそれに関しては、シャルルやマリアンヌに任せればいいと。」
「彼女を他人に任せたくない。」
「レディがお前を救ってくれるから、か?」
ぐっと押し黙る。この世界ではすでにシューを守ってくれる人がいる。罪を一緒に背負うと言った家族がいる。シューが彼女に執着する必要はもうないとシューも分かっている。
「まだアルビオンに滞在する時間はある。」
そう言ってエリオットJr.は懐から手紙を取り出す。封筒自体はマリアンヌが使っているものだが、書かれている字は酷く拙い。
「…これを渡したら僕がオルレアンに戻りたいと言い出しかねないと思わないのですか。」
「チャーリーの信用を失うわけにはいかない。そして、俺の考えは先に話したからな。」
この封筒が使われているのだから、マリアンヌとシャルルが協力しているのだろうということは分かる。
「言っておくが開けてはないぞ。魔法が仕掛けられていないかは確認したが、中身は見ていない。」
「ありがとうございます。」
エリオットJr.から託された手紙を大事に抱えて、アルビオンの家に戻った。
記憶喪失キャラなんてキャラ濃い人出てきたと思われるかもしれませんが、期待はしないでください。




