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これがゲームの世界ですか?  作者: 詩穂
アルビオン
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先へ。

お久しぶりです。

 他人の城(研究室)に入れるのはとてもわくわくする。エディの研究室にはキラキラした結晶したものがあったり、フラスコや試験管に液体が入っていたり、本ばかり積まれたシューの部屋とは全く違っていた。

「全部魔力に関係するもの?」

「うん、その結晶は魔力が結晶化したものだよ。」

「え、魔力が?」

 シューの感覚としては魔力は揮発しやすい液体だったため結晶化するなんて信じられなかった。

「あ、でも、人のじゃないですよ。大地の魔力さ。」

「大地の魔力だって?」

「まあ、人が使えるものじゃないんですがね。結晶化したら質量が分かるでしょう。だから、どうにかしてそれが結晶化した理由を知りたいんです。」

 触る許可を得てシューが触れると、確かに暖かでエネルギーのようなものを感じるのだ。

「もしかして少しずつ揮発してる?」

「やっぱり御坊ちゃまも感じ取れるんですね。余程魔力に敏感な人じゃないと分からないんです。俺には分かりませんでした。宝石と見た目は変わらないですから、見つけるのも大変なんですよ。普通に水晶として売られていることもあると聞きます。だから、最初に見つけた人は女性なんです。」

「女性?」

「昔この研究所にいた人らしいんです。今でこそ女性研究員は増えましたが、当時は3人ほどで…。」

「もしかして、ノーランドの魔女?」

 名前を出すのがシューには躊躇いがあったので、そう尋ねた。

「ご存知なのですか。研究所では名前を出してはいけない人と言われてますが。」

 禁忌に触れる研究をし、かつ、研究所を追われた人間のわりにエディは強い嫌悪感などは抱いていないようだ。彼が歳若く、彼女のことをよく知らないからかもしれないが。

「少しだけ。ほとんど知らない。」

 彼女のことをよく知っているとすれば、彼女をアルビオンから逃した母の好意を無駄にする。

「天才ですから、どこまで上が隠そうとどこかに彼女の形跡は残るんですよね。」

「うん、そうだね。僕もその研究員が気になってここまで隠れてついてきちゃったし。」

「あはは、俺もそうです。俺の故郷は今では農耕地として有名なのですが、俺がまだ小さい頃は開拓したばかりで土は硬いし、ろくに作物が育たないから人々は痩せっぽちで、全く余裕もないからいつも神経をピリピリ尖らせてたんです。」

「大変だったんだね。」

「あ、でも、俺はそんなに大変じゃなかったですよ。俺が物心ついた頃には、研究の成果が出始めてたんで。」

 曰く研究員が20年程以上前に来て、土地改良の研究をしたいとのことで彼の土地が試験地として選ばれた。

「…それはどんな?」

「土に空気を含ませて、土の生物を元気にさせるという魔法の開発です。土魔法で直接作物に栄養与える農法があるんだけど、あれは使える人が限られてくるでしょう。一代はよいけれど、その後が続かないという問題点がありましたから。それの開発のメインを携わっていたのがその人です。だから、俺も気になって調べに来ちゃったんですよね。」

 さらりと言っているが、エディはつまり僻地の農家の出身で、その研究に対して興味を持って独学で勉強して今ここに研究員として所属しているということに衝撃を隠せない。

「今の話だと、その女性よりも君が凄いって思っちゃうよ。」

「いやいや、俺研究するの好きでここまで来たのは良いんですけど、結局実用的な結果は得られてないというか。」

「だって、まだ働いて数年でしょ。そんな簡単に成果が得られるなら大規模な研究所なんて必要ないじゃない。」

 エディはそれもそうなのですが、と少しだけ落ち込み気味だ。

「でも、ノーランドの魔女の研究資料なんて残ってないか。」

 名前を出してはいけない人と言われるほどの悪評だから、当然彼女が残したものは全て焚書対象だろうと思って嘆いた言葉だった。

「いいえ、あるそうですよ。いくらあの人が疎まれていても研究者からしたらあの研究資料は貴重で、喉から出が出るほど見たいんです。ただ公爵閣下の許可が必要らしくて10年以上経ちますが誰も見れてないんですよね。」

「は…、あの人が?」

 母ディアナの説明で父エリオットはエリザベスの研究に興味があったというのは聞いているが、いくらなんでも研究所に出資してる側とは言え、研究に関しては無関係な人間がどうして閲覧を制限できているのだろう。

「じゃあ、あの人の寝室や書斎を調べるべきだったのか。」

「場所は研究所内で、地下の保管庫に厳重にしまっているというのは研究員はだいたい知ってますが、閣下が魔法で閉めてしまったんですよね。閣下の魔法を壊せる人など研究員にはおりませんから。」

「…はぁ、なるほど。」

 追い出させることになったエリザベスの研究は余程不味いものだったらしい。いや、追い出されたのはエリオットの子が腹にいたからだったか。

 シューが考えあぐねていたところ、ノックもなくエディの研究室を開けられた。

「おや、こんなところにおりましたね。シュー御坊ちゃま。」

「マ、マーリン。…貴方は領地の監査がメインの仕事で執事の仕事なんてしてないですよね?」

 白髪頭と白い髭がよく似合っている長身の男、アルバート家の優秀な家令、マーリン・チェンバレンだ。

「いやはや、私は奥様の相談役としても仕事しておりましてね。奥様の元へ一つ伝令が参りまして。」

「あはは…、マーリン仕事しすぎですし、態々貴方が来るほどのことじゃあ。」

「ふふふ、偶には部下の仕事も代わってやるのも新たな視点やら、初心を思い出したりなど、気づきがありまして良いものなんですよ。」

 恐ろしすぎる。アーサーやユーリとは比べ物にならないくらいの、アルビオンの権力者マーリンだ。ただの筆頭侍従でしょ、なんて言えたものじゃない。マーリンはアルバート家の財務官、アルビオンが王国だった頃の財務大臣の家系だ。

「…いいやぁ、僕…、いえ、私はマーリンが出てくるような大事だと思っておりませんで…。」

「いやいや、私も部下の仕事の手伝いに来ただけですからと申し上げてますでしょう、シュー御坊ちゃま。」

 穏やかな笑みが恐ろしい。マーリンがエディに満面の笑みでお礼を言って、シューを連れ出した。

「そんなにも怒るのであれば、出入り禁止の理由を教えていただければ良いのに。」

「いやいや、私達は怒っておりませんよ。心配しているのですから。」

「なんの…。」

「そうですね…。研究員はとても素晴らしい仕事ですし、国のための発展にはなくてはなりませんが、まあ、どこか皆人間としての道徳が少し欠けてますから。」

 少しだけ考えてマーリンはそう言った。

「…それは、失礼では。」

 シューも魔法を研究するのは好きな人間であるから、自分がまともな性格ではないと分かっていても、その言い方されると少しカチンとしてしまう。

「この言い方は誤解を招きましたね、申し訳ございません。直接的に言うと、研究員にとって貴方の存在は研究したい対象である、ということです。」

 自分が研究員の立場だったら確かに研究したい。光属性の家系ではないのに突然変異で光属性として生まれているわけで、そしてサンプルがとても少ない光属性の人間だ。オルレアンではマリアンヌがマリアンを聖女として保護しているが、アルビオンはシューを神格化してない。

「僕は構いませんけどね。」

「内容も分からないのに簡単に構わないというのは間違いですよ、シュー御坊ちゃま。」

 今のシューがマーリンに抵抗することなんて出来ず、素直に屋敷へ戻り、オズワルドと共に母ディアナにお説教を受けた。ちゃんと親に怒られたのはこれが初めてだという感慨があった後、いや、エリザベスに説教を受けていたと思い直した。彼女が親だったのだから。

「ごめんね、そんなにお母様が深刻に考えてるとは思ってなかったよ。」

 オズワルドと共に自室へ戻っていると、兄は謝った。

「いえ、オズ兄様、それは僕も同じです。」

 オズワルドもまた話を聞かされていない1人なんだろう。頑なに頷かないのはシューを研究員から守るのではなく、封じられた研究を解かせないためであるはずだ。態々マーリンが来たのも、その圧力。

「そこまでしていても俺らには話してくれないからねぇ。」

「…何も教えて頂けないのは僕たちが政に参加してないからでしょうか。」

「さあね、本当の権力者っていうのが何を考えてるのか俺には分からないよ。」

 オズワルドもシューも『権力者』側なのは間違い無いけれども、それは親と長兄のおこぼれであるというのは悲しいくらいに分かる。

「でも、俺は今日シューを連れて行ったことを後悔はしていない。」

「良かった。僕も後悔していません。」

 お互い笑って部屋に戻った。


 

 服で着飾ることは武装だ。マリアンヌは気合を入れて髪を結い上げ、いつもより下品にならない程度に華美なアフタヌーンドレスに身を包み、サファイアのピアスと同じデザインのネックレスをつけた。いつもは多少の白粉をつける程度の化粧しかしていないが、今日は侍従に頼んでしっかりとした化粧にした。

 侍従たちがマリアンヌを美しいですと喜んで褒めた。しかし、婚約者のミヒャエル・フォン・ヨハネスに会うわけでもない。マリアンヌとしてはいずれ家族となる男に対してならばここまでは武装(おしゃれ)しない。

 マリアンヌにとってはこれは戦いである。


「シュー・アルバート卿の引渡し請求の撤回をお願いしたくて来ましたわ。」

 金の薔薇の模様の壁、金糸の絨毯、金のシャンデリア、優雅な流線形の家具、とにかく派手で豪奢、真理亜から見れば美しいけれども居心地の悪さすら感じるほどだ。マリアンヌはオルレアンの王宮の中でも一番豪華な部屋に客を招いた。

 王党派貴族として有名なブローシュ侯爵。役職は近衛兵のトップで、法務大臣。オルレアン王家に心酔しているのは結構だが、オルレアン王家がアルビオンとの協調路線を取っているのにも関わらず、アルビオンを見下し、対立を煽っている厄介な味方だ。

「王女殿下、今日はまた一段と美しいですね。」

「ええ、ありがとうございます。貴方もとても財政が苦しいとは思えないほど、華やかな装いですね。」

 マリアンヌの嫌味を彼は笑った。

「なんといっても王女殿下にお会いする日ですから、タンスの下を覗いてお金をかき集めましたから。」

 不足している食糧は貴族に買い占められ、物価が急騰していて王都の街でさえも、少しずつ子供や高齢者を中心に餓死者が出始めている。この状況で艶のある髪と髭、膨れた腹は、いずれ市民に殺されたとしても不思議ではない。市民として生きていた真理亜からすれば、彼らに焚きつけたいくらいだ。

「法務大臣としてこちらにいらっしゃるのは分かりますけれども、今は緊急時ですから領地に戻られなくてもよろしいのですか。大臣がいらっしゃらなくても役人たちは教育されてますから少しくらい離れていても問題はありませんよ。」

「いえ、お気遣いなく。私には優秀な家令がついておりますから、彼が全て領地を経営してくださってますよ。」

「あら、宰相閣下は、態々別の家人の監査を着けて、自分でも確認しているようですよ。家令は100年以上アルバート家に仕えた家出身の、彼の幼馴染みらしいのに。」

 エリオット・アルバート宰相の話題を出すと彼はうんざりしたようなため息をついた。

「全く誰も信用できないなんて、悲しい男ですね。」

 この男は危機感を子供頃の宝箱に置いてきてしまったのだろう。自分が財政危機において「主人公」であると分かっているのならばそんな事言えるはずない。

「…いつもブローシュ侯爵にはお世話になってますわ。近頃はアルビオンに与するオルレアン貴族も多いので、ブローシュ侯爵の王家に対する寄与は感謝してもしきれません。」

「ええ、勿論ですとも。我々はオルレアン王家が永遠となることを望んでおりますから。」

「ならば、この度の引渡請求がアルビオンとの信頼関係を崩すものになりえます。」

「お言葉ですが、王女殿下。証拠もないのに逮捕請求したのであれば、その通りでございますが、ただ証人として出廷しろと言っているのです。これは立派な主権の行使です。しかも、他国ではない、自国の民ですよ。一番大きく力のある領地だからと忖度しているようでは、王家への求心力が弱まります。これがまだ私の息子や娘が狙われたのであれば、目を瞑ることは仕方ないですが、此度狙われたのは王女殿下です。威厳は見せなければなりません。」

 オルレアンが上だと示さなければいけないのは間違いない。だが、それ以上にマリアンの力を高めるにはシューの力が絶対に必要だ。エリオットJr.やアルビオン公爵夫人ディアナの言い分は分かっているが、マリアンの天性を伸ばすにはシャルルやマリアンヌの力では足りない。

「そして何より無実だと証明すればよいのですよ。」

「しかし、それは悪魔の証明ですわ。Ei incumbit probation qua dicit, non qui negat.(証明は主張する側にあり、否定側になし)、アルビオン側は正当な主張です。今こんなことでアルビオンと揉めるのは国益を損ないます。」

 マリアンヌも譲る気はないが、ブローシュ侯爵もまた一切譲歩する気はない様子だ。正面突破ができる相手なら苦労はしない。マリアンヌはため息をついて、従者に持たせていた書類を手に預かった。

「話は変わりますが、ブローシュ侯爵領の決算報告書がかなりの額面でずれているようです。その件については、どうお考えですか。」

「…報告書?それは家令に任せておりますが。」

「白紙委任をしたのであれば、責任はあなたにあるでしょう。はっきり言いますが、この件に関しては信頼ではなく横着でございます。そして、これは重大な横領罪です。この王家に敬意を払ってくださっているのはとてもありがたく存じてますが、今この危機において財政政策をするには金額が足りません。…今、『誰』のせいでアルビオンに経済支援を頼まなければならないのでしょう。」

「横領などするはずがありません!濡れ衣です。」

「しかし、侯爵家だからと王家が許すことは威厳を保つ為にはできかねますね。」

「これは陰謀です!宰相が指示したに違いません。」

「国庫の管理は宰相には権限がありません。陰謀やただの数字の書き間違いと主張されるのであれば、帳簿や伝票を提出した上で不当利得を国庫に返上してください。…宰相よりもこの国を守っている、愛しているということを私たちに教えて下さい。私たちはブローシュ侯爵の忠誠心を信じております。」

 彼の面子を潰したいわけじゃないし、オルレアン王女としてアルビオンを優遇したいわけでもない。ただ、アルビオンもオルレアンも関係ないところで、魔族に大切な人が殺されたくないし、美代子の記憶を失ったシューに自分が殺されたくない。

「ですよね、アンリのお父様。」

 彼の息子アンリだって幼い頃からよく遊んで貰ったお兄さんの1人だし、兄セルジュの好き相談相手だ。マリアンヌはとびきりの笑顔でブローシュ侯爵に呼びかけた。


 あの場から退席して、重いアクセサリーだけ外して自室で息をついていると、コンコンと部屋の戸が叩かれた。

「流石ですね、マリア。」

「シャルルお兄様。」

この世界で誰よりも尊敬し、何より自分を愛してくれる兄がよくやったとマリアンヌの頭を撫でた。

「やはり女性の方が解決しやすい事案もありますね。」

「殿方だと政治色が強くなったり、意地になったりすることありますから、ここは私が出る幕でした。」

 マリアンヌはシャルルに微笑んで、シューの元にマリアンの手紙が届いた頃かと離れた場所にいる彼を想う。漸く引渡し請求の書状が届いた頃だろう。

「なんと遠いのでしょう。」

「そうだね。今私たちがあの毒蛇に噛まれたらきっと死んでいた。」

「…この世界は、本当に死神と隣り合わせ…。病も飢饉も減っていきますように。」

 この世界で本当に怖いのは魔王なんかじゃない。隣にいる死神がいつこちらの肩を掴むのかだ。





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