27.香山譲
高所からの飛び降りは、冷酷な美しい殺人鬼役をドラマで演じて、最終回最後で歩道橋から身を投げて自殺したシーンが一番最近かな、と僕は冷静に思い出す。
まあ、ドラマの場合は全部スタントマンが代役するし今はCGも発達しているので減ってるみたいだけど、僕は昔からグループの中では弄られキャラで、よく罰ゲームでバンジージャンプなどをやらされていた。
ああいうのは、落ちる恐怖はもちろんだが、動揺を顔に出しすぎて、アイドルらしさを失いすぎると、放送NGとなりまた撮り直しとなるので、一発で決めなければいけない。
その経験があったからこそ、僕は今、一番好きな人の目の前で、笑顔で身投げすることに成功した。
重力の力は強いもので、思ったより早く桜子の姿が見えなくなってどんどん地面が近づく。
ああ、本当にやばいかもこれ。そう思い、意識が遠くなりかけたが、上空から高速で飛んできた何かが、僕に抱き着いて、そして落下の速度が少しゆるやかになる。
しかし、2人とも急に上空では止まれないので、そのまま落下して地面に叩きつけられると、僕は目を閉じたが、次の瞬間感じたのは、茂みの中に落ちた感触で、僕はゆっくりと目を開けた。
見渡すと、僕たちが落ちたのは芝公園の草木が生い茂る場所だったようで、二人分の体重と衝撃で草木は無残に折れているが、僕の体に動かない場所はない。どうやら上手く着地できたようだ。
僕に抱き着いたままだった目の前の彼女、僕を助けてくれた桜子は、抱き着いたまま震えている。
桜子の頭に付いた枝葉を払い、大丈夫?と聞くと、僕から離れて震えながら立ち上がろうとして、足をずっと使っていなかったのを忘れていたのか、そのままよろけてまた僕の胸に戻ってきた。
とりあえず、折れた枝で怪我をしそうなので、僕は立ち上がり、桜子を抱えて芝生のある場所まで歩いて行った。
深夜の公園のはずなのに、運よく誰もいない。少し楽しい気分になって、開けた芝生の広場で桜子を降ろし、僕も目の前に座った。
「どうしてですか?」
顔を伏せたまま、桜子は小さくそう言った。
「なんであんなことしたんですか。どうしてあなたが死のうとするんですか。私はもういなくなるのに、そしたらあなたは私と出会う前の幸せな日々に戻れるのに。なんで全部終わらせようとしたんですか。」
ぽつぽつと、桜子は言葉を口にしていった。
僕もきみと同じだよ。
僕がそう口を開くと桜子は少しだけ目線を上げた、僕の真意がわからず困惑しながら探ろうとしている目だ。
僕にとって楽しい君との日々を、君が終わらせるって言うから。もうそんな世界で生きたくないから。だから僕も人生を終わらせようと思ったんだ。
そう、僕が口にした言葉を聞いて、桜子は信じられないといった表情を浮かべた。
「意味が分かりません。貴方が楽しいと思うのは、私からの洗脳なんですよ。記憶さえなくなれば、他メンバーのように忘れるだけですよなのに・・・・。」
困惑し続ける桜子に、僕も言葉を続ける。
洗脳だとしても、今の僕が一番幸福な瞬間は君と一緒にいる時だ。だからそれを失うなんて耐えられない。そう思うくらい好きなんだ。それに、害獣が見える特徴は残るんだよね?
僕の言葉に、桜子は怯えたようにびくりと震えた、目の事を責められると思ったのだろうか。全くの見当違いに僕は口元に浮かぶ笑みを止められない。
なら、僕を傷物にした責任、君が取って。君の全てで、僕を幸せにして。
僕と結婚して下さい。
僕はポケットから指輪を出して、桜子の指にはめた。
桜子は、いきなりの僕の言葉に固まって、そしてしばらく経つと、体を震わせ、鼻をすする音が聞こえた。
そんなに僕の事が嫌いになったのだろうか、内心それでも離さないと思いながら聞いてみると、
「貴方のことが好きでした。でも、自分なんかと絶対に結ばれることはないから。だから好きだった部分はありました。」
「なのに、願いが叶って貴方と一緒にいられるようになって、初めての幸福に戸惑って、もっと欲しくなって、そんな自分が嫌で苦しくて、逃げ出したくて」
「貴方に嫌われたくなかった、嫌われる前に消えてしまおうと思った。自分なんかが愛されるわけないんだからって。」
「でも、それは逃げでした。洗脳だとしても、貴方はちゃんと私を愛してくれていたのに、私は正面から受け止められない卑怯者でした。」
涙を流し、鼻をすすりながら桜子が話す言葉は、僕にとっては真正面からの愛の言葉で、僕にとっては眩しすぎるくらいだった。
僕だって彼女に顔向けできない恋とは呼べない行為を沢山してきた人間だ。その中には、僕に本当に愛して欲しいという思いだってあった。
でも僕は、向けられた感情を利用するだけで見ずに捨てて行った。
正面から恋したことないのは僕も同じなんだ。
「もう絶対逃げません。責任をとります。」
桜子はそう言うと、やっと顔を上げて、僕を見てくれた。
「私も貴方が好きです。愛してます。こんな私で良ければ結婚して下さい。」
そう言って頭を下げる桜子の手を取り、指輪を渡して、もう片方の彼女の手にぽんと自分手を乗せる。
困惑した彼女に、はめて、とだけ呟くと、理解できたようで、恐る恐る僕の手を取り、指輪をはめた。
そのまま、お互いの手を握って、ただ見つめあう。
桜子は僕からの返事がない事、それを催促していいのか探るような目つきで、もう少しそうさせて楽しんでもいいけれど、そんな場面じゃないなと思い直し、目線を合わせる。
もうしてるじゃん。
僕の言葉に、桜子は微笑んでまた一筋涙を流した。
こうして僕たちは、誰もいない真夜中の草原で。永遠を誓った。
これは、月だけが見ていた、僕たちがやっと立てた、スタートラインだ。




