34.香山桜子
朝起きて、なんだか狭いなと思って隣を見ると、仕事から帰ってそのままベッドにもぐりこんだであろう譲さんが、すやすやと眠っていた。
以前なら気を使ってこのまま寝せておいたかもしれないけれど、私は譲さんの体を揺する。
それでも起きる気配がない。
このまま寝ててもキスしませんよ。
私が静かに呟くと、
「そこは空気読もうよ」
と不満げな返答が返ってきて、ぶすっとした表情の譲くんに吹き出して笑ってしまった。
学校に行く準備をして、朝食を作っていると、譲くんも遅れてやってきた。
2人分用意して正解だったと思いながら準備して、お皿を置いて2人でいただきますをする。
ご飯を食べながら、今日の予定をお互い確認しあう。
譲くんは今日1日久々の休日だが、私は学校がある。
「出席日数とか最悪僕が何とかするし、何なら海外の学校で卒業とかにもできるから、僕とこれから遊びに行こう~」
ぶすっとしながらとんでもない誘いをしてくる譲くんに、いや、今の学校ちゃんと卒業したいからと断る。
編入早々3カ月以上登校できなかったのだ、ちゃんと行って勉強も陸上も、なにより普通の女子高生としての生活を取り戻したかった。
文句を言いながらも、玄関まで見送りに来てくれる譲くん、
「学校まで車で送ろうか?」
と最後まで粘られたが、ただでさえ私の父兄がイケメンすぎると話題になって、これ以上嫉妬したくないので嫌だと言う。
突然の私の発言に、困惑して固まった譲くんに、行ってきますと声をかけて、そのまま学校に向かう。
「おはようございます!!桜子さん!!!」
いつもの待ち合わせ場所に向かうと、尚美と明日奈はもう来ていた、愛梨はまた仕事で休みかなと思ったが、少し遅れて走ってきた。
そのまま一緒に登校する。
3人には、酷い迷惑をかけた。
私のしたことを、詳しく聞いてくることは今もないが、魔法少女同士なので、したいことはわかったはずだ。
それでも、私と変わらず仲良くしてくれて、仲間だと思ってくれているこの子たちが私は大好きだ。
3人にそれぞれに目を合わせて、大好きといった私に、
「?桜子さん?急にどうしたんですか?」
「今更確認しなくても、同じ気持ちですよ」
「尚美も明日奈も素直じゃないなー。あたしははっきり言うよ。桜子だーいすき!!」
三者三葉、それぞれの反応だがみな微笑んでくれている、とても幸せだなと思う。
学校が終わり、いつも通り渋谷の街に出て、魔法少女活動を行う。
Plutoとの共闘は、テロ事件があってからしばらく行われていない、
「でも、近いうちにまた呼ぶよ。僕の目の届くところで君を見てたいから」
譲くんはがそう言って笑っていたのを思い出す。
私がいない間に、尚美たち3人とPlutoメンバーの間で、何やらいろいろあったようで、最近は休み時間や放課後にラインしたり通話したりしている姿が見られる。
今は詳しくまだ聞けていないけれど、これからいろいろ変わっていくのだろう。
私と譲くんが、違う立場でもお互い愛し合うと決められたように、人と人のやり取りなんて自分次第なのだから。
いつも通りトウバツを終えて、今日は魔力を使いすぎたし電車もあったので、最寄り駅まで一緒に乗って、その後一人別れた。
夜の街を、一人歩きながら、私はゆっくり考える。
今も正直、この幸せが信じられなくて、夢か幻か、次に目を開けたら消えてしまうのではないか。そんな恐怖に怯えることもある。
でも、それは彼も一緒だと言ってくれた。
「僕だって、急に桜子が、害獣にやられて消されちゃって、全部忘れてしまうんじゃないかって怖くなる時だってあるよ」
譲くんの言葉を思い出しながら自然と顔に笑みが浮かぶ。
「僕にはもう、君しかいないから。」
そう言って、複数所持していたスマホから、関係を持つ女性を、私の目の前で一斉に削除していった時、私は正直、もうこれで逃げられなくなったと、足に鎖を繋げられたような、そんな気持ちになった。
でも、その鎖の重みがとても愛おしいと思うから、私はもう逃げないで、自分から囚われようと思う。
もうすぐマンションに着きそうな距離の誰もいない道で、そんなことをぼんやりと考えていたら、急に後ろからきつく抱きしめられる。
一瞬恐怖で頭が真っ白になったが、次に香った煙草の匂いと、確かに一人しか持っていない体温に、安心して、体から力を抜く。
「帰る時間は連絡してって言ったよね」
振り返ると、変装もせずに鞄も持たない軽装の譲くんが、目の奥が笑っていない微笑みを浮かべて立っていた。
携帯のGPSの位置で、私の帰りを知ったのだろう、迎えに来てくれたようだ。
心配かけて申し訳ないと謝るが、彼はそっぽを向いたままだ。
そのまま私の手を取って、無言で歩き出す譲くんに、どうしたら許してもらえるか言い出し方を迷っていると、
「今日まだキスしてない。」
譲くんが、私の考えていることなど察したように、こちらを見ずに小さく呟いた。
一応ここは外で、譲くんは週刊誌などに目撃されるリスクがあるはずなのにな、と冷静に考えるが、彼の機嫌を直すことが先だと思い、私は手を握ったまま駆け出して、譲くんの前に回り込み、勢いをつけて唇を合わせた。
「・・・そういう思いきりのいいところ、かっこよくて好きだよ・・・。」
自分から言い出したのになぜか照れる譲くんに、私まで照れてしまう。
彼の唇は煙草を吸っているので、非喫煙者の私には苦いはずだけど、最近甘く感じるようになった。
こうやって何回もキスして、慣れていくことで、彼のいわゆる毒の部分もなにも感じないように麻痺させられてきているのかなと、非現実的なことを考えてみる。
そんな、彼という毒に飲み込まれる、幸福な地獄で。私はこれからも生きていく。
「人気イケメンアイドルの僕の妻は女子高生魔法少女 」 fin.




