33.香山桜子
私は今、見慣れた夜の街並みを見下ろし、少し冷たい澄んでいる空気の中を飛んでいる。
普段は、今よりも速度も高度も上を飛んでいるが、今の私は、久しぶりの変身であることと、私のお腹に手をまわして後ろに乗っているジョーくんのせいで、いつも以上に神経を使いながらの飛行を行っている。
エレベーターで久しぶりに再会したジョーくんは、少しやつれて、目の奥が笑っていない。
最初は、私という存在を、もう許さないからこその態度だと思ったけれど、彼からの提案は、私の後ろに乗っての飛行だった。
彼の意図は全く読めないが、断れる雰囲気でもなかったので、ヘリポートから夜の空に飛び出して、そして今に至る。
箒に乗るときに、足が動かない私を、当然のようにジョーくんは抱き上げて、箒に乗り込む手伝いをしてくれた。まあ逃がさないて意味もあったんだろうけれど。
抱き上げられた時、ジョー君の体温やにおいが私に触れた。前よりも煙草のにおいが強くなってる。体温は暖かくて、彼が暖かいのか、私が冷たいのか、どちらかは分からないけれど、不思議と安心できる心地で、もしかしたら私が知らない間に、一度こうやって包んでくれたことがあったのかなと想像して、その時の記憶がないことを少しだけ悲しく思った。
何気なく飛んでいるだけではつまらないかなと思い、後ろではしゃいでいるジョーくんに行き先を聞いたところ、
「君と一緒なら全部楽しいけど。じゃあ東京タワーかスカイツリー!!!」
とスマホで片手で器用に自撮りしながら、もう片方の手で私のお腹に回した手をぎゅっと強めた。
前半部分を言う必要はあったのかと、素直になれない自分の気持ちを封じて、私はとりあえずもう少し上昇して、近場にぼんやりと明かりが見える東京タワーに向かった。
東京タワーを目下にみる光景は私も初めてで、うしろではしゃぎながらスマホで撮影するジョーくんの気持ちが少しだけ分かった。今は深夜なので、ライトアップはなく、最低限の電灯だけ点いている状態だが、それでも綺麗と感動する光景だ。
次に行きたいところあるか聞こうと思って聞くと、
「ありがとう。目的の場所には着いた」
と先に声が後ろからかかり、そうなると、私は次どうしようか、考え込む。
もう病院には戻れないけれど、かといって下にジョーくんを置いていくのは、この時間だとタクシーも捕まえにくいんじゃないかと考えていると、
「君がいつも見ている景色が見たかったんだ。箒の上から見る景色だけは、僕の力だけじゃ見えないから。だから、満足。」
ジョーくんがぽつりと呟いて、そして、とんとんと私の背中を後ろから叩いた。
振り返ったその瞬間、ジョーくんの手が私の頬を包み、彼と私の距離がゼロになって、お互いの唇が重なった。
「ありがとう。」
彼は私から唇を離した後、そう小さく言って笑い、そのまま体を夜空に投げ出して、重力に従って落ちていった。




