24.香山譲
ステージ脇での待機時間だが、ポケットのスマホを気にしている僕に、飛馬は訝し気な目線を送ってきたが、普段自分もそうやって女の子と連絡を取ることもあるからか、何も言ってこなかった。
今回僕たちのステージは、とびお主演ドラマの劇中で使われるライブシーンだ。
普段は暗いクラスメイトの男子は、実は人気アイドルグループのメンバーだった、という僕たちの宣伝も兼ねたスペシャルドラマで、まあよくある内容だ。
問題は、ヒロイン役の友人女子として真名守さんも出演していて、ヒロインととびおの恋路を邪魔する役であり、現実も含めて彼女へのバッシングはひどくなるとしか思えない内容であることだ。
それでも仕事を断らず、撮影に臨む彼女のプロ意識の強さに、意地を張って冷たい態度を取っていた自分が恥ずかしくなる。まあ、分かってても嫉妬は続けるけどね。
舞台袖で待機していた僕たちが、ステージの司会から呼ばれて登場すると、客席のボルテージは最高潮になった。
「みんなーそのテンションは本番にとっといてねー!」
飛馬が苦笑しながらマイク片手に言うと、客席からは揃った肯定の返事だけで、やりやすいといえばやりやすい。
今日の客席は、収録兼ライブということで、ファンクラブ内で抽選により選ばれた少数のファンのみが参加している。しかし、応募から開催まで期間が短いにも関わらずにこうして来てくれる機動力と情熱を持った、とても濃いファンたちなのだ。
そのため、出演者紹介で、客席からライブを見ている設定のヒロイン役の女優と真名守さんが紹介されたとき、2人への反応は分かりやすく分かれて、無言の圧を向けられながらも、笑顔で挨拶する真名守さんも流石に辛そうに見えた。
しかし、何か言える立場ではないので、特に反応は出さずに、そのままライブシーンの撮影のために配置に着く。
先ほど真名守さんを紹介したときに、すでに何人かのファンからは、黒が混ざったカラフルなヘドロが流れ出し、曲のスタートとともに、ウーパールーパーの形に構成されて会場内を飛び回る。
ウーパールーパー達は、創造者の意志を継いでいるのか、客席で演技する真名守さんへと襲い掛かろうとする。真名守さんはもちろん反応していないが、見えているわけで、衣装や顔に濁ったヘドロが飛び散り、体当たりの衝撃でよろけるのを抑えられず、リテイクとなってしまった。
「下手くそ」
「かえれー」
撮影が停止した会場内で、複数のファンが暴言を吐く。
真名守さんは、聞こえていないふりをして、周囲に謝罪してまた撮影に戻ろうとするが、その時、どこかからか飛んできた飛翔物により、顔に思いきり蛍光塗料がかかる。防犯用のボールを真名守さんに投げつけたファンがいたみたいだ。すぐにスタッフが向かい取り押さえられているが、客席からまばらに拍手が起こり、その数がだんだんと増えていき、まるでコンサートのスタンディングオベーションのように会場を包み込もうとしていた。
「これ撮影になりませんね」
飛馬が僕に耳打ちして、僕も頷く。
何より、会場ほぼ全員から濁ったヘドロが発生していて、よく見るとスタッフからも出ている。楓、お前そこまで人気があったのかと驚いたが、割と小さめなホールぱんぱんになるくらいの大きさのウーパールーパーが徐々に形成されていく。
大きなウーパールーパーの周りには、小さいウーパールーパーが駆け回っていて、いつの間にか会場内にいた魔法少女二人が、座席にある照明やカメラスタンドを使って殴ったり潰したりで応戦していた。
そのおかげか、小さいウーパールーパーはほぼいなくなったが、大きいウーパールーパーに同じ打撃を行っても、跳ね返されて、地面に叩きつけられた2人、動く気配がないので、頭でも打ってしまったのかと流石に心配になったその時だった。
その2人に、真名守さんが、駆け寄っていく。観客からすれば、何もない空間にmiaが突然走ってきた状況で、戸惑い一瞬静かになる。
「私は何も恥ずかしいことはしていません。文句があるなら私一人にしてください。」
静かに会場を見回してそう宣言した真名守さんに、観客たちはひるんだのかおとなしくなった。しかし、文句がある人は、その言葉を宣戦布告と取ったのか、今まで以上に量が多く濁ったヘドロを流し始めた。
それによりウーパールーパーがどんどん質量を増していき、会場内のただでさえライブで薄くなった空気がほぼ消えていき、倒れる観客も出てきた。
僕たちもとっくにライブを停止していて、スタッフが一旦裏に下がらないと危ないと指示があったので舞台袖に避難しているが、全員目の前のウーパールーパーを恐れ、流石に無視できない状況に動揺している。
僕だけでもステージに出て、メンバーと観客を落ち着かせようと一歩足を出したその時に、それは起きた。
会場の天井から高速で降りてくる物体。そしてそれは体当たりして、次の瞬間、赤く黒く破片をまき散らしながら、ウーパールーパーごと飲みつくすように爆発した。
突然の爆発に、混乱し、警備も無視して出口から逃げようとする観客たちと、もうまともな指示も出せないスタッフ達、皆が逃げようとする中、僕だけは起きたことを悟り、皆が逃げていなくなった爆発地点の客席に向かって走り出した。
急に客席に現れた僕に、何人かのファンが気づいたようだが、自分の命を優先させる子達だったようで、立ち止まらずにそのまま逃げて行った。
客席は、置き去りにされた観客の荷物や、各場所から吹き飛んできた破片や、爆風で損傷して落ちてきた天井や吹き飛んだ椅子などで散乱しているが、僕はとにかく瓦礫を掴んでは投げてを繰り返す。
「譲さんどうしたんですか!?早く逃げましょう!!」
遠くから心配する飛馬の叫びが聞こえてくるが、答えられる状況ではない。
今、僕のお嫁さんが、自爆して瓦礫に埋もれているかもなんて、僕も信じていないし、信じたくない。




