11.香山譲
桜子と住み始めてから2週間ほどたった。
一緒に住んでるとは言っても、帰れるのは3日に1度ほどの割合な上、1度の滞在時間は2時間を超えない。
これは僕の意志ではなく仕事のスケジュールの関係だ。
あの後、僕の行動に怒りを抱えた事務所関係者一同により、普段以上にグループ仕事や他メンバーの保護者ポジとして一緒に出る仕事を隙間なく入れられた。
それでも時間は作ろうと思えば作れるものなので、マスコミやファンも自分の仕事があるのかあまり僕らに張り付かない、主に日中の時間に帰宅するようにしている。
スマホに送られてくるGPS情報やクレカの使用履歴を確認しても、遠出はしないし行くお店もスーパーかドラックストアくらいしかない。
マンションのある地区は高級住宅街で、そういうお店もあまりないものと思っていたけれど探せばあるようでそこに頻繁に通う姿にやりくり上手だと感心していると、
「気持ち悪い」
と楓に敬語なく言われた。確かに最近、寮に戻ると必ずすることがそれなので、同じ部屋で見ている彼はそう感じたのだろう。
先日も二人で出たバラエティで、防犯グッズ特集と言うことでクイズの景品として留守中監視カメラを貰った時も、
「それ使ったら失望しますよ」
と完全に光の無い目で言われた。僕としては、まだ楓に失望されてなかったことに驚いたけれどね。
そして、桜子の転校初日となった。仕事は午後からなのでまだ日が昇らないうちにマンションにたどり着き玄関を開ける。
もちろん桜子はまだ寝ているので
「おかえりなさい」
の声はない。
ここ2週間ほどずっと帰宅とともに言われていたその言葉が自分の中で大きくなっていたことに改めて気が付いた。
桜子が作る食事は、若い人なのに薄味の物が多く初めて食べた時はとても驚いたものだ。
「外食や冷凍食品が中心の食生活だったので、自分で作るときはこうしようと思っていたんです。」
と照れながら話してくれた桜子。若いのに偉いね、メンバーとか皆薄いとか肉が少ないとか文句ばかりだよと話すと、
「・・・・でも皆さん残さず食べてくれるんですよね?それなら、照れてるだけで本当は美味しいと思ってますよ。」
とフォローしてくれた。
この時口には出さなかったけど、以前交際していた人にも作ってあげたことがあり、目の前では美味しいと感動してくれたが、後にSNS裏垢で
「ジョーが手料理作ったんだけど、無駄にクオリティ高いし健康志向なのか薄味だし、結婚したら料理に口うるさくいってくるタイプだわきつい。」
と書いていたそうだ。これを教えてくれたのが、元カノの友人で私だけは分かっているフォローしてきて僕を寝取ろうとしてきたけど流石にきつかったので断った。
なんて過去の恋愛を思い出しながらも、彼女にそういった心配を持たないでいられるのは友達がいなく頼れる人間が僕しかいない環境にいるからなんだろうな、と再確認。まあ、それも高校にまた通い始めたら変わってくるだろうけど、この子友達できそうにない気がする。
僕は、お揃いで買いそろえたけど僕のはほぼ使われていないエプロンに袖を通す。作るのはサンドイッチなので必要ないかもしれないけれど、今着ているスーツでこの後番組共演者の誕生日パーティーに挨拶に行く予定なので汚れたら困る。
過去彼女が食べていたものから嗜好を推理して作ったが大当たりだったようだ。言葉はないが嬉しそうに食べていた。
その後学校へ向かうため二人で歩く。前回より滞在時間が長いので色々思い出しそうだなとか、流石に加害者の生徒はもういないはずとか考えていると、桜子が急に僕の腕をつかんできた、表情を見ると、まるで僕の考えていたことを心配するように思えたが、彼女がそれを知るはずない、きっと不安になっただけだろうと手を繋いで学校へ向かった。
学校が見えてくると手を離されてしまって残念だったが、その後髪を結んであげた時照れていた顔がかわいかったのでよしとする。昔から、付き合ってた女性たちが複雑な形に短時間で結ぶ技術がすごいと思ってい、てやってみたかったことができてよかった。このために色々聞いたメイクさんが僕が自分に気があると勘違いしたのが大変だったけれど。
その後、色々手続きなどをして学校を出た後、ちょうど大通りを走ってたタクシーを捕まえて、誕生日パーティーに向かう。パーティー自体は夜からだけれど、Plutoの仕事が午後からあるので、挨拶とプレゼントだけ渡しに行く。桜子の髪を括るときに使ったヘアゴムやピンは、プレゼントを買いに行ったとき偶然目に入って一緒に買った物だ。このこと桜子が知ったら失望されるのかなとか考えたけれど、何故か彼女はしないと確信した思いがある。
パーティー会場は設営中だったが、目的の人物はいたので挨拶はすぐできた。その後主賓の友人の女優に昼食を誘われたので了承して行こうとすると、同じ目的で会場に来ていた飛馬と出会う、
「譲さんこの後仕事だって忘れてるでしょう?デートなら後にしてください。」
とあきれ顔で僕に言って、僕に腕を絡ませていた女優に
「すみません。後で埋め合わせは必ずしますので」
と頭を下げた飛馬に女優は笑って
「ちゃんとスケジュール把握しないと。ピッピくんに苦労掛けちゃダメじゃんリーダー」
と茶化しながら別のイケメンアイドルと去っていった。
2人でタクシーに乗り込む、飛馬が行き先を告げて車が発進したあと、僕は、助けてくれてありがとう。と飛馬に言った。
「相手の機嫌が良いときでよかったです。あの人、前の旦那ともデキ婚で、旦那はアイドル生命断たれた上に離婚で捨てられて何やってるかいま分からないじゃないですか。新しい若い男探してるってもっぱら噂になってます。マネも誘われたら逃げろって言ってたじゃないですか。」
飛馬は不審げに僕を見る。
確かに僕たちは仕事上の関係で交際相手や遊び相手になろこともあるが、相手は選んでいる。
先ほどの女優は、子役デビューからスターだった大女優で、広い交友関係を築き、企業分野や政治家などにも顔が利く。しかし、恋愛は奔放すぎるし、毎月のように別の若いイケメンと仲睦まじい様子が週刊誌に報道されている。彼女はもう失うものがないが、相手の男はだいたい若手イケメンアイドルか俳優で、ファンから失望され芸能界で積み重ねたものが一瞬でなくなってしまう。
先ほど飛馬が埋め合わせすると言っていたがどうする気か聞くと
「俺が彼女に興味ある素振りすれば。きっと譲さんへの関心は忘れます。俺は顔が整ってないので彼女の対象外です。ですが、譲さんのような綺麗な顔立ちの男にしか興味なくても、若い男に尽くされれば嫌な気はしないでしょう。ついでに人脈も広げてきますよ。俺たちもそろそろ公的な大きい仕事とかしてみたいし。」
何のこともないように笑いながら話す飛馬。グループ内芸歴最年長で、実質リーダーと公私ともに認識されてるが、ここまでしっかりしていただろうか。いつの間にか成長したのか、それとも僕が頼りないだけなのか。
使えない人間でごめんと思わず言っていしまう。
「・・・・デビューから今まで、こういう接待は、ずっと譲さんがやってくれてましたよね。・・ああ、否定しないでください。デビュー時もう成人してたのが譲さんだけだったから、今まで頑張って未成年だった俺たちを「そういうこと」から守ってくれてたのは、皆わかってますから。でも、」
言葉を切って僕を見る飛馬、
「俺もとびおももう成人してます。楓とハリーは未成年ですけれど、あいつら何も知らない子供ではないですし、覚悟だってありますよ。譲さんが全てをやる必要はもうありません。」
発言の後、目を逸らして座席に深く寄り掛かる飛馬。以前から言いたかったことなのだろうか、それが言えたから、気まずさの中にもどこかスッキリした様子なのだろうか。前に寮で話したときは飛馬もとびおも当たり前のように僕の行動を受け入れていたが、飛馬にとっては、本当は違かったのだろうか。
飛馬の言ったことは大体間違ってる。僕は自分にしかできないことを探してやっただけだ。皆ができることが僕にはできなくて、それが悔しくて、なんとかこのままでいる方法を探して、役目だと思えるものを見つけただけだ。
昔からこれで仕事を何件か取ってきたこともあるけれど、事務所の指示にない「そういうこと」は、社長もマネも苦い顔をして、勝手な行動を辞めろと言われたこともある。その時の僕は、事務所の計画に反していることへの叱責として捉えたけれど、もしかしたら今の飛馬の言った内容も意味として含まれていた・・・のだろうか?
慣れないことを考えると頭が痛い。逃げるようにスマホの画面を開き、桜子宛てに
「(´・ω・)」
とだけ打ち込んだ。既読はつかない、忙しいのだろうか。
話を変えるためにこの後の仕事内容について確認する。確か、次回リリース曲のプロモーションビデオの打ち合わせだ。
僕たちのグループは思春期の葛藤や、それによって生まれるメンバー同士の疑似恋愛などを中心に鬱屈とした内容が多かったけれど、今回の曲は、メンバー全員の魅力を個人フォーカスして、明るい曲に少しの毒といった軽く楽しめる内容になる予定だ。
考えていると、事務所にタクシーがたどり着き、領収書を切ってもらい降りる。
会議室に入ると、学校を早退してきたのか制服のままのハリーと楓が座っていて、僕も挨拶して隣に座る。
とびおはまだ来てないのか聞くと
「確か下で相手を待ってるはず。会わなかった?」
とハリーに言われた。
とびおが待つなんて初めてじゃないかと疑問に思っていると、
「あーそーいえば。あいつが気に入ってるモデルの子が今回のプロモーションビデオでヒロイン役とか聞いたな」
と飛馬が独り呟いたので、今回ヒロインいるんだ。意外だ。と僕も呟くと、
「・・・それでも最後はヒロイン無視してメンバーでいちゃつく内容になりますよ。制作会議でも満場一致でその方向性で決まりました。ぶれませんよね社長。」
とあきらめたように話す楓。彼は作曲家も兼任していて僕たちの曲もたまに作るので裏方仕事のほうがアイドル活動より多かったりする。
そのまま待っていると、廊下から
「こっちこっち!!」
と、はしゃぐとびおの声がした。それから間もなく、ノックとともにドアが空き、はしゃぐとびおと、腕を掴まれて困惑する女性が立っていた。
「今回共演させていただくことになりました。『mia』と申します。よろしくお願いします。」
会議室に入ってそう発言して礼をした彼女。礼とともに胸が動き垂れ下がる。その圧倒感に、僕たち全員が言葉を失い、ただ1点を見つめた。




