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10.香山譲

寮に帰宅したのは、もう深夜の時間帯で日付変更線が変わる前ではあるからセーフと思いつつ玄関を開けて中に入ると、とびおと飛馬がリビングでゲームをしていた。

ドアの開く音で振り返ったふたりにおかえりと帰宅の挨拶をすると、

「ゆずるんおかえりー。時間守ったのはいいこだけど今日途中からライン無視してたよねーだから半分許さないよー。」

と笑いながら言うとびおに謝罪する。となりで気まずそうにしている飛馬を見ると、

「おかえりなさい」

と挨拶は返されたので話はできそうだ。


「それでそれで!今日何してたの!」

とゲームを放り出して絡みつくとびおの頭を撫でながら今日の事を話す。

頭を撫で始めた時点でスマホを取り出して、動画を撮影しだした飛馬。本当によくできた実質リーダーだと感心する、タイミングを見て僕たち専用SNSアカウントに上がるだろう。

桜子と買い物した事、その時に大物芸能人一家に遭遇したので少しお茶して話したこと、娘さんが多分芸能界入りしそうで楓を狙ってる様子と伝えると、

「楓狙いだと本気度高そうですね。あいつ昔から本当モテますよね」

と飛馬があきれた顔をしたので、今日「niceの学校」に行ってきたと話すと、一瞬で顔が曇る。腕を絡ませていたとびおも力が入った。

桜子を事情も聞かずに入学させることでもうこの件は関わり無しと宣言した事を話すと、

「・・・ありがとうございます。毎年事務所に連絡来るの本当煩わしかったので」

と飛馬に感謝された。されることをしたつもりはないけれど、飛馬もハリーもあの件については忘れたいのだ。


僕たちのデビューして間もないころの曲、「nice」のミュージックビデオは桜子の学校で撮影された。

当時新人だったが話題性作りのために連続リリースを社長が提案したこと、それの特典の握手会やハイタッチ会でスケジュールがいっぱいだったため撮影は生徒のいる時間に強行された。

当時Plutoは今ほど有名ではなかったが、イケメンアイドルが同じ空間にいるということで、見物客の生徒が大量に撮影現場の周りに群がった。

もちろん教師が注意したり、撮影スタッフやマネが見はったりしたが、その中に僕に一目ぼれしたらしい少女がいた。

彼女は注意を気にするどころか親に教師を注意させて行動の自由を勝ち取った。

あの日も撮影休憩を見計らって疲れた僕たちのところに突っ込んできた彼女は僕めがけて勢いよく走ってきて、照明のコードに引っかかり派手に転んだ。割と大柄だった彼女が勢いよくコードを蹴ったせいでつながっていた照明が倒れ、その方向にハリーがいてとっさにかばった飛馬と二人押しつぶされた。


ハリーは大きく転んだことによる捻挫、飛馬は背中に照明の火傷が残った。

もちろん撮影は中断、二人を病院に連れて行き、リリースは延期となった。ミュージックビデオもスタジオの中で全て撮り直したので、あの学校で撮影したことを知っているのは僕たちと関係者とあの学校の人間のみだ。


怪我をしたハリーと飛馬は被害者だ。しかし彼女の親はそれを認めず、自分の娘に怪我をさせたことの賠償と僕が彼女に責任を取ることを要求してきた。弁護士を連れて。

もちろんそんなことは社長も認めず、裁判になりそうだったがなんとか示談に持ち込んだ。最終的に、交渉の場で僕が何の感情もなくその子を見つめたことで心が折れたようで、親にもうやめてくれと彼女が言ってくれたことで決着がついた。


きっとそれからだ。僕たちがファンに何の感情も抱かなくなったのは。


ファンは皆程度の差はあれ僕たちに自分を愛してくれと求めてくる。

メンバー同士のブロマンスを積極的に行うことで、自分じゃなくてメンバーを愛してくれと言うファンもいるかもしれないが、そのファンたちも結局、僕たちが付き合ってくれといったら即座に頷くだろう。

誰だって、好きな人間にはありのままの自分を肯定されたいものだ。ファンたちはなぜか自分が愛するアイドルがそれをしてくれると思い込んでいるところがある。だからどんな手段を使っても近づこうとするしどうにかして僕たちの記憶に残りたいと願うのだろう。


僕たちの握手会にも何千枚規模でCDを買い込んで何十分単位で話したがるファンがメンバー全員にいる。僕のところにもお馴染みのファンが何人かいてファンサもなくだらだら喋ったりする。それでファンたちは僕の特別になれたと思うのだろう。


残念、君たちのことは金払いの良い「客」でしかないよ。


これはメンバー全員の認識だ。実際ファンをやっていた人間と付き合ったメンバーは一人もいない。

とにかく僕たちは、盲目的に理想を押し付けてくるファンが大嫌い、いやもう憎んでる。決して顔には出さないけど。


ずっと僕の腕をつかんでいたとびおにお礼を言う、彼女の事について彼が言ってくれなければ、ただあのマンションに閉じ込めて眺めているだけだったかもしれない。

その思考回路は、都合よく僕たちを見るファンと変わらないから。危うく嫌いなものと同じになるところだった。

とびおは、僕の言いたいことが分かったのか何も言わず笑顔だけを返してくれた。


二人のゲームを中断させてしまったことを謝罪して自分も混ざると言うと喜んでくれた。飛馬が僕の分のゲーム機を持ってきてくれる。

ゲームを操作しながら、桜子を帰した後、CMをやっているスポーツ用品メーカー社長の娘と会ってきたことを報告する。スポンサー様のご令嬢であるその人は大のイケメン好きで広告塔を好みの男に指名してスタンプラリーしているのだ。ちょうど僕の番だったのでサービスしてきた。これで未成年のハリーは関わらなくて済むだろうと二人には報告しておく。楓は彼女の好みに合わなかったようでセーフだ。

二人に

「お疲れ様~」

とバイトが終わった時の挨拶くらいの軽さで返されたが、これが僕たちの日常だ。


桜子と結婚したけれど、これを僕は辞めるつもりはない。

僕たちは、こうやって今の地位に上がってきたからで、これからもまだ上がりたいから。

それがメンバー全員の考えであると、僕は信じている。



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