13.香山桜子
学校からの帰り、タクシーはマンションに直帰しなかった。
気まずい空気の中、ジョーくんが
「普段どこで服買ってるの?」
とこちらを見ずに聞いてきたので、しまむらかGUと答えると
「・・・じゃあ勝手に選ぶね」
と見事に発言内容をスルーされた。なにか気にくわないことを言ったのだろうか、どちらも最高の洋服店だと思うけれど。
そんなことを考えてしばらくたち、タクシーが停まったのは新宿の百貨店前でそのまま中に連れていかれて、そこからしばらく大変だった。
まずエレベーターに乗り込み、
「とりあえずしばらくの間着る服買うから。行きたい店選んで」
と言われて迷わず百貨店内にあるユニクロの階のボタンを押したら、秒速で横から伸びてくる腕が私が押した階数のボタンを押してキャンセルされた。
「通販でも買えるでしょ」
とあきれがちに言われたが大型店舗限定商品もあると力説すると、
「なにその情熱」
とため息をつかれた。
じゃあどこのお店ならいいのだろうと聞いてみる。連れていかれたのは、某世界的チェック柄が有名なブランドと、某少女向け人形の洋服部門のお店で、私が着たことないショッキングピンクのワンピースを笑顔で渡されたときは流石に勘弁してほしいと店員さんもいる前で頭を下げた。そのデザインはまず人形の服しか許されないし着ることができるのはジョーくんが普段一緒に仕事してるような芸能人の女性達だけじゃないかと思う。
何とか説得し、派手じゃないデザインの物を数着だけ買い、ついでに靴も買って、あとは下着だけだったのだが流石にジョーくんと一緒にお店に入る度胸は私にないし、ジョーくんも物凄く気まずそうにしているので上の階のレストランあたりで待ってもらうことにする。
ジョーくんは一人にすることを心配し、
「何かあったらすぐ連絡するんだよ!!」
とこちらを何度も振り返りながらエスカレーターに乗り、上がっていった。
見送って下着店に入る、とりあえずサイズだけ測ってもらって後はネットでいいやと思いながら店内を進むと、他にもいる買い物客の中の一人に目が留まった。
一見若い女性客に見える。細くて露出の多い服を着ている。けれど、持っているものが私から見てもブランドものばかり、でもなぜか腕や足に大きな痣や切り傷が数点見える。
何より、ブラジャーを持ったまま焦点の合わない目で立っていて、店員が気づかないのが謎なほど不審な様子だ。
近寄ろうとしたその時、彼女から赤よりのにごった煙が出てくる。
害獣警報はまだ出ていない。不審に思ったが対応できるのは自分しかいないことは分かる。
しかし変身をどうしようと思う。
公共の場から一人消えるのであればさほど気にされるものでもないが、下着店は面積は広いが今日は休日ということもありそこそこ買い物客がいるのだ。
私は店内を見回して、奥の試着スペースを見つける。棚から無造作に下着を手に取り、店員に試着することを告げて返事もなく入り込む。
カーテンを閉めて、ポケットから取り出した音楽プレイヤーをコンパクトに変え、武装、と静かに呟き、変身完了を待たずに試着室から飛び出た。
試着室の外では、害獣を生んだ女性が崩れ落ちて店員や客に介抱されていた。害獣はどこにいるか見回すと、今まさに店内から出ていくところで、慌てて追いかける。
いつもの通りオオサンショウウオのような丸い形の濁った赤の害獣は目の前のエスカレーターをそのまま上っていった。上の階でも止まらず、どうやら最上階までエスカレーターを上るようで勘弁してほしいと思いながら私もエスカレーターを駆け上がる。
最上階はレストラン街でお昼時なこともあり待つ人やメニューを見て回る人の波が地味に邪魔だ、ここで吸収して昨日の害獣のように肥大化するのだけは避けたい思いで目をこらすと害獣は人の波を抜け隅の方へ走っていったのでそのまま追い込むことにする。
とんかつや中華料理のお店を通り抜けて一番隅の昔ながらの喫茶店に入り込んだところで、手に鎌を出現させる。
勢いをつけて店内に走りこむと空いているテーブルに飛び乗り、そのまま重力をつけて走る害獣の後ろから鎌の刃を突き立てる。
害獣はプチトマトのような軽くでもしっかりした感触を持って体液を弾けさせて動かなくなった。
コンパクトを開き、耳障りなアラームとともにトウバツ完了を確認する。画面から出てきたハムスターから受け取った錠剤をすぐ飲み込むけれど、薬効期限は89日から90日に変化しただけだ、どういうことかとハムスターを見る、
「今回の害獣は小さく発生してからすぐトウバツされたから報酬がすくないパカ」
と肩をすくめながら発言するハムスター。
今まで大きい害獣ばかりトウバツしていたのでこういうケースは知らなかった。
都会は発生数が多く戦闘も小規模になり、安全性の面では良いのかもしれないけれどこの薬効期限の短さだと毎日戦わないといけないなと別の大変さを思い知る。
昨日の戦闘はレアケースでこれから自分も魔法少女活動について真剣に考えなければいけない、まずは尚美と明日奈に相談する必要があるな。
と色々考え、そういえばジョーくんへの私を愛しているという洗脳はどんな仕組みなのかハムスターに聞かなければいけなかったんだと思い出し聞こうとしたけれど、顔を上げて見えた物ですべて忘れた。
喫茶店の窓辺の席に一見家族連れに見える4人が座っていた。
父親は多分有名なお笑い芸人兼司会者で母親の方は大女優だろう、テレビで見たことある顔だ。そして二人の遺伝子を継いだと分かり、それに加えて美しい若い女性。大学生くらいだろうか。その女性がしきりに笑顔で話しかけているのがジョーくんだ。
家族連れの方はラフな格好なので、スーツ姿のジョーくんと約束していたと思わないしきっと偶然だったのだろう。
とてもお似合いだった。
4人はホームドラマに出てくるような理想の家族に見えた。娘さんはジョーくんのファンなのだろう。席でそのまま顔を近づけてスマホでツーショット撮影していた。ラインのIDも教えていた。彼女が本気になったら両親の後押しもありジョーくんと付き合えるだろうしそのまま家庭も持てる。ジョーくんにとってもこの先芸能界で生きていく上で良いことだ。
何も持ってないなにもしてあげられない私と違って。
動けず4人を凝視していた私だったが、話の最中に視線を逸らしたジョーくんと目が合い、見えているはずもないのに焦って慌てて踵を返す。
私は武装を解かずにそのまま店の外に出てエレベーターで下の階に行った。時間がかかったが他の人がいないトイレを探し出し武装を解いてトイレから出るときも誰にも見られないように気を付けた。
下着店の場所に戻ると、営業をそのまま続けていて、店長らしき人がデパートの偉い人や警察か警備員かわからない人などと話してる以外は元通りだった。
なもう下着を見る気力もなくなり店の近くのベンチに座る。
ポケットの中の音楽プレイヤーをいじりながら、この場で変身して飛んで行ってしまおうか。でもどこに行けばいいのだろう。行く場所もない。と断片的なネガティブ思考を思い浮かべる。
「いたいた!」
との声に気がつき、顔を上げると慌てた様子のジョーくんが立っていた。
「連絡ないからお店に行ってみたけど人倒れたって聞いてまさか君じゃないかと思ったけど・・・。」
違くてよかったと笑うジョーくん。
先ほどまで話していた家族連れは良いのだろうかと聞きたかったけれど、私はそれを知るはずない立場なので何も言えずに下を向いた。
「大丈夫?君も体調不良?」
と心配してきたジョーくんに、問題ない、ただお腹が空いただけ。と答えた。
まだ心配は消えなかったようだが
「僕もお腹空いたよ~。上のレストランどこも混んでるからこれから僕の知ってるお店行かない?個室あるし牛タンがおいしいんだ!」
と笑顔で提案してくれたジョーくんに行きたいと伝えて、二人で歩き出す。
先ほどの家族とは食事をしなかったのかなと思ったけどそれを聞くことはできない。
でもジョーくんは私を置いていかないでくれた。今はその事実の幸福だけを感じることにした。




