9.香山譲
寮に戻ると、昨日は事務所に泊まりそのまま僕たちの寮に来た様子のマネと、たった今起きましたという顔でパンを頬張るとびおがいた。そのまま二人でロケの説明を聞く。
今日のロケが放送される情報番組は、とびおが出る少女漫画原作ドラマの宣伝を兼ねているはずで確か僕たちの歌が主題歌として使われているはずだ。
ロケはいつも通りつつがなく行われた。
暴走して店内を走り回るとびおを僕が捕まえて進行役の女性芸能人に笑われたり、移動中にご年配の淑女の団体に遭遇したので、僕ととびおのどちらがモテるかの勝負になり、僕が化石レベルの甘い言葉を言って珍しく勝利したり、ゲームに勝ったほうが食べられるスイーツを進行無視して二人して食べさせあったりしたので、メンバーとのイチャイチャも僕の出演尺も確保されてる。マネから見ても満足のいく取り高だろう。
番組スタッフからカットの声がかかり、撮影はお開きになる。マネは楓と曲の会議があるので帰りは各自で事務所に戻るよう建前として言われていた。
今朝現場まで送り届けたマネの
「分かってるよな、頼むから。」
と苦い顔をして車に戻っていった姿を思い出したけど、スタッフに挨拶後昼食の誘いを断り、タクシーを探しに大通りに出た。
「ゆずるん、行くんだ。」
と声がして振り返ると、撮影後に進行役の女性芸能人と仲良く話していたはずのとびおが立っていた。
お前も進行役の子とこれからデートじゃないのか?と聞くと
「んー。あの子はぶっちゃけ好みじゃないんだけど、この番組の別のレポーターの子には興味あるんだよねー。ほら、目の大きい巨乳の子。」
とふわふわとした返事をしたとびお、とりあえず誘いには乗るようだ。
「日付が変わる前には寮に戻ってきてね。あと1時間ごとにラインするから5分以内に返信すること」
そう提案するとびお、ハリー楓だけでなく全メンバーから監視されるようだ。
でも行かせてくれるだけありがたい。一応とびおに礼を言っておく、
「本当にうれしそう。はやくその子に会いたいんだねー」
じゃあよろしくねー。と言ってとびおは僕に背を向けて待っていた女性芸能人のところに向かっていった。
とびおが去り際に、声には出さず口の形だけで呟いた言葉はあえて見ないことにした。
彼が言うはずないからだ。
「そうやってわらってくれたことないよね。おれたちに」
なんて
ロケ地からマンションまでそこまで遠くなく、道路の混雑もなかったのでお昼少しすぎには到着できた。
最上階にエレベーターが着くと、なぜか小走りになり玄関の鍵を開ける。
リビングにはジャージ姿の桜子がなぜか固定電話の前で体育座りをしていた。
僕が突然帰ってきたことに驚いてるようだ。そういえば連絡を忘れていたことに気づく。
僕が「ただいま」と口にすると、桜子は唖然としていた表情を変え
「・・・・おかえり・・・・なさい」
とためらうように口にした。
僕はとりあえず荷物を片付けるために自分の部屋に向かったけど、ベッドが使われた形跡はなく、僕の部屋にも彼女は入らなかったようだ。客用寝室を見ると、鞄などが置かれていたので一応ちゃんとベッドでは寝てくれたと分かり安心する。
後からついてきていた桜子が、「この部屋使ってよかったですよね?」
と確認してきたので、もうここ君の部屋てことでいいよと伝えたら驚いていたが了承してくれた。
昨日の深夜に僕が電話して呼んだ宅配食事業者が持って来たものはそのまま冷蔵庫にあると桜子から聞いたので温めなおして食事にすることにした。深夜に食べるのは流石に体系を慮ったそうだ。
食事をしながら話をすることにした。僕が事務所やメンバーに桜子の事を伝えたと報告すると、
「それ大丈夫なんですか・・・?マネージャーさん怖そうですよね?」
と心配された。
僕たちのマネは、以前寮を盗撮されたときに、盗撮したファンの女の子本人には手を出さずスマホやカメラのみ粉々に破壊したことがある。その時野次馬が撮ったマネの写真がSNSに拡散されたことがきっかけで、大分厄介なファンが減ったのもあり削除依頼は出していないけれど。
僕本人が決めたことだから貫くよ、ほら僕グループ内でもいい歳だからね。と安心させるために発言したけれどやはり不安は消えないようだ。
食事が終わり、本当は買い物に行って桜子の必要なものを揃える手伝いをすべきなのだけれど、住んでいる近所で特定の女性とのツーショットが連続で目撃されることは大変まずい。
そこで、今日ロケに出る前にここに来ることを想定して持ってきていたスーツケースを開ける。
中からスマートフォンとネットブックを出し、桜子の目前に置く。寮に大量に保管されている、僕たちへのプレゼントされたガジェットの中から彼女に似合う桜色の物を探してきた。
驚く桜子にとりあえず当面必要なものはここから注文してほしいと頼む。
もちろん桜子は慌てる
「いやその私お金も稼いでいませんしいろいろしてもらって申し訳ないのですが・・・」
と慌てる彼女。
別に僕のお嫁さんなんだからなんでも頼ってよと軽く言っただけで顔を赤くして机に伏せてしまった。
「私の役割が欲しいです。」
桜子はぽつりとそう言った。
昨日から今を見て、僕と彼女が普通の結婚生活を送れないことは彼女も理解していると、そう僕は読み取った。
そもそも、結婚してどうするのだろう。
僕の現住所はPlutoの寮ということになってるし、何個かマンションの部屋は所持しているけれどそこの管理は業者かその時親密な女性だ。桜子には管理をさせるのは何か違うと思うし、なら僕の望んでいることは何だろう。
そうやって考え込む僕にスマホの着信振動がある画面を見ると、
ゆずるんのダーリン:今彼女とイチャイチャ中?
とラインが来ていた。とびおからだ。
この名前欄は以前番組の罰ゲームで登録名をとびおに変えられた名残だ。なぜかとびおは、この名前が僕のスマホに表示されると満足げに笑うので、そのまま放置している。
ラインには「そうだよ、二人の未来について真剣に考えてる」と返した。すると既読がすぐ付き、
「相手の子一応まだ未来について考える時間があってもいいんじゃない?」
と真面目な返事が返ってきた。
そんなに早く離婚してほしいのかと送り返すと、既読はすぐ付いたが返信はすこし時間がたってから返された。
「いや相手の子16でしょ。まだ子供だよ。子供でいる時間が必要なんじゃないかなって」
と帰ってきて僕は失念していた情報に気が付く。
退学などの手続きの時に見た書類で、桜子の出席率や成績を知ることができた。
確か成績は中の上だったが遅刻や欠席はなく、そして何より彼女は部活に入っていたはずだ。
黙り込んだ僕を不審に思ったのか、桜子は顔を上げて不安そうにこちらを見ている。
「陸上部だったよね・・・。長距離走のエースだったって」
そう僕が桜子に言うと、なんでそこまで知っているのかというような驚きの顔を浮かべた。
走るのは好きかと聞くと
「はい、生き残るのに必要だったんです。」
と返答された。家庭環境の悪い中昨日までの高校に進学できたのも、部活の成績に目を付けた教師の強い親への説得があったのが大きいだろう。
また走りたいか聞くと、桜子はためらいなく頷いた。
手続きはまだ退学が確定したわけじゃなく、今なら転校にもできる可能性があることを伝えると、どういうことか訝しむ桜子。
僕はスマホに登録された番号を呼び出し、よそいきの好感度の高い声で相手に事情を話す。是非詳しく聞きたいと返答した相手に感謝し、これから時間を頂けないか伺うと二つ返事で了承してくれた。
なにが起きているかわからない桜子に、僕は、これから一緒に出掛けるから変装してほしいと、まず手持ちの眼鏡を渡した。




