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8.香山譲

目覚ましは掛けていなかったが、ついこの間まで撮影していた映画のスケジュールの影響かちょうど7時に目が覚めた。部屋の反対のベッドに人が眠っている気配があったので僕が眠った後に楓も戻ってきたようだ。

起こさないようにそっと部屋から出ると、キッチン付きのリビングに向かう。

昨日帰宅が遅かったのもあってかまだ皆寝ているようだ。冷蔵庫を開けると、普段来てもらってる家政婦の人が買っておいたのだろう食材が目に入った。最近寮に僕たちがいることが少なく業者に電話すればその都度来てもらえるサービスを頼んであるけれど、待つのも面倒なので自分で適当に朝食を食べることにした。

冷凍庫に保存してある小分けされたご飯を温め、魚の切り身を魚焼きグリルに入れてお味噌汁はインスタントだ。

出来上がった食事を並べ、小声でいただきますを言いそのまま食べ始める。なんとなくテレビを点け朝のニュースをぼーっと見る。急速に進む少子化や若年層の他者への関心の薄さの増加といったニュースの中で、コメンティエーターの専門家が例えとして

「現実の他人に対する関心の無さへの悲しみが、人気アイドルPlutoのメンバー同士の親密さへの憧れにつながっているのではないか」

と急に話し出した。あと1時間もたてばSNSトレンドに僕たちのグループの名前が上がるだろう。今の僕たちは主体的に何かをしなくても良くも悪くも勝手に話してくれるファンがたくさんいる。宣伝には困らない。ニュース番組はその流れで芸能コーナーになり、僕は食事を終えて温かいお茶を飲み、食器を片付けて玄関に向かい下駄箱から履きなれた靴を履き寮と同じ敷地内にあるレッスンルームに向かう。


建物の鍵を開けて目的地に向かう。朝の音が無く落ち着いた空気が僕は3番目に好きだったりする。

簡単に準備運動をした後、備え付けのスピーカーにスマホを繋いで曲を流す。

スローテンポの洋楽で、僕たちの事務所の候補生はこの曲と定められたステップが完璧にできるようになって初めてスタートラインに立てる。

今はこのダンスを条件反射で踊れる僕だけれど、事務所にスカウトされて練習を始めたばかりのころは一通り間違えずに踊れるまで2週間はかかった。僕以外のメンバーは入って遅くても3日でマスターしたと聞いたので自分自身よくあきらめなかったなと思う。


基礎練が終わった後は、今度の新曲の振り付けの練習だ。

社長含め事務所はプロモーションコンセプトにまだ悩んでいるようだが、リリース曲と振り付けはもう決まっておりレコーディングも終わっている。

今回はストーリー性よりも各メンバー個人の魅力を出していこうということで全員にメインパートがある。つまり僕がセンターになって踊るダンスパートもあるわけで、今までダンスシーンでは目立たないようにポジションを一番外にしていた手段が使えない。

いくら最初よりかは踊れるようになったといっても、僕たちのグループはダンスの天才ハリーとなんでも普通以上にできるG、見た目の気怠さからは想像できない俊敏さとセンスを持つチャーリーがいる。ピッピは本人にダンスへの苦手意識があるので精神的には僕と仲間だけれど、芸歴が長い分僕より当たり前に踊れるので、ダンスにおいては僕はグループ内で落ちこぼれだ。


とりあえず振り付けの流れは覚えられたので、途中で止まることなく一曲踊り終えられたけれど、歌番組で口パクが使えない場合に歌に意識を集中できるほど身についていないので、まだまだ駄目だと判断する。

もう一度振り付けの動画を見ようかと部屋備え付けのタブレットを起動させようとすると、レッスンルームのドアが開く音がした。


音の方向を見なくても歩き方でわかる、彼、ハリーは僕に何も声をかけないままでスピーカーに近づき、スマホの画面を操作してまた音楽を流した。


ハリーはスマホを置くと急がずゆっくりと歩いて僕の隣に立つ。


そして踊りだした。


Plutoのメンバーといえば?という質問に一番名前が出るだろうアイドル。それがハリー、本名・陲(ほとり)ハインリヒだ。


トップアイドルになるべくして生まれたような男で、幼稚園生の段階ですでにキッズダンサーで年上を押しのけてセンターに抜擢される神童。歌も上手く成長期真っただ中でまだまだ身長の伸びしろがある。輝かしい過去と現在そして未来が待っている。


彼のダンスをぼーっと眺めていたがなんだか自分もじっとしていられなくなり途中から一緒に踊りだす。

ハリーは僕の参加をわかっていたように自分のパートだけでなく僕以外のメンバーのパートも難なく踊って見せた。僕自身ではつかみにくいタイミングも先導してくれるハリーのお陰で一人で踊るよりいい感じだ。


そうやって二人で一曲踊りきる。

当然ハリーについていくことで必死だった僕は疲れて座り込む。まだ2回目なのに情けないなと思わずハリーを見たが彼の表情に特に変化はなかった。

「相変わらず動かなくてもいいところで動きすぎだし、動くべきところで動けてない。」

淡々と話すハリー、いつもこうやって彼は僕のダンスを見てくれている。

座り込む僕を一瞥するとハリーは音楽なしで軽やかに踊って見せた。僕のパートだ。

相変わらずの完璧さだ。僕が動画撮りたいから待っててと言うと

「別に。これくらいなら言われればいつでも踊るから。」

とダンスを止めずに返答された。


彼の動きを頭に記録しようとしっかり見つめる。

こんなに才能のある彼がなぜかダンスや歌がド素人の僕に懐いてデビューメンバーの中に僕を入れてほしいと社長に直訴したエピソードはファンの間でも有名で「ハリーはジョーの彼氏」という王道カップリングが出来たきっかけである。

本人はインタビューでこの件について聞かれると

「こんなに美しい人はいないって。初めて見たときに思ったんです。」

とサービス満点の返答をするのがお約束だ。実際は事務所的に正統派イケメンをグループに入れたかっただけなのだが。しかし、プロ意識の高いメンバー4人が素人同然の僕を拒否しなかった理由を今も僕自身知らない。なんだかんだで聞くきっかけを逃してしまっている。もしかしたら怖いのかも。


「じゃあ今の通りに踊って譲くん」

踊り終えたハリーがこちらを見てそう言った。ちゃんと見ていないと思われたのだろうか、僕は考えながらもいつもきちんと見ているのになと思いながらも立ち上がりまた踊る。

後ろでハリーの

「遅い!さっきそこ間違えた!視線前見て!!」

などの指摘を受けながらその後何回か踊ると、今日初めて踊ったときより大分ましになった。


「そろそろ俺仕事だから」

ハリーはへとへとの僕にそう声をかけた。

練習付き合ってくれてありがとうと言うと、

「練習じゃなくて監視」

と無表情に言われた。昨日楓に頼んだやつ?と聞くと、

「やっぱ楓くん言っちゃったか」

と納得の様子だ。

僕は、「今回の事は裏切りに見えるかもしれないけれど、自分は今この状態に何も不満はないし変えたいとも思わないから安心して欲しい。Plutoや支えてくれる人を悲しませるようなことはしない」

と自分の考えを改めてハリーに伝えた。桜子のことはどう説明したらいいか自分でもまだ言えないがとにかく悪意が無いないことは伝えたかったのだ。

すると、

「うんわかってるよ。譲くんが僕たちに何の悪意もないこと」

ハリーがこちらに背を向けてそう言った。

「でも、変える意思がなくても、変わってしまうことってあるから。」

そう言って歩き出したハリー、レッスンルームの扉を開けると、

「この後連絡あると思うけど、とびおくんのお買い物ロケ、同行するの飛馬くんじゃなくて譲くんに変更になったからよろしくね」

と僕に伝えてドアを閉めた。


僕も片付けをしてレッスンルームを出る。

僕はリーダーなので全員の仕事スケジュールを本来把握していなければいけないのだけれど、しばらく撮影で海外に行っていたこともあり、スケだけでなくメンバーのことも見れていないのかもしれないと考える。

昔から、落ち込んだり空気が悪くなったりメンバー間であったら、僕が的外れに動いて、それを見た4人が不器用で顔だけリーダーと僕をバカにして笑って終わる流れがずっと続いていた。控室でもファンの目に映るところでも、その構図に変化はなかったはずだ。

僕を笑ってそれで終わる、それで解決。と勝手にそう思っていたけれどそう思ってたのは僕だけだろうか。


色々考えそうになり何となくスマホを見て着信記録を眺めていると昨日した電話を思い出した。

桜子に聞けば何か見えてくるのだろうか。彼女はまだ僕を「ジョーくん」と呼ぶ。ファン目線を持っているはずだ。


まずはマネととびおと合流して今日一日のスケジュールを把握しなくては。そう思って僕はダンスの疲れも忘れて足早に寮に戻った。




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