7.香山桜子
ジョーくんから家の中のものを好きにしていいと許可をもらっていたので、一番狭い部屋が物置だろうと想定して探す。玄関だけで今朝まで私が寝起きしていた空間に近い広さで芸能人の凄さを思い知った。靴箱に立てかけてあった箒を手に取る。たぶん100均製品なので破損しても弁償できるだろう。
リビングに戻り、コンパクトを取り出す。「武装」と小さく呟いて魔法少女の姿になる。別に今この部屋には私一人なのだから小声でなくてもいいのだけれど慣れだからね。
箒を手にして集中する。私はいつもこの時、箒ではなくエンジン付きのバイクを思い浮かべるのだが、出来上がりは、私の魔法少女姿に似合う桜色のメルヘンな箒で今日もため息が出た。
ベランダの鍵を開けて外に出る。いつの間にかコンパクトから出てきた(魔法少女に変身するとハムスターは画面から出れるのだ)ハムスターが肩に乗っていた。
「外出は禁止されたのではパカ?」
そうとぼけるようにこちらに言ってきた。わかっているくせに。言いたくなったが我慢して箒に跨り、そのままベランダから夕暮れの街に飛び出した。
変身すると魔法少女はこの世界での存在があいまいになる。確かにいるのはわかるし書類上の記録もあるのだが、人物の詳細が思い出せなくなり、目の前にいても認識できない。SNSなどに魔法少女の写真が出回らないのはそれが理由だ。
そして、害獣に攻撃を受け、体の欠損度合いが半分を超えた魔法少女は、最初からこの世界にいなかったことになる。
家族友人恋人など近い人は一緒に過ごした記憶を失い、残った書類写真所持物は、見覚えがないのになぜかある物として不審がられるが、だいたいは処分されて終わる。
これは私の偏見だけれど、魔法少女になるような子の家庭環境や人間関係はだいたい最悪で、本人または周りの人間に問題がある子が大部分だ。
私自身もアイドルとの結婚を願い、それを原動力に何年も魔法少女を続けている普通の人間から見たらおかしい人間なのは自覚ある。
そんな問題ばかりの人間をこのハムスターたちは目ざとく見つけてスカウトするのだ。
で、私の肩で「わー流石東京ビルばかりですねーパカ」なんて観光気分のハムスターに、この近辺の魔法少女について聞くが、「いや自分ずっと田舎の管轄だったんでわからないですよパカ」とへらへら笑っている。
全く役に立たない。まあ、ハムスターとしては私が害獣処理できないほうが望みなのはわかるけどね。
マンションの周りは人の気配が少ないので、もっと中心街に出てみることにする。
とりあえず渋谷に来てみたが、すごい人だ。学校が終わる時間帯なので、制服姿の学生が多い。
下降してハチ公像の頭の上に乗ってみた、もちろんだれも気が付かない。
上を見ると、109の大きな文字の下に5人の顔、ジョーくんの顔もある。ジョーくんを含むアイドルグループ「Pluto」の渋谷ジャック広告プロモーションが今行われていて、駅前の大きな広告も、モニターに流れるプロモーションビデオも、道路を走るトラックの広告もすべて彼ら5人の顔だ。
街を歩く女の子だけじゃなく男の子もいや年齢関係なく様々な人が彼らの顔を見て、スマホを取り出し写真を撮っている。洋服店やCDショップで買い物をした人は、期間限定の彼らの顔が入ったショッパーを手から下げている。
彼らは本当にすごい。宇宙で一番のアイドルなんだ。ファンとしてうれしいなとか。私は未だにどこか他人事のように見ていたが、ハチ公前で待ち合わせしている女子高生の声が耳に入る。
「ねぇ、オタク垢で流れてきたんだけど。ジョーが手を引いてるこの女子高生芸能人じゃないよね?」
「ああ、それ高校生ユーチューバーとのドッキリ企画だったらしいけどジョーくんターゲット間違えたって私見たよ!ドジかわいい・・・」
「え?でも私のフォローしてるPlutoの事務所のスタイリストさんが、ジョーくんその子と結婚したって事務所大騒ぎだってインスタに書いてたよ~~」
「それ本当にスタイリスト?内部情報漏れすぎじゃない?てか結婚て誰?昔噂あった姫白リン?」
「違うよ!!ジョーくんの彼氏はハリーくんだから!!!!」
「はい腐女子きもいから」
姿が見えていないのは分かってるけど全力でこの場を去りたくなった。
まだ一日も終わっていないのにこれだけ真実の情報が流れているのが分かっての外出禁止令なんだなとジョーくんの思いやりを理解した。
目を背けたかったけど、会話してる女子高生達をもう一回見る。話題は、クラスメイトのインスタの気持ち悪さに移っていたが一人は発言が少なく、顔がこわばってきている。
これはと姿勢を正し、箒に跨る。手に意識を集中して何もない空間から鎌を作り出す。
耳元で「残り30秒。来るパカ」とハムスターの声がした。珍しく仕事をしている。
無言になった女子高生が、少し痙攣し、そしてガクりと首を垂れたその瞬間、彼女の全身からカビのような黒緑の煙が出て来て、形作られ地面に落ちる。
コンパクトから耳障りなアラームが鳴り響いた。
もちろん害獣が見える人は今この場に私以外いないので生み出した女子高生は体調不良に見えるだろう、他の女子高生が心配して介抱しているのをちらりと見て、私はすぐ害獣に向かって飛ぶ。もちろん害獣も走り出す。
今回の害獣は小型犬くらいの大きさで、やはりオオサンショウウオのように丸く弾力がある。上空から先回りする予定だったが、人込みに紛れると見えなくなるので、自分も地上に降りて走るしかない。移動に魔力を使わなくて済むのはありがたいけれど。
害獣は、ジョーくんの看板を追ってなのか109方面に走り、私もそれを追いかける。
てっきり109で止まってくれるかと思ったけど、そのまま走り抜けてなぜか若者が多い地域から離れていく。
害獣原因ジョーくんでしょう?と思わず叫んだら、肩のハムスターが「悩みなんてそんなに単純じゃないですパカ」と分かったようなことを言った。
イラついたけど発言した私が悪かった。とにかく走り続けると、道玄坂、ニュースでしか見たことない怖い大人のいる街に入っていたことに気が付く。
走り続けていた害獣だったが、狭い道なのに速度の速い外国車にぶつかりそうになりそのまま車体から跳ねて裏路地に飛び込む。
これはチャンスだと裏路地に入り込み、そして自分が間違えていたことに気づく。
裏路地にはどう見ても怖い世界の男女が大声で喧嘩をしていた。女の人のほうは外国の方なのか早口でひたすら男に怒鳴り、男も負けずに怒鳴っているけど言葉というより吠えてるて感じで何言ってるか全くわからない。
とにかく害獣を探し、見つけなければならないと焦りながら見回すと、喧嘩する男女の中心に静止している。
これはまずい、あわてて自分の鎌を振り振動でも攻撃を与えようとしたが遅かった。
害獣は、喧嘩している二人から出てくる黒に近い黄色や青の煙を吸収し、体積を風船のように膨らませた。
害獣は、みるみる膨らんで、裏路地から上空にまで体積を伸ばす。
「上空に出たら、渋谷の他の人間からも吸収するパカ!」
ハムスターは私にも判断ができることを叫んだ。
最悪だ。思わず舌打ちが出る。
私は、一応手にまだ持っていた箒に跨り上空に出る。
俯瞰で見れる高度まで上昇して状況を確認する。
害獣は、目から見事に青黄緑が黒く濁ったような涙を放出している。
とりあえず箒の上に立ち、接近して背中に鎌を思いきり突き立てる。
害獣は痛みを感じたのか唸りながら身を捩り、攻撃後体制を整えられなかった私は見事に飛ばされて、ビルの上のジョー君たちの大きめの看板に激突した。
痛みを感じて下を見るとふくらはぎから先が片方消えていた。攻撃の時に力を込めていたのがそのまま捻って捥ぎ飛ばされたようだ。飛び散った血がGくんの顔にトマトをぶつけたように広くついてしまった。
これはGくんのファンに殺されるな。とか余計なことを考えてしまうくらい私は今気分が高ぶっているようだ。なぜなら、足がないと移動に困るしなにより出血が酷いと半身欠損認定されて自分の存在が消えてしまう。痛みはこれまでも体験してきた。消えるのだけはいやだ。まだ今は、そう初めて思える。
思考回路が自分でもおかしいとしか思えない。
どうしようか考えていると目の前に小さな風を感じた。顔を上げると長めの箒に跨った二人の魔法少女。
この町で、初めて出会った自分以外の魔法少女。




