平助の勘違い
いつ伊東は近藤に話しに来るのだろう。そう思った矢先の事だった。
「局長、少しお話をよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ。」
ついに来たかと、近藤と土方は目を合わせた。
「早速、本題に入らせて貰います。私、伊東、新選組から離れたいと思っています。これは脱退ではなく、分派という形で。」
土方の目は見ず、近藤だけを見つめて伊東は話し始めた。
「それはどういう事でしょう?」
「薩摩や長州の動きを探ろうと思っています。名目は御陵をお護りするという事で敵の目を欺きます。新選組を離れたとすれば薩長も警戒心は薄れるでしょう。しかし、真意は薩摩と長州の動向。いかがですか?」
反対はさせますまい。といった口調ではっきりと近藤に詰め寄る。
「しかし新選組を勝手に抜けるのは法度で禁じられている。」
「だからご相談しているのです。局長が分派を納得いただけたら、これは勝手な脱退ではないでしょう。」
土方の言葉にも物怖じしない伊東は、流し目で土方を見やると不敵な笑みを浮かべた。
「分かりました。分派を認めます。これからは別の道で尊皇の志の元、共に尽くしましょう。」
「ありがとうございます。斎藤くんが我らと共に来てくれる事になりました。御異存はあるまいな?」
全てのことがうまくいったと、ニコリと笑みを浮かべ、近藤に頭を下げた。
伊東達が出ていく日の朝、試衛館一派が平助を囲んで見送りをしていた。
「平助、伊東先生をしっかり支えてあげなさい。」
「すまんな、一緒に行けなくて。」
「たまには遊びに来いよ〜」
「また一緒に稽古をしよう。」
それぞれが平助へ別れの言葉を告げる。ずっと共に生活してきた仲間がひとりいなくなるのは寂しい。しかし同じ京にいる者同志、また会えると信じていた。そして総司が口を開く。
「平助、私は「沖田さん!本当にごめんなさい!でも…どうしても私が良いって言うから…」
「「「は?!?!」」」
平助の意味不明な発言に皆、呆気にとられた顔をした。そして平助はなつの手を取り、見つめた。
「なつ、これからは私だけのなつだ。」
皆が一斉になつの顔を見る。あれだけ総司、総司と言っていたなつが平助に乗り換えたのか?と言葉に出さないが皆の目がそう言っていた。
「…ちょ…ちょっと待って?何で?あたし、いつから平助さんのものになったの?」
「そんな照れなくて良いよ。男と女は何があるか分からない。そういうものなんだ、沖田くん。」
間違いない。平助は勘違いしている。なつの何かの言葉を平助は良いように捉えてしまったようだ。否定の言葉を探す。しかし、はなむけの言葉に相応しくない言葉ばかりが浮かんでくる。その時、口を開いたのは総司だった。
「平助、残念だけど、なつは私から離れたくないようだ。平助への気持ちは一時的だったみたいなんだ。だから諦めてくれ。」
総司の精一杯の優しさだった。しかし、優しさも平助には大きな痛手を負わせていた。平助にとって辛い旅立ちとなった。
その日一日、総司は苛立っていた。理由は平助の勘違い。勘違いであって、なつが平助に気持ちがいくとは考えられない。でも勘違いさせるような事を言ったなつにも責任はある。おかげで今日の稽古は隊士達、皆がこてんぱんに打ちのめされていた。総司の苛立ちの犠牲になった隊士達を道場の外から哀れみの表情で見ている左之助と永倉であった。
その晩、なつが仕事を終え部屋へ戻ると明かりがついていた。普段、なつがいない時は暗いはず。明かりがついているという事は中に誰かがいるという事で。
「あ…あのう、総司さーん…?」
なつにも総司の八つ当たりの話は届いていた。間違いなく自分の事で怒っている。恐る恐る声をかけた。
「なつ、ここに座りなさい。」
総司の声は明らかに怒っている。言われた通り総司の真正面に正座した。
「平助に何を言ったの?」
「いや…何と言われても心当たりがないんだけど…」
そりゃそうだろう。『毎日会える?』『毎日は…時間がある時ならいつでも』の会話でどう考えても恋仲になるとは思えない。平助の訳の分からない勘違いであったとしても、勘違いさせた事に総司は腹を立てていた。
「なつにはお仕置きが必要だな…」
総司はニヤリと笑うと明かりを消した。真っ暗になった部屋で、総司はなつを押し倒した。目が暗闇に慣れないため、総司の姿が見えない。総司はというと、見えているのか、なつの姿は正確に捉えていた。総司の口でなつの口を塞がれ、激しく口付けされる。その口付けは溶けてしまいそうな程甘く、なつの口から吐息が洩れた。
その瞬間、総司は口付けを止めた。なつはもっとしてほしいとは言えず、疑問の表情を浮かべた。今度は首筋に口付けしてきた。だんだんと気持ちも高揚していき、総司の舌が這うと声が出てしまう。すると総司は止めるのだ。
「総司…?」
なつには何故か分からない。総司はもっと触れて欲しい所には触れず、なつの気持ちが高揚してくると止めてしまう。なつから求めてしまいたくなるくらいだった。
「なつ、何して欲しい?言ってごらん?」
「…っそんなっ!!///」
「恥ずかしがらなくて良いよ。なつが感じる所を言ってくれれば良いんだ。」
まるで悪戯をする子供の目だった。しかしそれを断るということを許してはくれない目。この総司に逆らうことは絶対に許されないことであった。しかし言うのは恥ずかしい。なつはしばらくの間葛藤し、そして結果、なつの完全敗北で終わった。