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天織り満天 - 交錯する世界を繋ぐ花 -  作者: 天堂 かける
第6章 改再会

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第94話 幸せになる勇気

「あれね〜。実は嘘だったの♪ あのバカクマが金輪際、一切悪さができなくなるよう、生き地獄の崖っぷちに追い詰めるためのね♡」



あまりにもあっさりとした告白だった。


ケルベロスは世間話でもするかのように「テヘッ♡」と舌を出し、愛嬌たっぷりに「ごめんね♡」と言いながらウィンクをしている。



「えー」



桃花は驚きを隠しきれず、そのまま顔に表れてしまう。

徒労感にも似た余韻が、彼女の胸を締め付けた。


しかし、フィオンはそれだけでは納得がいかない様子。

彼女は、鋭い視線をケルベロスに向け、核心を突くように問いを重ねる。



「ですが、私はあの時、人間の魔法使いとケルベロスさんの魔力、この二つの魔力を確かに感知しましたよ!」



フィオンの瞳には、まだ霧が晴れないような戸惑いがある。

魔法の感知は、エルフである彼女の専門領域だ。

その事実に偽りはないと、彼女は確信している。


ケルベロスは、そんな彼女の反応を予測していたかのように、ゆっくりと答えていく。



「正確に言うと、あれは “半分が嘘” で、“半分が本当” ってところかしら」

「嘘と本当が、半分?」



フィオンは眉をひそめる。

理解が追いついていない表情だ。


その疑問を吹き飛ばすように、ケルベロスは言葉を続けていく。



「あ、でもね、あのバカクマに魔法を使ったのは本当よん♪」



軽く付け足されたその一言が、小さな混乱を招く。



「で、では、クマさんには別の魔法を使っていた……ということですか?」



慎重に言葉を選びながら、フィオンは確認する。



「そうよ。簡単な魔法だけどね。もしアイツがまた悪さをしようとしたら、“アタシのことを激しく思い出す” みたいな軽い程度のものよ♪ 相手の五感を支配して操るなんて、そんな超強力な魔法、アタシには使えないわ」



ケルベロスは、あっけらかんと説明した。

そして自分に出来ることと、出来ないことの境界線を明確に告げる。


クマに施したのは、高位の精神操作などではなく、あくまで心理的な「牽制」程度のもの。


魔族でも、相手の深層心理や感情を完全に制御する魔法は扱えない。

そのことに、フィオンもようやく得心がいったのか、小さく息を吐いた。


そんな重苦しい魔法の話が、一旦の区切りを迎えたところで、桃花が心に引っかかっていた別の問いを投げかける。



「……ねぇ、ケルちゃん。クマさんの匂いの方ならどうかな? 匂いでも追えるとかって、さっき言ってたよね? この熊肉があのクマさんのかどうかって、わかる?」



ケルベロスなら、その鋭い嗅覚で真偽を判別できるのではないか。

そんな淡い期待があった。


しかし、戻ってきた返答は、彼女の期待を優しく否定するものだった。



「……アイツの匂いはわかるけど、ここまで調理されてしまったら、ちょっとわからないわ。調味料や野菜なども入ってるし、しかもかなり丁寧に料理もされてるから」

「そっか……」


「ごめんなさいね」

「あ、違うよ、ケルちゃんを責めてるんじゃないんだ。私の方こそ、ごめんね」



ケルベロスの謝罪に、桃花はすぐに首を横に振った。

互いに気を遣い合う空気が、少しだけ柔らかさを取り戻す。


そして視線を落とし、桃花は目の前の料理を見つめる。

するとケルベロスは、少し真面目な声色で、けれどどこか温かみのある言葉を紡いだ。



「……でもね、こんなにたくさんの料理を出してもらって、メインの熊鍋だけを食べないのは流石に失礼だと思うの。この熊肉がアイツであろうとなかろうと、そういう理由でこれを残すのは、ダンディたちや殺された動物たちに対しての冒涜になるわ。魔族のアタシが冒涜とか言うのは……ちょっと変な話だけどね」



桃花の心に、ケルベロスの言葉が波紋のように広がっていく。



「……ううん。でもそうだね。ケルちゃんの言う通り、他の熊だったら気にせず食べてもいいのかって、そういうことになるもんね」



単なる「目の前の肉」ではなく、その背景にある命と、提供してくれた人々の厚意。

それに気づいた時、彼女の肩から力がふっと抜けていくのを感じた。



「……桃花さん。ケルベロスさん。この場は、楽しい女子会のはずですよね? 今は信繁さんや六郎さんたちのご好意を、ここでしっかりと受け取りましょう」



フィオンの言葉が静かに、そして力強く、その場の方向を決定づける。


その一言で、空気が切り替わった。

張り詰めていた空気がスッと霧散し、桃花の表情がパッと明るく差し込む光のように晴れ渡った。



「ありがとうフィオンさん。確かにそうですよね。少しだけ、元気が出てきました」

「うんうん♪ やっぱりこういうのは、パーっと明るく楽しくいかないとね〜♡」



ケルベロスの明るい一言に呼応するように、桃花とフィオンの声色も、先程までの陰鬱さが嘘のように弾み、活力が戻ってくる。



「ま、あのバカクマのことだから、どうせ上手くやってるわよ。アタシと桃花ちゃんであれだけ叩きのめしても、最後までケロッとしたたんだから。心配するだけ無駄無駄よ♪ 悪運の強さだけが、アイツの取り柄みたいなものでしょうし♡ それに、後でまたGPSで動きを確認すればいいしね〜♪」



楽観的な言葉。

だが、それが今はちょうどよかったのだろう。



「……た、確かにそうだよね! ケルちゃんの言う通り、クマさんのことはキッパリと綺麗に忘れて! みんなで楽しく、ご飯食べることが弔いだよね! うん!」


「はい! そうしましょう! もう早く食べたくて食べたくて! 私、死んじゃいそうですよぉ……。これでやっと! まともな食事にありつけますじゅるり!」



二人の屈託のない笑顔を見て、ケルベロスは少しだけ呆れたように、けれど嬉しそうに目を細める。



「弔いって……。というか、アタシは別に、あのバカクマのことを忘れろとまでは言ってないし、この熊肉がアイツだとも言ってないんだけど……。まぁ、いっか♪ 忘れましょ♡」



さっきまでの重い空気はどこへやら、三人の間には再び心地よい賑わいが戻り始めていた。


するとそこへ、絶妙なタイミングで六郎がやってくる。

手には、先ほど追加注文した例の「バカバケツ」が握られていた。



「お待たせしましたフィオンさん! こちらが追加の、バケツサーフィンイケイケウイスキーロック『夏の陣』です! どうぞ!」


「六郎さん。ありがとうございます! あ、また同じものを追加でお願いできますか?」



たった今、持ってきたばかりだというのに、間髪入れずの追加注文。



「か、かしこまりました! 少々お待ちくださいねフィオンさん!」



六郎が再び笑顔で厨房へと消えていく。

その直後、ケルベロスは心底信じられないといった様子で、フィオンに食ってかかる。



「はぁ? アンタ、また同じもの頼んだの!? 今、新しいお酒持ってきたばかりじゃないの! たった今注文したものと合わせたら、もう3杯目よ!? そんなペースで飲んでたら、アンタバカになってアル中で死ぬわよ!?」



ケルベロスの鋭いツッコミが炸裂した。

しかし、そんな忠告など馬耳東風。

フィオンは澄ました顔でバケツを傾ける。



「食前酒ですってば〜」

「だから食前酒の量じゃないっての!」



必死のツッコミも虚しく、フィオンは豪快にウィスキーを喉へと流し込んでいく。


その横で——


桃花だけは、すでに食欲という名の本能に従い、目の前の料理へと勢いよく手を合わせていた。



「いただきますじゅるり!!」



その一言とともに料理へと箸を伸ばし、とても幸せそうに食べ始めていた。

その顔に、もう迷いはない。


食べて。

飲んで。

騒ぐ。


そんな奔放な二人の様子を、ケルベロスは呆れつつも、どこか楽しげに、ただ黙って眺めていた。

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