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天織り満天 - 交錯する世界を繋ぐ花 -  作者: 天堂 かける
第6章 改再会

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第93話 熊鍋デストロイ

元気いっぱいの六郎の声が、軽やかに個室へと響き渡る。


「こちら、当店自慢の特製『熊鍋ヒャッハー機動戦士世紀末女々しくて男はツラいよダイナマイトボンバーデストロイ熊鍋』です! 本日、取れたての新鮮な熊肉を使っていますので、とっても柔らかくて美味しいですよ!」


「……」



だが、運ばれてきた『熊鍋ヒャッハー機動戦士世紀末女々しくて男はツラいよダイナマイトボンバーデストロイ熊鍋』を目の前にして、桃花とフィオンは完全に絶句していた。


つい先程まで、お酒や料理に目を輝かせていた楽しい雰囲気など、もはや微塵もない。


この絶望的で壊滅的なネーミングセンスの無さとはまた別に、最悪の意味で破壊力抜群の「熊鍋」に戦慄していた。


クマの過去を聞く前までは、あれほど「熊鍋! 熊鍋!」と連呼し、期待に胸を膨らませていた桃花とフィオンでさえ、今ではこのような反応である。


熱々の鍋の中に入っている熊肉や大根、ゴボウ、長ネギ、しめじ、豆腐といった具材は、とても美味しそうにぐつぐつと煮えたぎり、とてもよい音を奏でていた。


味噌仕立てで味付けされた芳醇で食欲をそそる匂いは、本来であればこの上なく心地よいはずのものだ。


そのはずなのに、今の二人といったら顔面蒼白……。

お化けのようである。


立ち上る湯気の向こうには、嫌な予感しか感じられない。


メイン料理を誇らしげに持ってきた六郎は、最高のおもてなしとして喜んでもらえると確信していただけに、なぜかその場が一気に冷え込んだ空気を肌で感じ、不安と戸惑いを隠せずにいた。



「あ、あの……どうされました? 熊鍋は、お嫌いでしたか……? もしそうでしたら、お下げしますけど……」



不安げな声。

その言葉に、桃花はハッと我に返る。



「えっ!? いや! そんなことないよ! 私ね! 子供の頃から熊鍋はとっても大好物なんだ! だからすっごく嬉しいよ! ありがとね六郎君!」



自分よりも年下の子供に気を遣わせてしまった。


その申し訳なさが勝り、桃花は慌てて笑顔を作って感謝を伝えるのだが、その表情の奥にあるわずかな硬さまでは隠しきれてはいなかった。



「ですが……。あまりお気に召していないように見えまして……」



必死のフォローも虚しく、六郎の目には桃花たちが無理をしているように映ってしまったようだ。


その硬い表情を不安そうに見つめる六郎に対し、空気を察したケルベロスが首を振りながら口を開く。



「ううん、そんなことはないわよん♡ アタシたち、さっき色々な出来事があったのを思い出してただけなの。だから六郎ボーイは何も気にしないでいいの♪ 熊鍋は美味しく頂くわん。ありがとう〜♪」



柔らかく、そして場を包み込むような声で場を整える。

張り詰めた空気が、ほんのわずかに緩む。



「あ、そうでしたか。ならよかったです!」



ケルベロスの余裕ある言葉に、六郎はようやく安心したようだ。



「あ、あの、フィオンさん……。バケツの中が空ですが、同じものをお持ちしますか?」



厨房へ戻る直前、ウィスキーが空になったバケツに気づき、淀みなく追加の注文を確認する。



「え? あ、はい! では、また同じものでお願いします!」

「かしこまりました! 少々お待ちください!」



フィオンは六郎の声にハッと我に返り、その勢いのまま、おかわりを頼んだ。

注文を取った六郎は一礼し、また元気よく厨房へと戻っていく。


そして——


三人の前には、重々しく鎮座する出来立てホヤホヤの『熊鍋ヒャッハー(省略)』が堂々と、その存在感を放っていた。

具材が鍋の中で踊り、濃厚で美味しそうな匂いがあふれ出している。


ここで桃花は、意を決したようにその鍋を見つめ、恐る恐る口を開いた。



「……もしかして、この熊鍋って……。さっきのクマさん。なのかな……」



その一言は、誰もが心の奥で避けていた可能性を、はっきりと形にしてしまう。



「わ、私……なんか嫌な予感がします……。だって、このタイミングで熊鍋ですよ!? まるで私が崇拝する聖母神様が、こんな貧乏な私に最高の贅沢をお送りくださり、誠にありがとうございm……。あ! いやいや違うダメっ! 何を言っているの私っ! 早く食べたい」



食に対する欲求から、思いっきり本音が漏れ出しているフィオンではあったが、それでも彼女の声は震えていた。


理屈ではなく、直感が強く警鐘を鳴らしている。

偶然にしては、あまりにも出来すぎているこの流れ。


それが逆に、現実味を帯びて迫ってきていた。



「さっき、クマさんを見た村の人たちも大騒ぎしてたし、機関銃を持ち出して撃ちまくってたくらいだから……。しかも六郎君、“ついさっき仕留めた熊” だって、言ってましたしね」



桃花とフィオンの思考は、一部のみ一致していた。


あの、やかましくもどこか抜けていて、憎めなかった巨大なクマ。

その彼が今、この鍋の中で熊肉となってしまったのではないか。


そう考えてしまうと、二人の心境は穏やかではいられず、とてもではないが箸を進める気にはなれなかった。


すると、沈黙を守っていたケルベロスが、不意に自分のスマホを取り出し、何かを確認するように画面を操作し始める。



「……ねぇ二人とも、アタシとバカクマが、さっきID交換したの覚えてる?」


「うん。そういえばケルちゃん、クマさんとID交換してたね。それがどうした……の……。あっ!?」


「そうよ。アイツがスマホを持っていれば、今どこにいるのかが確認できるわ」



監視のためにと、ケルベロスがクマと強引に交換させたID。


スマホに内蔵されたGPS機能を使えば、そのクマの居場所を追跡できる。

それを見れば、彼が今どこにいるか一目瞭然だった。


フィオンは藁にもすがる思いで身を乗り出し、ケルベロスのスマホ画面を覗き込む。



「ケルベロスさん! それでクマさんは今どこに!?」

「ん、今見てるから、ちょっと待ってね……って、あら〜?」



スマホを持ったケルベロスの指がピタリと止まる。



「ケルちゃんどうしたの? クマさん見つかった?」

「ええ。見つかったっちゃ、見つかったんだけど……」



歯切れの悪い返答。


一瞬、間が空く。


その反応に二人に緊張が走る。

ほんのわずかな沈黙が、不安を増幅させた。



「……この地図で見るとアイツ、近くの森の中にいるっぽいわね」


「ということは……無事ってこと!?」

「はぁ〜あ〜。よ、良かったですぅ……」



地図上のポイントが森にあるのを見て、まるで死の淵から生還したかのような、心底ホッとした表情を見せる桃花とフィオン。


だがケルベロスは、ここで釘を刺すように残酷な現実を突きつける。



「いや、それは分からないわよ。スマホだけがそこに置いてあるだけかもしれないからね。これを見てると全然動きがないから、アイツがただ寝てるだけかもしれないけど」



ケルベロスの冷静な一言が、その安堵をあっさりと打ち消す。



「そ、そっか……。確かに、それだけじゃ、分からないよね」



桃花の表情が曇る。

安堵の溜息が再び不安に塗り替えられていく。



だがここでフィオンは、ケルベロスがクマに発動させたという「魔法という名の呪い」について思い出す。


「……あっ! そういえばケルベロスさん! さっきクマさんに、“視覚と聴覚を見聞きできる魔法”を使ったって言ってましたよね? それならすぐにでも確認できるんじゃありませんか?」



それを聞いた桃花も、光明を見出したようにハッとして、食い気味にケルベロスへと体ごと詰め寄る。



「そ、そうだよ! その魔法で今すぐクマさんの安否確認ができるよ! さぁ、ケルちゃん! 早く教えて!」



勢いよく身を乗り出す桃花とフィオン。


一刻も早く、クマの無事を確認したい——


そんな二人の、切実な眼差しを正面から受けたケルベロスは、どこか気まずそうに視線を逸らした。



「ん? あ〜。あれねぇ……」



しかし、ケルベロスの反応は、またしてもどこか歯切れが悪い。

ほんの一瞬の沈黙。


そして——



「……いや無理なのよ。だってあれ、『嘘』だから♡」

「「うんにゃっ!?」」



桃花とフィオンのすっとんだ声が、寸分の狂いもなく重なった。


ケルベロスの、このあまりにもあっさりとした衝撃的な告白に、二人は同時に自分の耳を疑い、まるで鏡合わせのような反応で固まってしまった。


言葉と現実が、噛み合わない。

その場の空気は、再び別の意味で凍りつく。


そんな中、湯気立つ鍋の音だけが、変わらず静かに響いていた。

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