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天織り満天 - 交錯する世界を繋ぐ花 -  作者: 天堂 かける
第6章 改再会

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85/127

第85話 十歳 + 六年 = 再会 = 86

十文字村に佇む宿「六文銭」の前。


橙色に染まる薄闇の中で、桃花とケルベロス、そしてフィオンの笑い声が静かな村の空気を快活にかき乱していた。


だが、その喧騒を割るように宿の引き戸が開いた瞬間、場は一変する。



「の……信繁のぶしげおじちゃん……!?」



そこに立っていたのは、肩に掛からないくらいの黒髪。

着古した黒いTシャツとデニムパンツに下駄。

そして、薄い紅色の羽織を着た大柄な男だった。


年齢は三十代後半。


だが、岩のように硬質な筋肉を宿したその体躯は、場違いな装いでさえ「正装」に見せる程の圧倒的な覇気を放っている。


ただそこに立つだけで、重力が増したような錯覚さえ覚える。


桃花の叫びが、弾けていた空気を一瞬で凍りつかせた。

その場にいたケルベロスも、目の前の男が放つただならぬ「格」に一瞬言葉を失う。


「信繁」と呼ばれた男は、逆光の中で目を細め、記憶の澱を覗き込むような鋭い視線を桃花に向けた。



「お嬢ちゃん。俺のこと知ってるのか。って……ん?」



桃花の胸の奥が、熱い鉄で締めつけられるように脈打つ。

彼女は震える足で一歩前に踏み出した。



「あ、あの……私のこと、覚えてますか……?」



消え入りそうな声で、恐る恐る尋ねる。


さっきまでの活発さはどこへやら、頬を林檎のように赤く染め、もじもじと指先を絡ませながら上目遣いで男を仰ぎ見る。


再会への狂おしいほどの期待と、忘れられていた時の拒絶への怯えが、その幼い仕草にありありと滲み出ていた。


信繁は無精髭の生えた顎に手をやり、桃花の顔をまじまじと観察する。

たった数秒であったが、永遠にも感じられる沈黙。


そして——



「……あー悪い。どちらさん……だったかな?」

「……え、えっ!?」



期待が音を立てて崩れ落ち、桃花の背筋に冷たい悪寒が走り抜けた。



「……お、覚えてない? 私、桃花だよ。子供の頃、よく遊んでもらってた……」



すがるような声が、かすかに震えている。



「桃花? お嬢ちゃんの名前、桃花っていうのか……ん?」



その名を聞いた瞬間、信繁は腕を組み、じっと桃花の顔を見つめて思考の海へ潜る。


そして、記憶を手繰り寄せるように、しばし黙り込んだ。

緊張した沈黙が、その場に落ちていく。


桃花にとって、その時間はやけに長く、息苦しく感じられた。


しばらく考え込んだ後、信繁は——



「……うおっ!」



弾かれたように信繁の声が響くと同時に、頭上に豆電球がパッと点灯した。



「おうおう! 思い出したぜ! あの桃から生まれた『桃太郎』ってやつの少し後に、赤ん坊が豪華な小舟に揺らて川から流れてきたっていう……桃花ちゃんだな!」


「お、思い出してくれた? そうです! 私が、その桃花ちゃんです!」



桃花の顔が、一瞬にして満開に咲く花のように綻んだ。

自分という存在が、彼の記憶にちゃんと刻まれていたことへの安堵。

そして、それを上回る爆発的な喜び。

それらが胸の奥の氷を一気に溶かし、弾んだ声が夕闇に溶けていく。



「久しぶりじゃねぇか! 元気そうだな! それにしても随分と大きくなったじゃねぇか! 雰囲気も変わりすぎてて気付かなかったぜ! いつぶりだ?」


「最後に会ってからもう六年だよ? そりゃ大きくもなるよ!」


「だははっ! 確かにな! 桃花ちゃんも、いつの間にか見違えるような“いい女”になってきたってことだな! うんうん!」


「え……!? そ、そうかな? えへへ……」



桃花は顔を伏せ、幸せそうな照れ笑いを浮かべる。


二人の周りだけ、時間が六年前へと逆流したかのようだった。

その温かな再会の空気を、ケルベロスとフィオンは呆然と見つめている。



「まさか、本当に……あんなデタラメみたいな偶然が、現実に起こるなんて……。いや、もしかしたらこれは、必然かしら……」



ケルベロスは驚きを隠せない様子で呟く。

だが、その視線は次第に湿り気を帯びた「別の熱」へと変質していく。



「あ、あの……ケルベロスさん。その、信繁さんと桃花さんって、お知り合いだったんですか……?」



ケルベロスと同様に、フィオンもこの光景に驚いているようだった。



「どうやら……そうらしいわね。冗談でからかったつもりが、まさか歴史的な再会劇になっちゃうとはね。それにしても……」



ケルベロスは、豪快に笑う信繁の逞しい背中と、その顔までを値踏みするように、それでいて熱烈に凝視した。

そして、うっとりとした声で呟く。



「あの男……たまらなくダンディね。痺れるわ」

「ケルベロスさん?」



次の瞬間、ケルベロスの目の色が変わり、理性が消えた。



「……っていうか、ちょっと桃花ちゃん! アタシにもその、“極上のイケオジ”を紹介しなさいよ! アンタばっかり独り占めなんてズルイわ!」

「ケルベロスさん!?」



狂乱に近い叫び声を上げるケルベロスに、フィオンは腰を抜かさんばかりに驚いた。

桃花と信繁も、何事かと会話を止めて振り返る。



「あ、ケルちゃんごめんね! 話し込んじゃって。紹介するね、こちら信繁おじちゃん。そして、こちらは私の旅仲間で友達のケル……」


「地獄の番犬ケルベロスよ! 桃花ちゃんからは、“ケルちゃん♡”って可愛く呼ばれてるわ! これから、ヨ・ロ・シ・ク・ねん♡」



桃花の紹介を強引に奪い去り、食い気味に近づくケルベロス。

その尻尾はちぎれんばかりに振られ、鼻息も荒い。

少々興奮気味……いや、かなり興奮気味だ。



信繁はしゃがみ込んで視線を下げると、顎に指を当ててケルベロスを怪訝そうに見つめた。



「犬? なんだこの豆柴は? 喋ってるじゃねぇか。というか今、『地獄の番犬ケルベロス』って聞こえたが?」



怪訝そうではあるが、驚きは薄い。

それが逆にフィオンを戸惑わせた。



「あの、信繁さん……喋る犬を前にして、その落ち着きぶりは……逆に怖いです」



引き気味のフィオンのツッコミに対して、信繁は豪快に笑ってみせた。



「この世界には有象無象が溢れてるだろ! 犬が言葉を解したくらいでいちいち驚いてたら、HPが億千万あっても足りねぇって!」



犬が喋るのは、あたかも当然だというような発言。

どこまでも豪放磊落な男である。


桃花は苦笑しながらも、改めてケルベロスの紹介を試みたが……。



「……あ、でね。信繁おじちゃん! この子はケルちゃんで、魔界……」


「魔界から推参いたしました魔族でぇっすっ! 今は、なんやかんやあって、桃花ちゃんと一緒に鬼退治みたいなことしながら、優雅に世界旅行してまぁーす♡ 仲良くしてねぇ〜ん♡」



またもや桃花の紹介を遮るケルベロス。



「ちょっとケルちゃん! 鬼退治“みたいなこと”って何よ! てか、この旅は……旅行……じゃないってば?」



一応の目的はあるものの、まだ実態があまり伴っていないことを、桃花も少々自覚はしていた。

そのため、否定の言葉はどうしても歯切れが悪くなってしまう。



「え? 桃花さんとケルベロスさんって、鬼退治をしながら世界旅行をしているんですか? う、羨ましい……騎士物語みたいで素敵です!」



旅の目的を初めて聞いたフィオンは、意外そうな顔で二人を見つめた。

その瞳には、ほんのりと隠しきれない羨望が浮かんでいる。



「いや、羨ましいって、フィオンさん? 鬼退治は本当のことではありますが、旅行ではありませんよ……? というか騎士物語って何?」



もはや旅行と言われても否定しきれない自分の現状に、桃花は奇妙な敗北感を覚えた。

そんな空気を気にも留めず、ケルベロスが信繁へグイグイと身を乗り出していく。



「アンタ、随分と男前ねん♪ ダンディなイケオジって感じがして、すんごくイイわぁ♡ アタシのタイプよん♡」


「あれ? ちょっと待ってケルちゃん? 今、タイプって……」


「ウフ♪ Devil’s Doorのイケメン悪魔たちも良かったけど、アタシとしては、こういう渋い感じの男が、大・好・物! なのよね〜ん♡ ねぇ〜良かったら今晩、アタシと一緒に深酒決め込まな〜い?」



場の温度が一気に沸騰する。

それを見た桃花とフィオンは石のように固っている。



「ははっ! まさか喋る犬……いや、地獄の番犬ケルベロスに口説かれる日が来るとはな! 桃花ちゃんにも久しぶりに会えたし! 今日はいい日じゃねぇか!」



豪快な笑いが、沸騰した場を心地よい温度に冷ましていく。



「信繁おじちゃん……昔の、あの時のままだ。変わってない」



桃花は愛おしむように、そっと呟いた。

六年前と変わらない、周囲を無理やり明るくさせる太陽のような熱量。


変わらない豪快さ。

変わらない温かさ。


胸の奥に、じんわりと郷愁が広がっていく。



「ま! 立ち話もなんだ。とりあえず中に入りな!」



そう言って信繁は、桃花とケルベロスを「ほれほれ!」と大きく逞しい手で、宿へと招き入れる仕草をした。



「うん、ありがとう。信繁おじ……」

「お邪魔しまぁぁーーっすぅ!!」



桃花の言葉を待たず、ピューンとまるで弾丸のような恐ろしい速さで宿の中へ飛び込んでいったのは……。


もちろんケルベロス。


ルンルンとした足取りで、尻尾を千切れんばかりに振りまくり、回転までさせている。



「ケルちゃんまた!? 前のDevil’s Doorの時もそうだったよ! 自分だけさっさと中に入っていくし!」



呆れ果てながらも、桃花の声には隠しようのない喜びが滲んでいた。

あの不気味な悪魔の宿に入った時のような、刺される緊張感はない。


憧れの存在の背中を追い、彼女は一歩一歩、懐かしい木の香りが漂う「六文銭」の暖簾をくぐっていった。

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