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天織り満天 - 交錯する世界を繋ぐ花 -  作者: 天堂 かける
第5章 交錯した世界

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第81話 魔導師

ケルベロスの冷酷な宣告がもたらした、絶望的な余韻。

その重苦しい空気が支配する店内に、フィオンの涼やかな声が静かに落ちた。



「……クマさんの体から……ケルベロスさん以外の魔力を感じます」



彼女はクマをじっと見つめたまま、わずかに首を傾げている。


その瞳は、ただの違和感を拾った者のものではなかった。

深淵の底に潜む、見えない『何か』を捉えたような、得体の知れない眼差し。


この一言が、場の空気を再び一変させた。



「アタシ以外の魔力ですって?」



ケルベロスが怪訝そうに眉を寄せる。


自分以外の魔力。

その発想自体が、彼女にとっては全くの想定外であった。



「はい。それに……すごく特殊な魔力です」

「……アタシには感じないし、わからないわね」



戸惑いが滲むケルベロス。

魔族である地獄の番犬が感知できない魔力など、そうそうあるものではないだろう。

だが、フィオンの視線はクマの巨体から微動だにしない。



「これは、魔族やエルフが持つ魔力ではありません」

「どういうことかしら?」



一瞬の沈黙。

フィオンは慎重に言葉を選び、確信を持って告げた。



「おそらく、この魔力は……人間によるものです」



この一言で空気が変わった。

驚きは声にならず、視線だけが交錯する。



「人間の魔力? 人にも魔法って使えるんですね……また私、知りませんでしたけど」



自分の無知を先回りして告白する桃花。

だが、その呑気な発言について言及する者は、この場に誰一人としていなかった。



「はい。あまりにも微弱で微量だったので、私も今まで気付きませんでした……。ん? これは……?」



クマを観察するフィオンの表情が真剣さを増していく。

穏やかなだった彼女の瞳が、底知れぬ恐怖を覗き込むかのように鋭く見開かれた。



「……と、とてつもなく膨大で、強力な魔力です! しかも、それを周りに気付かれないよう、別の術式で上書きし、巧妙に隠されてもいます!」



その精巧で異常な術式に、エルフである彼女自身も戦慄していた。

かすかに震えるその声が、事の異常さを物語っている。



「それって、そんなに特殊なんですか?」


「はい。非常に特殊で、高度に洗練された魔力です。これほどのものは、いくら魔族といえでも、感知するのはかなり難しいと思います。もしできるとしたら、ごく一部の高位存在である、魔王クラスくらいではないでしょうか」


「エルフのフィオンさんには、わかるってことですか?」



フィオンの説明に、桃花は素直な疑問をぶつけていく。

魔力というものを肌で感じられない彼女には、正直なところ、事の重大さが今一つ実感できていない。



「はい……ですがエルフでも、この魔力を感知するのは至難の業かもしれません。私でも偶然気付けたくらいですから」


「エ、エルフって凄いんですね……」



桃花の驚きに対し、ケルベロスが冷静さを取り戻しながら補足する。



「エルフはね、魔族のアタシたちよりも、魔力の感知や操作技術がとっても優れている種族でね。繊細な魔法の扱いや技術の開発も得意とされているみたいなの」


「そうなんだ。そういえばさっき、“エルフは魔族と魔力の質も違う” って、ケルちゃん言ってたね。そのエルフを更に超えてくる、高度な魔法技術を扱える人間がいるなんて……凄いね」


桃花の中で、世界の広さがまた一段と拡張されていく。

理解が追いつくよりも先に、スケールの大きすぎる驚きが彼女を圧倒していた。


そして、その強大な魔法の「中心」にいるのは——



「……今度は何の話だっちゃよ?」



ぽつりと、完全に議論から取り残された間抜けな声が響く。

クマは完全に置いてけぼりだ。

当の本人であるクマには、自分の体内で何が発見され、何が議論されているのか、さっぱりわかっていない。


緊張感を削ぐようなその声を無視し、ケルベロスが声を上げた。



「……あ、わかったわ! この魔力ね! フィオンちゃんが説明してくれた後だから、意識して探れたけど……。確かにすっごく微弱だわ」


「えっ!? ケルベロスさん、この魔力を感知できたんですか!?」


「ええ、アタシでもなんとかその魔力の尻尾を掴めたわ。それにしても、こんな神業みたいな魔法を使う人間がいたとは、驚きよね……ん?」



感心していたケルベロスの表情が、不意に強張った。

記憶の暗がりの奥で、何かが引っかかったようだ。



「どうしたのケルちゃん? 何か心当たりがあるの?」


「ええ。以前に小耳に挟んだ話を思い出したの。桃花ちゃんは、さっきから色んな人物の情報でお腹いっぱいでしょうけど」


「う、うん。頑張る」



桃花は自分に言い聞かせるように、深く息を吸い込んだ。



「……また別の異大陸には、魔法が高度に発達した国があってね。そして、そこには『魔導師』と呼ばれている魔法を扱う第一人者の人間がいるって、前に紅葉ちゃんから聞いたことがあるの」


「魔導師? それって、すごい魔法使いってことなの?」


「ええ。人間の魔法使いの頂点であり、最高位でもある『魔導師』の称号を持つ存在だとかなんとか」



頂点。

最高位。

魔導師。


その重々しい言葉の響きだけで、桃花の背筋が自然と伸びる。



「また、もの凄い話になってきたね……。じゃあ、その凄い魔法使いの人が、クマさんに何かの魔法をかけたってこと?」



桃花の問いに、フィオンは静かに首を振る。



「それは……わかりません。ですが、かなり高等な魔法であることに間違いありません」



ここでケルベロスとフィオンは、深刻な表情で顔を見合わせた。



「その魔導師には、弟子も何人かいるみたいだから、そいつらの魔法という可能性もあるわよね」


「確かに……それは十分にあり得る話ですね。これほどの魔法を行使できる人間など、世界中を探してもそうはいないはずですから」



話が神話のような、壮大なスケールへと発展していく一方で、当のクマには一切の実感がない。



「……そんでよ? そいつらの、魔法とか魔力とかってよ。オラと何の関係があるんだっちゃよ?」



素朴すぎる問いが、浮足立っていた話を一気に地上へと引き戻す。

だが、その素朴さこそが、逆に全員の意識を現実の「謎」へと直面させた。


フィオンは一度だけ小さく息を整え、ついに核心に触れる。



「……クマさん。あなたが言葉を話せるようになったのは、いつですか?」



その言語能力こそが、彼女の最大の疑問だった。



「あ? 何だ急に?」

「もしかしたら、クマさんが言葉を話せるようになったきっかけは、その魔力......魔法にある可能性があります」


「なるほどね。確かに、それなら筋が通るわ。あり得そうな話よね」

「普通、熊は喋らないもんね」



その理路整然とした考察に、ケルベロスと桃花も深く納得する。


動物が言葉を解し、知性を持つ理由として、これ以上の論理的な説明はない。

指摘されたクマは太い腕を組み、過去の記憶を遡るように低く唸った。



「んー、そうだっちゃな。気付いた時には、すでに話せてたからな。あー、いつ頃だっぺ? オラがちっこい時、だったような……?」


「小さい頃? それは、どこにいた時ですか?」



フィオンの静かな問いが、的確に核心を射抜いていく。



「どこ? んあー……多分……おめぇらが、さっきから話してる『武神街』っつー街の近くにある森だったと思うべ。オラ昔、ずっと北の方から、その辺りに、お袋と一緒に……旅してきて、住んでたからな……? ん? オラのお袋……?」



——武神街。


その血生臭い地名が出た瞬間、店内の空気がぴんと張り詰めた。

散らばっていた無数の点と点が、かすかに結びつく音がした。



「となると……ケルちゃん。これってどうなの?」

「ケルベロスさん。これをどう思われますか?」

「どうなんだっちゃ?」


「なんで皆してアタシに聞くのよ」



その場にいる全員が、一斉にケルベロスへと期待の視線を向けた。


少々面食らったケルベロスだったが、すぐに気を取り直し、集まった情報を元に冷静な見解を述べる。



「……おそらくだけど。その武神街……腕に自信のある奴らが集まる街だって、さっき話したでしょ?」


「うん。聞いたよ」


「その武神街に、さっき話した魔導師か、もしくはその弟子が立ち寄っていたんじゃないかしら」


「うんうん」



桃花は真剣な顔で頷きながら、先を促す。



「そして、何らかの事情があって、そいつがこのクマに魔法をかけた。だから知性を持ち、言葉を話せるようになり、同時に強力な魔力の痕跡も残った……。今ある情報からでは、それくらいしか推測できないわよね……」


単なる偶然にしては、あまりにも出来すぎている。

だが現時点で、その仮説を真っ向から否定できる材料もなかった。


あくまで推測の域を出ないが、そこに何かしらの『重大な真相』が隠されている気配を、誰もが感じ取っていた。


すると、その話をぼんやりと聞いていたクマの双眸が、不意に限界まで見開かれた。



「……んん……っ!? おあぁっ! オ、オラたった今、思い出したことあるべ! ずっと昔のことだけんどよ——」



思い出した記憶が空気を止める。

その言葉の先に答えがある。


そう感じさせるだけの重みが、そこにはあった。

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