第73話 超天然娘
「ケケッケ! このエルフの女も、『天然』でねぇか! まさかこの場に、二人も天然が揃うなんてな! 傑作だがや! ぎゃっはは!」
「ななっ! まーた私のこと天然って言ったなぁー! 違うからぁー!」
全力で否定する桃花。
一方、同じく「天然」と煽られたフィオンはというと——
「……? 『天然』ってなんですか? 大地の恵みとか、緑豊かな森とか……そういう大自然のことを言ってるんですか?」
「……は?」
煽りすらも無効化する、想像の遥か上をいく純真無垢な反応に、クマは間抜けた声を出した後、完全に言葉を失った。
「……」
「……あ、あれ? クマさん? どうしたんですか? 急に無言になって……私、何か変なこと言いましたか?」
まるで、理解不能な未知の生物を見るように、クマはその場で硬直している。
ここで、更に追い打ちをかけるように、フィオンは無自覚な刃を突き立てた。
「えっと……あの……『天然』って、何のことですか? 桃花さんは怒ってたようでしたけが……それ、私にも言ったことですか?」
「……」
まさか、あんな煽り文句の「説明」を真っ向から求められるとは、夢にも思っていなかったのだろう。
この事態にクマは絶句している。
そんなクマを見た桃花とケルベロスは、そっと顔を近づけてヒソヒソと話し始めた。
「……ねぇ、ケルちゃん。クマさん困り過ぎて完全にフリーズしてるよ。もしかして、熊なのに死んだふりして、このままやり過ごそうとしてるのかな……どうする?」
「いいじゃない♪ 完全に自業自得よ。アイツがこの修羅場をどう乗り切るのか、見物だわ♡」
最高に楽しそうなケルベロス。
桃花も、わざわざ火の粉を被ってまで、クマに助け舟を出す義理はなかったため、ここは黙って事の成り行きを見守ることにした。
「ねぇ、クマさん。なんでずっと黙ってるんですか? 天然って何のことですか? 教えてくださいよ」
フィオンの瞳に曇りはない。
本当に微塵もわかっていない。
「……」
クマは沈黙したまま、無表情でどこか遠い虚空を見つめている。
現実逃避で逃げ切るつもりなのか、それとも完全に思考回路が焼き切れてバカになってしまったのか。
ピクリとも動かない。
だが、フィオンはお構いなしに、ぐいっとクマの巨体に距離を詰める。
「クマさん! ちゃんと私の目を見てください。聞こえてますよね? 無視しないで答えてください!」
「……」
変わらずのダンマリを決め込むクマ。
するとここで、ついに痺れを切らしたフィオンは、可憐な顔のまま、とんでもなく物騒なことをボソッと口にした。
「……五秒以内に言わないと、三秒で熊鍋にする魔法を使います」
「っ!!?」
その瞬間、クマの表情が物理的に動き出す。
「ちょ、まっ、待って待てぇぇーい! あ、あのな? 天然ってのはだな……その、オ、オラのことだっぺさ!」
「クマさんのこと?」
「そうだっぺ! オラは山奥のクマで、自然豊かな森で生まれたから、オラって『天然物』だっちゃな〜って、そういう意味で言ったんだべさ! うん!」
汗を滝のように流しながら絞り出した、苦し紛れにもほどがある、雑すぎる言い訳だった。
「……」
フィオンは、じーっとクマの目を見つめる。
「……だ、だめ?……だべか?」
「……な〜んだ! そういうことなら、早く言ってくれればいいじゃないですか! 変に隠したりして〜」
少し考えるように小首を傾げた後、フィオンは一気にパァッと花が咲いたような笑顔になり、あっさりと納得してしまった。
「なんで急に黙るんです? そういう遊びですか?」
「あ? あ、ああ! そうだっちゃ! ちょっとおめぇと遊びたくなったんだべよ〜ん! HAHAHA……」
「HAHAHA! ふふっ、面白いクマさんですね!」
——どうやら、クマは九死に一生を得たようだ。
一歩間違えてたら、クマは今頃、本当に熊鍋になっていたであろう。
その奇跡的な結末を見た桃花とケルベロスは、再びヒソヒソと密談を交わす。
「……ねぇ、ケルちゃん。フィオンさんのあれって、高度な演技? それとも……」
「いや、恐ろしいことに、本物っぽいわね。アタシも、ちょっと信じられないわ」
「クマさんも、まさかあんな適当な言い訳で凌げるとは思ってなかっただろうね」
「ええ。寿命が百年は縮んでると思うわ♪ アタシ、面白いものが見れて満足よ♪」
「フィオンさんって……やっぱり、あまり物事を深く考えないタイプなのかな?」
「案外、エルフってのは大雑把なのかもね〜。後で、天然の“ちゃんとした意味”をアタシが吹き込んであげるわん♡」
「もしそうなったら、クマさん……今度こそ問答無用で熊鍋だね……それもいいね。じゅるり」
「……さて!」
ケルベロスが、意地悪な笑みを引っ込めてトントンとテーブルを叩き、話を強引に戻す。
「だいぶ脱線しちゃったけど……そろそろ話を戻しましょうか♪」
「あ、はい。ナイチンゲールさんの話ですね。ケルベロスさん、お願いします!」
「ええ。もう少しだけ続けるわね♪ 大丈夫、すぐ終わるから♡」
こうして嵐のようなドタバタ劇を経て、張り詰めていた空気が和らぐ。
そして話題は再び、生ける伝説・ナイチンゲールの真実へと戻っていくのだった。




