第71話 超看護婦人
「……はい。『ナイチンゲール』さんという方です。三ヶ月前に、このジパングという島国に滞在しているという情報を手に入れたので、それで……」
「ナイチンゲール……?」
「今も現役バリバリで活躍中のスーパー看護婦のことよ」
首を傾げて、頭に「?」と疑問符を浮かべている桃花へ、すかさずケルベロスが補足する。
「そうです。ですが……まだ会えてません。それどころか、この国のどこにいるのかという情報すらもありません。もしかしたら、もうこの国にはいない可能性も……」
「そうだったんですか……」
「そのナイチンゲールってね、本当に規格外なの。怪我や病気の人間はもちろん、魔族や妖怪たちまでも見境なく、片っ端から治療と看病をしまくりながら世界中を飛び回っている、とんでもない聖女なのよ」
「魔族や妖怪までも? すごく立派で優しい人なんだね」
ケルベロスの語る「生ける伝説」の姿に、桃花は純粋な尊敬の念を抱いた。
「でも実際、この国にも来たとは思うけど……」
ケルベロスは少し言い淀み、現実的な推測を口にする。
「ナイチンゲールは超有名だし、世界中の国から引っ張りだこだからね。一つの場所に長く滞在することは滅多にないはずよ。だから、もうこの国には……いないんじゃないかしら」
「……そう、ですか」
その言葉を聞いた瞬間、フィオンは糸が切れたようにがっくりと肩を落とし、あからさまに悲痛な表情を浮かべた。
遠い異大陸から海を渡り、希望を胸に抱いてきた分だけ、その落胆の深さは計り知れない。
「もう、フィオンちゃん。そんなに悲しそうな顔しないで」
すっかり沈み込んでしまった彼女を見かねて、ケルベロスは思いがけない提案をする。
「もし、どうしても会いたい事情があるなら、アタシからナイチンゲールに連絡して、都合をつけてもらえるように頼んでみるから。ね?」
「……は、はい。よろしくお願い、しま……す……え? 頼むって?」
涙ぐんでいたフィオンの動きが、ピタリと止まる。
「ケルちゃん。今なんて?」
桃花も目を丸くして聞き返した。
「実はね、ナイチンゲールとアタシは知り合いなの」
「!!」
フィオンは絶句し、息を呑んだ。
「ケ、ケルベロスさん!? ナイチンゲールさんと、お知り合いなんですか!?」
「ええ、そうなの♪ 昔、アタシが厄介な怪我をした時に、ナイチンゲールに助けてもらったことがあってね。それからの付き合いなのよ。あっちも忙しいし、全然会えないから、親友とまでは言えないかもしれないけどね♡」
「え、ぇえぇえ!? は、はわわ……し、信じられない。まさかナイチンゲールさんの、お知り合いと出会えるなんて! ああ、慈悲愛しい聖母神様……こんなにも素晴らしい奇跡を私にお与えくださり、ありがとうございます……!」
フィオンは立ち上がり、胸の前で両手を固く組むと、天井に向かって信仰する神への祈りを捧げ始めた。
驚きと歓喜に打ち震える声が、静かな店内に響き渡る。
「ウフフ♡ こういう縁って不思議よね♪」
「ねぇ、ケルちゃん。そのナイチンゲールさんと、どこで知り合ったの?」
「私も聞きたいです! どうやって出会ったんですか!? とっても気になります!」
「そうね。話が少し横に逸れちゃうから、なるべく簡単に話すわね♪」
「……オラから振った話ではあるんだけんどよ……頼むから手短にしてけろ。オラはナイチンゲールのことより、このアジトの事情が知りてぇんだからよ」
「わかってるわよ。ほんの少しだけだから、黙ってなさい」
クマのぼやきを鼻先であしらいつつ、ケルベロスはフィオンと桃花の熱烈な視線に応えるように、小さく息を整えた。
そして、かつて自身が体験した「生ける伝説」との出会いを、ゆっくりと語り始める。




