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天織り満天 - 交錯する世界を繋ぐ花 -  作者: 天堂 かける


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第7話 エンカウント

旅立ちから、そう長い時間は経っていなかった。

だからこそ、その瞬間は妙に鮮明に記憶へ刻まれていく。


横の茂みから……ドスン! と地面を踏み鳴らす重たい音。


空気が一瞬で変わり、肌に触れる気温が、ほんの一段下がる。

視界の端で影が跳ねて、道の中央へと躍り出た。

道の真ん中に立ちはだかったそれは、人の形をしていながら人ではない。

理屈ではなく感覚……いや、そもそも見た目で分かる。


圧。

存在感。

そして……露骨な悪意。


「Hey! そこのお姉ちゃ〜ん。そんなとこで突っ立ってど〜したの〜?」


下卑た声が軽薄に空気を汚す。

笑い声が混じるたび、場の密度が濁っていく。


「フフッ、君、暇そうだね? ならオレたちに付き合ってよ」

「ヒュー! 泣いてるの? 泣き顔キャワウィ〜!」


桃花は、このあまりにも突然の出来事に立ち尽くす。


「……」


——ここで彼女は思った。


(……なるほど)


その理解は、恐ろしいほど早かった。


(こいつらは——鬼だ)


チャラついた笑い声とともに、鬼が目の前に現れてきたのだ。

まさに「初めまして、悪党でございまーす」と名刺でも差し出すかのような、あまりにも分かりやすい登場だった。


鬼は三体。

身長二メートル超え、筋骨隆々。

不気味な刺青、牙、角。

タンクトップにハーフパンツ、サングラスと金のネックレス、ピアス。

赤、青、黄色と、信号機のように揃った肌の色。


だが、その雰囲気は——

どこからどう見ても、ただのチンピラ野郎。

しかも「待ってました!」とでも言いたげに自信満々の様子だ。


「……」


まさか、こんなにも早く鬼と遭遇するとは思ってもいなかった桃花。

驚きよりも先に、拍子抜けが来る。


鬼を探すためのアプリ、「デビルレーダー」を起動するまでもなかった。

鬼が出てきたということは、おじいさんとおばあさんの生活圏内という、超強力な「結界」の外へと、いつの間にか出ていたということになる。


外へ出ただけで、世界はこれほど露骨になるようだ。

何の前触れもなく、突然出てきた鬼。


そして、赤鬼が楽しそうに声を上げる。

「最高のカモちゃんはっけーん! とりあえず、金目のモン全部置いていこうか!」


続いて青鬼。

「財布、スマホ、刀、その綺麗な着物も全部だよ。わかってるよね?」


最後は黄鬼。

「ヒャッホー! 何ならその体、丸ごとでもいいんだぜ〜い!」


(……何だこれ、あまりにもテンプレすぎる。っていうか、この鬼は酔っ払ってるのかな?)


思わず、現実感が薄れてしまう。


「えーっと、これは……あ、なるほど!」


桃花は首を傾げた。


「これがあの、初心者狩りってやつですか?」


一瞬戸惑ったが、この状況に桃花は、思わずゲーム脳で納得してしまった。

それを聞いた赤鬼の顔が、苛立ったように激しく歪む。


「あ? 何言ってんだオラァ! 早くしろや姉ちゃんよ! 命が惜しけりゃっ——!?」


——ブワッ!


次の瞬間、桃花に近づいた赤鬼の一体が宙を舞っていた。

おばあさん直伝の投げ技「爆雷遡落ばくらいそらく」が華麗に決まったのだ。


彼はまるで重力を完全に無視したかのように、軽く数メートル空中へ投げ飛ばされ、美しい放物線を描き、そのまま地面に激突した。


「がはあっ!?」


投げられた赤鬼自身が一番驚いていた。

なぜならば、体を投げられたどころか、掴まれた感覚すらなかったからだ。


何が起きたのか。

どうなったのか。

誰がやったのか。


思考が追いつく前に、体だけが痛みを訴えている。


残りの鬼二体も、華麗に投げられた赤鬼を見て、瞼を閉じたり開けたりパチパチしている。

そして一瞬後に、ハッとして一歩下がり、遅れて桃花を視界に捉える。


「って、おいおいおい!! なんて女だっ!!」

「ちょっ、ちょ待てよ! 俺たち、まだ何もしてな……」


——遅い。


言葉が終わる前に、距離が消える。

おじいさん仕込みの足運び。

気配すら一気に置き去りにする神速の踏み込み。


ゴリッ!

ゴキャッ! 


「へぶし!!」

「あべし!!」


青鬼と黄鬼の二体に、鋭くキレのある拳と肘打ちの連続での二撃が、寸分の狂いもなく急所のみぞおちを撃ち抜いた。


おばあさん直伝の打撃技——

正拳の「烈火」と、肘打ちの「光点」が見事に炸裂。


それだけで、残りの鬼どもは一瞬で地面に沈んだ。


「……ええ!?……ぇ……?」


遅れて、現実が追いついた。


桃花は思わず両手を見つめ、頭に「?」がいくつも浮かぶ。

なぜならば、あの鬼相手にあまりにもあっさりと、呆気なく勝ってしまったからである。


困惑が、じわりと広がる。


「……嘘でしょ? 私の初陣が、鬼との開幕戦が、こんなでいいの?」


達成感よりも、戸惑いの方が強い。


「……お、おじいちゃんとおばあちゃんの武勇伝って、どんだけ誇張されてるの!? 私が強いの? それとも鬼が弱いの? 全然わからないよぉ!」


鬼とは今回が初遭遇。

そして、初戦闘であったため、全く判断がつかない。

桃花の目の前で、鬼たちは地面に転がり、呻き悶えている。


「痛え……おい、マジかよ。こんなちっこい、人間の女相手に……こうもあっさりと……」

「しかもこの女、正確に、且つ的確に急所を狙ったぞ!」

「し、信じらんねぇ。俺らは鬼だぞ! お前、一体何者なんだよ……!」


赤、青、黄色の順番に喋っていく鬼たち。

倒れた鬼たちは、桃花を見てビビりまくっている。


桃花は、恐る恐る倒れている鬼達に近づいて、問いかけてみる。


「あの、えっと……。あなた達、鬼の拠点とかって、あるんですか?」


その瞬間、鬼たちは堰を切ったように喋り出した。


「ひぃぃ! あ、あります! あります! あっち行って左曲がったとこに『鬼商会』っていう営業所があるんですよ! あ、ただ所長は出張で今日は留守ですがね!」


「そうそう! 本当にすぐ近くです! 行けばわかりますよ! それと裏では『鬼組』っつう、いわゆるヤクザもやってるとこなんですよ!」


「あと、そこの受付嬢の対応は最悪で、毎回クレーム率九割超えです! でもスッゲー美人で可愛いんですわ! 俺、ただメシに誘っただけなのに、ボロックソにフラれて泣かされました……」


情報が洪水のように溢れる。


(……聞いてもいない事までペラペラと……鬼商会? 鬼の会社があるの? それに裏では、ヤクザもやってるって……。まぁ、反社会勢力が鬼というのは、なんかわかるというか、なんというか)


あまりの口の軽さに、桃花は不快感を覚えずにはいられない。

そして心の声も止まらない。


(というか、受付嬢のクレーム率9割は高すぎでしょ! 一体どんな対応してんの? 逆に気になるって! それにしても、ツッコミどころが多すぎる……何だこれ)


呆れと同時に、おじいさんとおばあさんの教えが脳裏をよぎる。


——「鬼を見つけたら即殲滅じゃぁぁーー!」

——「生かしておいてはダメよ〜♪」


二人にそう教えられたのだが、桃花はとっさに逡巡した。

なぜならば、目の前の鬼はどう見ても、ただの小悪党にしか見えなかったからだ。


「……鬼とはいえ、あなたたちに忠誠心とか、ないんですか?」


「いやぁ、だってよぉ、俺たちはただのアルバイトだし……」

「ああ、時給制で給料も安いからね。もうバックレようとしてたし……」

「俺は昨日、こっぴどくフラれたし……」


桃花はため息が漏れてしまう。

しばし悩んだ末に、折衷案として、この鬼たちにお情けをかける。


「……う〜ん。殺すのは流石に気が引けるんで、ここは間を取って全治数ヶ月で」


「え? 何? 全治って……」


ポキポキパキ


「「「んぎぃやあぁぁぁぁぁーーーっすぅぅ!!!」」」


その瞬間、鬼たちの骨が綺麗に折れる音と、どデカい悲鳴が空にこだました。


おばあちゃん直伝の関節破壊技「螺旋臥竜梅らせんがりゅうばい」をお見舞いし、膝と股関節の骨を破壊してやった桃花。

ついでに鬼三体まとめてロープで縛り上げ、必殺仕事人の如く、近くの木へ逆さ吊りにもしてやった。


あくまで、「ついでに」……。


「……ふぅ! まったくもう、とりあえずそこでしばらく反省してなさい。ついでに心も折れとけ」


こうして三体の鬼は、体も心も文字通り、ポキッと折られることになった。

木に吊るされた鬼たちを背に、桃花は深く息を吐いた。


ここで桃花は、さっきまであった悲しい気持ちが、少しだけ軽くなってることに気がつく。


「……私、おじいちゃんとおばあちゃんに、しっかりと鍛えられてきたんだな。これから、やっていけるかも」


小さく呟いたその言葉は、ほんのちょっとだけ自分を勇気づける力になっていた。


そしてこの後、桃花は先ほど鬼たちが言っていた「鬼の営業所」がある方へと歩み出していく——

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