第6話 試練 LEVEL6
旅立ちとは、前へ進むことだと思っていた。
けれど本当は、何かを置いていくことから始まるのかもしれない。
だからこそなのだろうか。
その背中に乗るものが、やけに重く感じられるのは——
桃花は、背負ったリュックをぎゅっと締め直し、大きく息を吸った。
背後では、おじいさんとおばあさんが勢いよく両手を振り、いつまでもいつまでも見送っている。
桃花も歩きながら、何度も何度も振り返っては、手を大きく掲げた。
鬼退治の旅。
一応、そんな大層な名目が付いてはいるけれど、実際は半ばノリで決まったことだ。
おじいさんとおばあさんの二人は……やはり心配でならない。
その場の勢いで「行ってこい!」と背中を押したものの、全く危険がない旅というわけではない。
十六年間も一緒に暮らしてきた桃花は、もはや実の娘のような存在だ。
子を持ったことのない二人にとって、この胸の空虚感は初めての体験だった。
桃花の背中が、ついに見えなくなった時、静けさが訪れる。
すると、おばあさんがぽつりと言葉を洩らす。
「……寂しいですねぇ」
「……ああ、こんな気持ちになるのは、初めてじゃ……」
そんな中、おじいさんが昔を思い出したかのように話し出してきた。
「……なぁ、おばあさんや……。桃花が初めて持った箸をポキッと折ったときのこと、覚えてるか?」
「ふふ、覚えてますよ〜♪ あの時は二人で、丸三日もかけて、桃花に箸の持ち方講習をしましたねぇ〜☆」
しんみりと思い出話を始める二人。
その様子は、とてもあの鬼を、「幾度も絶滅寸前まで追い込んだ猛者」には見えなかった。
一方そのころ、桃花は——
「……もう、見えなくなっちゃったな」
思わず立ち止まってしまった。
おじいさんとおばあさんの姿が見えなくなった途端、胸の奥がきゅうっと痛む。
これまでの日々は、訓練と宴会でほぼ埋め尽くされていた。
剣を握れば前におじいさん、台所に立てば隣におばあさん。
十六年間ずっと一緒だった。
訓練で容赦なくボコボコにされて、泣かされて……。
だが厳しい稽古が終われば、二人の友人の花咲か爺さんを始め、色んな人たちが大集合し、みんなで美味しい料理を食べながら酒を飲んで大騒ぎの大宴会。
笑い声と拍手、そして地鳴りのような歌声が、毎日当たり前にあった。
楽しく賑やかだった日々が、今日からはもう……ない。
また後ろを振り返ってしまう。
おじいさんとおばあさんの姿は、もうとっくに見えなくなっている。
急に寂しい気持ちが強くなる。
「……ねぇ、おじいちゃん、おばあちゃん、私……これから一人で、やっていけるかな……?」
ぽつりと呟いた言葉が、思った以上に重く響く。
不安と孤独に押し潰されそうになり、桃花の目から大粒の涙が頬に流れ落ちた。
厳しい訓練に耐え、高度な技術を会得した彼女にも、やはり年相応の16歳の少女としての顔があった。
これから先、宿も食事も全て自分だけでなんとかしなければならない。
鬼よりも先に、日々の生活に負けてしまうのではないか。
そんな不安すらも脳裏をよぎってしまう。
今度、おじいさんとおばあさんに、いつ会えるんだろう。
もしかしたら、もう二度と会えないのではないか。
今日が……最後の日になってしまうのではないか。
怖い。
寂しい。
帰りたい。
そう考えてしまうと、もう涙が止まらなくなっていた。
しかし——
その涙を一気に吹き飛ばしてしまう事件が発生する。
「そいつら」は、何の前触れもなく桃花の前へ現れてきた。
涙で滲んだ視界に、「最初の試練」が彼女の目の前へと立ちはだかる。




