第5話 交錯する世界へ
旅立ちとは、思っているほど大袈裟なことではない。
家の玄関を出て、ただ一歩、外へと踏み出す——
それだけで、日常は静かに置き去りにされていく。
この時点では、桃花に特別な覚悟などなかった。
そして、いよいよ迎えた出発の日。
桃花の腰には、おじいさんの「斬魔の太刀:鬼殺死」。
両手両足には、おばあさんの「破魔の籠手具足:苦死滅」。
背中には「M.I.Z」(Made in Zipangu)と記された、小さな旗付きの四次元リュックサックを背負い、全ての準備を整えた桃花は家の玄関を出た。
「……おじいちゃん、おばあちゃん。それじゃ、い、行ってきます!」
旅立つ前の緊張した面持ちで、二人に挨拶をした桃花。
「おう! 行ってこいや! 帰ってくる時、お土産だけは絶対に忘れるなよー! それと、ワシらからの電話には必ず出るように! 必ずじゃぞ! わかったな! 必ず電話とチャット! この二つは必ずじゃぞ! あと、顔を見せに一週間に一回は帰ってくるように! いや、三日に一回……」
おじいさんがしつこく話をしている最中、痺れを切らしたおばあさんが割り込んできた。
「おじいさんくどい! しつこいと毒キノコ食らわせますよ! あ、そうそう桃花〜。おじいさんは別にいいけど……おばあちゃんに"だけ”は、定期的に連絡してね〜☆ あと温泉饅頭を千個を十セットよろしく〜☆」
(……もう、完全に旅行気分の見送り。というか、温泉饅頭を千個を十セットって何? いくら何でも多すぎでしょ)
桃花は苦笑しつつも、胸の奥では、ほんのちょっとだけワクワクしていた。
すると、おじいさんが「あっ」と、何かを思い出したように突然言い出す。
「そうそう、今ちょうど思い出したから、一応言っておくが、海の向こう側にはな。『魔族』っつう、鬼とはまた違った種族もいるから」
「……まぞく?」
「ああ、その魔族どもは主に異大陸にいるんだが、こっちの側の方にも多少おるからよ。そいつらも鬼をぶっ飛ばす“ついで”でいいから、もし絡まれたら倒しておけや」
「あ〜そういえば、そんな奴らもいましたね〜☆ でも桃花なら大丈夫でしょ! もし襲われたら、遠慮なく倒してあげなっさ〜い♪」
「……え? ちょっと待ってよ。この世界って、鬼の他に魔族もいるの?」
「そうなのよ。世界ってすっごく広いのよ〜ん☆」
「でしょうね……」
(なぜ、このタイミングでそんな事を思い出して、しかもそれをわざわざ言うの……遅いって。しかも魔族は、鬼を倒す“ついで” でいいからって……)
突然飛び出した「魔族」という単語に、胸の高揚が、だんだん不安へと変わっていく。
——こうして、桃花の鬼退治という名目の旅が始まるのだが、本人の心境は「本当に、これでいいの……?」という困惑もつきまとっていた。
鬼退治。
魔族退治。
当然それもある。
だが、実際に始まるのは「予想がつかないほどの奇妙な旅」であった。
そして、そんな不安を抱えつつも、この旅路で出会うことになる「濃すぎる仲間たち」と、「個性が強すぎる者たち」の存在を、彼女はまだ知る由もなかった。
この旅が、どこへ辿り着くのか。
そして何を失い、何を得るのか——
その答えを知るのは、まだまだ先の話になる。




