第4話 旅立ちの準備
……後になって思えば、あの時点で、既に引き返せる道などなかったのかもしれない。
旅立ちという言葉には、胸が躍る響きがある。
この時の桃花は、それが「準備段階から逃げ場を失っていくもの」だとはまだ気付いてはいなかった。
そして一週間後、話は「本格的な出発計画」へと変わっていた。
これは単なる旅支度ではなく、引き返せない境界線を越えるための儀式であったことを、後で知ることになる——
「ほれ、これを持っていきなんし。昔、わしらが使っていた武器じゃ」
そう言っておじいさんが出してきたのは——
「斬魔の太刀:鬼殺死」
「あたしからはこれよ〜」
続いておばあさんから渡されたのは——
「破魔の籠手具足:苦死滅」
「……何、その武器の名前。一体誰が付けたの? 正気?」
意外としっかり手入れがされている武器を譲り受けた桃花だが、そのあまりにも物騒な武器名に、当時の二人がどれだけ大暴れしていたのかを想像し、戦慄した。
更に荷物を入れるリュックサックには、四次元ポケットさながらの収納術で、次から次へと凄まじい物量の生活用品がその場でぶち込まれていく。
気がつけば、テントから炊飯器、更には冷蔵庫や洗濯機まで入りきっている始末。
「……え? ちょっと待ってよ。今のどうやって入れたの!? ってかもう旅をするってレベルじゃないって! やめて! もういい! 入れ過ぎだよぉ!」
「ふふっ、細かいことよ〜♪ あとこれ、旅をするなら現金一億くらいは持っていかないとね〜☆」
「一億!?」
そう言って、大きなアタッシュケースに隙間なく詰め込まれた現金を、桃花へ見せてきたおばあさん。
そして次に、おじいさんがある物を差し出した。
「それとほれ。これを連絡用で持って行きなさい。しゅまーとふぉん(スマートフォン)じゃ」
「しゅまーとふぉん?」
「そうじゃ。鬼ともLINEできるぞい。通話だってし放題じゃ!」
「いや、しないから!……多分」
「そんで鬼を簡単に見つけ出せる便利アプリ『デビルレーダー』も入れてあるぞ!」
「あ、あぷり……?」
「うふふ♪ GPSでこっそりがっつり追跡してるから安心ね〜♡」
「……え、おばあちゃん何? 今なんて?」
「chatGPTって言ったのよ〜☆ 今、すっごくAIが流行ってるから♪」
「?」
そして最後に、「きび団子」っぽいもの。
それもいつの間にか、リュックの中に入れていたらしい。
そのきび団子は、餡子はもちろん、チョコ味、イチゴ味、バニラ味、桃味——などなど。
他にも様々な味があるようだ。
「きび団子も入れといたわよ。これを仲間にしたい人や、生き物の口の中にぶち込めば、一発で落とせるわよ〜ん♪」
「……それって、もはやただのお菓子では?」
「当たり前じゃん。お菓子は美味しいじゃろがい! 桃花も腹が減った時は食べるといいぞ! 『腹が減っては戦はできぬ』 ってやつな!」
桃花は思わず心の中でため息をついた。
(……本当に大丈夫だろうか)
そう思った矢先、胸の奥で「何か」が静かに蠢いた。
その微かな違和感こそが、後に桃花を「鬼と人との境界」へ導く最初の一歩だった。
まだそれが「何を意味する」なのか、彼女自身にも分からない。
ただ一つだけ確かなのは——
これから始まるこの旅は、鬼を探して退治するためのものではなくなりつつある……ということだった。




