第3話 修羅場へのカウントダウン
人の運命が大きく動く瞬間というのは、案外あっさりとしているものだ。
深く考えずに放った一言。
何気ない冗談。
たったそれだけで、取り返しのつかない未来への扉になることもある。
これは、桃花の運命が動き出す前の話——
彼女が十六歳の春を迎えた、ある日のことだった。
満開の桜の下、三人でお花見という名のBBQを開催していた昼下がり。
鉄板で焼き上がった焼きそばを食べながら、桃花は何気なく口にした。
「ねぇねぇ、今更だけど、鬼って本当にいるの?」
デカい肉と魚を巨大な火柱を上げ、豪快に焼いていたおじいさんとおばあさんは、それを聞いた瞬間、顔を見合わせて笑う。
「おう! おるおる! バカみたいにおるぞい! あやつら、『鬼ごっこ』と『かくれんぼ』が、神がかり的に得意でな!」
意気揚々と語り出すおじいさん。
「その逃げ隠れの速さは、あの『日光が当たると苦しんで消滅する鬼の親玉』くらい上手くてよ。それがマジでムカついたもんよ!」
「そうそう。探し出すのがバカみたいにバチクソ面倒だったわぁ〜☆」
「ああ、だがな! その鬼どもを見つけ出せた喜びはハンパなかったぞー!“やったぜ! やっとブチのめせる!”ってな!」
当時を振り返って語る二人は、とても楽しそうだった。
そのノリがあまりにも軽かったものだから、桃花も調子に乗って口が滑る。
「へぇー鬼って本当にいるんだー。そういえば私、鬼をまだ一度も見たことないなぁ……鬼退治みたいなの? やってみよっかなぁ〜なんつって!」
桃花は焼きそばをもぐもぐしながら、口の端でニカッと笑った。
すると次の瞬間——
「おおっ! ええじゃないか。せっかくの機会だ。世界中を回って色んな経験をしてこいや。“鬼退治はそのついで”でいいからよ」
「あら、それはいいですね! あのMs.SAZAEもOPで世界の色んな場所に行ってますし。“可愛い子には旅をさせなさいよ”ってやつですね。それじゃ、世界中の色んなお土産よろしく〜♪」
(……え? 何この流れ? なんか、本当に行く感じになってない? というか今、“鬼退治はついででいい”とか言ったか?)
「あ、いやいや! 私、冗談で言っただけなんだけど!? 本気じゃないよ!?」
「ふふっ、桃花なら大丈夫よ。最近また鬼が増えてるみたいだから、減らしてあげなさい。何なら滅してあげてもいいからね〜☆」
「ああ、鬼に出会ったら遠慮はいらん、ブチのめしてやれや。桃花には、ワシら二人の最高の技を伝授してるからな! 全く問題無しじゃ!」
まるで近所のコンビニまで、おつかいを頼むノリで即答されてしまい、桃花は固まった。
(……どうしてこうなるの? まさか、本気で言ってないよね? さすがに冗談、だよね……?)
(いや、そもそも鬼って、本当に悪い連中しかいないのだろうか? 私は見たことも会ったこともないからわからないけど、退治とか、滅ぼすとか……そんな簡単に決めていいのかな?)
心の声が止まらない桃花。
おじいさんとおばあさんが、当たり前のように頷くのを見て、桃花は出かかった言葉をグッと飲み込んだ。
……だが、この時の桃花は、甘かった。
彼女の一言は、冗談のままでは終わらない。
この軽い一言は、取り返しの利かない約束へと姿を変え、修羅場へと導く扉を静かに、確実に開けてしまったのである。
これから出会う鬼や、自分が下す選択の重さ。
そして、その手で何を壊し、何を守ることになるのかを。
こうして、何の覚悟もないまま始まった「修羅場へのカウントダウン」は、もう止まらない——




