第69話 魔法の料理
「……どうですか? 少し落ち着きました?」
「……あ、はい……とても楽になりました。さ、先程は、お見苦しいところを見せてしまい、すみませんでした……」
「いいえ。動物が喋ったら、普通は驚きますよねー。あ、この深呼吸ね。私のおじいちゃんとおばあちゃん直伝の一発で落ち着く呼吸法なんですよ!」
「そうなんですか? あなたのおじいさんとおばあさんって、とてもすごい人なんですね」
「……ええ、そうなのよ。ホント、バカみたいにすごいのよ……。本当に、色んな意味で、ね……」
意味深な言葉が、ケルベロスの口からぽつりと漏れた。
その瞳の奥には、桃花のおじいさんとおばあさんに昔やられた重い記憶が揺れていた。
「あの……なんでワンちゃんとクマさんは、普通に喋れて……いや、その前に。そういえばまだ、皆さんに自己紹介していませんでしたね。私の名前は『フィオン』と言います。宜しくお願いします」
深く頭を下げるフィオンに合わせ、桃花たちも名乗っていく。
「あ、はい。私の名前は桃花です。こちらこそ宜しくお願いしますね。フィオンさん」
「アタシはケルベロスよ♪ 今はこの可愛い黒柴の子犬に変身してるけど、元の姿はデッカい体で、三つの首がある魔界出身の魔族。地獄の番犬やってました〜♡ ヨ・ロ・シ・ク・ね♪」
パチっと、ウインクまで添える余裕っぷりだ。
「……オラはクマだっぺ。別にコイツらの仲間なんかじゃねぇぞ? 今は、おっかねぇコイツらに脅されて、無理矢理この村に連れてこられたんだっちゃ。オラは嫌だったのに、案内しねぇと熊鍋にするっつーから仕方なく……」
「え? クマさん仲間じゃなかったんですか!? 桃花さんとケルベロスさんに脅されてるんですか!?」
自己紹介のどさくさに紛れ、クマは余計な愚痴をわざとらしく、そして嫌味ったらしく、ここぞとばかりに言い放つ。
「ちょっと待ってよクマさん。それは人聞きが悪いよ。私たちは、ただ案内してもらっただけでしょ? そんな言い方はないよ」
「オラにとっては、それはもはや脅されてるも同然だべや!」
「それはアンタの行いが悪いからでしょ。アタシたちのせいにしないでよ。次、余計なこと口走ったら……レッドカード待った無し。一発スリーアウトで熊鍋直行だから」
「……」
シュンと首をすくめて黙るクマ。
無理もない。
あれだけ心身ともにボコボコにされ、プライドを粉砕された今のクマに、反抗する気力は残されていない。
先程までの憎まれ口の勢いなど、もはや影も形もなかった。
するとその時、ここでフィオンが思いがけないことを口にする。
「……あの、そのクマさん。もしかして熊鍋にするんですか? 私、最近お肉食べられてなかったので久しぶりに食べたいです! いい味付け知ってますよ! 調理用の魔法もたっくさん知ってますし、慣れてますから!」
「ンギェフェアン!?」
予想外の方向からきた追撃に、クマがまた変な声を上げる。
そして、「熊鍋」という言葉を聞いた瞬間——
桃花の目が再び、カッと輝く。
「く、熊鍋!……美味しいですよね……。食べたいね……。じゅるり」
「はい……熊鍋、美味しいです……。食べたいです……。じゅるり」
全く同じ反応を示し、全く同じタイミングで生唾を飲み込む桃花とフィオン。
二人の捕食者の視線が、熱を帯びてクマの巨体へと一直線に突き刺さる。
「ヤメテェェィィャァァァーーーーン!!」
もはや体力を無理やり絞り出しているかのような、悲痛な叫びだった。
その命の灯火が、弱々しく揺れている。
「はいはい。もうわかったから。熊鍋は後でやるとして、今は聞きたいことが色々とあるから、まずはその話から始めていきましょ♪」
「おい! ちょっと待てや! 今、後でやるって言ったな! オラ、殺されて食われるってことでねーかや!」
「それじゃ、自己紹介はこのくらいにして、早速お話していきましょ。でもその前に……」
あっさり無視されたクマ。
話の流れを強引に作ろうとしたケルベロスは、ここでフィオンをじっと見据える。
「あ、その前にフィオンちゃん。突然だけどアンタってさ、『エルフ』でしょ?」
「……え? な! なんで、わかったんですか!? 私がエルフだってこと、この村にいる人にも言っていないのに!」
「アタシ昔ね。エルフに何度か会ったことがあるの。だから、アンタたちの魔力や容姿のこと、ある程度は知ってたのよ♪」
「そ、そうだったんですね……ケルベロスさん。凄いです」
「ウフフ♪ ま〜ね〜♡ というかアンタ、さっき熊鍋の話してた時、“調理用の魔法”って言ったでしょ。少なくとも“自分は普通ではない”って言ってるようなものよ♪」
「あ、あれれ?……私、そんなこと、い、言ってましたっけ……?」
「言ってたべ! オラはっきりと聞いたぞ! 自分で言ったくせして何忘れてんだよ! おめぇも恐ろしい女だなぁ、おい!」
「ま、一応の確認よ♡ じゃ、そろそろ始めていきましょうか♪」
少し脱線はしたものの、狂った空気はようやく本来の軌道へと落ち着いた。
こうして話題は、ようやく彼らがここへ来た本来の目的へと移っていく。
山賊であるクマのこと。
清らかな薬屋の裏に隠されたアジトの存在。
そして、そのリーダーと組織の名である「熊坂長範」について。
平穏な顔をしたこの十文字村で、隠された物語が更に深く、そして静かに動き始めるのだった——




